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フルクトース誘導性の脂肪肝に対するミオイノシトールの予防作用
岐阜大学 応用生物科学部
准教授 島田 昌也

1. はじめに -ミオイノシトールの抗脂肪肝作用-

 ミオイノシトール(myo-inositol; MI)は、グルコースと類似した構造をもつ糖アルコールであり(図1)、9つあるイノシトール異性体の中でも最も強い生理活性を示す。私たちは、遊離のMI、フィチン酸(イノシトール-6-リン酸)、ホスファチジルイノシトールなどの形態で様々な動物性・植物性食品からMIを日常的に摂取している。MIの代表的な生理作用の一つは抗脂肪肝作用であり、スクロースの過剰摂取(高スクロース食)によって誘導した脂肪肝(肝臓への中性脂肪(triacylglycerol;TAG)蓄積)を短期間で効果的に予防することが古くから動物実験で報告されている[1、2]。この予防効果は、脂肪酸β酸化経路の亢進よりもむしろ脂肪酸合成経路の抑制と関連がある。一方、脂肪の過剰摂取(高脂肪食を摂取)によって肥満を伴う脂肪肝を誘導した場合には、MIは白色脂肪組織の重量を減少させるものの、肝臓TAG量を減少させなかった[3]。それゆえ、MIは遊離脂肪酸の肝臓への流入がもたらす脂肪肝よりも、過剰に摂取した単糖(グルコースやフルクトース)の肝臓への流入がもたらす脂肪肝、すなわち「余剰の糖から脂肪への変換」に対して予防作用を発揮する可能性が高い。

 スクロースはlipogenic sugarとして知られており、その構成糖の一つであるフルクトースが脂肪酸合成さらにはTAG蓄積の亢進に大きく寄与する。それゆえ、フルクトースはスクロースよりも強力なlipogenic sugarであるといえる。フルクトースの過剰摂取による脂肪肝誘導のメカニズムは昨今新たな報告もなされているが、よく知られたものとしてフルクトースは解糖系の律速酵素であるホスホフルクトキナーゼ(phosphofructokinase 1;PKF1)によって触媒される段階をバイパスして解糖系に流入し余剰のアセチルCoAを産生し易いことに起因する(図2)。そこで本稿では、肝臓においてスクロースよりも脂肪酸合成を強力に誘導するlipogenic sugarであるフルクトースの過剰摂取によって誘導した脂肪肝に対するMIの予防作用について、私たちの研究室のデータに基づきご紹介させていただく。

 

2. フルクトースの過剰摂取が誘導する脂肪肝に対するミオイノシトールの予防作用

先にも述べたが、解糖系の律速酵素PFK1をバイパスしたフルクトースは、フルクトース分解に関与する酵素ketohexokinase(KHK)、aldolase B(ALDOB)などの作用を受け、脂肪酸合成さらにはTAG合成・蓄積へ向かう経路を活性化させる。私たちは、ラットにフルクトースを短期間過剰に摂取(高フルクトース食を摂取)させ脂肪肝を誘導する際にMIを補充し、肝臓TAG蓄積に及ぼす影響を検討した。その結果、MIは肝臓TAG蓄積を著しく低下させることに加え、上流のフルクトース分解系から脂肪酸合成、さらには中性脂肪合成の初期段階の経路までを抑制する可能性を、定量リアルタイムPCRやイムノブロットによる発現解析により明らかにした(図3)[4、5]。

このような脂肪合成に関与する酵素の遺伝子発現を制御する転写因子には、一般的にグルコースの流入によって活性化されるcarbohydrate-responsive-element-binding protein(ChREBP)および摂食時に分泌されるインスリンによって活性化されるsterol regulatory element-binding protein-1c(SREBP-1c)の二つがあり、これらが協調して作用する[6]。ChREBPは標的遺伝子プロモーターのcarbohydrate response element(ChoRE)に結合し、またSREBP-1cは標的遺伝子プロモーターのsterol regulatory elements(SRE) に結合し、標的遺伝子の発現を上方調節する[6]。そこで、MIによる脂肪合成系酵素の遺伝子発現の低下には、ChREBPとSREBP-1cのどちらかあるいは双方が影響するのかを検討することとした。対象とした遺伝子は、脂肪酸の鎖長伸長に関与する酵素である

ELOVL6遺伝子であり、これはフルクトースによって強く発現が誘導され、かつラットプロモーター上流の-500 bp付近以内にChoREおよび SREに類似した配列を複数もつ(図4)。
クロマチン免疫沈降法により、ELOVL6プロモーター上へのChREBPおよびSREBP-1の結合量を調べた結果、MIはSREBP-1の結合量に影響を与えなかった一方、-300 bp付近においてChREBPの結合量を減少させた(図5)[7]。フルクトースはグルコースよりもChREBPの核内移行(活性化)を強く促進するため[8]、フルクトースの過剰摂取によって誘導した脂肪肝において、MIがChREBPの活性化を抑制することにより、脂肪合成系酵素の発現低下を介し脂肪肝を予防することは合理的であるといえる。長期的なフルクトースの過剰摂取は高インスリン血症を誘導しSREBP-1cを活性化することが予想されるため、長期的な飼育条件でMIの抗脂肪肝作用を検討していくことは課題の一つである。いずれにしても、私たちの研究データから、高インスリン血症が起こらない短期的なフルクトースの過剰摂取が誘導した脂肪肝に対しては、SREBP-1c よりもChREBPを優先的に制御することにより、MIは抗脂肪肝作用を発揮することが考察された。

3. おわりに

今回ご紹介させていただいた私たちのデータからは、あくまで遺伝子発現制御を中心としたMIの抗脂肪肝作用メカニズムの下流を少し明らかにできただけである。摂取したMIが肝臓に到達し抗脂肪肝作用を発揮するための初動シグナル(上流のメカニズム)は不明なままである。これに関する研究は現在進行中あり、今後の研究の進展を待たれたい。

参考文献
  • [1]Katayama T.: Nutr Res,14: 699-706(1994)
  • [2]Katayama T.: Nutr Res,17: 721-728(1997)
  • [3]Croze ML. et al.: Br J Nutr, 113: 1862-1875(2015)
  • [4]Shimada M. et al.: Nutr Res, 47: 21-27(2017)
  • [5]Hibi M. et al.: J Oleo Sci, 70: 697-702(2021)
  • [6]Dentin R. et al.: Biochimie, 87: 81-86(2005)
  • [7]Hibi M. et al.: Nutr Res, 88: 28-33(2021)
  • [8]Janevski M. et al. Food Funct, 3: 141-149(2012)
略歴

島田 昌也

岐阜大学 応用生物科学部 准教授

 

静岡県立大学大学院生活健康科学研究科博士課程修了後、千葉県立保健医療大学健康科学部・助教、岐阜大学応用生物科学部・助教を経て、2015年4月より現職

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