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環境中の揮発性化学物質、特にホルムアルデヒドの食品への移染

東京農業大学短期大学部栄養学科
教授 石田 裕

1.はじめに

近年建材や木材用接着剤に含まれるホルムアルデヒド、トルエン等の揮発性化学物質が原因とされるシックハウス症候群が問題となった。また、建材以外にも家具、調度品、冷暖房器具、タバコの煙、香粧品等からも様々な化学物質の発生がみられ室内空気を汚染するもととなっている。さらに昨今の住宅は機密性に優れている為、滞留時間も長く化学物質による健康被害が高まる傾向にある。建材用接着剤に多用されるホルムアルデヒドを例にとると、接着性、防腐性、安定性に優れている為、合板、クロス、壁紙、断熱材等に広く用いられている。このためホルムアルデヒドはシックハウス症候群の原因物質として有力視されている。空気中濃度0.8ppmで臭気を認め、5.0ppmでのどに刺激を与える。さらに、これらの揮発性化学物質が空気中に揮散するだけでなく、食品への移行も懸念されている。またプラスチックを材料とする容器には尿素樹脂、フェノール樹脂などホルムアルデヒドを含むものがあり製造工程で熱硬化温度が不十分であると遊離の原料由来モノマーが残存し接する食品によっては移染する可能性がある。ホルムアルデヒドは劇物に指定されており、その毒性は細胞原形質を侵すといわれている。常温では無色透明の気体又は液体で、急毒性があり、発ガン性も疑われている1〜3)。日本産業衛生学会で定められた大気中の許容濃度は0.5ppm、厚生労働省の指針値では0.8ppm(約0.1mg/m3に相当)とされており、飲料水の規格基準では0.08mg/L以下が定められている。また抗菌効果が高いため、過去には違反事例として食品への添加もみられた。さらに最近では数mg/kgと微量であるが養殖フグにおける残留(2003年)が紙上に掲載され社会問題ともなった。このことからホルムアルデヒドの食品への移行状況を明らかにすることは食の安全性を確保するうえでも意義があり、食品成分として、炭水化物を主成分とするデンプン、タンパク質を主成分とするカゼイン、脂質を主成分とする大豆油を用いて、食品成分とホルムアルデヒドの吸着との相関について検討を行った。さらに実際に保存性のある食品への吸着挙動や調理加工による消長ならびに食品への移行阻止を目的として包材による透過阻害についても検討した。

2.ホルムアルデヒドの食品への吸着と調理後の残存

1)密封容器内、気相中ホルムアルデヒド(HCHO)濃度の経時的変化
密封容器(以下デシケーター)に1.0%、0.10%、0.01%のHCHO水溶液10mlをそれぞれ静置し、気相中のHCHO濃度の変化を経時的に測定した結果、各濃度共。20℃および30℃で放置した時の気相濃度は、Fig.1に示すとおり、温度が高いほど気相中のHCHO濃度は高まるが、24時間から96時間の範囲では大きな変動は認められなかった。またデシケーター内に試料を静置した場合も、20℃および30℃のいずれの放置条件においても気相中のHCHO濃度に顕著な変動は認められなかった。このことはHCHOの含まれる接着剤等を使用した戸棚や家具、建材などが通気の悪い状態におかれれば人間ばかりでなく食品も常に一定濃度のHCHOにさらされることを意味しており、特に夏場などの気温が高いときには環境中HCHO濃度の上昇と共に食品への移行量も増加することが予測された。
2)食品対応標準試料のホルムアルデヒド吸着能
カゼインおよびデンプンは20℃、30℃のいずれの条件においてもFig.2に示すとおり放置時間の延長に伴い吸着量は増加した。また放置温度による吸着量の比較では、高温で明らかに吸着量の増加が認められた。しかし大豆油はHCHOをほとんど吸着せず、経時的な増加も見られなかった。形態の違いによる表面積の違い(吸着部分の量的違い)も吸着量の差の一つの要因と考えられるが、吸着量が顕著に低く、経時的な増加も認められないことから形態の違いが主な原因とは考えられない。むしろこの違いはホルムアルデヒドが極性物質であることから、分子内に極性基であるアミノ基やカルボキシル基を有するカゼインやアルコール基を有するデンプンとは水素結合を含め、化学吸着で引き合い吸着量が高まること。また逆に極性基をほとんど持たない油脂は、極性基を有するHCHOとは相容れないためと考えることに、より合理性がある。以上のことからカゼインおよびデンプンは被曝濃度が高まるに従い吸着量も高まり、また96時間でも吸着平衡には達せず、放置時間を延長することにより吸着量はさらに上昇することが示唆された。
3)保存食品のホルムアルデヒド吸着能
数種の食品を粉砕後、20℃でHCHO気相濃度約0.01mg/L中で被曝させた結果、Fig. 3に示すとおりタンパク質と糖質含有量の高い保存食品として粉ミルクを用いた時、24時間で0.12mg/g、48時間で0.28 mg/g、96時間で0.53mg/gの吸着がみられ、糖質を主成分とする食品としては乾麺を用いた時、24時間で0.10mg/g、48時間で0.20mg/g、96時間で0.49mg/gの吸着が、スパゲティーでは24時間で0.07mg/g、48時間で0.18mg/g、96時間で0.42mg/gの吸着が見られ、また米では24時間で0.09mg/g、48時間で0.19mg/g、96時間で0.39mg/gの吸着がみられた。さらに30℃、0.10%HCHO10mlを静置した容器(気相濃度約0.02mg/L)中で被曝させた場合、粉ミルクは24時間で0.16mg/g、48時間で0.28mg/g、96時間で0.66mg/gの吸着がみられ、乾麺は24時間で0.18mg/g、48時間で0.41mg/g、96時間で0.81mg/gの吸着が、スパゲティーでは24時間で0.09mg/g、48時間で0.25mg/g、96時間で0.69mg/gの吸着がみられ、米では24時間で0.22mg/g、48時間で0.40mg/g、96時間で0.58mg/gの吸着がみられた。この傾向は食品対照標準試料に対応した値であり、一般的な保存食品もタンパク質および糖質を主成分とする食品であれば十分HCHO吸着物質になりうることが示された。
4)ホルムアルデヒドの調理による消長
粉ミルク、乾麺、スパゲッティ、精白米をそれぞれの調理法に従い調理後、残存量を測定し、調理前の重量に換算して比較した結果、3回のくりかえしで乳幼児用粉ミルクについては83.1±4.0%、乾麺では23.8±1.8%、スパゲティーでは17.7±0.93%、米では55.2±1.6%の残存がみられた。(Fig. 4)調理法について比較すると乾麺やスパゲティーなどゆでた後、ゆで水を除去するものについては摂取する部分への残留は30%以下になり、吸着したHCHOはかなり除去されるが、溶解のみ、あるいはゆで水を含めて摂取するような調理法では除去率が低かった。これらの結果は乾物の調理法としては多量の湯を用いて、ゆでこぼすことが吸着したHCHOの除去に有効であることを示している。
5)ホルムアルデヒドの包装フィルム透過性
HCHOは一度吸着すると煮炊きする調理法では完全に除去することが困難であることが明らかとなった。そこでHCHOの吸着を防ぐことを目的として包装の有効性について検討した。透過性の確認は包装フィルム内食品中へのHCHO吸着量測定により行った。包材は一般的によく用いられる厚さ0.03mmのポリエチレン(PE)およびポリプロピレン(PP)単層フィルム袋を用いた。これに食品対照標準試料2.0gずつを封入後、20℃、気相濃度0.1mg/L(0.10%HCHO 10mlを静置)の容器内に放置し、96時間経過後に取り出し吸着量の測定を行った。その結果、PE包装品、96時間放置で、カゼインは無包装の4.2%、デンプンは5.2%の透過吸着が認められ、PP包装品では無包装の場合の2.6%および2.9%とさらに低い透過吸着量であった。包材によりHCHO透過量の差はあるものの、阻害は明らかであった。ここに示したPEとPPの透過性の違いは既報4,5)のガスバリアー性あるいはソルビリティーパラメーターとも一致するものであり、プラスチック包材がHCHOの食品への侵入を防ぐのに有効であることを示している。

3.まとめ

以上の結果から保存性のある食品でも開封後そのまま大気と触れる状態で放置せず、プラスチック包材に入れシーラーなどで密封するか、ゴムなどで口を閉める、あるいは低温で保蔵するなど少しでも揮発性化学物質の移染に対して意識を以って行動することにより、環境中からのホルムアルデヒド等による食品汚染の低減が可能となる。
文献

1)後藤稠、池田直之、原一郎:産業中毒便覧,1089〜1096(株)医歯薬出版(1981)

2)Kamata,E., Nakadate M., Uchida,O., Ogawa,Y., Kanako,T. and Kurokawa,Y.,:Effect of Formaldehyde Vapor on the Nasal Cavity and Lungs of F-344 Rats.,J. Environ. Path. Toxicol. Oncol,15,1〜8(1996)

3) Kamata,E., Nakadate M., Uchida,O., Ogawa,Y., Suzuki,S., Kanako,T. Saito,M. and Kurokawa,Y.:Result of a 28-month Chronic Inhalation Toxicity Study of Formaldehyde in Male Fisher-344 Rats. J. Toxicol Sci.22,239〜254(1997)

4)葛良忠彦、平和雄:新しい包装材料、4〜15、共立出版(1991)

5)石田裕:環境中化学物質の食品への移行と異臭苦情.,におい・かおり環境学会誌41,4,216-225(2010)

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