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残留農薬分析の現状〜ポジティブリスト施行後1年を経過して〜
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第二理化学検査室 菊川 浩史
はじめに
平成18年5月29日にポジティブリスト制度が施行され1年が経過した。3年間の準備期間を経て始まった制度ではあったが、施行当初から行政、生産者、食品メーカー、流通、検査機関など、それぞれの立場において施行してみないと影響の範囲が正確につかめないという状況であった。それから1年が経過し多少の混乱の中にも落ち着きが出てきた今、再度この1年間で状況がどのようになってきているのか、検証機会を設けることは非常に有意義であると考えられる。検査機関から見たこの1年間の状況を報告することにより食品事業に関わる皆様のなにがしかの助けになれば幸いである。
輸入食品モニタリング事情
ポジティブリスト制に伴い、検疫所での輸入食品の農薬モニタリング項目は平成17年度の約200項目から平成18年度には447項目まで膨れ上がった。国が公表した検査実績を表-1及び2に示す。これに見られるように従来から監視されていた農薬に関しての違反事例は少ないが、明らかに新基準もしくは一律基準での違反事例が多いことがわかる。また、厚生労働省の目論見ではポジティブリスト施行に伴う違反事例の増加は4〜6倍程度とされていたが10倍近い違反事例が出ることとなった。(しかしながら違反事例のうち約100件はエクアドル・ガーナ産のカカオ豆であるためこれを勘案すると約7倍)この実績を踏まえ、厚生労働省では平成19年度のモニタリング計画は違反事例の多いもの、また一斉分析法の更なる項目増加を行い効果的で効率的なモニタリングを行うこととして502項目について行うことを発表している。(食安輸発第0330005号)
表-1 ポジティブリスト制度施行後における輸入食品の違反実績
分類 基準 違反件数
残留農薬 新基準 126
一律基準 132
従来基準 21
279
(平成18年6月1日〜11月30日までに検査結果が判明したもの)
表-2 ポジティブリスト制度施行後の違反実績前年度比較
平成17年度の1ヶ月違反 平成18年6月〜11月の 1ヶ月違反 比率
平均件数 平均件数
残留農薬 4.8 46.5 9.7
表-3及び4に残留農薬において検査命令が出ている項目及びモニタリング率が引き上げられている項目を示す。(平成19年4月末現在)
表-3 残留農薬命令検査項目
表-4 残留農薬モニタリング率引き上げ項目
原産国別の残留農薬の実態
日本の食品輸入状況( 表−5 )から致し方ないと考えられるが、検査命令、モニタリング率引き上げが行われている原産国は輸入量の多い中国・台湾・韓国・タイの作物が多いことがわかる。対象農薬はクロルピリホスを中心とした有機リン系殺虫剤(中国は特にメタミドホス)、シペルメトリン等のピレスロイド系殺虫剤が多い。これは国立医薬品食品衛生研究所(以下、国立衛研)が別途発表している「各国(米国、カナダ、オランダ、ドイツ、スウェーデン、フィンランド、ノルウェー)の残留農薬検査で検出された主な農薬( 表-6 )」の原産国アジアの作物結果ともよく合致しており、エンドスルファン、カルベンダジム、ベノミル、クロルピリホス、ジチオカルバメート、シペルメトリン、ジメトエート、メタミドホスの検出例が多いと報告されている(ジチオカルバメートは日本のモニタリング項目に現在無し)。当財団の検査結果においてもジチオカルバメート類の検出率は非常に高いため今後、要注意農薬のひとつといえることができる。
また、もうひとつ重要な注意事項がある。海外情報を集めた食品安全情報(表-7)にみられるスペインで検出事例の多い「イソフェンホスメチル」である。イソフェンホスメチルはポジティブリストでもリストアップされていない農薬であり、中国で製造された農薬であると考えられる。
このような既成の農薬の一部を変更して製造された農薬の使用が示唆される。このような農薬はイソフェンホスメチルのほかにも存在し、ピリミオキシホス、ホキシムメチル、ジメタカルブ等は今後注意が必要といえる。
<参考:中国の残留農薬体制の実態>
昨今の中国における食の安全に関する事情は非常に変わりつつあり、数年前では考えられないほどの管理体制が整備されていることに疑いない。2008年開催の北京オリンピックの準備もあり各都市は非常な発展を遂げている。経済発展はさまざまな影響を中国国内に与え、更なる所得格差が生まれている。都市沿岸部の富裕層と内陸地方農民の間の所得格差は著しく実際に中国に渡航すると一目で理解できるほどである。 監視を司る各省の検検局は、2005年にカナダの一斉分析法を主体に中国国内の一斉分析法を中国国家推奨法として既に提示し、これに伴い最新のGC/MS/MSやLC/MS/MSが急速に整備されている。検検局担当官もしくは検査員に話を聞くと現在の中国の食品衛生管理体制には絶対の自信を持っている。しかしながら都市沿岸部3億人、内陸地方8億人と言われる中国では教育が行き届くまでには今暫く時間がかかることも事実と感じる(表-8参照、日本においても誤使用の後は絶たれていない)。先のイソフェンホスメチルのように過去に特許に絡まない農薬の製造・販売していたとの情報も有る。国家体制としては確かに管理体制は先進国と同等レベルと見て取れるが鵜呑みにするのは少し怖い。輸入時には現場の確認は必須だと考えられる。富裕層の食に対する「安心・安全」の要求が高まり、この要求が生産者である農民を含め中国全土への安全な食品への変換を加速することが期待される。
表-7 食品安全情報(国立衛研HP:農薬関連抜粋)
表-8 ポジティブリスト施行後の国内農薬問題
検出事例から見た注意事項
検出(違反)事例から要注意作物や検出農薬の特徴について報告する。
米
国内の精米したものに関しての検出例はほぼ無かった。一部輸入米、もち米について検出した。米糠などでは稲に使用される農薬が検出される。
麦
ピリミホスメチル、クロルピリホスメチル、ピペロニルブトキシド、マラチオンに集約される。小麦ふすまなどは高濃度で検出される場合がある。小麦粉は冬場の製品にマラチオンの検出例が多い。グリホサートの検出例も多い。
大豆
グリホサートの検出例が多い。
野菜
特に葉物に検出例が多い。葉を食する野菜は虫食いからの回避のため、クロルピリホス、シペルメトリンなどの有機リン系、合成ピレスロイド系の殺虫剤がよく検出する。カルベンダジム類、ジチオカルバメート系などの殺菌剤が多く検出する。イミダクロプリド、プロシミドンの検出例も多い。アジア産のものはBHC、DDTなどの古い塩素系殺虫剤も検出する場合がある。きゅうり、かぼちゃなどの瓜類はディルドリン、ヘプタクロル(エポキシド)を特異的に吸収しやすい。中国しょうがのBHC汚染はしょうが保存時の土壌にBHCが残留し、これが付着したものと言われている。また土壌にできる作物はパラコート・ジクワットの汚染があるものもある。ホセチルも検出するが、肥料由来とで違反の蓋然性がわかりにくいケースも多い。
ベリー類
キャプタン、エンドスルファン、ボスカリドの検出が目立った。
ぶどう
キャプタン、イプロジオン、カルバリル、ミクロブタニルの検出が目立った。干しぶどうでボスカリドが検出する例が数例あった。
かんきつ
イマザリル、オルトフェニルフェノール、チアベンダゾールの防ばい剤の検出例が多く果汁でも検出するケースは多い。かんきつ全果、果皮にはメチダチオン、2、4-Dの検出がある。
魚・肉類
BHC、DDTなどを中心に高蓄積性難分解性の農薬が蓄積する。宍道湖のシジミのチオベンカルブは特異な例
茶
→ 不発酵茶
国内産のものは適用農薬の基準値内での検出のみがほとんど。ただし検出農薬数は多い。
→ 半発酵茶
中国からの輸入に頼るため、トリアゾホスを中心にイソカルボホス、フェンバレレートなどの合成ピレスロイド系の検出が目立つ。
→ 発酵茶
検出するのは2、4-D、グリホサートの除草剤がほとんど。
なお、この1年間の不検出基準を持つ農薬7項目についての検出事例は無かった。
この1年間の検査需要の推移
施行直後は一斉分析でも検査項目数の多いものに集中し、数多く農薬をモニターすることに検査依頼は集中したが、2006年度下期からは使用履歴の把握が徐々にされてきたこと、ある程度の検査実績ができ検出の有無がはっきりしてきたことなどが挙げられる。現在の検査依頼の多くは定期的な一斉分析によるモニタリングと使用履歴や検出例にあわせた個別分析(もしくは一斉分析の中から必要なもののみを測定する)といった組み合わせでの検査が主流となっている。
検査コストを下げるために各企業で取り組まれていることが依頼状況で垣間見られるようになっている。分析機関としてはこの要望に答えるべく、検査料金、検査納期とともに後述するように過去の蓄積されたデータとして扱っていただくため、もしくは新しいリスク管理に耐える検査で有るようより一層の検査精度が重要視されてきたと考えている。
検査を利用した新しいリスク管理の取り組み
その食品を流通させる安全証明としての検査成績書を得るための分析機関利用のみではなく、最近は一歩進んだ分析機関の利用を行っている食品関連企業も出てきている。万が一起こるかもしれないリスクのためのデータをとり、事故が起こった際に迅速に判断で来るようにしようとするものである。
ドリフトモデル実験
近隣する2つの別作物の農地において、既にどちらの作物にも登録のある農薬を使用しているが、散布時期が少しずれているため、散布時期が遅い作物に使用し、万一ドリフトが起こってしまった際の商品への残留リスクを把握するデータを取るもの
皮むき・洗浄モデル実験
実際には作物の皮を剥いて使用したり、洗浄して使用したりする。搬入された原材料の検査で検出したものがあった場合、その食品加工方法(皮むき・洗浄)などを行った際の残留値を検査し、万一の際の製品への残留リスクを把握するデータを取るもの
LogKowを利用したモデル実験
健康食品のように有効成分を高濃度に濃縮したものは不純物として農薬などの有害物質を濃縮しかねない、よって農薬の物性のひとつLogKow(オクタノール・水分配係数:水溶性を示す指標)を利用し、広範囲のLogKow値を網羅できるように代表的な農薬を食品原料に添加し、製品にどのような残留リスクがあるのかを把握し、原材料に新規農薬の残留が有った場合など、その農薬のLogKow値を調べることにより製品に対するリスクを判断するデータとするもの
終わりに
ポジティブリスト施行から1年が過ぎ、施行当初の混乱から少し落ちついた今だからこそ、昨年1年間でコストをかけ得た検査成績書をもう一度有効に使うべきところにきていると考えられる。成績書の結果を集め解析し、厚生労働省からの情報、検査機関からの情報を有効的に組み合わせ、それぞれの企業での有効なモニタリング計画を立てることが必要であろう。また、LogKowなどを利用したデータなどを持っておくことにより、未来の未知のリスク化学物質が自社の製品に与える影響について把握し予防措置を講じることが必要なのではないだろうか。
国立医薬品食品衛生研究所のHPはこちら ⇒ http://www.nihs.go.jp/index-j.html
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