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![]() 小麦依存性運動誘発アナフィラキシーとは
![]() 中部大学 応用生物学部 食品栄養科学科 講師 香西 はな 1.はじめに近年、食物アレルギー患者は増加の一途をたどっている。2020年の全国調査1)によると、原因食物は鶏卵が最も多く33.4%、次いで牛乳が18.6%、木の実類が13.5%であった。年齢群別でみると、0歳群は鶏卵、牛乳、小麦で96.2%を占めた。1・2歳群から7-17歳群までは、鶏卵、牛乳、木の実が上位3品目を占め、18歳以上群では、小麦、甲殻類、果物類の順であった。年齢を経るに従い、主要なアレルギーの原因食物の種類が異なっている。 食物依存性運動誘発アナフィラキシー(FDEIA)は、ある特定の食物摂取後に運動負荷が加わった場合に発症する疾患であり、運動以外でも、非ステロイド性抗炎症薬の内服やアルコールの摂取でも同様の病態が起こり得る。症状としては、吐き気、蕁麻疹、血管性浮腫、鼻炎、呼吸困難、喘息、意識障害などのアナフィラキシーショック症状が報告されている2)。原田ら3)は、1983年から1998年までの16年間に渡る長期間に症例報告されてきた167例のFDEIAを集計し、その原因を分析した。その臨床的特徴は、1)10歳代の男性に好発する、2)原因食品としては小麦が最多で次いでエビである、3)基本的にⅠ型アレルギーに基づく反応である、と報告している。
2.小麦依存性運動誘発アナフィラキシー(WDEIA)小麦が原因で発症する運動誘発アナフィラキシー(WDEIA)については、小麦の主要アレルゲンを究明した幾つかの研究がある。1997年、Varjonenら4)はWDEIAの主要アレルゲンがグリアジンであることを報告した。2003年、Lehtoら5)はWDEIA患者においてω-5グリアジンに対する免疫グロブリン(抗体)IgE、IgAの上昇を報告した。Palosuoら6)は小麦アレルゲンと運動との関わりについて、ω-5グリアジンのペプシン消化物はトランスグルタミナーゼの働きで複合体を形成し、分子量の大きな重合物を形成することを報告した。この重合物はペプシン分解物より顕著にWDEIA患者血清IgEと結合することが示されている。彼らは、トランスグルタミナーゼはストレスによってカルシウムイオンレベルを上昇させるという文献を引用しながら、運動によってもカルシウムイオン濃度が上昇しトランスグルタミナーゼが活性化され、ω-グリアジンは消化酵素による分解後でも大きなペプチドを形成するためアレルゲン活性が高くなると考察している。2004年、Matsuoら7)は、WDEIA患者血清中IgE が結合するω-5グリアジンの部分ペプチドを明らかした。IgEが結合するω-5グリアジンの部分ペプチドは、ω-5グリアジンの全域にわたって繰り返し含まれていることから、経口摂取後、消化酵素により分解を受けても抗原性が保持されやすいと考察している。このようにω-5グリアジンが患者血清に含まれるIgE の抗原であることはアレルギー感作を誘導しており、再度のアレルゲンの侵入により症状を誘発する可能性は高いと推定される。我々は、グリアジンで感作させたWDEIAモデルマウスを作製し小麦タンパク質の吸収について調べたところ、小麦タンパク質の中でグリアジンが、グリアジンの中でもω-5グリアジンがマウスの体内に吸収されやすいことを明らかにした8,9)。さらに、このマウスの血清とω-5グリアジンとの反応性をELISAとIgE immunoblottingで調べたところ、ELISA ではグリアジン特異IgEの74%がω-5グリアジン特異IgEと反応し、IgE immunoblottingでは大部分がω-5グリアジンと反応した。これらの結果から、ω-5グリアジンは、感作マウスの血清中IgEと強く反応すること、IgE産生を誘導させやすいタンパク質であることが示唆された9)。 一方、アレルゲンの体内侵入における運動の影響については、Yanoら10)が、卵白リゾチームで感作させたマウスにアレルゲン投与後、運動を負荷し、肝臓組織を免疫蛍光抗体法によって観察したところ、より多くのアレルゲンが体内に取り込まれていた。さらに、小腸粘膜上皮組織をヘマトキシリン・エオジン(HE)染色して観察すると、小腸絨毛の脱落のような損傷があった。この小腸粘膜上皮組織の著しい損傷は、アレルゲンあるいは運動それぞれ単独の場合より、アレルゲン投与後に運動を負荷するとより強く認められたことを報告している。この損傷箇所からより多くのアレルゲンが体内に侵入することが考えられる。
3.ω-5グリアジン小麦タンパク質は溶解性の違いにより、水/塩可溶性のアルブミンとグロブリン、アルコール可溶性のグリアジン、稀酸・稀アルカリ可溶性のグルテニンに分類される。グリアジンとグルテニンで構成されているグルテンは、小麦全タンパク質の約80%と大部分を占める貯蔵タンパク質であり、製パンの過程でドウ(生地)の形成に重要な役割を果たす。グリアジンは1本のポリペプチド鎖から構成される単量体タンパク質であり、酸性条件下でのポリアクリルアミドゲル電気泳動(Acid-PAGE:グリアジンを高解像度で分離可能)によって、α/β-グリアジン(28-35 kDa)、γ-グリアジン(31-35 kDa)、ω-グリアジン(39-55 kDa)に分類され、構成比はω-グリアジンが最も少ない(表1)11, 12)。さらに、ω-グリアジンはω-1,2 グリアジンとω-5 グリアジンに分けられる。ω-5 グリアジンのアミノ酸組成は、グルタミン、プロリン、フェニルアラニンが非常に多く全体の約80%を占め、メチオニンやシステインがほとんど含まれていない。また、繰り返し配列を多く含むことが特徴である。
表1.グリアジンの分類と特徴
4.ω-5グリアジンの低アレルゲン化に向けた取り組み小麦は、一般的に加熱などの調理や加工の操作が加えられて食べられる。小麦加工食品には、固形のドウを形成させて調製されるパンや麺類、あるいはドウの形成を極力抑えた流動性を持つバッターから調製されるホットケーキやお好み焼きなどがある。十分に混ねつ(粉体と液体を加えて練る)し、寝かせてドウを形成させて加熱すると、グリアジンとグルテニンの間で-SH、S-S 交換反応が生じ、変性・凝固物(グルテン)が形成される。バッターでは十分なドウは形成されないために、グリアジンの変性は十分に生じない可能性が高いと考えられる。田中ら13)は、市販されている小麦加工食品を用いて、グリアジンの検出を行った結果、バッターに比べ、ドウから調製された加工品のグリアジン量は著しく減少していた。しかし、全ての加工食品からω-グリアジンが検出され、ドウから調製した小麦加工食品のグリアジンは、ほとんどがω-グリアジンであった。ω-グリアジンは、-SH、S-S 交換反応に必要なシステインを全く含んでいないことから、ドウ形成のネットワークに関与せず、消化吸収過程で抗原性を保持した状態で吸収されるのではないかと考察している。WDEIA患者が発症前に食べた加工食品の種類が多様であることを裏付けるものであり、ドウ形成の有無にかかわらず、いかなる調製方法によっても変性しにくいω-グリアジンがWDEIAの主要アレルゲンとなる可能性が小麦加工食品の特徴から示唆された。したがって、WDEIAを防止するためにはω-グリアジン含量を下げることが重要となる。 ω-5グリアジンを低アレルゲン化させる試みとして、遺伝子組み換え技術を用いたω-5グリアジン欠損小麦が開発されている14,15)。しかし、一般家庭での食品加工方法では、ω-5グリアジンの低アレルゲン化を行うことが難しい。現在、我々はω-5グリアジンの特性を利用した低アレルゲン化を検討している。その一つに、アシタバ粉末を添加したパンの調製がある。アシタバは、日本固有のセリ科 Angelica属の大型多年生草本であり、原産地は八丈島といわれている。抗酸化作用、血圧上昇抑制作用、コレステロール低下作用など様々な生理作用が報告されている16)。我々は、アシタバのアレルギー抑制作用に着目し、実験を進めている。食パン中の小麦粉量の3%をアシタバ粉末に置換したアシタバパンを調製し(図1)、Acid-PAGEによりω-5グリアジンの変化をみたところ、コントロールパンと比べアシタバパンでω-5グリアジン様タンパク質の低減が認められた(図2)17)。さらに、置換量を増やすと濃度依存的にω-5グリアジン様タンパク質が低減していた。すなわちアシタバ中の何かがω-5グリアジンの低減に影響を与えている可能性が示唆された。ω-5グリアジンが減少した理由について、ポリフェノールの関与が考えられる。Perotら18)は、クランベリーから抽出したポリフェノールがグリアジンと複合体を形成したことにより、アレルゲン性が低下したと報告している。アシタバ中のポリフェノール成分はクロロゲン酸、ケルセチン、カルコン類、クマリン類などが含まれる16)。アシタバに含まれるこれらポリフェノールとω-5グリアジンが複合体を形成したことによりアレルゲン性が低下したのではないかと推察した。変性しにくいω-5グリアジンが食品成分の相互作用により低減するのであれば、一般家庭での活用も期待される。
5.おわりにWDEIA に関する研究は、発症メカニズムの解明や診断精度の向上、低アレルゲン化に向けた取り組み等、徐々にではあるが進みつつある。臨床の現場では、血液検査の結果で一律に食物を除去するなどの指示がいまだに見られる。食物アレルギーの診療の手引き2023では、正しい診断に基づいた必要最小限の原因食物の除去を原則とし、食べられる範囲の量を除去する必要はなく、むしろ食べられる範囲までは積極的に食べるように指示することが望ましいとされている19)。我々は、ω-5グリアジンの低アレルゲン化について、患者やその家族が実際の食生活で取り入れやすい方法を探索している。具体的には、ω-5グリアジンの特性を利用して、他の食品成分との相互作用や様々な調理法、詳細な調理条件の検討による低アレルゲン化に向けた取り組みを行っている。また、得られた研究成果について、アレルギーモデルマウスを用いた消化吸収、アレルギー評価を行うことで、多角的に検討を進めていきたい。 参考文献
略歴
香西 はな(こうざい はな)
管理栄養士として給食会社に勤務した後、大学院で、小麦依存性運動誘発アナフィラキシーの発症メカニズムを研究。大阪府立大学の講師を経て、アフリカのザンビア共和国にてボランティア活動に従事。2014年より現職。主な担当科目は給食経営管理論。 サナテックメールマガジンへのご意見・ご感想を〈e-magazine@mac.or.jp〉までお寄せください。 |
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