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食品の異臭原因について
はじめに
 我々は、外界からの情報を入手する際には五感(視覚、嗅覚、触覚、聴覚、味覚)に頼るところが大きく、特に喫食時においては嗅覚と味覚が重要な働きを示す。生命の維持には継続的な栄養摂取が必須であり、何かを食べるということは現代の人間にとっては粋を極めた文化の発露であったり、そこまで大仰なものではないにしても普段の生活の中の楽しみのひとつであったりするが、そもそもは命懸けの行為なのである。
 そのため、目前の食物が食べられる状態か否かといった判断はシビアなものになる。嗅覚は特に保守的にできており、花のにおいなど快いと思われるにおいと、腐敗臭など不快なにおいを比較すると、閾値(においを感じる濃度の値)は不快なにおいの方が低く、快いにおいより不快臭をより感度良く捉える。腐敗したものや危険なものを気付かず体内に入れてしまい、生命の危機に瀕するのを未然に防ぐために、進化の過程で獲得した能力であろう。
 食品の偽装表示事件や異物混入など、食の安全性に疑問が持たれるような事件・事故が多発している昨今、消費者の目も厳しくなり、以前は看過されていたような異臭発生事例が消費者クレームとして表面化することも少なくない。実際異臭として挙げられるものはどのようなものなのだろうか。何が原因となっているのだろうか。以下に、食品の異臭の種類、またその原因について幾つか述べる。
1.カビ臭
 カビ臭に関与する化合物には官能閾値が低く、極僅かな量でも違和感を覚えるものが多い。また、カビ臭と表現されるにおいは1種類の物質から成立しているものばかりではなく、アルコール、テルペン、エステルなど多くの化合物の組み合わせにより、カビ独特のにおいがする場合もある。カビ臭と表現されるものについては、その由来により大きく3つに分類できる。
1)ハロゲン化アニソール類
2,4,6-トリクロロアニソール(以下TCA)に代表されるハロゲン化アニソール類は、極めて低い官能閾値と昇華性を有するカビ臭の原因物質である。TCAの前駆物質は木材用防黴剤である2,4,6-トリクロロフェノール(以下TCP)を、Fusariumu属などの一部のカビがO-メチル化することにより無毒化して繁殖するが、このTCP のO-メチル化物であるTCAがカビ臭として広く知られるようになった。TCAによる汚染は木材のTCP汚染のほか、生水の塩素処理時、あるいは配水システムを用いた輸送時に発生することが報告されている。また、ワインのオフフレーバーとして有名なカビ臭もTCAが原因物質であるが、これはワインそのものではなくコルク栓が原因となる。コルク栓の原料であるコルク樫に防虫・防黴剤として散布された残留TCPや、コルクの塩素漂白時にコルク中のフェノールが塩素化され発生したTCPを一部のカビがTCAに変換し、これが内容物に移行するものである。
最近では、TCPの使用量は減少したが、その代替剤として2,4,6-トリブロモフェノール(以下TBP)が用いられるようになった。TBPは、防黴剤のほかに難燃剤などとしても用いられ、特に防黴剤としてはTCPと同程度の能力を有し、尚且つ毒性が低いため使用が拡大している。TBP はTCAの場合と同じく、同様にある種のカビによりO-メチル化を受け、カビ臭を有する2,4,6-トリブロモアニソール(以下TBA)を生成する。TBAもTCAと同様官能閾値が低く、今後はTBAによるカビ臭汚染についても注意が必要である。
2)ジェオスミン及び2-メチルイソボルネオール
水道水の異臭被害において、その表現がカビ臭とされるものが多い。水道水で認められるカビ臭の原因物質は、水源となる水域に生息しているPhormidimuなどの藍藻類や放線菌の代謝により生産されるジェオスミン及び2-メチルイソボルネオール(以下2-MIB)であることが確認されている。ジェオスミンはカビ臭の他に土臭と表現され、また2-MIBは墨汁臭と表現されることもある。
ジェオスミン及び2-MIBの双方を産生する藍藻類はないが、放線菌は1つの菌体からジェオスミン及び2-MIBを産生するタイプと、どちらかのみ産生するタイプに分類され、環境因子などにより産生する成分や産生量は変化する。水道水におけるカビ臭問題は、水源である湖沼・貯水池などの停滞水域の富栄養化が進行し、藍藻類や放線菌の異常発生、増殖が起きることにある。ジェオスミン及び2-MIBは、先述のTCAと同様に官能閾値が低く、極僅かな量でも人に感知され不快感を与えるため、カビ臭対策として高度浄水処理の導入や活性炭投入などの対策をせねばならぬ水道事業者もあり、問題となっている。
3)その他
上述したハロゲン化アニソール、ジェオスミン及び2-MIB以外にも、カビが産生するアルコール、エステル、ケトン、その他炭化水素などが組み合わさり、それぞれのカビに特徴的なカビ臭が構成される。貯蔵農産物の品質に関して、カビの発生と変色粒やカビ臭のモニタリングや、カビ臭の増加とマイコトキシン産生との関連についても広く研究されている。穀類で認められる代表的なカビ臭には1-オクテン-3-オール、3-オクタノンなどが挙げられ、これらはPenicillium roqueforti、P. chrysogenum、Aspergillus nigerなど多くのカビが産生することが判明している。
カビを利用して作られる食品などにおいて、カビ臭はオフフレーバーではなく寧ろ風味に大きく関与する。例えば、チーズのフレーバーの一部はカビが産生する揮発物質であるし、上記の1-オクテン-3-オールは別名マツタケオールと呼ばれるもので、日本人にとっては好ましいものであるが、外国人にとってはテルペン臭として好ましくないにおいに分類される。食品における「腐敗」と「発酵」の定義においても同様のことが云えるが、「好ましいかおり」と「異臭」もまた、人間の価値基準により便宜的に決まるものであり、状況により使い分けなければならない。
2.腐敗臭
 魚肉、獣肉など動物性食品はタンパク質や遊離アミノ酸など窒素化合物が大部分を占め、炭水化物などは比較的少ないのに対し、穀類や野菜などの植物性食品はデンプンやセルロースなど炭化水素が主成分となるため、両者の腐敗現象と発生する臭気は異質なものとなる。
1)動物性食品
動物性食品でよく認められる腐敗生成物のうち、臭気に関与する成分としては、まずアミノ酸に起因するアンモニアが挙げられる。アンモニアは、アミノ酸からの脱アミノ作用により生産されるが、微生物の殆どが複数存在するアミノ酸の分解経路の少なくともいずれかを有していることから、微生物の増殖に伴いアンモニア発生量も増加し、臭気として感じられるようにもなる。そのため、タンパク質を含む食品については、生産されたアンモニア量を腐敗の指標とする場合が多い。鮮度の指標として用いられる揮発性塩基窒素(VBN)も、その大部分はアンモニア性窒素である。
また、畜肉などにおいて、腐敗臭または糞便臭を伴う異臭クレームが報告されており、その原因物質としてp-クレゾール、インドール、スカトール等が同定されている。これは、芳香族系アミノ酸のチロシンや、複素環系アミノ酸のトリプトファンなどが細菌による脱アミノ、転移アミノ、脱炭酸および脱水酸基反応を受け、フェノール系物質及びインドール系物質が生成されることによる。大腸菌やVibrioをはじめ多くの細菌が上記反応に関与する酵素を有しており、一般的に見られる反応である。畜肉における異臭では、家畜腸内の異常発酵によりフェノール系物質及びインドール系物質が大量に産生され、体内に吸収されたことによるものと推定されている。
そのほか、変敗による動物性食品からの臭気成分としては腔腸動物、棘皮動物、多くの甲殻類及び硬骨魚類の大部分など海産魚介類に特異的に含まれるトリメチルアミンオキシドに起因するトリメチルアミンや、卵などではメチオニン、システイン、シスチンなど含硫アミノ酸から生成される硫化水素、メチルメルカプタンなどの硫黄化合物などが認められる。
2)植物性食品
植物性食品では炭水化物の分解による生成する糖や、アミノ酸が更に分解して生じたギ酸、酪酸、酢酸など各種の有機酸などが腐敗産生物として認められる。また、酵母やヘテロ発酵型乳酸菌により産生されるエタノールなどのアルコール類も腐敗産生物のひとつともいえる。
炊飯が痛むとすえたにおいを発する。Bacillus属菌や酵母などが炭水化物を消化する過程で、菌体内でピルビン酸からα-アセト酢酸が生成する。生成したα-アセト酢酸は分岐アミノ酸合成の材料として用いられるが、一部は非酵素的に分解してジアセチルまたはアセトインが生成し、これが特有の発酵臭の原因となる。ジアセチルはバター様香気を有し、発酵飲食品において重要な香味成分であるが、日本酒においては「つわり香」「火落ち香」の原因であり、忌み嫌われる成分であるため、醸造の現場では、その管理が重要となっている。
米飯、惣菜などからシンナー臭、セメンダイン臭と表現される異常臭気が発生し、その原因が酵母汚染であった例が散見される。これは、アルコール製剤使用包装や工場用殺菌剤にエタノールを使用している場合、このエタノールを一部の酵母が資化し、酢酸エチルを生成するためである。本件については、愛知学泉短期大学 内藤茂三教授がSUNATEC e-Magazine Vol.035 にて詳細に解説しておられるため、そちらを参照頂きたい。
3.薬品臭
 食品から薬品臭がするという事例は数多い。そのうち、上記2.腐敗臭で述べたように、酵母が発酵時に酢酸エチルをはじめとしアルコール、エステル類を生成することにより、「シンナー臭」「セメンダイン臭」と表現される臭気が発生する事例が散見されるが、それ以外の原因であることもある。
 ここでは、「シンナー臭」「セメンダイン臭」以外の「薬品臭」について、幾つか紹介したい。
1)保存料などを原因物質とした薬品臭
ソルビン酸及びその塩類は、自然界にはナナカマドの未成熟果汁中に含まれていることが知られており、日本及び欧米諸国などで食品の保存料として使用されている食品添加物である。α位の炭素原子が不飽和結合している脂肪酸は一般に抗菌活性を有するが、ソルビン酸も同様の構造を有する不飽和脂肪酸で、カビ、酵母、好気性菌に対し広い抗菌性を有する。ソルビン酸は無味・無臭であることからその塩類を含めて各国で広く使用されるようになったが、漬物や魚肉練り製品などソルビン酸を使用している食品において、溶媒臭と表現される異臭事例が発生することがある。食品に保存料として添加されたソルビン酸は、食品中に共存する微生物により徐々に分解される。この際の分解は多くの場合β酸化の過程を経るものと想定されている。分解時の中間代謝物として、PenicilliumMucorによる1,3-ペンタジエン、trans,trans-2,4-ヘキサジエノール及びtrans-4-ヘキセノールの生成、乳酸バクテリアによる種々の揮発性誘導体物質の生成が報告されており、これらが溶媒臭の原因となっているのである。
また、天然由来の保存料として、シナモン抽出物を使用している食品においては、石油臭が発生する事例も認められる。これは鉱物油による汚染ではなく、シナモン抽出物の主成分であるケイ皮酸が酵母により脱炭酸されてスチレンが発生することによる。スチレン自体は鉱物油にも含まれるものであるが、鉱物油による汚染であればスチレンの他にもパラフィン系炭化水素や芳香族炭化水素類が多数認められ、これらはガスクロマトグラフで明確に示される。スチレンが検出された場合、それが酵母汚染か鉱物油汚染かの判断は容易である。
2)環境からの汚染
薬品臭に関わる原因について、微生物汚染の他に原材料の運搬工程や食品製造工程などの不適切な管理により、環境または原材料自体が薬品汚染している場合が挙げられる。
環境からの汚染例としては、原材料の運搬・貯蔵時に燃料との同時保管したことによる汚染、農作物に残留した農薬及びその分解物によるもの、製造機器・工場内の壁・床・天井などの塗装に用いた塗料由来の揮発成分が製造品への移行、製品を防虫剤などと同一容器内で保管したことによるもの、製品を包装した容器の接着剤成分の気散不十分により製品に成分が移行したものなど、製造環境、取扱いの違いにより様々で枚挙に暇がないが、いずれの場合においても、食品製造環境や原材料の適切な管理が重要となる。
おわりに
 食品製造環境の取扱いや、微生物による食品の変敗に伴う異臭発生の状況は、食品の種類、微生物相、環境条件などにより大きく異なる。製造現場などで異臭事例が生じた際、再発防止のためには要因特定が必須であるが、この要因特定を正しく行わねば真の問題点を突き止めることができないばかりか、再発・悪化の恐れも生じる。原因を正しく追求し、それぞれにあった適切な処置が求められる。
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