(一財)食品分析開発センター SUNATEC
HOME > 超臨界流体抽出・分離技術を用いた新たな食品分析
超臨界流体抽出・分離技術を用いた新たな食品分析
九州大学 生体防御医学研究所
教授 馬場 健史

1.はじめに

近年の質量分析計のめざましい発展により、食品分析においても質量分析(MS)が積極的に利用されるようになってきている。質量分析においては、通常クロマトグラフィーと接続したクロマトグラフ-質量分析計のシステムが用いられることが多い。各種クロマトグラフィー質量分析の分離分析方法が開発されているが、分析対象化合物によりそれらに適したクロマトグラフィー法が選択される。ガスクロマトグラフィー(GC)は揮発性の成分の分離に好適であり、また、液体クロマトグラフィー(LC)は、カラムと移動相を選択することにより、親水性から疎水性の幅広い成分の分離が可能である。食品分析において頻用されているGC、LC以外に、超臨界流体を移動相として使用する超臨界流体クロマトグラフィー(supercritical fluid chromatography: SFC)がある。SFCについてご存じない方もおられると思うので、本稿では、質量分析を接続したSFC/MSを用いた新たな分析手法の開発を中心に、SFCの食品分析における有用性、可能性について実例を示しながら解説させていただきたい。また、SFCと同じく超臨界流体を利用した抽出技術である超臨界流体抽出(supercritical fluid extraction: SFE)についても、SFCと組み合わせた抽出分離技術を含めて紹介する。

 

 

2.超臨界流体とは

超臨界流体(supercritical fluid)は、温度と圧力が気液の臨界点を超えた状態の流体であり(図1)、液体の持つ溶解性と気体の持つ拡散性の両方の物性を持ち合わせた理想の溶媒といえる。温度と圧力を制御することで、溶媒物性を自由に変化させることができることから、用途に応じた溶媒性能を付与できる高機能の媒体である。超臨界流体はこれまでに抽出、分離・精製、反応などにおいて利用されており、その他にも洗浄、染色、粉末化、発泡など幅広い分野で超臨界流体の特徴を生かした利用方法が検討されている。また、超臨界流体を利用した技術は有機溶媒の使用量を低減すことができることから、低環境負荷のグリーンテクノロジーとして、近年再度注目されている。食品分野においても、超臨界流体を抽出媒体として使用した超臨界流体抽出および超臨界流体クロマトグラフィーがデカフェコーヒーやエッセンシャルオイルの製造、油脂の分離、精製に実用的に利用されている1)

 

図1 物質の状態図

 

 

3.超臨界流体クロマトグラフィーの特徴

超臨界流体は、低粘性、高拡散性であることからクロマトグラフィーの移動相として好ましい性質を有している。高いカラム効率を示すことから分離能が高く、またカラムにかかる背圧が低いことから分離能を損なうことなく流速を上げることができ、短時間での分析が可能である。分析が終わってからの平衡化時間もHPLCと比べて短いことから、多検体のハイスループット分析に好適な分離手法である。移動相として一般的に用いられる超臨界二酸化炭素は、ヘキサンに近い低極性であることから、SFCは脂溶性化合物の分離・分析に適している。また、超臨界二酸化炭素にモディファイアとして有機溶媒を添加することにより、極性化合物の分離も可能になることから、幅広い極性の成分を分離することが可能である。

SFCのシステムは、ほとんどHPLCと変わらないといっても過言ではなく、HPLCの装置に二酸化炭素を送液するポンプと超臨界状態を保つための圧力制御を行う装置を追加したものである(図2)。検出器としてもHPLCと同じ紫外/可視分光検出器(UV/VIS)、蒸発光散乱検出器(ELSD)、質量分析計(MS)などが用いられている。また、SFCではHPLCで使用しているカラムをそのまま使用することができる。SFCにおいても、基本的にはHPLCにおける順相、逆相と同じ分離モードを示すが、逆相カラムを用いた場合には、HPLCではほとんど影響しないシリカゲルの残存シラノール等の極性基との相互作用により順相と逆相の両方の分離モードを同時に示すことがあり、これが拡散性の高い超臨界流体を移動相に用いるSFCの特徴的な分離である2)

 

図2 SFC装置のシステム構成

 

 

4.SFCを利用した食品成分の分離・分析

これまで我々のグループでは、SFCの効果的な利用を目指して様々な成分の分析手法の開発に取り組んできた。その中でも脂質のメタボロミクス(リピドミクス)分析系の開発に精力的に取り組んできたので、本稿ではSFC/MSを用いたリピドーム分析系の開発について紹介する。

リピドーム分析は、クロマトグラフィーを用いないダイレクトインヒュージョンMS法や逆相LC/MS法が一般的に用いられていたが、それぞれ異性体や低濃度成分の分析や定量性に課題があった。そこで我々のグループでは、脂質の種類(脂質クラス)ごとの分離に適した順相系のカラムを用いたSFCを分離系として用い、三連四重極型質量分析計(QqQMS)を接続した定量リピドーム分析系の開発に取り組んだ。各脂質クラスの高解像度分離が可能なSFC分離系を構築するとともに、幅広い脂質をターゲットした多重反応モニタリング(multiple reaction monitoring: MRM) in silicoライブラリーを構築した。また、脂質クラスごとに内部標準物質を用いて脂質クラス内の個々の脂質分子のマトリクス効果を一斉に標準化する定量分析系を開発した。SFC/QqQMSを用いることにより、これまでにない幅広い脂質の一斉分析を可能にするワイドターゲット定量リピドーム分析法の開発に成功した(図3)3)

 

図3  SFC/QqQMSを用いた新規ワイドターゲット定量リピドーム分析法の開発

(A):ジエチルアミンカラムを用いたSFCによる脂質クラス分離(ポジティブ検出)、(B):ジエチルアミンカラムを用いたSFCによる脂質クラス分離(ネガティブ検出)、(C):質量分析によるPC分子種の分離(ネガティブ検出)

 

上記のリピドーム分析系の他に、SFC/MSを用いた残留農薬分析系も開発している。通常疎水性と親水性の農薬をGC/MSとLC/MSで分けて分析するが、SFC/MSを用いると幅広い極性の農薬が一斉分析可能である4-6)。また、SFCとLCの両方の分離モードを連続して使用することにより脂溶性、親水性ビタミンの一斉分析に成功しており、SFCの新たな分離モードとしてUnified Chromatography(UC)を提唱し、その有用性を示した7)

食品サンプルへの適用例については、これまでにダイズ中のトリグリセリドの分析8)、温州ミカン中のβ-クリプトキサンチン類の分析9)、味噌中のアシルグリセロール、脂肪酸の分析10)などについて報告している。最近SFC/MSを用いた食品分析の論文が多数報告されていることから、是非興味ある成分、分析サンプルで検索してみて頂きたい。

 

 

5.SFE-SFCによる食品中成分の分析

SFEは超臨界流体を抽出媒体として用いる抽出法であり、有機溶媒などの液体を用いた抽出法と比べて様々な利点を有している。超臨界流体は浸透性が高いため高効率、短時間での抽出が可能である。また、温度と圧力を調節することで溶解力を変化させることができるため、目的成分に適した条件に設定することにより選択的な抽出が可能である。また、暗黒、無酸素での抽出が可能であることから、一般的な液体抽出の時に起こる酸化反応などによる変性を防ぐことができる。さらに、二酸化炭素は常圧に戻すと自然に揮発するため、抽出後の溶媒濃縮に要する時間とコストを低減することができる。SFEを用いた食品成分の抽出に関しては多くの論文が報告されているが、紙面の関係で今回は割愛させていただく。本稿では、我々のグループで取り組んでいるSFEとSFCをオンラインで接続した抽出・分析技術の開発について紹介する。

SFEと超臨界流体クロマトグラフィー質量分析計(SFC/MS)をオンラインで接続した分析系(SFE-SFC/MS)を用いたコエンザイムQ10の酸化体および還元体の精密分析が可能な分析系を構築した11)。コエンザイムQ10の還元体は非常に酸化されやすいため、抽出操作や分析前のサンプル保管時に一部分が酸化体に変化してしまう。しかし、オンラインSFE-SFC/MS分析系においては、抽出、分析操作を暗黒、無酸素で行うことができるため、還元体の精確な分析が可能である。

また、我々のグループでは、オンラインSFE-SFC/MSによる残留農薬分析システムの開発にも取り組んでいる。複雑で時間のかかる食品からの農薬成分の抽出をSFEで行い、抽出物をそのままSFC/MSにより分析を行うことが可能である。本分析系の構築にあたっては、SFEで抽出された高濃度抽出物を極少量SFCにインジェクションすることが可能なスプリットシステムの開発が必須であった。新規スプリットフローシステムの開発に成功し、幅広い農薬の抽出、一斉分析が可能になった12,13)

 

 

6.おわりに

上記でお示ししたように超臨界流体抽出・分離技術は、食品成分の分析における新たな手法として、非常に有用である。有機溶媒の使用量を低減でき、短時間での抽出・分析が可能であり環境負荷が少ないことから、今後グリーンテクノロジーとして改めて注目されるようになると思われる。SFC、SFEはこれまで十分に活用されてない状況であり、装置開発、アプリケーション開発も途上であることから、今後さらなる発展を遂げることが期待される抽出・分離技術である。本稿を機会に多くの方がSFC、SFEに興味をもっていただき、ユーザーの輪が広がっていくことを切に願う。

 

 

参考文献
略歴

 

馬場 健史(ばんば たけし)

 

1994年
岡山大学農学部卒業
1996年
岡山大学大学院農学研究科修士課程修了
1996年
(株)日本生物科学研究所研究員
1997年
(株)JBDL主任研究員
2001年
大阪大学大学院工学研究科博士後期課程単位取得退学
日立造船株式会社主任研究員(NEDOプロジェクト博士研究員)
博士(工学)学位取得
2006年
大阪大学大学院薬学研究科 助手
2007年
大阪大学大学院薬学研究科 助教
2008年
大阪大学大学院工学研究科 准教授
2015年
九州大学生体防御医学研究所 教授

 

他の記事を見る
ホームページを見る

サナテックメールマガジンへのご意見・ご感想を〈e-magazine@mac.or.jp〉までお寄せください。

Copyright (C) Food Analysis Technology Center SUNATEC. All Rights Reserved.