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スマート農業からスマートフードチェーンへ
  - 生産者と消費者をつなぐ情報システム -
北海道大学大学院農学研究院
副研究院長・教授
野口 伸

日本農業の現状と課題

農業のスマート化はICT(Information and Communication Technology)やロボット技術などの先端技術により「農作業の姿」に変革をもたらす。農林業センサス(2020年)によると全国の基幹的農業従事者が5年前に比べ22.4%減、平均年齢は0.8歳上昇して67.8歳となり、担い手の減少と高齢化が加速している。特に若手の新規就農を増やすことが喫緊の課題とされている。スマート農業の特長は「データに基づいた農業」と「農作業の自動化・ロボット化」であり、上述の日本農業の抱える課題の解決に有効である。

農家の「経験」と「勘」に依存した現在の農業から「データに基づいた農業」への転換は、新規就農の促進にも効果を発揮する。「データに基づいた農業」は近年話題の「デジタルトランスフォーメーション(DX)」そのもので、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を融合して実現するのであるが、従来農法にない新しい点はサイバー空間の利用にある。サイバー空間はコンピュータネットワークのことで、様々な情報を容易に伝達・交換・共有することができる。すなわち、農業データをネットワーク上で手際よく処理し、農家に対して的確なアドバイスをすることが、サイバー空間利用の狙いである。

他方、日本農業は大規模経営体が急増しており、100haを超える農家が過去5年間で30%増加している。そのため耕作に手間のかかる農地の耕作放棄が増加しつづけ、42万3千ha(2015年)に達した。この主要な発生要因は労働力不足にあり、耕作放棄地は地域の営農環境にとどまらず生活環境にも悪影響を及ぼしている。今後も農業の労働力不足はさらに進行することが予想されており、その対策として「農作業の自動化・ロボット化」は、日本農業を持続させる上で必須である。さらに農産物の輸入自由化が進む中で、国際競争力を確保するためには、農業構造改革とあわせて革新的な技術開発により、一層の農産物の品質向上や生産コストの削減を図り、さらに農産物に健康機能性などの付加価値をつけて国内外の需要を喚起して日本農業を成長産業化することが目指すべき方向であろう。

農業・食品産業の自動化・ロボット化

日本政府は担い手への農地集積を2023年度までに8割にすることを目標としており、作業の省力化・軽労化は早急に進めなければならない。我が国では大手農機メーカーが、無人で作業するロボット農機を世界に先立って2018年に社会実装した。すでに無人化した農機としてトラクタや田植え機がある。収穫をするコンバインも有人ではあるが、基本的に手放しで作業できる自動化レベルにある。現在、米国・中国の企業が日本を追ってロボット農機の実用化に力を入れている。施設園芸では育苗、管理、収穫、調製、出荷などほとんどの作業がいまだ手作業であり、労働力不足は深刻である。たとえばイチゴ生産における育苗、定植、管理、収穫、調製、出荷などの合計労働時間は10a当たり2,019時間にもなり、稲作労働時間の25時間/10aの80倍といったデータもある。現在、研究開発が進められているハウスなど施設内収穫ロボットは、イチゴ、トマト、ピーマン、キュウリ、アスパラガスなどである。技術課題は特に果実など食用部の「センシング技術」と「ハンドリング技術」にある。センシング技術とは熟した食用部分をAIにより認識して、その位置を計測することである。また現状のロボットによる収穫速度は人に比べるとかなり遅い。これらの技術課題は早晩に解決すると思われるが、その次は農産物の加工・流通過程において光センサーを用いた等級選別に加えて、分光反射特性などを利用した農産物品質の高度な管理が進められることになる。次世代施設園芸では消費者が求めるオーダーメイドな生産を可能にし、農産物の生産から消費までのフードチェーン全体を対象にして鮮度・品質を最適化できるシステムに進化することが予想される。

本メルマガの読者は主に食品関連事業者であるので、食品産業の自動化・ロボット化についても少し触れておきたい。食品業界においても人手不足は深刻な問題となっており、ロボットのニーズは大きい。特に近年中食産業の市場規模が拡大していく中、弁当製造の人手を確保することが困難になりつつあり、食品のソフトハンドリングの自動化が望まれている。基本的に食品ハンドリングにはマニュピレータ型の産業用ロボットが多用されるが、規格化された部品を扱う産業用と比較して、食品は柔らかく、形、大きさ、硬さなどにばらつきがあるなど食材を正確にハンドリングすることは難しい。また、生産ラインの変更など段取り替えが多いことも食品工場の特徴である。このようなことから食品用ハンドは食品物性に適した機構を採用することと汎用性の確保が課題である。他方、食品の生産ラインでは人とロボットの協働を基本とした生産ラインが組まれることが多い。これは人が得意とする作業とロボットが得意とする作業がライン内に混在しているからである。この点でロボット周辺にいる人への安全性の確保も重要な要件になる。

データに基づいた農業

農業分野におけるデータの利活用はすでに全世界に広まり、インターネットを基盤としている。その多くは民間企業や農業関係団体が独自でサービス展開するもので、データフォーマットも独自であることが多く、他組織のサービスとのデータ連携は困難な状況にあるため、データの有用性・発展性に限界があった。このような状況を踏まえ、データ利活用の基盤として構築されたのが、農業データ連携基盤(WAGRI)であり、2019年4月から農研機構が運営母体となって運用が始まった。WAGRIによってICTベンダーや農機メーカーなどの民間企業は営農に有効な情報を低コストで農家に提供し、農家はその情報を駆使して生産性向上・経営改善に取り組むことができるようになった(図1)。日本政府は農業の担い手のほぼすべてが2025年度までにデータを活用した農業を実践することを目標にしており、この点からもWAGRIの普及は重要である。

 

 

WAGRIはデータの連携機能・共有機能・提供機能によって、様々なデータを駆使して生産性を向上し、経営改善に取り組むことを可能にする。図2にあるようにWAGRIを通じて気象や農地、地図情報などのパブリックデータを民間企業に提供することにより民間企業のサービスの充実や新たなサービスの創出を促すことで、農家が様々なサービスを自由に選択して活用できるようにする。

 

 

この仕組みで農家は農機メーカーやICTベンダーから経営形態に適合した、いままでにない充実した営農サービスを受けられるようなる。このシステムのユニークな点は受益者である農家とサービス供給元であるベンダーなど事業者間でデータは「双方向」であり、農家のデータもWAGRIに送られ新たなデータとして蓄積・利活用されるというシステムの進化の点で好循環を形成する点にある。

スマート農業からスマートフードチェーンへ

これからの日本農業は地域農産物をブランド化して国内供給のみならず海外輸出まで拡大することが目指すべき方向である。日本政府は農林水産物・食品の輸出を2030年度までに5兆円とすることを目標にしている。そのためには生産現場では定時・定量・定品質が担保された生産供給体制の整備が必須である。露地農業であれば衛星画像を用いて生育の進捗を広域で把握して、最適な管理作業、収穫作業を行えば、地域間リレー出荷やロジスティクスの最適化による物流コストの削減も可能になり、安定生産・安定供給に寄与する。広域スマート農業は、新規就農者の早期育成にも貢献するので、地域の若い世代の就農が期待できる。また地域に農業ITサービス業が生まれる可能性もある。すなわち、スマート農業は地域の農産物のブランド化を通して地方創成にも有効である。その実現にはスマート農業の普及と並行して生産から消費までのバリューをつなぐスマートフードチェーンの構築が必要になる。すなわち前述のスマート農業は生産現場におけるスマート化であったが、それにとどまらず食料の生産・加工・流通・貯蔵・販売・消費というバリューチェーン全体のスマート化を進める戦略である。

スマートフードチェーンは現在内閣府SIP第2期「スマートバイオ産業・農業基盤技術」(2018~2022年度、5か年)の中で開発が進められている。これは生産・収穫のみを対象としたWAGRIを、流通・加工、販売・消費まで拡張することで、輸出を含めた我が国の生鮮物流の新たな基盤としての役割を担うことを意味する(図3)。このスマートフードチェーンが構築されると国内外の各地域の農産物・食品の消費動向が把握され、消費地域の状況から最適な出荷スケジュールを組むことができる。現在、陸上輸送を担うトラック業界もドライバー不足であり、積載率を高めた効率的な運搬が求められている。

 

 

しかしながら、現状の農作物の運搬は出荷時期と出荷量を事前に確定できないことから、積載量に余裕を見込まざるを得ないため高積載率の運搬は難しい。スマートフードチェーンは、このような課題解決にも有効である。このスマートフードチェーン構築における技術的課題の一つは、図4に示した通り「生産」から「流通・加工」、「販売・消費」に至る過程の中で、現状では「生産」と「流通・加工」の間の情報が分断していることにある。「生産」と「流通・加工」をつなぐインターフェース情報は「需要予測情報」と「出荷予測情報」である。

 

 

この2情報がスマートフードチェーン内で利用できるとロジスティクスの効率化、フードロスの削減、農業収益向上などが期待できる。現在、「消費予測」については小売店の協力を得て小売データ(POSデータ)を取得し、AIを用いた需要予測モデルの構築を行い、また「出荷予測」については、キャベツとレタスについて気象情報を入力すると生育予測モデルから収穫適期と出荷量(収穫量)を予測できるシステムが開発中である。このようなシステムができると農産物が工業製品にように需給バランスをとった無駄を省いたサプライチェーンが確立できる。このスマートフードチェーンによって「定時・定量・定品質の生産供給体制」や「ロジスティックスの最適化による物流コストの削減」、「生産の広域化によるブランド発信力の強化」といった効果を上げることができる(図5)。

 

まとめ

スマート農業には労働力不足の解消、農作業技術のデータによる継承、生産の低コスト化、農産物の品質向上・収量増、従来の「プロダクトアウト」農業から「マーケットイン」農業への転換、農業の魅力アップなど数多くのメリットがある。また、今日の世界的な新型コロナウィルス感染拡大により一部の国では農産物の輸出制限措置を行った。また農業関係の技能実習生が来日できず、農業現場における労働力不足が深刻化した。これら問題の解決にスマート農業が有用であるのはいうまでもなく、日本の食料供給の安定化のために必要な技術といえる。地域性が強い農業の場合、地域に適合したスマート農業技術の導入が成功の鍵であるのはいうまでもない。消費者に対して国産農作物・食品の価値を正しく伝えるためにも、スマートフードチェーンへの展開は必然である。産地を越え、物流網を横断するデータの利活用は、日本の農業・食品産業の成長に不可欠であり、また、世界の食料の安定供給やフードロスの削減などの点でSDGsにも大きく貢献するものであり、速やかな社会実装に期待したい。

略歴

 

野口 伸

北海道大学大学院農学研究院

副研究院長・教授

 

1990年北海道大学大学院農学研究科博士課程修了(農学博士)。

同年、北海道大学助手、1997年助教授、2004年より教授。現在、日本生物環境工学会理事長、日本農業工学会会長。内閣府SIP(第1期)「次世代農林水産業創造技術」プログラムディレクター(PD)。内閣府SIP(第2期)「スマートバイオ産業・農業基盤技術」PD代理。専門はスマート農業。北海道大学ディスティングイッシュトプロフェッサー。

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