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![]() 高齢期における身体活動(運動と生活活動)と
脂質代謝:食後の中性脂肪 ![]() 早稲田大学 スポーツ科学学術院 運動代謝学研究室
教授 宮下 政司
早稲田大学 スポーツ科学研究科 運動代謝学研究室
博士課程3年 永山 千尋 1.はじめに身体活動(運動・スポーツと生活活動の両方を含む)とは、一般に「筋の活動によって安静時よりエネルギー消費量の増大がもたらされる全ての活動」と定義されている。古くより身体活動量と全死因死亡率との間に用量‐反応関係が認められている1)。我が国を含め欧米を中心とする脂質異常症の罹患率の高い先進国では、習慣的な身体活動が様々な疾患の予防に有効的であると実証されており、習慣的な身体活動の実施が推奨されてきた。しかし、身体活動の重要性が認知されてきた一方で、我が国における身体活動実施率は低く(男性では33.4%、女性では25.1%)、1回30分以上の運動を週2回以上実施し、1年以上継続している国民が少ないことが調査で示されている2)。また、同調査において、運動習慣改善の意思について、「関心はあるが改善するつもりはない」と回答した者の割合が最も高く、男性で 23.9%、女性で 26.3%であった2)。これらの調査の結果を踏まえ、身体活動の実施率改善の前提として、習慣的に身体活動を実施していない人が自らの意思で実施するようになるための導きが肝要である。よって、長期的な健康支援策を考えた場合、形式的な運動の実践を推奨していくと同時に生活の中で活動量を高めることを推奨していくことが重要である。 本稿では、代謝性疾患の予防や改善のための運動実践において、取り組み易さの観点で重要な要素となる運動の時間(1回の運動の持続時間)や頻度に焦点をあて、運動の時間や頻度が脂質代謝に及ぼす影響について検討した研究結果について概説する。また、近年、「運動」以外の様々な身体活動も健康づくりに重要であることが明らかになってきている。よって本稿では、日常生活における労働、家事、通勤・通学等である「生活活動」の重要性について、脂質代謝(特に食後)に対する生活活動の有効性を検討した研究結果も我々の知見を含め概説する。 2.身体活動と心血管疾患における歴史的背景身体活動と心血管疾患との関係性を世界で初めて科学的に検証したのが、Morrisらによる英国ロンドン2階建てバス研究である3, 4)。バス車掌と運転手で心血管疾患による突然死・全死因死亡率を比較すると、いずれも車掌で低値を示していた。車掌は1階と2階を階段で上り下りして運賃を徴収しており、その身体活動は運転手よりも高いことから、心血管疾患の軽減に身体活動は有益であることが示唆された。また、ハーバード大学男子卒業生追跡研究1)によると、週あたりの身体活動が多いほど全死亡率は低値を示し、余暇での身体活動量と全死因死亡率との関係を明らかにしている。 3.運動時間と脂質代謝脂質代謝の改善に有効な運動時間について、複数の研究のデータから運動量が高比重リポ蛋白コレステロール(High-density lipoprotein cholesterol: HDL-C)値に及ぼす影響を検討した研究では、HDL-Cの増加には週当たり120分の運動が必要であることを報告している5)。異なる活動強度と活動量が脂質代謝に及ぼす影響を検討したKrausらの研究では、時間や強度にかかわらず、総運動量が多い場合ほど中性脂肪(Triglyceride: TG)値、低比重リポ蛋白コレステロール(Low-density lipoprotein cholesterol: LDL-C)値、HDL-C値が改善すると報告している6)。最新のWorld Health Organizationの身体活動指針の一部において、これまでの推奨であった1回あたりの身体活動継続時間の最低10分という文言が撤廃され、1日をとおし、どんな時間でもよいので積算することで総エネルギー消費量(強度×時間)を確保することの重要性が示されており7)、脂質代謝の改善を目的とした場合は、個人の体力や健康状態を見極めながら、身体活動時間を延伸することが有用であるといえよう。 4.運動頻度と脂質代謝近年では、1回10分以下の短時間の身体活動を、1日の中で蓄積させることでWorld Health Organizationにおける身体活動指針7)で示されている総身体活動時間(150分から300分/週)を確保させる方法が示されている。2型糖尿病かつ高中性脂肪血症を疑われる男性を対象とした研究では、30分ごとに3分間のレジスタンス運動を計10回行うことで、TGの上昇曲線下面積が減少したと報告している8)。複数の研究から、身体活動の累積が脂質代謝に及ぼす影響を検討した研究では、1回あたり短い時間の身体活動を累積することで、HDL-C値が上昇すると報告している9)。したがって、代謝性疾患の予防を目的とした身体活動においては、身体活動指針で示されている週あたり150分から300分の中等度以上(歩行強度以上)身体活動を確保していれば、活動頻度は個人のライフスタイルに合うものを選択することが重要であるといえる。 5.高齢期における生活活動の有用性:食後の中性脂肪日本人における虚血性心疾患の罹患率を年代別にみると、男性では40歳後半、女性では50歳後半頃から急激に増加する10)。特に女性では、エストロゲンが閉経前後から激減して、LDL-Cの処理能力が低下し、さらにTGも増加することで罹患率が高まる。さらに、食後の高TG値を伴う食後の脂質代謝異常は、動脈硬化を促進し、心血管イベントを増加させることが知られている11-13)。例えば、デンマークの健常人約14000名を対象とした前向きコホート研究では、男女ともに非空腹時の中性脂肪値の上昇に伴い、虚血性心疾患の相対危険度が高値を示すことを報告している13)。また、有心疾患者と健常者で食後TG値の経時変化を比較すると、有心疾患者ではTG高値で推移し、食後の上昇率は著しく、食前(空腹時)値に戻るまでに長時間を要することが報告されている14)。中性脂肪の合成と分解は、空腹の時間帯でなく食後の時間帯で行われ、多くの人は1日の大部分を食後の状態で過ごすため、食後のTG値を把握し、その上昇を抑えることは重要となる。 有酸素性運動の総エネルギー消費量の増加に伴い、食後TG値は効果的に抑制されることが報告されている15)。一方、毎日30分以上運動する人でさえ、1回の運動時間は10分を超えていないとの報告もある16)。さらに、日本人を対象とした先行研究において、加速度センサーを腰に装着した活動量計を用いて、中・高齢者の身体活動量を調査したところ、1回あたりの身体活動の継続時間は60秒以下であり、全体の9割を占めていた17)。すなわち、日常生活の身体活動の多くは断続的で、連続して10分を超える活動はほとんどみられないことが分かってきた。また、健康づくりのための身体活動はこれまで、「長時間行なう必要がある」とか「最低限これぐらいはしなければならない」などと指導されることが多く、身体活動の実践になかなか結びつき難いことが想定される。食後TG値を低下させるための身体活動実践の頻度に関して、必ずしも一回あたり連続した活動パターンである必要はなく、一回あたり短時間の身体活動を一日とおし断続的に実施しても食後の脂質代謝の改善に良いと報告されている18)。例えば、我々は、閉経後女性を対象に1回1.5分の速歩を、1日を通して計20回行った細切れの身体活動の条件で、安静座位の条件と比較し食後のTG値を軽減させることを報告している19)。この研究では、身体活動におけるエネルギー消費量を統一した、30分間の連続した速歩を行った条件と比較しても、細切れの身体活動を行った条件で有意にTG値が低下したことを明らかにしている19)。さらに、同様の実験プロトコルを用い、閉経後高TG血症女性を対象に実施した研究では、安静座位の条件と比較し、細切れの身体活動および連続性の身体活動の条件で食後TG値が低値を示したことを明らかにしている20)。このように、1回あたり短時間の身体活動を1日とおし繰り返すことによって、少なくとも食後TG値は低下することから、時間がないとか体力がないなどといった理由で、なかなか運動にとり組めない人に対し、生活の中で短時間の身体活動を蓄積して1日当たりの総エネルギー消費量を確保することが脂質管理において重要だといえよう。 また、我々はこれまでに横断的な調査や日常生活下での検討にて、食後中性脂肪に対する身体活動の有益性も明らかにしている。例えば、週あたり150分以上の中強度以上の身体活動を充足している高齢者(活動群)では、充足していない高齢者(非活動群)と比べて食後の血中TG濃度が顕著に低値を示すことを報告している21)。また、先行研究において、平日に比較して週末の身体活動量は低下すると報告されている22)。そこで我々は、閉経後女性における週末の生活の中で活動量を増加させることが食後TG値を低下させるか検討した。その結果、週末に普段通りの活動を維持する試行と比較し、週末(土曜日と日曜日の平均)における歩行強度以上の身体活動強度の活動量を約15分増やすことで、食後の毛細血管TG濃度を低下させることを明らかにした23)。この研究では、参加者へ活動時間については教示せず、自発的に増やす方法で実施した介入であるため、「健康づくりのための身体活動基準2013」24)で推奨している、普段の生活より少なくとも10分多く身体活動を実践する(プラス10)という世代共通の方向性を示した推進策を支持する結果であった。閉経後女性ではエストロゲンの低下に伴い、虚血性心疾患の罹患率が高まるため、この研究の結果はその予防策の一つとして寄与できるものと考えられる。一方、これまで行われてきた研究は身体活動が食後のTG値に与える影響を急性的に検討したものが多く、身体活動を中・長期的に行った時の慢性的な影響については十分に検討されていない。そこで、我々は閉経後女性を対象に4週間または12週間、日常の生活の中で任意の時間・頻度・様式・強度で身体活動を増加してもらった時の食後TG値への影響について調査した25, 26)。この研究では、食後TG値を評価する実験日の前日からは身体活動を制限することで、身体活動の慢性的な影響のみを検討した。結果として、4週間また12週間どちらの介入においても、身体活動量の増減と食後TG値には関連が見られなかった25, 26)。このことから、身体活動が食後TG値に与える影響は急性的な側面が大きく、中・長期的に身体活動を実践しても、不活動な時間が長くなった場合には食後TG値が増加する可能性が示された。これらの急性的また長期的な介入研究の結果から、将来的に脂質異常症や虚血性心疾患の発症を予防するためには、身体活動指針で推奨されている週あたりの身体活動時間を確保するとともに、頻度としては「毎日」、また1日の中で「頻繁」に身体を動かすことで食後の血中脂質を管理することが肝要であろう。 6.おわりに一過性の「運動」、中でも有酸素性運動を行うことで、脂質代謝の改善が実証されている。また、最近では、日常生活の中で身体活動量を高めていくことが大切であると指摘されてきていることから、「生活活動」による食後TG値の低減に対する有用性も確認されている。最後に、これまで身体活動を習慣的に実践していなかった人、なかでも低体力の高齢者や有疾患者に対して、これから身体活動を行おうとしている場合、身体活動量が少なくても身体活動は健康づくりに有益であるといった明確なメッセージを伝えることが重要である。各個人がこの情報を知識として得ることで身体活動への参加と継続に繋がり、ひいては我が国全体の健康づくりに寄与することが期待できる。 参考文献
略歴宮下 政司 早稲田大学 スポーツ科学学術院 運動代謝学研究室 教授
2006 年、英国のLoughborough University, School of Sport and Exercise Sciences博士課程修了・学位取得。2006年筑波大学大学院人間総合科学研究科研究員、2009年早稲田大学スポーツ科学学術院研究院助教、2012年東京学芸大学教育学部芸術・スポーツ科学系准教授、2016 年早稲田大学スポーツ科学学術院准教授を経て、2021年より現職。専門は運動代謝学、運動生理学、運動栄養学、応用健康科学。「運動と食後代謝」や「運動と食欲調整」を主軸テーマに国際共同研究を展開し、国際研究拠点形成をめざしている。
永山 千尋 早稲田大学 スポーツ科学研究科 運動代謝学研究室 博士課程3年
2015年 管理栄養士免許取得、2017年 長崎県立大学大学院人間健康科学研究科博士前期課程修了・学位取得。2017年 長崎県立大学看護栄養学部助教を経て、2019年より早稲田大学スポーツ科学研究科博士後期課程在籍中。専門は運動生理学、運動栄養学。「食後の糖・脂質代謝」をテーマに個々人の体質や生活スタイルに合わせたオーダーメイド型の栄養学的アプローチの確立を目指している。 サナテックメールマガジンへのご意見・ご感想を〈e-magazine@mac.or.jp〉までお寄せください。 |
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