コラム「食品分析は面白い?」
~第四回 思わぬ事態が思わぬ情報を与えてくれる~ 生活協同組合連合会東海コープ事業連合
商品検査センター技術顧問 (株)アイスティーサイエンス 技術アドバイザー 斎藤 勲 近年、ヘリウム供給危機が久しく言われている。ヘリウムは大気中にはごく僅かしかなく天然ガス(主にメタン)採取の副産物として1%弱含まれる井戸がありここから分離精製されている。20年くらい前は米国が主生産国であったが、現在、3分の1程度は中東カタールが産出している。カタールの天然ガス採掘開発には日本が協力していて、中部電力は以前から天然ガスの多くをカタールから輸入しており、福島原発の事故で急に火力発電需給がひっ迫した際も急遽輸入して急場をしのいでいる。 へリウムはカタールでも増産しており、どうして供給危機になるかというと、近年MRIをはじめ多方面での需要の増加が背景にあるが、大きくは主生産国の米国での生産量の減少、装置メンテナンス、資源保護から公的機関での採掘制限などが相まって全体的な供給量が低下しているのが大きな原因といわれ、すぐに解決しそうな状況にはない。 このため、分析部門では主力装置であるGC-MS/MSでは、取り扱いは注意する必要があるが、理論段数の良好な水素をキャリアガスとする取り組みが検討されている。水素は還元力がありイオン源でのクリーニング作用も利点である。昔使用していた窒素ガスの利用は、理論段数低下や測定感度低下などから、現状方式ではキャリアガスとして使用するメリットは少ない。 しかし、APCI(大気圧化学イオン化法:コロナ放電により窒素ガスをイオン化、それを介して対象成分がイオン化)という質量分析のイオン化法がある。一般的にLC-MSの場合、極性の高い化合物や分子量の大きい化合物をイオン化できるESI(エレクトロスプレーイオン化法)が使われるが、少しソフトなイオン化で低極性物質もイオン化できるAPCIは予備的イオン化法としてアタッチメントは持っているが使ってないところも多いだろう。 この方法に関心を持ったのはキャプタンなどLC-ESI-MS/MSではイオン化しない化合物がSFC(超臨界流体クロマトグラフィー)-APCI-MS/MSで好感度分析ができるという報告があったときである。GC-MS/MSで分析すればいいが、分解しやすいことや、一般にGC-MSで用いるイオン化法であるEI(電子イオン化法)では、フラグメンテーションが多く測定イオンもm/z100を切るなどいまいちの測定条件である。それが高感度で分子イオンピークで分析できるのである。ポイントは超臨界のCO2の溶質濃度が低い、コロナ放電でイオン化した窒素ガスと電子移動してキャプタンがイオン化できるのだろう。APCIはSFE(超臨界流体抽出)-SFC-MS/MSのイオン化法としても有用だという報告もあった。 そこで今回のヘリウム供給危機の中、窮すれば通ずというか、残留農薬分析の救世主?として出てきたのが国立医薬品食品衛生研究所の志田(齊藤)静夏さんたちのGC-APCI-MS/MSを用いた茶葉中残留農薬分析1)である。窒素ガスを用いたAPCI法では、確かにヘリウムガスに比べてピーク分離などは悪くなっているが、質量数の大きい分子イオンピークなどの生成量が多く選択性は高い。茶葉に166農薬を0.01 ppm相当で添加回収試験を行った結果、2農薬を除き良好な結果(73~95%、RSD<11%)であり、感度、選択性でもGC-EI-MS/MSと比較して遜色ない結果であったと報告している。今後のGC-MS/MSを用いた残留農薬分析の有効な選択肢だろう。 通常、私たちは目の前の決まったものでしか考え行動していないことが多い。何かあった時もマニュアルや文献的常識で思考回路を作ることが多い。その結果はどうしようもないかというあきらめが多い。しかし、今回のようにそれぞれの長所短所を理解して自分の引き出しにしまっておくと、何か起こった時に有効活用できるかもしれないという可能性を感じさせてくれた事例である。目先のものだけに縛られないようにしよう。 次回は、「残留農薬分析のスクリーニング法」について紹介する。 参考文献
略歴斎藤 勲 生活協同組合連合会東海コープ事業連合商品検査センター技術顧問 (株)アイスティーサイエンス 技術アドバイザー
薬学部修士課程卒業後、医薬品会社研究所3年、愛知県衛生研究所30年勤務、その後生活協同組合連合会東海コープ事業連合商品検査センター長として7年間勤務後、現在技術顧問としてサポート。衛生研究所では主に食品中残留農薬等食品中微量物質の分析に従事。平成23年からフーコムネットでコラム「新・斎藤くんの残留農薬分析」を執筆。 サナテックメールマガジンへのご意見・ご感想を〈e-magazine@mac.or.jp〉までお寄せください。 |
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