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循環式陸上養殖
東京海洋大学 学術研究院 海洋生物資源学部門
准教授 遠藤 雅人

1. はじめに

世界の養殖生産量は1980年代から伸び続けており、現在では漁獲量を追い抜くところまで来ている1)。魚介類養殖は主に天然水域での養殖と天然の用水を引き込んで排水する養殖が行われている。特に給餌を行う養殖は生産される魚介類の数倍もの物質を天然水域に放出しており、環境汚濁の問題が課題となっている。また、海面で行う養殖に関しても適地の確保が困難になりつつある2)。そこで陸上で養殖を行う方式が注目され、特に飼育水を循環濾過して再利用する循環式養殖が広まりつつある。本報では循環式養殖の原理について解説するとともにその特徴や産業の実情について述べる。

2. 循環式陸上養殖の水処理

海産魚における循環式養殖の一般的な模式図を図1に示す。魚介類を飼育する水槽には酸素の供給と二酸化炭素の除去を行うためのエアレーションが施されており、より高密度で魚介類を飼育する際には純酸素と酸素溶解装置を用いることもある。水処理についてはまず固形物の分離を行う。古くから用いられている沈殿槽は重力によって固液分離を行う装置で、そのほかに細かい目合いのスクリーンで固形物を濾しとるドラムスクリーンフィルターなどがある。次に濁りの成分として飼育水中に存在する浮遊懸濁物を、泡沫分離装置を用いて泡の気液界面に吸着した後、浮上させて分離を行い、濁りの無い飼育水を作り出す。その後、生物濾過槽に多孔質濾材を充填し、硝化細菌をはじめとする濾過細菌を増殖させる。この濾過槽に飼育水を通水することで魚介類が排泄し、それらの生物にとって有害なアンモニアを、亜硝酸イオンを介して比較的無害な硝酸イオンへと酸化する。この過程を「硝化」という。その後、調温を行って最後に紫外線で殺菌を行って飼育槽へ返送する。これを連続的に行うことによって水質を維持する。

また、硝酸イオンについては、多くの魚種で百~数百ppm程度のアンモニアや亜硝酸態窒素と比較して高い耐性を示すが、飼育水中への蓄積にも限界がある。そこでこの硝酸イオンを脱窒細菌の働きを利用して気体窒素に変換する方法もある。これには脱窒用の嫌気的な環境とエネルギー源としてグルコースなどの炭素や硫黄の添加が必要となる。

近年、微量のオゾンや塩素を飼育水に添加してアンモニアから直接脱窒を行う物理・化学的な水処理装置も開発されている。その処理方法について従来法と合わせて図2に示す。これは飼育水中のアンモニア(アンモニウムイオン)を一旦吸着剤で捕捉し、そこへオゾンや塩素を反応させて気体窒素に変換するものである。オゾンや塩素は飼育水の殺菌に効果を発揮するが、過剰に発生させると魚介類にも影響するため、アンモニアの濃度に応じて生成量の調整を行うことが課題となっている3)

3. 環境制御

循環式陸上養殖では施設養殖という観点から様々な環境制御が可能である。基本的には最大成長を促す飼育水温設定を行い、さらに飼育水の塩分制御や光環境の制御を行うことで成長促進を行う研究成果が得られており、実用化もなされている。塩分の制御に関しては魚類の体液浸透圧に近い塩分を保つことで浸透圧に使われるエネルギーを低減し、高成長を促すことができる4)。また、光に関しては光量(光の強さ)、光質(色)、光周期(明暗周期)を制御することで成長を促進させる技術がある。光質に関してはヒラメ、マツカワ、ホシガレイなどの異体類に緑色(発光波長: 520nm付近)の光を照射して飼育すると成長促進が可能であることが示されている5)。また、ヤイトハタでは青色の光(発光波長: 465nm付近)を照射することで成長促進が可能である6)。また、ティラピアでは塩分と光周期の短縮(通常12時間明期・暗期のところ、3時間明期・暗期にする。)との組み合わせで成長促進の相乗効果が得られている2)。また、光環境を6時間明期・暗期にすることで雌の産卵を抑制し、成長を促進させることが可能であることも示されている7)

さらに循環式陸上養殖システムを用いて淡水で飼育したベステルチョウザメを出荷前の処理として1%の塩水で1週間の餌止め処理を行うことで淡水餌止めと比較して総遊離アミノ酸含量が背肉・腹肉共に高い値を示し、特にうま味と酸味を示すグルタミン酸、アスパラギン酸、うま味と甘みを示すアラニン、グリシン、セリンが高くなる傾向が認められており、おいしさの向上も可能であることが示されている(図3)8)

このように循環式養殖システムへ環境制御を導入することで生産性や品質の向上を図ることができる。

4. 物質循環

水産養殖では飼育される魚介類の排泄物によって天然水域の汚濁が問題視されている。閉鎖循環式養殖ではこれらの廃棄物をシステム内に容易に蓄積させることができるが、単独での包括的な物質利用は困難である。そこでこれらの排泄物を水耕栽培植物の肥料として用いるアクアポニックスが環境にやさしい食料生産として注目を浴びている。アクアポニックスの物質フローについて図4に示す2,9)。これによって本来天然に排出される物質の大半を処理することができ、水質汚濁物質の排出防止と食料生産を同時に行い、収入を得ながら環境保全を推進することができる。

現状、アクアポニックスの大半は淡水を用いたシステムであり、海産魚介類には適用できない。これに適合する物質循環型食料生産技術の開発が望まれている。そこで我々は海産魚類と耐塩性植物間で物質循環を行うアクアポニックスについて研究を進めている。これまでにクエの飼育廃水を用いてアイスプラントや海ぶどう(クビレズタ)の栽培に成功している(図5)10)。現在は、ヤイトハタの閉鎖循環式養殖から排出される物質の有効利用を目的として様々な耐塩性植物の栽培を試みている11)

5. 循環式養殖の産業

アメリカでは内陸部の養殖産業の発展に伴って循環式陸上養殖システムが利用されてきた。その多くはアフリカ原産のティラピアやナマズ類を対象としたものであり、前述のアクアポニックスにも広く利用されている。

チョウザメも循環式陸上養殖で生産できる対象魚種である。卵の塩蔵品であるキャビアは高級食材として知られており、天然資源の枯渇が危惧されている。このような背景から日本でも種苗生産を含めた養殖技術が開発され、閉鎖循環式陸上養殖も進められており、ティラピアなどと同様にアクアポニックス生産に利用されている。また、アラブ首長国連邦でも自動給餌装置を備えた大型施設が稼働している。

ヒラメやトラフグも20年以上前から日本で閉鎖循環式陸上養殖が行なわれている。2魚種とも低塩分に耐性があり、特にトラフグでは塩分10psu程度(1/4~1/3海水)でも十分に飼育が可能であるため、海から離れた内陸での温泉(塩化物泉)水を利用した閉鎖循環式陸上養殖も進められており、温泉地の観光商材としても利用されている。フグは、天然の餌を食べることで毒化の原因となるフグ毒を特定の部位に蓄積する。閉鎖循環式養殖の場合は、配合飼料を使用しているため、フグ毒が蓄積しない安全なトラフグを提供できる。

エビの生産にも閉鎖循環式陸上養殖が適用されている。エビの閉鎖循環式陸上養殖システムは2000年代に日本で開発され、中南米原産のバナメイエビの生産が行われてきており、大型化も進められている。

ハタ類も近年、種苗生産技術が確立し、循環式養殖の対象魚種となっている。試験的にはクエ、キジハタ、ヤイトハタの養殖技術が確立されている。

サーモンでは、循環式養殖の研究がアメリカとノルウェーで先駆的に行われ、循環式養殖の代表的な産業になりつつある。その技術を基にカナダ、アメリカ、フランス、ノルウェー、デンマークおよび中国でアトランティックサーモンが生産されており、同様にカナダ、アメリカ、中国でスチールヘッド(降海型ニジマス)の生産が行われ、大型陸上養殖施設が波及しつつある。日本においては近年のサケの漁獲不漁、円安による輸入食材の高価格化によってサーモン養殖事業の重要性も増し、内水面・海面問わず、各地で生産が進められている。循環式養殖もニジマスやギンザケを中心に生産が行われており、大型施設の建設・運用も進められている12)

日本では循環式も含めた陸上養殖業について水産庁が「内水面漁業の振興に関する法律」に基づき、届出養殖業として定め、令和5年4月1日に施行した13)。今後、この届出制度によって陸上養殖の実態を把握し、産業としての位置付けを進めることとなる。その中でも循環式陸上養殖は立地を選ばず、人間の生活圏に最も近い養殖形態であることから今後の生産量増大に伴ってより身近な存在になると考えられる。

6. 最後に

養殖業界においてもDX(Digital transformation)化が進行しており、様々な水質センサーやCCDカメラなどのデータ収集および自動給餌などの飼育を支援するIoT機器が導入されている。各種センサーからの水質データやカメラ映像は、AIによる解析が行われ、水質データから養殖環境を分析して管理方法を指南したり、画像から体重を推定したりすることができるようになってきている。循環式陸上養殖は、陸上において水処理装置をはじめとする飼育機器を駆使してこれまで述べてきた環境制御のように天然では実現不可能な飼育管理を行うことができる。これにIoT機器を導入し、AIを活用した管理が実現できれば、次元の異なる飼育によるこれまでにない高い生産性を実現できる可能性も秘めている。このような新しい優れた技術によってまずは人間の飼育・管理を支援するツールの高度化が行われ、最終的には無人で自動飼育が可能な養殖生産の展開が期待される。

引用文献
  • 1)水産庁 (2021) 水産業をめぐる国際情勢. 令和3年度版 水産白書, 農林統計協会,東京, 134-150.
  • 2)遠藤雅人 (2021) 陸上養殖の機能と役割. 水産工学, 58(1), 21-27.
  • 3)遠藤雅人 (2023) 循環式陸上養殖 ~水処理技術を駆使した環境制御型施設養殖~. 重要トピックから学ぶ現代の魚類養殖, 養殖ビジネス臨時増刊号, 60(4), 81-85.
  • 4)金子豊二 (2002) 浸透圧調節・回遊. 魚類生理学の基礎 (会田勝美編), 恒星社厚生閣, 東京, pp. 215-232.
  • 5)水澤寛太・中村 修 編 (2022) 光が彩るヒラメ・カレイ類養殖: 生命科学から応用まで. 恒星社厚生閣, 東京.
  • 6)Zhu, Y., Fukunaga, K., Udagawa, K., Shimabukuro, A., and Takemura, A. (2022) Effects of selected light wavelengths on the transcript levels of photoreceptors and growth-related hormones and peptides in the Malabar grouper Epinephelus malabaricus. Aquaculture Reports, 27, 101393.
  • 7)Biswas, A. K., Morita, T., Yoshizaki, G., Maita, M. and Takeuchi, T. (2005) Control of reproduction in Nile tilapia Oreochromis niloticus (L.) by photoperiod manipulation. Aquaculture, 243, 229-239.
  • 8)アクアネット編集部 (2022) 出荷前の餌止めによるチョウザメ食味への影響“塩水餌止め”で筋肉中の遊離アミノ酸が増加. アクアネット 2022年7月号, 25(7), 34-35.
  • 9)遠藤雅人 (2021) アクアポニックスとは? 教育・趣味・産業の観点から. 養殖ビジネス, 58(3), 38-43.
  • 10)Endo, M. (2019) Aquaponics in plant factory. In Plant Factory Using Artificial Light (ed. by Anpo, M., Fukuda, H., and Wada, T.), Elsevier, pp. 339-352.
  • 11)Nature Research Custom Media. 2022 [https://media.nature.com/original/magazine-assets/d42473-022-00216-9/d42473-022-00216-9.pdf. Agriculture and fisheries join forces. Advertisement Future].
  • 12)遠藤雅人 (2017) 世界で盛り上がる陸上養殖産業の現状と課題 ~自然環境や水資源保護を実現した養殖産業に期待~. 2017年度版 世界の養殖業, 月刊養殖ビジネス臨時増刊号, 54(4), 14-18.
  • 13)水産庁(2023) 陸上養殖業の届出について. 水産庁HP,https://www.jfa.maff.go.jp/j/saibai/yousyoku/taishitsu-kyoka.html
略歴

 

遠藤 雅人

東京海洋大学 学術研究院 海洋生物資源学部門 准教授

 

 東京水産大学水産学部資源育成学科を1998年に卒業後、東京水産大学大学院水産学研究科資源育成学専攻に進学し、2003年に博士(水産学)を取得した。その後、日本学術振興会特別研究員PDを経て、2004年に東京海洋大学海洋科学部助手に就任、2007年に同助教、2019年より同准教授を務める。専門は水族養殖学、特に循環式養殖システム利用の効率化と応用に関する研究開発を進めている。

 

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