|
安全性と品質保持の両立する食品の微生物制御について
昭和女子大学 食健康科学部 健康デザイン学科 准教授 村松 朱喜 1. はじめに人々は何世紀にもわたって美味しく安全な「食」を求めてきました。しかし、食品の輸出入が当たり前になり、食の形態も多様化する中で、安全で品質のよい食品を供給するには、さらなる技術革新が求められているのが現状です。食の安全については、最も身近な例として、食中毒があります。食中毒の病因物質は化学物質によるものや自然毒によるものもありますが、発生件数および患者数ともに、微生物(ウイルスも含む)に由来するものが全体の8割を超えます。つまり安全性を確保するためのポイントは、微生物コントロールにあるといっても過言ではないのです。最も一般的で確実な殺菌方法である加熱殺菌は、温度を高く、時間を長くすることで効果を発揮しますが食品素材への負荷が大きく、品質の劣化を伴うこともあります。現代の消費者のニーズを満たす食品を製造する際にはハードルテクノロジーや通電加熱殺菌といった微生物制御の方法が用いられている例があります。これらについては、解析についての報告事例が一般的な加熱殺菌法に比べて少ないですが、商用的な食品には重要な微生物制御方法です。 微生物制御に関しては、様々な殺菌法や保存法の開発により制御技術が向上し、さらに消費期限の設定などリスクアセスメントの観点からも取り組まれています。しかしながら、依然として食中毒事件が発生する要因の一つとして、個々の食品と微生物の事例が非常に多岐にわたり実験的に安全域を解析、設定するのが困難であることが挙げられます。 このような中で、筆者は、食品中に含まれる初発菌数からどの程度、微生物が死滅するか、または増殖する可能性があるかを予測し、より確実な品質管理を可能とする予測微生物学に注目しています(図1参照)。予測微生物学とは、食品中での微生物の挙動を定量化して予測し、微生物コントロールに重要な条件を導くことや食品の微生物学的な安全性を確保するための手段として発展してきた研究分野です1)。本稿では、これらについての基礎的な内容をご紹介します。
![]() 図1. 食品中の微生物数の変化
2. ハードルテクノロジー(Hurdle Technology)食品は、味や香り、外観といった品質のみを考慮した場合、殺菌などの微生物制御のための加工処理は品質を損なう重大な要因となる場合があります。最も一般的で確実な殺菌方法である加熱殺菌は、加熱温度を高くしたり、加熱時間を長くしたりすることで微生物を死滅させますが、食品素材への影響も大きく、品質劣化につながることもあります。ハードルテクノロジーは、微生物コントロールと高品質化を両立するための技術です。複数の微生物制御因子(ハードル)を組み合わせることで、微生物の増殖を抑制するため、比較的緩やかな抑制条件を用いながら総合的には保存効果を高めることができます。代表的なハードルは温度(冷蔵や冷凍)、pH(酸性化や乳酸発酵など)、水分活性(乾燥、糖や塩の添加)、保存料、酸化還元電位です。本技術は、Leistnerが食肉製品の微生物制御の理論として考案したもの2)ですが、その機構は不明なところが多いままです。複数のストレス(ハードル)と細胞死滅の関係を明らかにすることは、生物の細胞機能の側面においても興味深い問いであり、筆者も複数のハードルが微生物細胞へ与える影響について興味を持っています。
2-1. ハードル効果による微生物細胞への影響解析現在のハードルテクノロジーの課題点は、経験的要素により技術が形成され、微生物死滅のメカニズムは殆ど解明されていないことにあると考えられます。微生物は本来、ストレス応答機能を持ち、生育に不利な環境で生き延びるための適応能力を持つため、ある程度損傷を受けた細胞は分裂増殖能力を保持するか失うかが非常に重要なポイントになります(図2参照)。そのような損傷を受けた微生物細胞は損傷菌と呼ばれますが、その動態は未解明のことが多く、計測や検出が困難であり、修復や回復による食中毒菌の遅延増殖なども食中毒事件数が減少しない一因になっていると考えられます。微生物の細胞状態が生育増殖に及ぼす影響を明らかにし、複合的なストレスがかかった際に細胞死を引き起こすメカニズムを解明することは、微生物コントロールの技術を飛躍的に進展させると筆者は期待しています。微生物細胞がハードルストレスにさらされた場合、代謝の変化や細胞周期の乱れ、DNAや細胞壁の損傷など様々な影響を受けることが予測されます(図3参照)。 筆者の研究室では、Escherichia coliおよびSaccharomyces cerevisiaeを用い、ハードルとして温度、pH、水分活性、減圧などによる複数のストレスを与えた際の代謝酵素や細胞膜の損傷などを検出する細胞マーカーを用いた評価方法を検討しています。これにより、細胞の損傷と生残性(細胞の分裂増殖能)との関連について明らかにすることを目指しています。
![]() 図2. ハードルストレスを受けた細胞の増殖と死滅
![]() 図3. 加熱ストレス後の細胞状態の観察例細胞マーカー(PI、CFDA)での二重染色像
3. 通電加熱殺菌(Ohmic Heating)食品加工に最も重要な単位操作である加熱操作は様々な熱源で外部から加熱する方法が主流です。一般的に広く使われるのは伝導電熱、対流電熱や輻射電熱を原理とするものです。加熱操作により微生物汚染を防ぎ、安全な食品に調理・加工することは極めて重要ですが、食品中の成分変化による変色や食感の変化など食味上好ましくない品質の変化をもたらす場合もあります。通電加熱は電気エネルギーを利用し食品を加熱する内部加熱操作の1つです。食品を電気誘導体とみなし、電流を流すことにより食品自体を直接加熱させる方法です。利点は、通常の加熱に比べ短時間で殺菌可能であり栄養素や風味の保持に有効であること、粘性食品や粒状食品でも均一加熱が可能であることなどです。電源と電極だけの簡単な装置から構成されているため1900年頃から利用され始め、戦時中ではパンの調理に使用されていました。商用周波数(低周波数)の影響から電極の腐食と材料の金属汚染などが発生し利用されなくなっていましたが、近年は腐食しにくい電極板や電源の周波数を高くするなどの工夫がなされ、パン粉の製造、水産品加工、ジャム及びペースト状食品などの一部の食品製造において再び用いられるようになりました。通電加熱の特性として、エネルギー効率が高い、迅速かつ均一な加熱が可能、大量連続処理が可能、温度制御が正確で容易などの点が挙げられます。しかしながらその殺菌効果に関わるメカニズムは明らかにされていることが少なく、各種の食品に応用する場合には、類似品の前例がなければ殺菌条件などの検討には多大な労力と時間が必要となるため、装置の簡易性にもかかわらず導入されないなどの問題点もあります。 一般的な加熱殺菌法では、加熱温度と加熱時間における各種の微生物の死滅についてのデータや食品の違いによる微生物の生存性に関するデータ等が蓄積されており、その殺菌効果は他の殺菌方法に比べて詳細に明らかにされています。一方で通電加熱法は、微生物の死滅に関する報告が少なく、実際の食品への応用例も少ないため、筆者は簡易的な通電加熱の装置を作製しました(図4参照)。通電条件による食品中の微生物の死滅挙動について明らかにし、通電加熱処理による殺菌効果について検証することを試みました。食品試料として生の魚肉を用い、大腸菌を表面および内部に添加したもの、添加しないものという試料を調製し、通電加熱有り無しという条件で殺菌効果を検証しました。魚肉内部に大腸菌を添加し通電加熱処理の時間を0~15分間で行った場合、通電時間が長い場合に最も菌数が少なくなり、殺菌効果が実証されています。また、牛の生レバーを試料とした場合にも通電処理により添加した大腸菌の菌数の減少がみられました。 通電加熱による微生物の殺菌は、加熱による温度上昇の影響によってのみ起こるわけではなく電気的な作用によっても影響を受けることが報告されています3)。しかしながら、微生物細胞に与える影響について明らかにした研究例はごくわずかであり、多くが微生物量の変動についての解析結果から、通電加熱の殺菌効果としてまとめた内容にとどまっています。通電加熱が細胞内挙動に与える影響はとても興味深く、これらの知見が集まれば新たな殺菌メカニズムの解明につながるかもしれません。
![]() 図4. 実験装置の概略
4. 予測微生物学(Predictive Microbiology)食品中の微生物コントロールにおいては初発菌数を低減することが重要です。しかし、その初発菌数からどの程度、微生物が死滅するか、または増殖する可能性があるかを知ることができれば、より確実な品質管理が可能となります。予測微生物学は食品中での微生物の挙動を定量化して予測し、微生物コントロールに重要な条件を導き出すことで、食品の微生物学的な安全性を確保するための手段として発展してきた研究分野です。国内では北海道大学の小関成樹先生、小山健斗先生の研究チームが精力的に研究成果を発表されています。微生物がおかれている環境条件(温度、pH、水分活性)から挙動を予測、説明するための各種の数理モデルも提案されています。具体例では、流通中の温度履歴から対象とする微生物数の変化を予測したり、ある加熱殺菌処理の後の微生物数を予測したりするなどの経時的変化を推測するモデルがあります。また、ある環境条件下で微生物が増殖する、あるいはしないといった事象の発生確率として捉え、確率論的に微生物挙動モデルを提案する手法もあります。これらを組み合わせることで、「ある食品をある温度帯で保存したときに何時間後に、どのくらいの確率で、どの程度の菌数になるのか」ということが分かるようになります。
4-1. 微生物増殖のモデル培養液や食品中の微生物の増殖について、縦軸に微生物数の対数を、横軸に時間をプロットするとS字型の曲線になります。このような実際の微生物の増殖を数式によって表現するための基本モデルをPrimary modelといいます。代表的なものとしてロジスティック式やゴンペルツ式、近年ではBaranyiモデルやFujikawaモデルが挙げられます。どれだけ実際の生育曲線に近いかがモデルの成否です。Primary modelはその数式中の係数を変化させることで様々な条件での曲線を描きます。例えば温度の違いによるそれぞれの増殖曲線を比較すると、培養温度の上昇に伴って最大増殖速度(点線で示された直線の傾きに相当)が大きくなることが分かります(図5参照)。環境の違いによって曲線の形は異なりますが、基本のパターンはPrimary modelから導かれ、その数式中の係数が変化することになります。
![]() 図5. 培養温度の違いが増殖に与える影響 農産物・食品における微生物挙動を予測する技術:
Primary modelから得られた各条件の係数とその環境因子との関係を表す関係式がSecondary modelです。この関係を記述する様々なモデル式が提案されていますが、ここではRatkowskyの平方根モデル4)を用います。微生物の増殖率をkとし、温度をTとすると下記の数式で表すことができます。
グラフでは、縦軸に増殖速度の平方根を、横軸に温度をとりプロットすると直線関係が得られ、図5で示される温度と増殖速度の関係について見ることができます(図6参照)。横軸と直線が交わる点がTmin、 すなわち理論上の最低増殖温度です。Secondary modelではより詳細にその関係性を示し、環境要因による微生物挙動を知ることができます。微生物の増殖には温度以外にもpHや水分活性などいろいろな要因が影響します。これらについても適用できるモデルや、さらに複合的な影響を考慮したモデルが提案されています5)。また、微生物の増殖だけでなく死滅においても同様にPrimary modelから係数を抽出しSecondary modelを構築することができます。このようにして、環境要因を変数としてモデルに組み込むことでモデル開発が進められていますが、実際の食品は組成や構造が複雑なため的確な予測は難しいのが現状です。今後の様々な検証や食品を用いたモデル構築に関する研究成果が待たれます。
![]() 図6. 増殖速度と温度の関係 農産物・食品における微生物挙動を予測する技術:
4-2. 確率論的な予測解析微生物挙動の予測は時間変化に伴う菌数の変化を数理モデルによって表すことが主流でしたが、実験結果のバラツキや、予測と実験結果との乖離など、生物を対象とすることで生じる特有の問題が存在します。そこでこのバラツキを微生物の特性に由来する変動性(Variability)として捉え、モデル開発に確率論的な手法を取り入れることが進められています。例えば、微生物の場合は同一種であっても菌株の違いや生育ステージ、前培養条件の違いなど様々な要因に影響を受けることが知られています。加えて、予測数理モデルの構築では、ある一定菌数以上(例103 CFU/mL以上)の集団を対象とすることが多く、個々の細胞の挙動の差異が表れにくいのに対し、少数の場合には個々の違いが顕著になり、その結果がバラツキとして現われる傾向にあります。そのため、速度論として微生物を扱った際には変動性の問題を表現することは難しく、確率論的なアプローチも重要になります。 食品は製造および流通、保存の段階において、製品の品質(味や香りなど)を保ちながらかつ確実に微生物をコントロールすることが求められる。食品企業では、これを実現するために、ハードル理論でも述べた通り、複数の制御因子の組み合わせによる制御効果の利用が広まっています。そこで確率論的なモデル化手法では、この点を考慮し、「ある環境条件の組み合わせによって微生物が増殖するか否か」といった現象を事象の発生確率として捉え、微生物挙動を予測することが可能です。この手法は、近年関心が高まっており、さまざまな検討が進められています。
4-3. 増殖/非増殖モデル小関先生らが提案している増殖/非増殖モデルを紹介します6)。増殖/非増殖モデルは確率論的な数理モデルの一例です(図7参照)。 ![]() 図7. 温度とpHの関係における 微生物コントロールによる食品衛生管理: 温度、水分活性、pHなどの環境因子をパラメーターとして、これらの組み合わせによって微生物が増殖するか、増殖しないのかという確率事象をモデル化します。具体的には、まず実験結果を「増殖する(1)もしくは増殖しない(0)」と2値化する。2値変数を説明するための多変量解析(例 ロジスティクス回帰分析)を適用します。下記に示すのが関数の一例です。
(2)式のP は増殖する確率、Temp は温度、pH は環境のpH、αw は水分活性、NaCl は食塩濃度をそれぞれ表し、αi は回帰分析によって推定される係数となります。説明変数として環境要因をさらに加えることもでき、柔軟性の高いモデル化が可能です。本モデルはハードル効果による微生物コントロールのための制御条件を直接的に、かつ確率として表すことができます。
確率として表現するためには(2)式を変形して(3)式を導くことで対応できます。(3)式で表される関数はシグモイド型の増加曲線を描き、任意の確率での微生物コントロールのための環境条件の組み合わせを探索することができます。 本モデル化手法による研究は、Escherichia coli、Listeria monocytogenes、Bacillus cereus、Staphylococcus aureus、Salmonellaなど多数報告されています。いずれも液体培地を基本とした実験の結果から提案されたものであり、実際の食品での検証はこれからの課題です。しかしながら、食の安全を確保する基盤研究としてぜひ今後も注目し、積極的に取り組みべき分野であると考えています。
4-4. 微生物予測に関するデータベース提案された予測モデルを有効に活用するため、予測プログラムやデータベースが国内外で開発されています。対象とする微生物の増殖または死滅について、温度やpHなどの環境条件を入力すると予測増殖(死滅)曲線や必要とされるパラメーター値などが得られます。代表的なデータベースとしてComBaseや日本で開発されたMRV、Microbial Responses Viewerについて簡単に紹介します。 1990年代前半頃からアメリカやイギリスにおいて微生物増殖予測ソフトウェアの開発が進められ、アメリカではPathogen Modeling Program(PMP)が、イギリスではFood MicroModel(FMM)が開発されました。どちらも多くのデータをもとに食品関連微生物の予測ができます。2003年には、これらの予測ソフトウェアが統合され、ComBaseというデータベースとして公開されています。ComBaseには病原性細菌と腐敗細菌を併せて5万件を超えるデータが収録されています。ComBaseの機能は「データ検索」と「予測」に分けられます。「データ検索」では、目的とする微生物種や環境条件、食品などを選択することで、増殖・死滅に関する実際の実験データや出典元、実験方法などを参照できます。一方、「予測」では、任意の条件を設定することで微生物の増殖・死滅のグラフとして見ることができます。 国内では小関先生のチームが微生物の増殖/非増殖条件を検索可能にするデータベースMicrobial Responses Viewer、 MRVを開発しています。MRV(http://mrviewer.info)はComBaseに収録されているデータから抽出した増殖/非増殖データに加えて各環境条件における増殖速度情報を追加し、データベース化することに成功しています。MRVは食品業界が求めている微生物コントロールの境界条件を直接的に検索できることが大きな特徴です。
5. まとめ食品の安全とおいしさを両立するための研究や技術開発には、多くの期待と要望が寄せられています。今回ご紹介した分野は、現代の食品の品質管理が新たなステージに進むための重要な成長領域であると考えています。またこの分野のさらなる発展のためには、限られた専門性にとどまらず、食品学、微生物学、工学、数学、情報工学など様々な分野の研究者や技術者が協力することが大変重要だと思われます。大学をはじめとした柔軟性のある研究教育機関が、このような分野横断的な研究を推進することで新たな展開も期待できると考えています。筆者も微力ながら本分野の発展とよりよい食環境の一助となるような研究を志したいです。
引用文献
略歴2007年東京農業大学博士後期課程修了(生物産業学)後、同大学食品香粧学科の助教。東京大学工学系研究科および先端科学技術研究センターの学術支援専門職員、バイオ系ベンチャー企業の研究員を経て2017年に昭和女子大学に着任し、現在に至る。 サナテックメールマガジンへのご意見・ご感想を〈e-magazine@mac.or.jp〉までお寄せください。 |
| Copyright (C) Food Analysis Technology Center SUNATEC. All Rights Reserved. |