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動き始めた清涼飲料水の規格基準改正の審議
静岡県立大学食品栄養科学部客員教授 米谷民雄(前薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会食品規格部会委員)((社)日本食品衛生学会会長)
1.はじめに

 一口に清涼飲料水と言っても、様々な種類がある。また、規格が「○○は検出せず」となっており、何十年も前に設定された古い試験法がそのまま残っているものもある。しかし、規格を改正しようとすると、関連してくるいくつもの規格基準との整合性を考慮しなければならない。すなわち、国内の水道法水質基準や農薬等のポジティブリスト制度、国際的なコーデックス規格(基準値のみならず、製品の分類法も含む)やWHO飲料水ガイドラインなどである。加えて、原水基準と製品基準(成分規格)での二重の規制、基準として使われる「飲用適の水」の取り扱い方など、わが国の規制方法における問題点もある。
 このように、いろいろな事項がからみあっているため、清涼飲料水の規格基準改正は先送りにされてきた。やっと平成19年に薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会食品規格部会のワーキンググループ(WG)において検討が始まり、今年6月2日と7月23日の部会で新たな規制方法の枠組みが了承された。そこで、今回の改正の内容について説明させていただく。なお、7月23日の部会資料1(http://www.mhlw.go.jp/za/0731/d39/d39-01.pdf)に新旧規制の概要図が示されているので、参照しながらお読みいただけると幸いである。

2.清涼飲料水とミネラルウォーターの定義
 清涼飲料水と聞くと、ミネラルウォーターや茶系飲料、ジュースなどが思い浮かぶ。しかし最近では、栄養成分を多量に添加した製品や、特定保健用食品のように特別な表示が許可されているようなものなど、広範な種類の製品が清涼飲料水に含まれてくる。
 食品衛生法による清涼飲料水の定義は、酒精分1容量%未満の飲料(それ以上はアルコール飲料)で、乳酸菌飲料、乳・乳製品を除くものとなっており、「ミネラルウォーター」と「その他の清涼飲料水」に区分される。ミネラルウォーターの定義は、水のみを原料とする清涼飲料水で、鉱水のみのもの、二酸化炭素を注入したもの、カルシウム等を添加したもの等となっている。なお、農林水産省では、ミネラルウォーター類の品質表示ガイドラインを食品流通局長通達2食流第1071号(平成2年3月30日制定)および7食流第398号(平成7年2月17日改正)で示している。
 
3.食品衛生法による清涼飲料水の原水基準
 清涼飲料水の範囲が非常に広く、製品によっては試験が困難なものもあるとして、基準は原水における基準と製品における基準の両方が設定されている。原水基準は、「その他の清涼飲料水」では「飲用適の水」とされている。
 この「飲用適の水」とは、水道法で規定された水(現在は50項目の基準が設定)または別に規定された26項目の基準(平成4年までの旧水道法項目)に適合した水のことである。「飲用適の水」に旧水道法による基準が残ったのは、平成4年に水道法の水質基準が26項目から46項目に改正(平成5年12月から施行)された際に、施行直前の平成5年11月に、「食品の製造等に用いられる水の規格については現行の規制を継続する」とされたことによる。食品製造で使用する水に由来する化学物質の摂取量が食品全体からの摂取量にくらべてわずかであることや、より現実的な理由として、改定で追加された揮発性有機化合物等の項目について業務用井戸水の分析を実施したところ、食品衛生的には極めて低いレベルであり、健康に影響を与えるような井戸水はなかったことがあげられている。つまり、井戸水を直接使用する食品製造、おそらくは日本の伝統食品の製造業を救済するための措置であったかと思われる。このため、古い水道法基準が「飲用適の水」として現在も残っている。
 一方、ミネラルウォーターの原水基準としては、平成4年まではそれまでの水道法水質基準からカルシウム・マグネシウム等(硬度)とpH値を除いた項目が設定されていた。その後は水道法の基準か、または、外国からの要請を受け入れた別の18項目が規定されている。その18項目は、「その他の清涼飲料水」における26項目から単純に項目が割愛されたのではなく、26項目にはないセレンやバリウムなど4項目が含まれており、また、26項目の場合と基準値が異なる項目もある。
 このように、清涼飲料水の原水基準は、その時々の行政措置がそのまま残った複雑な形となっている。
4.「飲用適の水」を食品衛生法のどこで定義するか
 「飲用適の水」が準用されている規定は食品衛生法の中で大変多く、さらには乳等省令にまで及んでいる。清涼飲料水のようにそれを原水とした製品を飲用する場合から、生食用鮮魚介類や生食用かきの加工に使う水の場合まであり、さらには、加工食品の冷却を水で行う場合の「飲用適の流水」にまで、その基準が関係してくる。
 この「飲用適の水」は、現在の食品衛生法では、「食品、添加物等の規格基準」の「D 各条」の最初の食品である「清涼飲料水」の基準の中で規定されている。しかし、近年になり追加された「B 食品一般の製造、加工及び調理基準」の「5 魚介類を生食用に調理する場合」においても使用されており、うしろに掲載されているDを見るような形になっている。そこで、「飲用適の水」の定義を最初に出てくるBの部分に移行させ、初出の個所で規定することが、部会で了承された。「魚介類を生食用に調理する場合」を食品一般の基準に追加した際には、「飲用適の水」の定義個所を変更するだけの余裕がなかったのであろう。
 この「飲用適」が「飲用適の水」や「飲用適の流水」として広範囲に用いられているため、それらが同一の基準でよいのかという疑問もある。また、対象が化学物質の場合と微生物の場合とでは、考えが異なるかもしれない。そこで、まずは清涼飲料水の議論をしたいというのが厚生労働省の意向であり、「飲用適の水」の規定内容については、清涼飲料水の規格基準見直し後に、改めて検討を行うことになった。しかし、「飲用適」が便利な基準として広く使用され、また、清涼飲料水の規格基準の見直しには長時間を要すると思われるため、「飲用適の水」に関するWGなどを作り、議論を始めておいた方がよいと思われる。
5.ミネラルウォーターの原水基準の削除
 ミネラルウォーターは除菌や殺菌以外の処理は行わないため、原水中の化学物質はそのまま製品中に移行する。そのため、製品レベルで1回だけ試験すればよいと考えられる。実際、コーデックスでは製品としての規格基準が設定されている。そこで今回、ミネラルウォーターの原水基準を削除し、製品としての成分規格のみで規制することになった。ただし、原水基準にあって従来の成分規格にはない化学物質13項目および微生物1項目の規定は成分規格に追加し、計23項目で規定するという案が提出され、了承された。単純に、これまでの項目をすべて製品で試験するというものである。ミネラルウォーターなら、製品としての試験でも問題はないであろう。
 ただし、項目によっては原水基準と製品基準(成分規格)が異なるものがある。たとえば成分規格では「ヒ素、鉛、カドミウムは検出してはならない」とされているが、原水基準では各々の基準値が設定されている。そのため、暫定的に原水基準値を準用することとされた。本基準については、各項目についての食品安全委員会の評価結果が出た後に、議論される予定である。
6.「その他の清涼飲料水」の原水としてミネラルウォーターを追加
 「その他の清涼飲料水」の原水としてミネラルウォーターが使用されることを考え、原水基準にミネラルウォーターの成分規格(23項目の基準)が新たに追加された。
7.泉源の衛生管理指標の対象拡大
 今回、ミネラルウォーターの原水基準が削除されたが、ミネラルウォーターの原水の汚染防止のために、平成6年12月26日衛食第214号で泉源の衛生管理に関する指標が通知されている。「原水は、汚染を防止するため、界面活性剤、フェノール類、農薬、PCB類、鉱油、多環芳香族炭化水素が検出されないものを使用するよう指導されたい。」という内容であり、コーデックス基準にある包括的な項目を衛生管理指標として示したものである。今年6月2日の部会では、この指標が全清涼飲料水(ミネラルウォーターおよび「その他の清涼飲料水」)の泉源に拡大された。ただし、上記以外の人為的汚染物質を追加することについては、今後に審議されることになった。
8.規格基準設定の基本的な考え方
 7月23日の部会では、個々の規格基準を設定する際の基本的な考え方が議論された。(1)清涼飲料水ではこれまで通り原料となる水の基準により重点的に規制を行うこと、(2)農薬等のポジティブリスト制度との整合性は別途議論することが、以後の審議の前提として了承された。その後、汚染物質・化学物質に特化した議論がなされたが、特に注目されるのは、「閾値が設定されない遺伝毒性の関与が疑われる物質」に関して、食品安全委員会により数理モデルに基づいた評価がなされたため、水道水の場合と同様に、生涯発がんリスクの増分として10−5を採用したVSD(実質安全量)を用いる方針が示されたことである。また、規制項目としては、水道法の健康関連物質と性状関連物質を取り上げることが了承された。以上の考え方については、「原則として」採用する方向である。
9.原水とはどの段階の水か
 7月23日の部会では、(社)全国清涼飲料工業会から、現状の説明と原料水の説明がなされた。業界としては、清涼飲料水の原水とは採取した井水等の段階の水ではなく、工場内で処理した後の水と考えたいとのことで、混乱を避けるために「原料水」という名称に変更して欲しい旨の要望が出された。
10.まとめ
 規格部会で了承された要点を以下にまとめておく。
1) ミネラルウォーターの原水基準を廃止し、成分規格のみで規制する。ただし、原水基準の項目はすべて成分規格に移動させる。
2) 「その他の清涼飲料水」の原水にミネラルウォーターを使えるようにするため、原水基準にミネラルウォーターの成分規格を加える。
3) 「泉源の衛生管理指標」の適用範囲を、清涼飲料水全体の泉源に拡大する。
4) 「飲用適の水」の定義個所を、「D 各条 清涼飲料水」の位置から、「B 食品一般の製造、加工及び調理基準」の個所に移動させる。
5) 規制項目としては水道法で規定されている健康関連物質と性状関連物質を取り上げ、閾値が設定できない遺伝毒性がある物質に関しては、数理モデルによる評価結果(VSD)を採用していく。
6) 原水の定義については、処理後の水であるとして、「原料水」の名称を採用して欲しい旨の要望が出された。
11.おわりに
 今回の清涼飲料水の規格基準改正についての具体的な動きは、薬食審規格部会の下に、「清涼飲料水規格基準 化学物質・農薬検討グループ」が設置され、平成19年11月26日に第1回の会議が開催されてスタートした。筆者も途中まで参加させていただいたが、約1年半の検討の末に、その枠組みが部会でようやく決まった。担当されていた課長補佐は8月1日付けで異動されたが、在任中に改正の方向性を示しておこうと努力されたものと思う。
 冒頭にも記したが、清涼飲料水の規格基準では検討すべき課題が多く、個々の基準値については今後に残されたままである。「飲用適の水」の取り扱いや農薬等ポジティブリスト制度との整合性については、改めて検討を行うことになっている。長い困難な道程のやっと緒に就いたばかりである。
筆者略歴
大阪で、西天満小学校から北野高等学校まで学ぶ。京都大学大学院薬学研究科博士課程修了。国立公害研究所を経て、国立医薬品食品衛生研究所に勤務。食品添加物部室長・部長及び食品部部長として、既存添加物制度や農薬等ポジティブリスト制度の確立に、研究者サイドの中心として対応。平成20年3月に定年退官し、静岡県立大学客員教授。現在、(社)日本食品衛生学会会長、日本食品化学学会理事・編集委員、日本微量元素学会評議員・毒性評価委員長など。
以 上
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