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マイコトキシン産生カビによる食品類の汚染とその防除
千葉県衛生研究所 高橋治男
はじめに
 6月の声を聞くと、”梅雨”を思い浮かべるようになり、アァ、また、うっとうしいカビの季節の到来を感じます。ワイン、ビールなどの美味しい酒類や味噌、醤油の発酵食品を作り出すカビは貴重な微生物ですが、他方、食品や食品原料を変質、変敗させるだけでなく、カビ毒で汚染し、安全性をも脅かす存在となります。ここでは、カビ、特にマイコトキシン(カビ毒)産生菌による食品類の汚染と防除ついて、簡単にお話しします。すでに、マイコトキシンやカビについては、紹介されていますので、併せてお読み下さい。
1.マイコトキシンをつくる株とつくらない株
 マイコトキシンは青かびやコウジカビの仲間の、一般的には糸状菌(糸状に生育するカビ)や酵母がつくる毒素とされています。酵母からは実際には、マイコトキシンまだ見出されていません。マイコトキシンは、生物のエネルギーをつくりだす代謝系などの生命活動に必須の代謝系である一次代謝ではなく、色素や抗生物質の生産などのいわば余分な代謝系、二次代謝系がつくり出す物質です。このため菌の側にも、つくる(生産)株とつくらない(非生産)株があります。たとえば、発がん性マイコトキシンとして有名であるアフラトキシンをつくるカビとして知られるアスペルギルスフラバスが、ある食品から分離されても、それがすぐさまアフラトキシン汚染にはつながらないということになります。ですから、その可能性調べるには、分離したカビをコメなどを用いて培養しアフラトキシンをつくる株かどうかを調べる必要があります。アフラトキシン産生株の場合は、その分離源によってもアフラトキシンをつくる能力が異なり、コメなどの穀類からの分離株は、その1/3〜1/4がアフラトキシンをつくらないか、産生能が比較的低いのに対し、落花生からの分離株はほとんどが産生株で、多量につくる株も少なくありません。このことは落花生にアフラトキシン汚染が多い大きな要因となっています。
2.マイコトキシンがつくられる条件とは
 食品類にマイコトキシン産生カビが付着しても、必ずしも、そこでマイコトキシンがつくられ、食品が汚染される訳ではありません。そのカビが生長し、マイコトキシンをそこで量的につくらなければ、現実の汚染は存在しません。つまり、基本的には、カビの生長、増殖とマイコトキシンがつくられる環境条件が必要です。その環境条件の中で、一番重要なのは温度と水分(湿度)条件です。この条件は、菌によって異なります。例えば、同じマイコトキシンでも、青かびがつくる場合とコウジカビ属がつくる場合では、温度条件が異なります。例えば、発がん性のあるマイコトキシンのオクラトキシンは、コウジカビ属のアスペルギルスオクラセウスがつくる場合の最適温度は28℃付近ですが、青かびのペニシリウムベルコーザムがつくる場合の最適温度20℃付近です。これは、図1に見られるように、生育とマイコトキシンがつくられる温度域は密接に関連しているため、この違いが生じてきます。一般の微生物の制御と同じように、温度と水分環境を制御することがマイコトキシン汚染を防止には重要です。マイコトキシン産生カビには、青かび(ペニシリウム属)や赤かび(フザリウム属)のように、0℃付近の低温でもマイコトキシンをつくることが可能ですので、温度条件の制御に対する過信は注意しなければなりません。
 酸素濃度もマイコトキシン産生に大きく影響し、酸素濃度が低下するとマイコトキシンはつくられません。ですから、脱酸素剤の使用やガス置換包装は有効と言えます。この他、カフェインなどの植物由来の食品成分がカビの生育やマイコトキシンの産生条件に影響を与えることがあります。
 一般的に、マイコトキシンがつくられる条件は生育可能な条件より範囲がやや狭く、カビの生育を抑えることができれば、マイコトキシンの産生をも完璧に抑えることができます。
図1 アスペルギルスオクラセウスとペニシリウムベルコーザムの生育とオクラトキシンA産生の温度域
3.カビはどこからくるか?
 カビの生活(ライフサイクル)を、コウジカビの例をお話ししましょう。このカビの場合は、植物で言えば種にあたる分生子(胞子の1種)が、まず、食品類の表面に付着します。それが、環境条件が良好であれば、発芽した後、生育して菌糸を伸ばし、食品類の内部に侵入します。この際、穀類などの様に、種皮や果皮の表皮を有するとバリアがあり、そこに損傷がない限り容易には侵入できません。一般の加工食品は、その様なバリアを持たないので侵入は容易となります。侵入した菌糸は、周囲から栄養素を摂取し、生長します。成熟すると、自分の身体の一部(細胞)を自分の子孫(分生子)をつくるための器官に変えます(図2)。そして、おびただしい量の自分の子孫を数珠状につくっていきます(図3)。そして、成熟すると、数珠の連結がはずれ、やがて、風に運ばれ、新しい世界で、この生活を繰り返します。大量につくられる子孫と風がカビの生存を支えていると言えます。
 カビの制御には、この子孫をつくらせないことが重要となります。食品製造環境を清潔、清浄に保つことは、やはり、カビ汚染防止、ひいてはマイコトキシン汚染防止につながります。
図2 分生子形成細胞から数珠状につくられるコウジカビの分生子 走査型電子顕微鏡写真
図3 大量につくられるクロコウジカビの分生子
4.日本にマイコトキシン産生菌は分布するのか
 マイコトキシン産生カビは、主にコウジカビ(アスペルギルス、青かび(ペニシリウム属)、赤かび(フザリウム属)に属しています。アフラトキシンをつくるカビのアスペルギルスフラバス は、南方系のカビで、日本では九州南部以南に、主として生息しています。主に、落花生などのナッツ類を好んで汚染しますが、わが国の主要な生産地である千葉県産の落花生では、これまでアフラトキシン産生カビが検出されることはまれで、ましてやアフラトキシンが検出されることはほとんどありません。しかしながら、近年の温暖化現象が、アフラトキシン産生カビの様な南方系のカビの分布に、どの様な影響を与えるのかは注意をはらう必要があります。
 青かびのマイコトキシン産生カビは、南方系から北方系と広範囲に存在します。終戦直後に輸入米で問題となった、タイ国黄変米菌などは南方系の菌で、先ほどのアフラトキシン産生カビと同じに、これから注意していかなければなりません。
 温帯域に分布するものとしては、リンゴを腐敗し、パツリンというマイコトキシンをつくる、ペニシリウムエクパンサムというカビがいます。リンゴ果汁の汚染が問題となりますが、2004年に規制(50μg/kg)が設けられ、現在は検査体制がしかれています。一方、北方系としては、オクラトキシンをつくるペニシリウムベルコーザムというカビがいます。わが国では東北の北部から北海道に生息するとみられています。コメなどの穀類を好んで汚染しますが、低温環境にも生息するため、肉類なども汚染します。先ほどもふれましたが、低温を過信することは危険で、環境内の清潔、清浄に保つなど、基本的な衛生管理は危害防止の基本となります。
 赤かびは植物病原性のカビで、マイコトキシン産生カビの1種にフザリウムグラミニアラムが畑土壌などに主に生息しています。ほぼ、全国的に分布し、特に麦類を好んで汚染します。温帯域を好みますので、北海道での分布は少なくなりますが、代わりに、北方系のフザリウム カルモラムなどのマイコトキシン産生カビが分布するようになります。麦の開花直後からの、長雨などの天候不順により、被害は大きくなります。図4は、このカビにより汚染された小麦の穂です。このカビがつくるマイコトキシン(デオキシニバレノール、ニバレノールなど)は、消化器の粘膜などに障害を与える他、免疫系の働きを抑える作用があります。アフラトキシンやオクラトキシンに比べると毒性は低く発がん性もありません。しかしながら、主食を汚染するマイコトキシンとして注意する必要があります。赤かびではありませんが、赤かびがつくる毒素に似たマイコトキシンをつくるカビがいます。バラ色カビ病菌(菌名はトリコテシウムロゼウム )と呼ばれ、ハウス栽培のマスクメロンやトマトを病害します。このカビに汚染された果実はとても苦く、また、毒素が消化器粘膜に作用して出血させることがあります。
  これまでの説明からおわかり頂けるかも知れませんが、カビの分布は地理的条件の他に、汚染作物(ホスト)の存在が、その分布に影響します。収穫前後の農作物や果実類を汚染するカビ場合には、その性質が強くなります。例えば、落花生の畑では、やはりアフラトキシン産生菌であるアスペルギルス フラバスの分布頻度は高まります。特に、連作を続けると、その傾向は高くなることも知られています。
図4 赤かび病に汚染された小麦の穂
おわりに
 カビの発生やそれにともなうマイコトキシン汚染による健康被害を防ぐには、製造環境の清潔、清浄を保つことだけでなく、原料から製品までの品質管理が重要です。また、必ずしも、カビの発生がマイコトキシン汚染、にはつながりません。しかしながら、その危害を見極めるには、専門的な知識や化学的な分析が必要となります。
”食の安全”に対する関心は国の内外を問わず大きく高まり、新たな基準をつくるなど、その対応が迫られています。最新の情報、確かな知識と技術で対処することが求められていると言えましょう。
 本年8月29日(金)、名古屋市立大学薬学部薬友会館にて、日本マイコトキシン学会第64回学術講演会が開催されます。皆様方のご参加をお待ちしております。
  詳しくは、日本マイコトキシン学会のホームページ(http://www.chujo-u.ac.jp/myco/Index.html)をご覧下さい。
著者略歴
高橋治男(たかはし はるお) 農学博士
1946年 山形県鶴岡市生まれ
1969年 茨城大学農学部卒業
1971年 東京教育大学農学研究科修士課程修了
1971年 農林省食品総合研究所入所
1973年 千葉県衛生研究所入所
1993年 東北大学より学位授与

「役員等」
日本マイコトキシン学会副会長
筑波大学非常勤講師

「著書」
食品衛生検査指針・微生物編(2004)、食品のストレス環境と微生物(2004)、
食品施設カビ対策ガイドブック(2007)など(いずれも共著)。
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