財団法人 食品分析開発センター SUNATEC
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食品表示の課題と方向
静岡県立大学食品栄養科学部 特任教授 米谷民雄((社)日本食品衛生学会会長)
1)はじめに
 鉛は環境中に普遍的に存在している金属である。金属としては柔らかく融点が低く加工しやすいため、古来より広く用いられてきた。しかし、その毒性から、近年においては様々な使用規制が実施されてきた。1975年にレギュラーガソリンが無鉛化され、水道用鉛管は1987年に使用制限措置が取られ、現在では使用禁止となっている。また、欧州では2006年7月に鉛など有害6物質の電気・電子製品での使用を禁止するRoHS指令が施行されている。最近になっても、国内外ともに鉛の規制が益々厳しくなっている。
 そこで本稿では、食品に関連する分野における鉛規制について、最近の国際的動向とわが国における対応について述べる。
2)コーデックスによる行動規範の設定とJECFAによるPTWI(暫定耐容週間摂取量)の撤回
 1986年に、WHOは食品由来の鉛を低減するよう勧告を出した。その後、コーデックス委員会も2004年に、食品の鉛汚染の防止と低減化を図るための行動規範を設定した。
 一方、JECFAは1986年に乳幼児のPTWIを25体重/週に引き下げ、1993年にはその値を全年齢層に拡張した。さらに、2010年6月の第73回会合において用量−反応関係を解析した結果、この量でも小児のIQを低下させ、成人の収縮期血圧を上昇させるため、"health protective"とは考えられないとして、このPTWIを撤回した。閾値が不明であるとして、新しいPTWIは設定されなかった。このJECFAの決定に先立つ2010年3月には、EFSAの委員会CONTAMが「当時のJECFAのPTWI(25体重/週)はもはや適当ではない」と報告していたところである。
 他方、わが国の食品安全委員会はリスク管理機関の要請がなくても「自ら評価」を行う対象として鉛を選定し、化学物質・汚染物質専門調査会に鉛ワーキンググループを設置し、2008年7月から健康影響評価を開始している。JECFAがPTWIを撤回したため、食品安全委員会の評価がにわかに注目されるようになっている。
3)食品中の鉛の規制
 鉛は食品中にも普遍的に含まれているため、コーデックスでは多くの食品について鉛の最大基準値を設定している。魚中の基準値設定が残されていたが、2005年7月に0.3 mg/kgの最大基準値が採択された。
 国内においては、食品中の鉛の基準としては清涼飲料水での基準と農薬残留基準としての基準があるだけであり、農薬としての残留基準も10作物に11基準(なつみかんは、なつみかんと外皮の2基準)があるだけである。
 食品中の鉛濃度については、農林水産省が2003〜2005年産の主要農産物について、実態調査を実施している。また厚生労働省では、2008年に中国製冷凍ギョウザ事件(メタミドホス混入)や乳製品へのメラミン混入事件が起きたことから、輸入食品中の化学物質に関する緊急調査を2008年12月〜2009年3月に実施している。食品に意図的に使用することが想定されておらず、輸入検査の対象となっていない6物質が検査対象となった。鉛も検査対象物質であったが、野菜・果実には残留農薬としての鉛の基準があるため、食品としてはベビーフードや菓子類が選ばれ、300検体について調査がなされた。その結果、過去のデータ等と比較して、特に高濃度の鉛の含有が認められた事例はなかったと報告されている(http://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/05/h0511-2.html
4)清涼飲料水中の鉛の規制
 清涼飲料水には鉛を「検出せず」という成分規格があるが、最近、清涼飲料水の成分規格の改正について審議が行われている。
 清涼飲料水の成分規格については、清涼飲料水の範囲がミネラルウォーターからジュース類、一部の(医薬品でない)栄養ドリンクにまで及ぶにもかかわらず成分規格が一つであること、「飲用適の水」の規格が食品衛生法の「食品の規格基準 D各条 清涼飲料水」の項にあり法の他の部分でも広く引用されていること、水道や農薬など関連する規制が関係してくることなどから、改正には大変な労力を要する。そのため、最近までは部分的な改正が行われてきただけであり、それがかえって成分規格の複雑さを増していた。やっと根本的な改正を実施することになり、2007年11月から具体的な検討作業が薬食審食品規格部会のワーキンググループ(WG)で開始され、部会での審議が現在も継続中である。昨年(2009年)11月までの動きについては、本e-Magazine vol.45(2009/12/01)を参照されたい(http://www.mac.or.jp:80/mail/091201/01.shtml)。
 2009年6月の部会審議で基本的な方向性が打ち出され、2010年7月の部会で清涼飲料水の新しい枠組み(分類法)が提案された。今後はそれぞれの規格の数値を設定していく作業がWGで進められる。2010年7月の審議結果をふまえ、現在の部会案を以下に記す。 
 従来は清涼飲料水という1つの成分規格と4つ(ミネラルウォーター、冷凍果実飲料、原料用果汁、その他の清涼飲料水)の製造基準があった。部会案では、清涼飲料水を「ナチュラルミネラルウォーター」(殺菌または除菌を行わない)、「飲料水」(ナチュラル以外のミネラルウォーター)、「その他の清涼飲料水」の3つに分類し、それぞれに成分規格と製造基準を設定することになっている。懸案であった「飲用適の水」の定義場所は「食品の規格基準 B食品一般の製造、加工及び調理基準」の部分に移すことにより、清涼飲料水の規格で「飲用適の水」を削除することも可能にした。また、農薬については、原則として「農薬等のポジティブリスト制度」をそのまま清涼飲料水に適用することにしている。
 鉛の規格に関しては、2009年6月の審議では、現在のミネラルウォーター類の原水規格を廃止し、それを成分規格として準用することが審議されていた。2010年7月の部会案では、ナチュラルミネラルウォーターでは現在のミネラルウォーター類の原水規格である0.05 mg/Lを準用することになっている。しかし、殺菌しないナチュラルミネラルウォーターはすべてが輸入品であるため、コーデックスのナチュラルミネラルウォーター規格やWHO水質ガイドラインの値である0.01 mg/Lに設定しても影響はないと思われる。
 「飲料水」の成分規格としては、現行の「その他の清涼飲料水」の成分規格を移行させることが考えられている。しかし、現行の鉛規格は「検出せず」であるため、どのような試験法を設定するかが課題となってくる。また、試験法が告示されるのか通知されるのかで、当然ながら分析機関での対応は違ってくる。
 「その他の清涼飲料水」の製造においては、原料の水として水道水、「飲料水」、「ナチュラルミネラルウォーター」のすべてが使用でき、かつ、水の他に様々な原料が使用される。そのため、鉛が普遍的に存在することを考えると、基準値の設定には苦労すると思われる。最終的には、実態調査の結果を基に、判断されるのであろうか。WGの検討に期待したい。なお、現行の「(その他の)清涼飲料水」における原水基準の表では、鉛は0.1 mg/L以下となっている。
5)残留農薬基準としての鉛規制
 農薬としてのヒ酸鉛は1948年9月27日に登録された登録番号1番の農薬であり、農薬残留許容量も最も早く1956年に設定されている。1978年9月27日に登録が失効したが、現在でも10種の野菜・果実に対して農薬としての鉛の残留基準が1.0または5.0 ppmで設定されている。
 ポジティブリスト制度の公定試験法(食品に残留する農薬、飼料添加物又は動物用医薬品の成分である物質の試験法)における鉛試験法は、旧来からのジチゾン法(比色法)がそのまま継承されている。その公定法は通知試験法であるため、各機関独自の同等以上の性能を有する方法を使用してもよい。そのために、「食品中の金属に関する試験法の妥当性評価ガイドライン」(平成2008年9月26日、食安発第0926001号)が示されている。 
 食品衛生法の「食品、添加物等の規格基準」における「第1 食品 A 食品一般の成分規格」の規則8には、「成分規格が定められていない場合であって農薬等が自然に含まれる物質と同一である場合、当該食品において当該物質が含まれる程度は、当該食品に一般に含まれる量を超えてはならない」と定められている。鉛については、一部の農産物に1.0 ppmや5.0 ppmの基準値が設定されているが、その他の農産物に対しては設定されていないため、鉛濃度の適否を判断するには、当該食品に一般に含まれる鉛の量についての知見が必要である。
 そこで、農産物、畜水産物、加工食品中の鉛濃度について、2006年度に文献調査が行われている。厚生労働省のトータルダイエットスタディ(TDS)における各食品群のデータは、複数の食品の平均的濃度に近いと思われるが、どの食品群においても0.01 ppm付近の値が報告されている。そのため、鉛に一律基準を適用した場合には、数十%の食品でこれを超える可能性があると予想されている。
 食品中の鉛濃度については国際的なコーデックス基準があり、一般的には0.1〜0.3 ppm程度の値である。コーデックス基準がある食品については、当該食品に一般に含まれる鉛濃度だけではなく、コーデックス基準も参考にして判断することが必要となろう。
6)食品添加物における鉛規制
 食品添加物を介しての鉛摂取は多くはないが、食品添加物そのものの純度試験に鉛の試験が設定されている。従来は重金属試験法により、酢酸酸性下(pH3〜4)に硫化ナトリウムで呈色する重金属類の呈色を鉛の呈色として数値化する方法が採用されてきた。しかし、JECFA規格において鉛単独の基準が次々に採用されるようになり、また、既存添加物(天然添加物)では銅などの共存により鉛が過大評価されるため、食品添加物公定書の改訂のたびに、重金属としての基準を鉛単独の基準に変更する作業が進められてきた。
 また、公定書に収載されている一般試験法としての鉛試験法(原子吸光光度法)においては、第7版公定書(1999年作成)から高感度分析が可能な電気加熱原子吸光法(フレームレス原子吸光法)が追加されている。現在の第8版公定書(2007年作成)では、グルコン酸亜鉛における鉛の試験にこの電気加熱原子吸光法が採用されている。なお、誘導結合プラズマ発光強度測定法(ICP発光分光法)も第7版公定書から一般試験法として収載されているが、タール色素レーキ試験法のバリウムの試験に採用されているのみである。
7)器具・容器包装やおもちゃにおける鉛規制
 器具・容器包装やおもちゃにおいては、鉛が着色料等として意図的に添加されるため、これらは鉛規制の観点から大変重要な行政対象である。そこで、最近、精力的に基準の改正が行われている。
 おもちゃについては、玩具の塗膜や金属製アクセサリー玩具(乳幼児が口に入れるおそれがある)において、鉛の規制が導入された(2008年3月31日厚生労働省告示第153号)。器具・容器包装については、食品と接触する部分に使用するメッキ用スズやその部分の製造・修理に用いるハンダなどにおける鉛の限度値が大幅に引き下げられた(欧州のRoHS指令に対応するため、ハンダの無鉛化はすでに達成されている)。また、ガラス製、陶磁器製、ホウロウ引き製品については材質毎に鉛規格が設定され、溶出限度値などが強化された(2008年7月31日厚生労働省告示416号)(http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/kigu/index.html#1-2)。ホウロウ引き製品のISO規格などと、整合をとる方向での規制である。
8)おわりに
 上述のように、国内外において鉛の規制が厳しくなっている。一般人における鉛摂取の主要経路は食品を介してであるが、わが国では食品中の鉛に関して、一部にしか鉛の基準値がなく、TDSによる摂取量調査で安全性を確認しているだけである。しかし、今年になってJECFAが耐容摂取量の目安であるPTWIを撤回したため、その摂取量調査の結果をどう判断してよいのか困る状態になっている。JECFAや食品安全委員会がPTWIやTWIを速やかに設定することが待たれているが、リスク管理側においても、食品中の鉛をどのように規制していくのか、もう一度考えるよい機会かもしれない。
著者略歴
 大阪で、西天満小学校から北野高等学校まで学ぶ。京都大学大学院薬学研究科博士課程修了。環境庁国立公害研究所を経て、国立医薬品食品衛生研究所に勤務。食品添加物部室長・部長および食品部長として、既存添加物制度や農薬等ポジティブリスト制度の確立に、研究者サイドの中心として対応。2008年4月同研究所名誉所員。現在、静岡県立大学食品栄養科学部特任教授、(社)日本食品衛生学会会長、日本食品化学学会理事・編集委員、日本微量元素学会評議員・毒性評価委員長、農林水産省農業資材審議会臨時委員など。
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