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抗酸化から機能栄養学へ
国立健康・栄養研究所理事長 渡邊 昌 From Antioxidant to Functional Nutriology
 野菜・果物などの植物性食品が健康・長寿に好ましいことが明らかにされ、最近はその中の栄養素としてあげられていない成分(機能性食品因子、フィトケミカル)が注目をあびている。抗酸化能や腸の機能改善、さらには精神安定や認知症予防など、従来の生きるための生理機能をうわまわる健康長寿のための薬理機能が期待されているともいえる。この分野を統合して研究する分野が必要であり、機能栄養学と名づけたい。
機能栄養学の誕生の必要性
 現在、市場には多くのサプリメントが出回っている。この一部は臨床介入試験を経て効能が確認され「特定保健用食品」として市販されている。しかし、サプリメントとしてでまわっている「いわゆる健康食品」の数は多く、そのほとんどがヒトを対象とした適切な研究がなされていない。米国のNatural Standardではこれら成分について厳密な評価をしているが、多くの効能についてまだ十分な証拠はない、としている(1)。
 そのためいわゆるダイエット食品など消費者センターにクレイムのつく商品も多く、実際に健康被害をだしたものもある。通常の食品とちがって濃縮された形でとりつづけることによる影響もある。WHOは食品中のこれら成分の上限値をきめる考え方を2005年のワークショップで提案した(2)。過剰摂取のリスクアセスメントや適正摂取量をどうすればよいか、ということは今後必要になる。従来の栄養学で生きるために必要な量をおぎなう摂取基準という考え方を発展させ、より健康な生活を営むための機能を重視した「機能栄養学」の独立が必要である。対象食品や食品成分についても薬理機能を期待している場合には、現在の食薬区分の「食品」にむりやり詰め込むより、食薬の中間に「機能食品」というカテゴリーをつくってその中で製品を保証して生産される方が良いであろうと思う。
 栄養素摂取基準は基本的に生理的状態をたもつのに必要な量をしめすものであり、高濃度の摂取によって新たな薬理的作用を期待するような場合は切り離して考えたほうがよい(図1)。生理的に栄養素の不足をおぎなう範疇をこえて摂取量を増やし、なんらかの薬理的機能が期待される場合もある。たとえば壊血病予防に必要なビタミンCは50mgもあれば良いが、1000mg摂れば風邪にならない、とか3000mg摂れば乳がんを予防するという報告がある。ポリフェノールなど栄養素としてあげられていない食品中の化学物質についても薬理機能があれば機能栄養学の範疇で扱える。
 現在は食薬区分が厳格でいかなる効能も食品とされるものには記載することが許されていない。特定保健用食品にしても効能の記載方法は決められていて、「xxxが気になる人へ」という書き方が多く消費者にとってわかりやすいものではない。いっそ薬品と食品を白黒にわけるのではなく、「薬品」と「機能食品」、「食品」というように中間帯をもうけた方が企業もあいまいな製品をつくれなくなって製造者責任も明確になると思われる。機能食品には「機能食品抽出物」「機能食品精製物」を含めることができ、ポジテイブリストのようにできればサプリメント開発に利用しやすくなるであろう(3)。
図1.機能栄養学であつかう機能性物質
ラジカルと病気
 病気の原因として分子レベルで研究できるようになり、いままで病理形態学ではわかりにくかった病気のメカニズムを明らかにしてきた。動脈硬化の進行は血中のLDLコレステロールがラジカルによる変性をうけ、それが動脈内皮下の大食細胞に貪食されてアテロームの形成に繋がる。高血糖状態では代謝が変化し、活性酸素が増える状態になりやすい。血中では糖化タンパク質によるスーパーオキシドの活性酸素生成メカニズムが考えられており、糖尿病性網膜症や腎症の合併症の要因となる。動脈硬化など太い血管に起こる合併症や、網膜症、腎症など細い血管に現れる合併症の両方に、ラジカルは関係がある。そのため抗酸化能をもつ食品を多く含む食事を取ることは合併症を防ぐ意味で有効と思われる。
 抗酸化作用の効果はラジカル(フリーラジカル)や活性酸素による健康影響はさまざまな病気が核酸やたん白質へのラジカルによる損傷によって起きることがわかり確かなものになってきた(4)。以前は循環器機能、腎機能、呼吸機能などの加齢にともなう低下は老化という自然現象によるのでやむをえないものと思われていた。ところがラジカルによる組織・細胞の障害機序が明らかになるにつれ、加齢によるとおもわれていた生理機能の低下は細胞・組織の損傷が蓄積したものであり、体内の抗酸化能を高くたもてば「老化」と思われていた機能減少をおおはばに遅らすことができるとわかってきた。ラジカルの核酸への作用はDNA鎖の切断や核酸塩基の修飾であり、がん化の引き金となる。タンパク質と反応するとアミノ酸残基を修飾することにより断片化や架橋形成などのさまざまな変化を起こす。修飾をうけやすいアミノ酸はメチオニン、チロシン、トリプトファン、ヒスチジン、システインなどであり、酸化修飾で作られやすいのはカルボニル基の形成や、システイン同士のSS結合の形成などがある。たん白質の損傷によって酵素活性の低下や細胞レセプター機能の低下がおきる。また変性したタンパク質は分解されやすく、ターンオーバーが早くなる。
抗酸化能の指標
 食品摂取によるラジカル消去の効果をヒトで評価するためには、抗酸化物をどれだけ摂っていると健康か、ということを証明せねばならない。抗酸化物摂取の影響は10年、20年とかかるかもしれず、コホート研究で証明するのがもっとも信頼できる。食品中の抗酸化力を測定するのにはいくつもの方法があるが、米国ではORAC(oxygen radical absorbance capacity:活性酸素吸収能力)が統一的尺度として提唱されている(4)。
私たちもわかりやすい指標としてAOU(antioxidant unit)の統一化を研究し始めた。水溶性の抗酸化価も脂溶性の抗酸化価も統一したものさしで表示できないか、というのが目標である。これまでに報告されたDPPHやFRAPなど他の分析法による測定データを活用するために、同一の標準品を用いてORACとの間の相関性を検討したが、今のところ方法毎に違った数値が得られたため、換算係数をもって今までに測定された抗酸化力を利用するのは難しそうである。
一酸化窒素NOは血管内皮由来の血管拡張因子であるが、これも活性酸素とのかかわりで重要である。1980年に血管内皮由来弛緩因子(EDRF)の発見があり、NOの血管平滑筋弛緩や収縮にかんして研究が進められた。
食品中の機能性物質
 機能性食品とは通常の生理機能をうわまわった機能をもつ食品として荒井綜一らによって提唱され、大澤敏彦、大東肇、金澤和樹ら農芸化学の研究者によって進められてきた(5)。ヒトへの影響はハーブ、スパイスの効果などを含め、伝承的な医学で伝えられてきた面がある。
 同じ栄養素であっても、栄養素に含まれるビタミンCやビタミンEは、抗酸化に働くビタミンであり、通常のビタミン不足の予防に役立つ濃度より高濃度の摂取が効果的というものもある。栄養素以外の機能性物質として、βカロテン、ポリフェノール,イソフラボン、クルクミンなどの多くのファイトケミカルが抗酸化能をもつ。フィトケミカルの中には、ネギやワサビの辛味成分である含硫化合物がラジカル化した発がん物質にグルクロン酸やグルタチオンといった体内の化学物質を結合させて、尿から体外に排出しやすくする第2相酵素を活性化する作用を持つものもある。フィトケミカルの中でイソフボンのようにエストロゲン作用を示すものもありフィトエストロゲンと呼ばれる。
 フィトケミカルは何千種類もあり、どれが生体の役にたち、どれが悪い作用をするのかまだ研究は緒についた段階である。同じ野菜でも地域、季節によってAOUの幅は大きい(図2)。また、生体の中のタンパク質や脂質など様々な高分子に作用して、想像以上に複雑なネットワークを作っている可能性がある。多種類の非栄養素機能性食品因子が生体内に入った場合に、生体内高分子と相乗作用、相加作用、拮抗作用など様々な相互作用を起こすと思われる。植物中で合成される各種の化学物質は当然それぞれの物質がバランスをとって完結するシステムを作っているはずであり、食品として摂取された場合にもシステムとしてのバランスがより効果的に作用すると思われる。
 とりあえず、機能栄養学の対象として、抗酸化能、ビタミン・ミネラルの大量投与による効果、フィトケミカル、アミノ酸、特殊な脂肪や糖などの薬理作用、腸管機能を維持するプロバイオテイックスなどをとりあつかうのが現実的であろう(表1)。
図2.種々の野菜のAOU
表1.機能栄養学の範疇
参考文献
1. 渡邊昌監修、ハーブ&サプリメント,ウルブリヒトC、バッシュE(編)、産調出版、東京2008
2. 国立健康栄養研究所監修、WHOレポート、食品の上限摂取量、産調出版、東京、2008
3. 渡邊昌、機能栄養学、栄養学原論 pxx−xx、南江堂、東京、2009
4. ORAC
5. 吉川敏一、フリーラジカルと老化予防食品、シーエムシー出版、東京
6. 井上正康編、活性酸素とシグナル伝達 レドックス制御と生物の生存戦略、講談社サイエンティフィック
7. 荒井綜一、安倍啓子、吉川敏一、金澤和樹、渡邊昌編、機能性食品の事典、朝倉書店、東京、2006
著者略歴
1965年 慶應義塾大学医学部卒業 病理学専攻
米国国立癌研究所、国立がんセンター研究所
1985年 国立がんセンター研究所疫学部長
(がんの疫学研究、分子疫学の新分野を開く)
1996年 東京農業大学
(「環境・食糧・健康」を一体化させた新しい研究にとり組む)
2005年 独立行政法人国立健康・栄養研究所理事長、現在に至る
(ライフサイエンスに造詣深く、生命科学振興会理事長など要職を務める)
著書
「食事でがんは予防できる」カッパブックス
「糖尿病は薬なしで治せる」角川書店
「薬なし、食事と運動で糖尿病を治す」講談社 
「栄養学原論」南江堂
など多数

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