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乳タンパク質が示す感染防御機能

岐阜大学 応用生物科学部

准教授 稲垣 瑞穂

はじめに

新生動物(生まれて間もない動物)の感染防御能は非常に低い。抗体産生能が低く腸壁の透過性が高いため、異物や病原体の侵入回避が難しいためである。そのため、新生動物の栄養供給源である乳は、新生動物の免疫や消化管の成熟を支える役割をもつ。実際に、母乳哺育は人工哺育と比較してウイルス感染症や胃腸炎1)、呼吸器感染2)などの罹患率が低いことが報告されている。本稿では、乳タンパク質が示す生体防御機能について紹介する。

 

1. 免疫グロブリン(Ig、抗体)

Igは病原体やウイルスの増殖を特異的に不活化する。感染防御の要となる抗体であるが、先にも述べたように新生動物の抗体産生能は非常に低い。そのため、母親からの抗体移行が行われる。抗体移行には胎盤を介した移行と初乳を介した移行の2種類の方法がある。ヒトは胎盤と初乳を介して、ウシは初乳を介して抗体移行を行う。

過去にウシの抗体産生能を利用し、さまざまな特異抗体の作製が試みられてきた。具体的には、母牛に抗原を過免疫し、抗原に対する特異抗体を多く含む乳を分泌させ、乳からIgを分取する手法である。抗体の効力(特異的かつ結合力の高さ)もさることながら牛乳は食経験により安全性が確認されているため、牛乳抗体の実用化の機運が高まり1970年〜1990年代にかけてヒト臨床を中心に検証が進められてきた3)。生産効率やコスト面の課題、他の技術の発展などにより牛乳抗体の実用化は一筋縄ではいかないが、今も世界では過免疫初乳の効果は検証されている。なお、日本では生後5日目までの初乳は販売が禁止されているが、6, 7日目の初乳にも十分な抗体が含まれており、ウイルス性胃腸炎の予防に期待できることが報告されている4)

 

2. ラクトフェリン(Lf)

Lfは鉄結合性糖タンパク質であり、ヒト初乳にはおおよそ5~7 g/LのLfが含まれる。乳タンパク質のおおよそ5分の1に相当し、主要な感染防御成分といえる。ウシLfの経口投与の効果は、インフルエンザウイルス5)による風邪様症状(マウス試験)、ロタウイルス6)やノロウイルス7)による胃腸炎の発症(いずれもヒト試験)を抑えることが報告されている。Lfやその分解物(ラクトフェリシン)はウイルスに応じて様々な感染阻害様式をとる8)。たとえばノロウイルスでは、標的細胞へのウイルス結合を直接的に阻害する様式9)があれば、抗ウイルス性サイトカインの産生誘導を介して間接的に阻害する様式9, 10)も報告されている。

 

3. リゾチームとラクトパーオキシダーゼ

牛乳に含まれる酵素リゾチームとラクトパーオキシダーゼは、感染防御機能を示す。リゾチームは卵白や牛乳といった食べものだけでなく、涙、唾液、血液、鼻水などの体液にも存在する抗菌物質である。細菌の細胞壁を構成するムコ多糖類を加水分解する酵素であり、さまざまな細菌に対して溶菌活性を示す。ラクトパーオキシダーゼも乳、涙、唾液などの体液に含まれる酵素であり、過酸化水素の存在下でチオシアン酸イオンの酸化を触媒しハイポチオシアン酸イオンやヒポチオシアン酸を生成する。これら生成物はグラム陰性細菌を中心に、菌体膜の破壊や細菌の増殖阻止を促す。なお、市販の牛乳は加熱殺菌されているため酵素による感染防御機能は期待できない。

 

4. カゼイン由来のペプチド

牛乳のカゼインは、αs1カゼイン、αs2カゼイン、βカゼイン、κカゼインの4種で全体の約90%を構成する。一方、人乳は主にβカゼインとκカゼインで構成され、αカゼインはほとんど含まれない。αs1カゼイン、αs2カゼイン11,12)由来のペプチドは抗微生物活性を示すことが報告されている。この他にも、κカゼイン由来の糖鎖を持つペプチド(グリコマクロペプチド)は抗ウイルス活性13)や腸管上皮細胞のバリア機能の強化14)が報告されている。こういった抗微生物活性を示すペプチドの報告では、乳タンパク質のN-末端やC-末端付近の配列のものが多い。実際に、人乳カゼインやαラクトアルブミン(後述)由来のペプチドが新生児や早産児の糞便から検出されている15)。消化管を通過する過程でタンパク質末端から切り離された多様な乳タンパク質由来ペプチドが、新生動物の消化管および消化管環境で何かしらの影響を与えているのかもしれない。

 

5. αラクトアルブミン(αLA)とβラクトグロブリン(βLG)

αLAとβLGはいずれも主要乳清タンパク質である。αLAは人乳、牛乳ともに含まれる一方、βLGは牛乳のみに含まれる。αLAとβLGに共通する特徴に細胞増殖活性があり、いずれもnative form(天然型)である場合は増殖活性を示す。この特徴を活用して、αLAおよびβLGによるウイルス性胃腸炎後の早期回復効果がマウスモデルを用いた検証により見出されている16)

細胞増殖活性を有するαLAおよびβLGであるが、加熱、薬剤、低pHなどの処理を行うと一部の分子は立体構造が少し崩れたdenatured form(変異型)をとるようになる。興味深いことにαLAおよびβLGは denatured formになると細胞増殖に対する応答が変化する。native formは細胞の分化の程度に関係なく増殖を促すのに対し、denatured formは未分化細胞(腸細胞基底の陰窩に相当する細胞)に対してはアポトーシスを誘導し、分化細胞(腸細胞の絨毛に相当する細胞、未分化から成熟し特定の形態や機能を持つようになった細胞)に対してはタイトジャンクション(細胞と細胞をつなぐ密着結合)を強化する16)。一見するとdenatured βLGは細胞に対して危険をはらむ成分に感じられるが、分化細胞で構成された腸組織に対するバリア機能の強化や腸損傷に対する早期回復が期待できるかもしれない。ただしβLGは牛乳アレルギーの原因の一つと考えられるため、アレルギーの観点からの検証が必要である。

 

6. ラクトフォリン(LP)

LPは反芻動物の乳に含まれる乳清リン酸化糖タンパク質である。これまでにLPが乳幼児下痢症の主因であるロタウイルスの複製を抑制することが報告されている17)。LPはウイルスに対する中和能(体内に侵入したウイルスや細菌と直接結合し排除することにより感染を防ぐ作用)を示さなかったため、宿主細胞への間接的なはたらきかけにより感染を阻害すると考えられているが、そのメカニズムはまだ明らかになっていない。抗ロタウイルス活性が加熱および酵素処理に耐性であることから、活性を担う主要な分子構造として糖鎖が有力視されている。

 

7. おわりに

乳タンパク質の感染防御機能について紹介させていただいた。抗微生物活性を示す乳タンパク質由来のジペプチド、トリペプチド、オリゴペプチド等のアミノ酸配列やタンパク質に修飾された糖鎖は、いずれも哺乳動物が進化の過程で獲得してきた機能と思われる。またαLAおよびβLGはその立体構造に応じて細胞に与えるシグナル伝達が変わるようである。乳タンパク質と細胞応答の解明が進むことにより細胞の機能制御や創薬につながる可能性もあるのではないかと期待している。

 

参考文献
  • 1) McCormick BJJ. et al., Am J Clin Nutr, 115(3), 759-769 (2022).
  • 2) Vassilopoulou E. et al., Pediatr Infect Dis J, 43(11), 1090-1099 (2024).
  • 3) Korhonen H. et al., Br J Nutr, 84 Suppl 1, S135-46 (2000).
  • 4) Inagaki, M. et al., Biosci Biotechnol Biochem, 74(3), 680-682 (2010).
  • 5) Shin K. et al., J Med Microbiol, 54(Pt 8), 717-723 (2005).
  • 6) Egashira M. et al., Acta Paediatr, 96(8), 1242-4 (2007).
  • 7) Mizuki M. et al., Int J Environ Res Public Health,17(24), 9582 (2020).
  • 8) Wakabayashi H. et al., J Infect Chemother, 20(11), 666-71 (2014).
  • 9) Ishikawa H. et al., Biochem Biophys Res Commun, 434(4), 791-6 (2013).
  • 10) Oda H. et al., Biochem Cell Biol, 99(1), 166-172 (2021).
  • 11) Lahov E and Regelson W, Food Chem Toxicol, 34(1), 131-45 (1996).
  • 12) Recio I and Visser S, Biochim Biophys Acta, 1428(2-3), 314-26 (1999).
  • 13) Inagaki M. et al., J Dairy Sci, 97(5), 2653-61 (2014).
  • 14) Arbizu S. et al., Food Funct, 11(7), 5842-5852 (2020).
  • 15) Beverly RL. et al., J Nutr, 150(4), 712-721 (2020).
  • 16) Kobayashi C. et al., J Dairy Res., 88(2), 221-225 (2021).
  • 17) Inagaki M. et al., Biosci Biotechnol Biochem, 74(7),1386-90 (2010).
略歴

 

稲垣 瑞穂

 

博士(農学)

2010年 岐阜大学大学院連合農学研究科博士課程修了

2016年 岐阜大学応用生物科学部 助教 

2019年 現職

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