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おいしい食感のデザイン法 ~2次元食感マップの活用~
明治大学 農学部
教授 中村 卓

1.はじめに

食品開発では、知覚レベルの食感表現(かたさ・粗さ等)ではなく、おいしさを示す感性的な食感表現(もちもち・口どけが良い等)の実現が求められています。そのための手法として2次元食感マップを紹介します。感性的なおいしい食感を、時間軸と口腔部位を意識した知覚レベルの官能評価と、客観的な機器分析により見える化する方法です。特に方法のベースとなる、おいしさや食感についての考え方について述べていきます。

私たちの研究室では、おいしい食品をどの様に創り出すかをテーマとして、食べることが大好きな学生たちがハードだけど楽しく研究しています(当然多様性はあります)。食品から見ると、どのような構造を持った食品が食べられたときにおいしいと評価されるのかを科学的に明らかにしたいと考えています。科学的とは、規則があり(普遍性)、数値で表され(定量性)、誰がやっても同じ結果がでる(再現性)ことが必要です。しかし、皆さんが日ごろ感じているように、同じものを食べても、おいしさは時と場合によって違います。そうすると、おいしさは科学的に取り組むことができる対象なのか?疑問に思うかもしれません。しかし、おいしさは人が食品を食べることで生まれるので、人と食品のそれぞれの面からおいしさを分けて整理していくと科学的に成立するポイントが見えてきます。

2.おいしさと食感の分類

私たちの研究室では「おいしさ」を食品サイドから追究し、食品構造からおいしい食品をデザインする『食品構造工学』の確立を目指しています1)-7)。おいしさは咀嚼による食品構造の破壊に伴う変化にあるという立場から研究を進めています。おいしさについて認知心理学における嗜好性(快)から次の様に考えられます。おいしさは親近性と新奇性のあいだの覚醒ポテンシャル領域に最大値があります。親近性は単純接触効果で知られる馴染みのあるものを好む、いわゆるお袋の味に代表されるホッとするおいしさです。新奇性は変化や複雑さから受ける刺激によるおもしろさに代表されるワクワクするおいしさです。例えば、『焼鳥屋でフワッとしたつくねもおいしいです。これは、処理流暢性を好む点から噛み易いやわらかく軽いサクサクした食感を好むためと考えられます。さらにつくねの周りにとろ~りとした黄身を付け、中にコリっとした軟骨が入っていると食感に変化がありよりおいしく感じるヒトがいると思います。しかし、ガリっとした骨が入っていると誰もが異物混入と思います。コリっとした軟骨がどの程度の大きさでどれくらいの量入っているとよいかを決定するためには、黄身の量やつくねのかたさとの全体のバランスを考える必要があります。』このように、新商品を開発するためには目標として感性的に表現されたおいしさを具体的にイメージ化することが大切です。

おいしさの食品側の要素として風味と食感があります。味覚・嗅覚に関わる低分子化合物の味やにおいからなる化学的な風味と、温度や音やかたさや粘りや粗滑からなる物理的な食感があげられます。その中でも、種々のアンケート調査の結果から、食感は固形状食品のおいしさを決定する最も重要な要因であると考えられています8),9)

食感を意味する言葉を整理すると知覚レベルと認知レベルの2種類があると私たちは考えています(図1)。

 

 

知覚レベルは生得的で生まれながらに持っている感覚からなり、物理的で物性(物理単位)と相関が認められます。この知覚レベルは力学特性と構造状態(幾何学特性)に分けられ、さらに力学特性は弾性(固体的性質)でいわゆるかたさに対応するものと、粘性(液体的性質)でいわゆる粘りに対応するものからなります。たとえば、かたさは、力と変形の関係から評価しています。やわらかいとは小さな力で大きく変形し、かたいとは大きな力でもほとんど変形しません。この時、モノに触れた皮膚感覚、触覚と呼ばれるセンサーも反応します。触覚センサーは身体の表面全体に存在し、特に手と口にたくさんあります。食品に手で触れて、口で食べてその質感を判断します。このような食品を食べた時の物理的感覚が食感です。これらは力と変形・流動の関係に関するレオロジーを基盤とした粘弾性として理解されています。構造状態は幾何学特性ともいわれており、摩擦や粗滑に関与するものです。これら摩擦や潤滑はトライボロジーを、粗滑や大小などの形態はモルフォロジーを学問的基盤として理解されています。

もう1種類の認知レベルは習得的で経験により獲得されたもので感性的な嗜好を伴っています。直感的・統合的な判断です。ヒトの情報処理を研究する認知心理学では、人間は外部情報を感覚(sensation)→知覚 (perception)→認知 (cognition)のボトムアップと逆方向のトップダウンの2つのルートで処理すると考えられています。食品のおいしい感性的な食感表現は認知レベルの高次情報処理されたいわゆる判断です。多くの場合、視覚情報からの直感的なトップダウン処理のため、認知レベルの感性的な表現を具体的に説明しようとすると困難を伴います。感性的な食感表現を具体化するためには、咀嚼過程における食感発現を人間への刺激として感覚・知覚・認識の流れに沿って意識化し解析する必要があります。例えば、プリンだと思って食べるか、茶わん蒸しだと思って食べるかで、直感的なおいしさの判断が異なるのは、重要視する知覚レベルの食感ポイントが異なるためと理解されます。

3.咀嚼時の知覚食感の意識化

認知レベルの食感は習得的で、経験により獲得され感性的な嗜好を伴っています。食品のおいしい感性的な食感表現は認知レベルの直感的・統合的ないわゆるトップダウン判断です。そのため、おいしさを表現する認知レベルの感性的な食感を知覚レベルの具体的な特性一言で説明するのは難しいです。このおいしい感性的な食感表現を具体化するためには、咀嚼過程における知覚レベルの食感(かたさ・粗滑等)がどのように組合わされ、変化しているのかを咀嚼過程の時間軸に沿って意識化し解析する必要があります。おいしい新商品を開発するためには目標として感性的に表現されたおいしさを具体的にイメージ化することが最も大切です。

事例として「もちもち」食感を取り上げます。「もちもち」のようなオノマトペ(擬音・擬態語)は言語学や心理学で研究されてきました。言葉は、音と意味が直接関係のない記号ですが、オノマトペは、その音から意味がイメージされる記号と考えられています。このような音と意味との直接的な結びつきを音象徴と言います。「もちもち」は反復による繰り返し、「もっちり」は強調とゆったり動作完了と結び付いていて、我々はこれらを使い分けています。「もちもち」食感を発現する素材としてタピオカ澱粉が知られています。詳細は省略しますが、ヒトの知覚表現と相関づけると、もちもちは『噛み始めは応力が小さい、すなわちやわらかいが、噛みしめたときは応力が大きく噛み応えがある。咀嚼2回目以降もその応力が持続し歯応えが持続する。さらに咀嚼中に少し付着性がある、すなわち少し歯に付く』ことで、ヒトは「もちもち」という食感を認知していると考えられました。さらに、顕微鏡による構造観察からタピオカ澱粉の『亀裂を生じないで伸びる性質・噛み切り難さ』がもちもち食感を発現することを示しました。これをベースにもちもち食感がデザインできます。例えば、表面はやわらかく、中心がかたい2層構造(不均質構造)を持つ食品、また、連続相に伸び易く破断し難い多糖類(例えば、ローカストビーンガム/キサンタンガムの混合系)を使用することで「もちもち」食感を付与することが出来ると考えられます。この様に感性食感を破壊時の力学特性・構造状態へと翻訳することが出来れば、具体的に食品を開発するための方策を考えることができます。

4.2次元食感マップ

知覚レベルの食感の変化を時間経過と口腔部位を軸に取った2次元上に示した『食感マップ』(図2)により直感的に理解し易くなります。

 

 

おいしさの表現としての「口どけ」を考える場合、その意味を特定する必要があります。「口どけ」を漢字で表現すると「解け・融け・溶け」と微妙に意味が異なります。「解ける」は塊がゆるくほぐれる。「融ける」はその物自体が固体から液体へ変化します。「溶ける」は固体が液体と一体化します。具体的にどの意味で「口どけ」を使っているのかを時間軸と部位に沿って解析すると少なくとも5種類のとける現象に分けて考える必要があります(図2中;解1・融・溶・解2・無)。例えば、咀嚼により食品の塊が砕け解ける(解1)。氷や固形脂の結晶が体温で融ける(融)。油が唾液と混じる(乳化し唾液と一体化して溶ける(溶))。食塊が崩れ易い=解ける(解2)。嚥下後口腔内から無くなる=とける(無)。食品によって個別に考える必要があります。しかし、破壊後の力学特性(流動性)・幾何学特性(均一性)・脂肪に注目する点は共通です。具体的例を図2の右側に示しました。このように、食品の種類すなわち破壊の過程の違いによって、口どけが「よい」の意味は異なると考えられます。そのため、このマップに基づき個別の開発事例において具体化することが重要です。「口どけがよい」で表現されるおいしさを、ヒトそれぞれの一言で終わらせるのではなく、食感マップ上のどの物性をどのタイミングで重要視するのかが異なるためと視覚的にわかりやすく説明でき、さらなる食品開発につながると期待されます。

5.プラントベースフードへの2次元食感マップの活用

19世紀に欧州で始まった菜食主義は、現在ではベジタリアンやヴィーガンとして知られています。さらに、SDGs(持続可能な開発目標)の観点からも「サステナブルフード」の原料として植物が注目されています。環境負荷の高い動物性食品から植物性食品への潮流です。ターゲットとした「動物性食品らしいおいしい食感」をどのようにプラントベースフード(plant-based food)で実現するか?おいしい食感をデザインするための手法である2次元食感マップを、プラントベースフードのターゲット食品らしいおいしい食感の実現へ展開できると考えています(図3)。

 

 

プラントベースフードをよりおいしくするためには、目標とした動物性食品らしいおいしい食感との差を明確にする必要があります。2次元食感マップでは感性的なおいしい食感を、時間軸と口腔部位を意識した官能評価と、客観的な機器分析による力学特性(レオロジー)・潤滑(トライボロジー)・構造(モルフォロジー)の物性変化から見える化します。この2次元食感マップにより、ターゲット食品らしいおいしい食感を植物性原料素材で再現するための方向性を示すことができます。この時注意すべきは、前述の様に知覚食感の重要視する点が食品の種類や人によって異なることです。例えば、ヨーグルトとチーズで「それらしい」おいしいクリーミーは異なります。何の食品かと思って食べるかがおいしさにおいて重要です。2次元食感マップを用いてターゲットの動物性食品と既存のプラントベースフードを比較することにより、感性的な「それらしい」おいしい食感の実現が期待されます。

6.おわりに

食品に必要とされる要素として「安全」・「健康」・「おいしさ」・「価格」があります。私たちの研究室では「おいしさ」を食品構造から追究し、食品構造の制御によりおいしい食品をデザインする『食品構造工学』の確立を目指しています(図4)。

 

 

おいしい食感をデザインするためには、人からのアプローチ(ことづくり)と食品からのアプローチ(ものづくり)の両方が必要です。人がどう感じるのか?製造できるのか?私たちは、おいしさは変化であるという立場から、食品構造の形成と破壊の過程に着目しています。おいしい感性食感の見える化を行います。ヒトが評価する官能評価で、咀嚼による「もちもち」や「口どけが良い」のようなおいしい感性食感表現をかたさや粘り等の物理的単位と相関性のある知覚レベルの食感へ翻訳します。また、咀嚼のモデル破壊として機器分析で力学特性とマクロレベルの破壊構造を計測し、メソレベルの構造状態を電子顕微鏡で観察することで、破壊のメカニズムを明らかにします。おいしい食感をデザインするためには食品構造がどのように破壊されるかが重要です。実際の食品は複数成分が多様な局在構造をとる個別事例です。しかし、食品構造工学は、「おいしい」を得るために「ある壊れ方をする不均質構造をいかにして安定的に製造するか」具体的アイデアを導き出す基盤となり、効率的ものづくりとおいしさの実現に貢献できると期待しています。ぜひ、食品構造工学の視点・アプローチ法をみなさまの研究開発で活用頂ければ嬉しいです。ご不明な点・質問等があれば連絡頂ければと思います。普遍的な原理は現場でこそ顕在化すると考えています。

参考文献
  • 1) 渡部幸一郎, 水越実, 中村卓:食品加工技術, 27, 131 (2007)
  • 2) 日下舞, 薄井駆, 中村卓:食品と容器, 58(5), 304 (2017)
  • 3) 中村卓, 高分子, 67, 593(2018)
  • 4) 付惟、中村卓, 人間生活工学, 19, 27(2018)
  • 5) 中村卓, 化学と教育, 67, 36 (2019)
  • 6) 片岡明日香、中村卓, 日本応用糖質科学会誌, 9, 243 (2019)
  • 7) 片岡明日香、中村卓, トライボロジスト, 66, 3(2021)
  • 8) A.S. SZCZESNIAK, D.H. KLEYN, Food Technol., 17, 74 (1963)
  • 9) 早川文代:日本食品科学工学会誌, 60(7), 311 (2013)
略歴

 

明治大学 農学部

教授

 

京都大学大学院農学研究科食品工学専攻博士課程修了(大豆タンパク質の加熱によるゲル化に関する研究にて農学博士号取得)。修了後、食品メーカーで研究開発を担当し、生産・営業にも関わる。明治大学農学部着任、現在に至る。農芸化学科・食品工学研究室を担当。「食品のおいしさを食品構造から追究」をテーマに、食品の構造制御により「おいしさ」をデザインする『食品構造工学』の確立を目指している。

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