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質量分析計を用いた醸造食品中オリゴ糖の分析法

静岡県立大学 食品栄養科学部 食品生命科学科

助教 本田 千尋

1.はじめに

オリゴ糖とは、単糖が2~10個程度結合した化合物であり、甘味を有するだけでなく、整腸作用や抗う蝕性などの生体調節機能を持つものも多く知られている。このような特性から、近年の健康志向の高まりとともに注目されている。一方で、オリゴ糖は検出に利用できる構造的特徴に乏しく、さらに多様な構造異性体が存在することから分析が難しい化合物でもある。一般に、オリゴ糖の検出には示差屈折率検出器が用いられるが、検出感度が低く、カラム分離においてグラジエント溶出が適用できないため、夾雑物を多く含む試料中のオリゴ糖の分離・検出は容易ではない。また、還元末端を修飾することでオリゴ糖を誘導体化し、UV吸収を利用して検出する方法も用いられているが、誘導体化効率の影響を受ける点や、還元末端を持たないオリゴ糖は検出できない点などの課題がある。これに対し、アルカリ条件下で陰イオン交換カラムにより分離した後、パルスドアンペロメトリー検出器(PAD)を用いる分析法は、検出感度が高く、誘導体化せずに分析できるため優れた手法として広く利用されている。しかし、これらの方法は共通して、検出された化合物の同定には類似構造を有する標準試料が必要であり、構造未知のオリゴ糖の分析においては得られる情報に限界がある。

そこで我々はオリゴ糖分析法の検討を行い、親水性相互作用クロマトグラフィー(HILIC)と精密質量が測定できる飛行時間型質量分析計(TOF/MS)を組み合わせた手法により醸造物の分析を行っている。本稿では、その概要について紹介する。

 

2.清酒に含まれるオリゴ糖

清酒は日本の伝統的なアルコール飲料であり、米、米麹、水を原料に造られる。アルコール発酵の基質であるグルコースは、米澱粉に麹菌のアミラーゼ系酵素が作用することで生成される。この際、グルコースのほかにイソマルトースやコージビオース、サケビオース(ニゲロース)、パノース、イソマルトトリオース、イソマルトテトラオース、イソマルトペンタオースといったオリゴ糖が生成されることが知られている。清酒に含まれるオリゴ糖の研究は1980年頃までは盛んに行われていたが、以降、清酒にどのような構造のオリゴ糖がどのくらい含まれているかについての研究はほとんど行われなかった。

そこで我々は、質量分析計を用いて清酒に含まれるオリゴ糖を再分析することにした。本分析方法は移動相に低濃度で塩化リチウムを添加する点が特徴であり、HILICカラムでオリゴ糖を分離し、リチウムイオンの付加体として検出する。また、オリゴ糖を誘導体化せずに分離・検出することができるため、前処理によるロスの心配がない。はじめに、清酒を適宜希釈または濃縮し、アミノカラムにより重合度別に分離したところ、清酒には少なくとも重合度18までのオリゴ糖が含まれることが明らかとなった1)。次に、ジオールカラムや配位子交換能を利用したSUGARカラムを用いることで、オリゴ糖の構造異性体が分離して検出された2, 3)。これらの分析から、清酒には従来考えられていたよりも多様な構造のオリゴ糖が存在することを示した。次に清酒中の9種のオリゴ糖を精製し、NMR解析することで構造を決定した(図1)。これらオリゴ糖の構造解明は、清酒製造中におけるオリゴ糖の生成メカニズムの解明の手掛かりとなった2)

 

図1. 清酒から新たに発見されたグルコオリゴ糖(グルコースのみが結合したオリゴ糖)

 

3.味噌に含まれるオリゴ糖

味噌は、大豆、もしくは大豆および米、麦などの穀類を蒸煮して潰したものに麹と塩を混ぜ合わせて発酵・熟成させた半固体状の伝統的な調味料である。清酒の糖質源は主に米澱粉であるため、含有されるオリゴ糖は澱粉を構成するグルコースのみが結合した構造となるが、味噌はさまざまなオリゴ糖や多糖を含む大豆を原料としており、さらに種類によっては米や麦を用いるため、清酒と比較してオリゴ糖の種類が豊富である。しかし、味噌に含まれるオリゴ糖についても近年は研究報告が限られていた。そこで味噌中のオリゴ糖についても清酒と同様の方法で分析を行った。リチウムイオンはグルコースだけでなく、ガラクトースも効率良くイオン化する傾向があるようで、ガラクトースとグルコースからなるアロラクトースが発見されたほか4)、構成糖にグルコースまたはガラクトースを含む二糖が7種発見された(図2)。味噌に含まれるオリゴ糖は、大豆に由来する大豆オリゴ糖や、麹菌α-グルコシダーゼによって生成されるグルコオリゴ糖が報告されていたが、新たに発見されたオリゴ糖はこれまで報告されているオリゴ糖とは異なる生成メカニズムであった。

 

図2. 味噌において初めて発見されたアロラクトース

 

4.清酒中の配糖体

清酒にはグルコースの還元末端にエタノールやグリセロールが結合したエチルα-D-グルコシドやα-D-グルコシルグリセロールが含まれることが知られている。これらはいずれも清酒の呈味に影響するほか、コラーゲン産生への影響や保湿性があることから化粧品素材に用いられている。分子内にグルコースをもつこれら配糖体についてもリチウム付加体として検出することができ、清酒から新たにエチルα-D-マルトシド、エチルα-D-イソマルトシド、α-D-イソマルトシルグリセロールが検出された(図3)5,6)。さらに、LC-MS/MS分析によりα-D-イソマルトシルグリセロールの構造異性体2種が推定された。

 

図3. 清酒から新たに発見された配糖体
(A)エチルα-D-マルトシド、(B)エチルα-D-イソマルトシド、(C)α-D-イソマルトシルグリセロール

 

5.おわりに

技術の発展により分析手法が増えたことで、これまで見過ごされていた多くの化合物を発見することができた。「高感度な分析法により新たな化合物を発見」と言うと、微量な成分だと思われがちだが、例えば今回紹介した成分では、α-D-イソマルトシルグリセロールは清酒に平均して約0.1%、エチルα-D-イソマルトシドは約0.05%が含まれていたほか、重合度7、8のオリゴ糖をそれぞれ0.1%以上含む清酒もあった。これら含有量は、清酒の主要なオリゴ糖とされるコージビオースやサケビオースと同程度であり、清酒成分として考えると微量とはいいがたい。これまで発見されなかったのは、夾雑物の多い清酒や味噌に含まれるオリゴ糖や配糖体を十分に分離・検出できる分析方法がなかったからだと考えている。

本法は、醸造食品に限らず、夾雑成分を多く含み、構造異性体の分離・検出が課題となる多様な食品への応用が期待される。今後、本手法をさまざまな食品へ展開することで、これまで十分に捉えられてこなかった糖質成分の多様性とその意義を明らかにしていきたい。

 

参考文献
  • 1) Tokuoka, M., et al.: J. Biosci. Bioeng., 124, 171–177 (2017).
  • 2) Honda, C., et al.: Food Chem., 493, 145845 (2025).
  • 3) Honda, C., et al.: Carbohydr. Polym., 251, 116993 (2021).
  • 4) 徳岡昌文ら: 中央味噌研究所研究報告, 45, 28–31 (2025).
  • 5) Kojima, Y., et al.: J. Agric. Food Chem., 68, 1419–1426 (2020).
  • 6) Akiyama, M., et al.: J. Biosci. Bioeng., 139, 296–301 (2025).
略歴

本田 千尋

 

本田 千尋

静岡県立大学 食品栄養科学部 助教

 

2016年 東京農業大学応用生物科学部 卒業、2018年 東京農業大学大学院農学研究科 博士前期課程修了、2021年 同大学院 博士後期課程修了、同年 東京農業大学応用生物科学部 嘱託助教、2022年 静岡県立大学食品栄養科学部 助教、現在に至る。

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