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![]() 米の粉食化技術(小麦粉用途に使用できる米粉の製造技術)
![]() 新潟食料農業大学 食糧産業学部
教授 吉井 洋一 はじめに日本において主食といえば米との認識が続いているが、総務省家計調査によれば2019年以降家庭における消費金額ではパンが米を抜いてトップとなっている。これは、パンはそのまま食べられるように調理済み食品としての要素を備えており容易に食事に供することができるのに対し、米は研いだ後に炊飯するなど調理に手間と時間を要することが原因となっていることが類推される。 パンや麺などの小麦を原料とした食品は、小麦粒を粉砕した小麦粉を原料として製造されるのに対し、米の場合はご飯に代表されるように粒のまま食される場合がほとんどである。これには、写真1に示したように、米粒の断面構造は楕円形で糠層が外周を取り巻き、中心部から放射状に細胞膜に包まれた澱粉が詰まっているのに対し、小麦は外皮が粒の中心部までくい込み、ハート型を呈していることが関係している。米は胚乳部が硬く精米機で糠層が簡単に除去できるのに対し、小麦は外皮が粒の中心部までくい込んでいるため中心部の外皮を取り除いて米飯のように炊く等の粒加工が極めて難しくなっている。また、小麦の粒は粉質であるため米に比べ軟らかく崩れやすい。仮に、米飯のように炊飯しても食味が著しく劣り、粒食に適さないことが大きな原因となっていると推察される。 本稿では、米の用途拡大の一環としてパンや麺などの小麦粉用途に使用する場合に不可欠となる米粉の微細化技術(粉食化技術)について紹介したい。
写真1 玄米と小麦の断面
1.米粉の種類と用途米粉は基本的には米を細かく砕いたものであり、奈良時代から作られていた。この米粉の加工特性は、製粉方法により異なるが特に米粉の粒度分布が大きく関係しており、粒度が細かいものほど吸水率が高くなり、団子に加工した場合に柔らかく、舌ざわりが滑らかで粘りの強い食感となることが認められている1)。この米粉は図1のように、生の米を水洗後粉にした生粉製品と、団子や餅にしてから粉にした糊化製品に大別され、それぞれに粳米(うるち米)と糯米(もち米)を原料にしたものがある。生産量はうるち米をロール製粉機により粉砕した上新粉の生産量が圧倒的に多くなっている。うるち米を原料とした上新粉や上用粉は団子や柏餅、上用饅頭に、もち米を原料とした白玉粉、もち粉などは大福餅や求肥(ぎゅうひ)菓子に、寒梅粉、みじん粉は打ち菓子などに利用されてきたが、いずれも菓子類の原料としての利用が主であり、主食分野への利用はほとんどないに等しい。
![]() 図1 米粉の種類と用途
ここで,製粉方法の異なる米粉の理化学的特性は表1に示したとおりであり、製粉方式により粉の粒度分布・澱粉損傷度・飽和吸水率・アミログラフによる最高粘度が異なることが認められる。これら理化学的特性値のうちで澱粉損傷度が製粉方式により大きく異なるのは、以下の理由によると考えられる。米粒は写真1に示したように外層と内層の組織の並び方が異なるために外層と内層の硬度が異なり、組織構造のはっきりした外層は硬く通常の製粉においては粗くなるのに対し、柔らかい内層は細かい粉となる。そのため、粗い部分が多いと再度粉砕する必要があり、澱粉の熱損傷を引き起こすこととなる(澱粉損傷は外見的には澱粉粒の崩壊が、科学的には澱粉分子の低分子化として認められる。この澱粉損傷度が高くなると粉の吸水率が高くなり生地がべた付くようになるとともに風味に悪影響をおよぼすなど品質への影響が大きくなる)。小麦粉(強力)は200メッシュの篩(穴目寸法74μm)を70%以上通過するのに対し、最も微細で品質が良いとされる胴搗粉(どうつき粉)でも60%程度と小麦粉に比し粗い粉であるところから、小麦粉並みに細かく粉砕しようとすると必然的に澱粉損傷度が高くなることが予想される。
表1 各種米粉の理化学的特性1)
2.米粉パンに適した米粉の具備条件米粉パンは①小麦粉に米粉を添加し製造したパン、②米粉に小麦グルテンを混合して製造したパン、③グルテン以外の添加物を加えて製造したパンの3種類に大きく分類することができる。ここで、米粉に小麦グルテンを混合して製造する米粉パンは、使用する米粉の粒の大きさおよび澱粉損傷度により、パンの膨らみや食感が異なることが明らかにされている2)、3)、4)。 米粉パンの品質指標としての比容積と粒度の関係をみると写真2のとおりである。すなわち、200メッシュ篩通過率が高くなるほど米粉パンが大きく膨らむことが認められる。また、米粉パンの比容積と澱粉損傷度との関係は、図2に示したように澱粉損傷度が高くなるほど比容積が低下することが認められている4)。 このようなことより、比容積3.0ml/g以上の米粉パンの製造には、200メッシュ篩通過率が90%以上かつ澱粉損傷度が7%以下の米粉が適していると考えられる。
![]() 写真2 米粉の粒度と米粉パンの比容積
![]() 図2 米粉のデンプン損傷度と米粉パンの比容積
3.微細米粉の製造技術前述のように小麦の内部構造は粉質(粒内部に粉が詰まった状態)であるのに対し、米では丸味を帯びた澱粉複粒が密に詰まった細胞が石垣状に並んだ組織構造をしているために硬く、そのまま粉砕するとガラスビーズを砕いたように種々の形状の粒子が混在した粉となり、既存の製粉機では製粉時の澱粉損傷を抑えながら小麦粉並みもしくはそれ以上に微細な米粉を製造することは困難であった。そこで、気流式製粉機の利用について検討を行った。気流式製粉機を用いる際に、粗い米粉となる米粒外周部を①予備粉砕または②酵素(ペクチナーゼ)による組織構造の破壊の2方法が有効と考えられる。 気流式粉砕機は写真3に示したような構造をしており、内部のローターが高速回転する際に生じる気流により内壁もしくは米粒同士の衝突により粉砕を行う。結果は表2のとおりであった。うるち精米を直接粉砕するよりも水漬けした方が200メッシュの篩通過部が多いにもかかわらず澱粉損傷度が2.5%と低く抑えられていた。特に、水浸漬米をスムースロールにより米粒外周部も強制的に扁平につぶしてから気流粉砕機で粉砕することによりさらに小麦粉に近い(またはそれ以上に細かい)微細な米粉を調製できる ことが認められた。この気流式粉砕機の場合に澱粉損傷度が低く抑えられるのは、粉砕に伴う熱エネルギーが乾燥(粉砕時の水分の蒸発)に消費され品温上昇を抑えることができるためと考えられる。
![]() 写真3 気流式粉砕機の内部
表2 気流式製粉機による米粉の性状
このように、水浸漬後予備粉砕を行い気流式粉砕機で粉砕、または酵素処理後に気流式粉砕機で粉砕することにより微細かつ澱粉損傷度の低い米粉となることが認められる。このような特長を有するところから、予備粉砕後に粉砕して得られた米粉は、米カステラのほかソフトで浮きのよい米菓製造への適性が高く、もち米を同様に処理したものは大福餅やぎゅうひ菓子のなめらかな食感・日持ち延長の面で優れている。また、酵素処理を行った米粉は、粒形が丸みを帯びており、水の浸透性やグルテンとの親和性が高く、米粉パンの製造に最も適する性質を有することが認められた。
4.米粉パンの品質改善小麦粉を用いてパンを製造する場合、小麦粉中のグルテンがパンの膨化に大きな役割を果たしている。これに対し、米はグルテンを含まないために、前述の酵素処理米粉にバイタルグルテンを15%添加混合して小麦粉と同様の操作でパンを製造しても、発酵途中で生地が割れガスが抜けてしまい良好なパンを製造することは困難である。このようなことから、米粉パン製造に適した作業工程の選定が重要と考えられる。小麦粉では生地のミキシング工程で小麦粉中のグリアジンとグルテニンが絡み合ってグルテンが形成される。これに対し、米粉パンの場合は一度形成されたグルテン(バイタルグルテン)が添加使用されるため、ミキシング工程はグルテンを再形成させることになり、結果的にグルテンを過度に損傷させることになる。これを防ぐためには、ミキシング後直ちに分割・成型、ホイロ発酵に移る工程を経て製造することが必要となる。このようにして製造された米粉パンは、小麦粉パンよりも水分が約4%多く含まれるためにしっとりとしてモチモチ感が強く、トーストした場合に表面がパリッとするなど、独特の特徴を有する。 さらに、近年では、小麦アレルギー対応の視点から、小麦由来であるバイタルグルテンの代わりに増粘多糖類等を使用した米粉パンの製造技術が開発され、いわゆるグルテンフリー食品として小麦アレルギー患者・セリアック病患者のQOL(quality of life:生活の質)向上に貢献している。
終わりにパン・麺などの新規用途向け米粉用米の生産量は令和4年には45千トンに達しているが、国内での米粉を利用した食品の認知度が高いとは言えない状況が続いている。このようなことから、農林水産省では米粉を使用した食品の特徴として、パンや麺では”もちもち”した食感、てんぷらや唐揚げでは吸油率が低くサクサク感が長く続くことを消費者に紹介するとともに、米生産者、米粉製造者および食品製造業者に米粉パン、米粉麺に適した品種として、それぞれ「ミズホチカラ」、「越のかおり」などを紹介している。 また、米粉製造者においては平成29年に「日本米粉協会」が設立され、「1番:菓子・料理用」「2番:パン用」「3番:麺用」といった統一の用途表記を行う「米粉の用途別基準」を開始している。さらに、海外における米粉の需要を創出し、輸出を拡大していくことを目標に海外のグルテンフリー市場の取り込みを狙い「ノングルテン米粉(グルテン含有量1ppm以下)の第三者認証制度」の運用を開始している。 このように、さらなる米粉の需要拡大に向け官民を挙げて様々な取り組みが行われており、本稿がその一助となればと幸いである。
参考文献
略歴吉井 洋一 新潟食料農業大学 食糧産業学部 教授
新潟大学農学部卒業後新潟県農業総合研究所食品研究センターを経て2022年より現職。 米の加工利用を中心として地域特産農産物の特徴を生かした食品の製造を研究テーマとしている。 サナテックメールマガジンへのご意見・ご感想を〈e-magazine@mac.or.jp〉までお寄せください。 |
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