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食品粉末作製のための噴霧乾燥
摂南大学 農学部 食品栄養学科
         特任教授 吉井 英文

1.はじめに

食品産業では、インスタント麺のスープ粉末、茶やインスタントコーヒーの粉末、フレーバー粉末、油脂粉末や食品加工用酵素粉末、薬剤粉末、酵母など、多くの食品粉末、医薬品粉末が利用されている。包括粉末化とは、機能性食品成分を貯蔵性の向上、粉末内の含有物質の安定化、および機能性の付与と保持、運搬性や混合性の向上を目的に実施されている。包括粉末化技術は、約70年前に開発され一つの機能性物質を別の壁材料(賦形剤)によって包み込み閉じ込める技術である。近年、高齢化社会に対応して様々な機能性食品素材の粉末化研究が盛んに実施されている1)。機能性食品の技術開発では、抗酸化物質、ビタミン、フィトステロール等の食品成分やプロバイオティクスの乳酸菌などの新規機能性素材の探索とその生体調節機能の解明ならびに機能性食品成分の安定化保持が課題となっている。機能性食品成分は、熱、光、酸素などに対して不安定であるものが多い。そのため、機能性食品成分を糖質や蛋白質を用いて、安定で加工しやすい形にするため粉末化(カプセル化)されることが多い。粉末化することは、水分活性Aw低下させて水のアベイラビリティを下げることによって、含有物質の反応性、移動度を低下させ、包含物質を安定に保持することである。包括粉末化(カプセル化)手法には、物理的包括法(噴霧乾燥法、真空凍結乾燥法、エクストルージョン法、結晶変換法)、化学的包括法(分子包接法)、菌体法がある。食品粉末の場合、粉末化の方法のほとんどが噴霧乾燥法を用いている。本稿では、噴霧乾燥粉末の形態に着目して食品粉末作製の特質についてまとめた。

2.噴霧乾燥による食品粉末の作製

噴霧乾燥法は液体食品やエマルション溶液を数十~数百μmの微小液滴に噴霧し、この液滴と高温熱風を接触させて粉末とする乾燥法である。図1は、噴霧乾燥時の液滴から乾燥によって形成される種々の粉末の形態変化について示したものである2)。図に示すように、アトマイザーにより噴霧された液滴が熱風接触により、液滴表面より水が飽和蒸気圧で蒸発し液滴表面の含水率が低下し乾燥被膜が形成される。その後、内部に形成された気泡核の成長や膨張・収縮により中実粉末、膨化粉末、膨張破裂粉末、収縮粉末、膨張中空粉末など様々な形態の粉末ができる。図2に、噴霧乾燥粉末の表面構造(a、b)と切断面構造(c、d)の例を示す。表面構造は、乾燥時の膨張・収縮によりできる皺の多い表面をもつものや球状の表面が滑らかなものがある。噴霧乾燥粉末の切断面構造より、粉末内空孔の大きさが噴霧乾燥粉末の構造において重要であることがわかる。フレーバーが噴霧乾燥粉末に包括できることを説明する考え方として、Thijesenらが提唱した選択拡散理論3、4)がある。これは、フレーバーと水の噴霧乾燥溶液内の固形分濃度に大きく依存し、水分含有率が高いところでは水の拡散係数がフレーバーの拡散係数よりも小さいが、ある固形分濃度を境に急激にフレーバー

図1 噴霧乾燥中の粉末の形態変化(Walton、DryingTechnol。、18、1943、2000より改変)

 

図2 噴霧乾燥粉末の表面構造と切断面構造
   表面構造(a、b)、切断面構造(c、d)

の拡散係数が減少し、水とフレーバーの拡散係数の逆転がおきる。この乾燥被膜形成中のフレーバーの拡散係数(移動速度)が水と比較して1桁または2桁のオーダーが小さい値となり、フレーバーが粉末内に包括される。しかしながら、この考えは、脂溶性フレーバーの場合は図1に示す液滴内の油滴中に脂溶性フレーバーが存在するために選択拡散理論でフレーバー残留率の推算は難しい。

賦形剤中の水の拡散係数(移動速度)は、切断面構造(d)に示すような中空のサイズに影響すると考えられる。Asmalizaらは5)、空孔サイズと賦形剤マルトデキストリン(MD)のデキストロース当量(DE)との関係を調べ、MDのDEが小さいほど空孔サイズが大きく空孔の割合も大きく、DEが大きくなるにつれ空孔のサイズが小さく空孔の割合も少さくなることを示した。これは、DEが小さいMDの場合水の拡散係数が小さく、被膜形成後残った水分の膨張により大きな空孔ができると考えられる。粉末構造は、空孔あり、表面の皺、内部の結晶構造等の一粒に焦点をあてる場合と粉末の凝集に焦点をあてる場合がある。噴霧乾燥粉末の回収率について考える場合、粉末の凝集について考える必要がある。噴霧乾燥粉末が噴霧乾燥機内で凝集するのは、乾燥中の粉末(含水)を構成する賦形剤のガラス転移温度が乾燥機出口の空気温度よりも高い場合に粉末表面が軟化しラバー構造をとるために粉末表面同士が付着し合い凝集構造をとる6)。食品のガラス転移温度とは、非晶質構造にある食品が温度や水分含量の変化によってガラス状態からラバー状態に変化する温度、または温度域のことをいう。一般的に、粉末賦形剤のガラス転移温度より約10℃以上高い温度で粉末同士が付着すると考えられており、粉末の温度をガラス転移温度よりも低い温度まで下げる必要がある。そのため、噴霧乾燥粉末の回収率を上げるためには、賦形剤の選択が重要となる。また、使用する賦形剤が、混合物の場合やガラス転移温度と含水率の関係が報告されていない場合、粉末の含水率を変化させて粉末のガラス転移温度を測定しておく必要がある。噴霧乾燥粉末の凝集は、粉末径にも依存するので、コア物質を除いた賦形剤溶液を噴霧乾燥して作製した粉末を用いて凝集性の検討が望まれる。賦形剤のガラス転移温度の測定が難しい場合は、賦形剤粉末(噴霧乾燥粉末)を一定温度、一定湿度に保持したデシケーター内のシャーレに貯蔵し、平衡含水率になった時点での粉末の凝集を写真や電子顕微鏡を用いて観察し含水率と粉末凝集の関係を把握することが重要である。

3.乳化機能性油・フレーバー噴霧乾燥粉末の油滴径の影響

乳化機能性油、または乳化フレーバーの噴霧乾燥粉末を作製する場合、図3に示すように機能性油、またはフレーバー油と賦形剤溶液、乳化剤を混合後、機械的乳化機、または高圧乳化機で乳化操作を実施しエマルション溶液を作製する。このエマルション溶液を噴霧乾燥機に供給し、乳化機能性油・フレーバー噴霧乾燥粉末を作製する。エマルション溶液を噴霧乾燥粉末化する場合、乳化操作により最適な油滴径にする必要がある。

図3 乳化機能性油(フレーバー)の噴霧乾燥粉末化プロセス

図4に乳化機能性油噴霧乾燥粉末の切断面構造を示す。噴霧乾燥粉末の球殻に存在する油滴の大きさ(油滴の平均直径)と油の粉末中含有率が、噴霧乾燥粉末に含有している油中の未包括の油の割合である表面油率が平均油滴径(de)と平均粉末径(dp)の比(de/dp)に大きく依存し、de/dpが0.01以上で急激に表面油率が大きくなることをAsmalizaらが報告した。噴霧乾燥粉末の表面油率の大きさは、包括された油の品質に大きく影響する。

図4 乳化機能性油噴霧乾燥粉末の切断面構造

未包括の機能性油は貯蔵中に空気と接しているため、包括油に比較してすぐに酸化してしまう。そのため、乳化機能性油噴霧乾燥粉末を作製する場合は、最初のエマルション溶液中の油滴を小さくするほうが表面油率は小さくなる。しかし、貯蔵中の機能性油の酸化速度に及ぼす油滴径の大きさの影響も考慮する必要がある。油滴径が小さいほど比表面積が大きくなり酸化速度が大きくなる可能性があるので、最適な油滴径は機能性油中の抗酸化剤等の成分に依存する。

このde/dpの比は、噴霧乾燥後の乳化フレーバーの残留率にも影響し、脂溶性フレーバーの場合はde/dpの値が大きくなるにつれ脂溶性フレーバーの残留率が小さくなった。油にも溶解する親水性フレーバーの場合はde/dpの値が大きいほどフレーバー残留率が大きい値となった。これは、比表面積が大きい油滴から親水性フレーバーが揮発するためと考えられる。脂溶性フレーバーは油滴径が小さいほどエマルションが安定なため、噴霧乾燥後のフレーバー残留率が大きいと考えられる。一般的なフレーバーは、多くのフレーバー成分からなっており噴霧乾燥後および貯蔵後フレーバーの変質に注意しなければならない。

4.フレーバー徐放挙動、包括物質の安定性について

乳化フレーバー噴霧乾燥粉末のフレーバー徐放挙動や噴霧乾燥粉末に包括した機能性油の安定性は、図5に示すAvramiの式で表すことができる4)。反応速度定数と機構定数nを用いて噴霧乾燥粉末中のフレーバーや機能性物質の含有量の変化を、相関できる。機構定数nが0.5付近で拡散機構の場合、反応速度定数は賦形剤中の酸素の拡散係数と関係していると考えられる。

図5 粉末フレーバー・機能性物質の徐放・安定性解析

5.おわりに

噴霧乾燥は、スラリー状の液体(エマルション)から粉末を短時間で作製できる優れた装置であるが、本装置を有効に使用するための基礎研究は少ないのが現状である。形剤や乳化剤、機能性食品素材の特質を理解し、最適な機能性食品粉末を作製するための手法開発を目指している。

引用文献
  • 1)吉井英文:日本食品工学会誌、23、97(2022)
  • 2)D。E。Walton:DryingTechnol。、18、1943(2000)
  • 3)古田武:日本食品工業科学会誌、40、385(1993)
  • 4)吉井英文、高重至成:日本食品工業科学会誌、64、321(2017)
  • 5)A。A。Ghani、S。Adachi、K。Sato、H。Shiga、S。Iwamoto、T。L。Neoh、S。Adachi、
    H。Yoshii:J。Chem。Eng。Jpn。、50、799(2017)
  • 6)吉井英文:冷凍、97、461(2022)
略歴

 

吉井 英文

1983年 京都大学大学院工学研究科化学工学専攻博士課程修了

東亜大学、富山高専、鳥取大学、香川大学にて、噴霧乾燥による食品粉末作製について研究、2020年より摂南大学農学部食品栄養学科・特任教授

 

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