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3Dプリンタによる介護食開発の可能性
山形大学 有機材料システムフロンティアセンター
プロジェクト教員(准教授)
川上 勝

咀嚼・嚥下が困難な高齢者に向けたソフト食品は急成長分野である。主に病院や施設での提供がほとんどであるが、日本の少子高齢化の急激な進行により、労働力不足、高齢者人口の増加とともに、施設だけでなく、在宅でのソフト食品の消費も増加し、市場はますます大きくなってきている。しかしながら、既にいくつもの大手食品メーカーが参入し、ソフト食市場は過当競争化している。

ソフト食といっても、咀嚼、嚥下の困難さにあわせて、様々な硬さのソフト食が販売されている。最も軽度の高齢者に対しては、通常の食品と見た目も味も同じで、残っている歯で弱い力でも噛み切れるようなソフト食も有れば、味も食感もできるだけ損なわないよう、通常の食品を高圧処理したり、酵素分解によって柔らかくしつつも、肉や野菜の繊維を「ある程度」実感させるようなソフト食も販売されている。しかし、もっと咀嚼能力が衰えている方向けの食品は、その形状は、お粥やムース状で、誤嚥を防ぐため、とろみがつけられている。

ケア食品の展示会等に行くと、軽度な障害を持つ高齢者向けのソフト食に関しては、各社がそれぞれ工夫をこらし、厳選した地元素材を使用とか、田舎の味、和の職人プロデュース、などブランディングによるイメージ付けなど、各社で特色をアピールして、活気づいているように見える。一方で、高度な障害を持った高齢者向けのソフト食に関しては、なかなか各社で差を付けることが難しいようで、積極的な盛り付けの様子や、試食などのアピール活動は少ないように見られる。それはもっともなことで、ほとんど形のない、スープ上の食材を美味しそうに盛り付けることは難しく、食べても、食感が無いので、食品の味だけで美味しいと感じさせることは非常に難しい。

実際に介護食、嚥下食が提供されている現場を考えてみる。一番多い状況は、高齢者施設や病院での提供で、そこでは沢山の利用者が、厨房で準備される食事を利用している。厨房では、嚥下障害の程度に応じて、食品を一度作ってから、それを細かく刻んだり、ミキサーにかけたりして、各利用者に向けた食品の形態を準備する必要があり、これは非常に大変な作業量である。また、ピューレやお粥、ゼリー状の嚥下食は、スープ皿やカップのような入れ物で提供され、本人がスプーンですくって食べたり、介護者がスプーンを口に運ぶのを手伝ってあげたりする。介護される方も、そのような食感のない、見た目も良くない食品を淡々と口に運ぶだけの「作業」が苦痛に感じたり、介護をする人にとっても、見た目、食感の悪い食事を口に運ぶ「作業」を手伝っていることを、精神的に苦痛に感じたりしているそうである(図1)。

嚥下の障害が重い高齢者の介護食に関しては、各メーカーがこれを改善しようとしても、食品そのものが柔らかいということで、準備が大変だったり、準備された食品も見た目も食感も悪かったりで、なかなか難しいというのが現状である。

 

図1.咀嚼、嚥下障害が重い人の介護食は毎日の準備も大変であり、見た目や食感が悪い。

(「いらすとや」より転載)

 

山形大学工学部では、2013年から、3Dプリンタ技術を用いて、食品を創り出すプロジェクトを進めてきていた。3Dプリンタとは、あらかじめコンピュータを用いてデザインされた3次元データをもとに、材料を1層ずつ、順に積み重ねて立体物を作る製法を用いた造形装置のことである。従来の切削や注型技術とは異なり、最初に大きな母材や金型、鋳型を必要としないことから製作時間、製作コストの低減、細かな仕様変更への即時対応、少量多品種の製造に向いているとされる。

食品3Dプリンタの場合、ノズル部から食品材料が吐出され、ノズルのXY方向の動きと吐出の量、タイミングを同調させることで、食品を3次元上に積み上げてゆく。ちょうどソフトクリームマシンからクリームが押し出されるのに合わせてコーンを動かして綺麗な「とぐろ」をつくったり、ホイップクリームで綺麗な模様を描いたりする技術に似ている。

食材の押し出しには、注射器のような容器にあらかじめ食材を充填しておき、ピストン部を押し下げて材料を吐出したり、容器が高圧のラインと電磁バルブでつながっており、材料吐出のタイミングでバルブが開いて、材料が吐出したりするタイプのものが、一般的な食品3Dプリンタにみられる形態である。しかしこれら注射器を用いる方式では、あらかじめ容器に泡が入らないように慎重に材料を詰める手間と、その容器の容量分しか吐出できない(無くなると注射器を一旦外して再充填、もしくは新しい注射器に換装しなくてはならない)という問題点がある。また、あまり粘度の高い材料は粘性抵抗が大きく、押し出すことができない(図2 a,b)。

我々は地元米沢市の企業1)に依頼し、容器の上部が開いていて連続的に材料を供給でき、スクリュー方式による材料吐出を行うタイプの食品3Dプリンタの開発を行った(図2c、図3)。この装置は筐体、ノズルの素材にも全て金属を用いており、これは食中毒など衛生面を重視し、部品を全て分解、煮沸消毒が可能であるようにしたことと、部品を頑強にすることで、注射器型では決して押し出せないような硬い材料も扱えるようにするためである。

 

図2.電磁バルブ(a)やプランジャーの押し下げ(b)によって材料を押し出す方式に対し、山形大学が採用している金属スクリュータイプ(c)は材料を強力に押し出すことができ、材料を連続で供給できる。

 

図3.地元米沢市の企業1)が製作した食品3Dプリンタ(シングルノズルタイプ)。

 

この装置を用いて、カボチャのペーストを3Dプリントしたものを図4に示す。通常はのっぺりとした、スープ皿に盛られるだけのペーストが、少しデフォルメされたカボチャの形状に積み上げられている。カボチャは実際のカボチャを電子レンジで加熱後にミキサーで粉砕し、米粉と水を加えて印刷しやすくしたものを用いている。後期型の3Dプリンタ(図4)はノズルを二つ搭載しており、実の部分のインクと共に、カボチャの緑の皮の部分を集めて、その部分のみのインクをもう一つのノズルに用いれば、図のように本物に少し近づいた食品が出来上がる。二色だけの造形、と思うかもしれないが、意外にも、他に沢山の食品に関しても、たった二色の配置だけで、単色の造形物よりも、かなり見た目、印象が改善される。

 

図4.(左)デュアルノズル方式でカボチャペーストを積層している様子。(右)完成品。

 

ここで技術的に難しいことは、いかに柔らかい食品を立体的に積み上げるか、である。もともと粘性が低く、流れやすい材料を扱う場合は、ノズルからの吐出は容易であるが、材料そのものが、自重に耐えられずに印刷後に横に広がってしまう。また上にどんどんと材料が積まれることで、下の材料は耐えられずに形が崩れてしまう、沈み込んでしまうという現象が起こる。そのためある程度の高さの形状を積み上げるには、材料はある程度の保形性、粘性が必要となる。市販のとろみ調製剤を入れることで改善されるが、筆者らはアルファ化米粉をよく用いる。加熱不要の水に溶かすだけで食べられる米粉で、これがちょうどよい粘性と保形性を与える。欠点としては、どうしても米粉独特の、餅のような風味が残る点である。

また、吐出以外の状態でも、ノズル内の材料が漏れ落ちてきたり、細かい吐出、停止の動作に材料の動きが付いていけない場合も良く遭遇する。これらは、スクリューを少し逆回転して材料を引き込んだり、スクリュー動作速度調整によって、吐出を安定させる技術が必要となる。

チクソ性(材料に力が掛かっている時だけ、その部分の粘性が下がり、止まると元の粘性に戻る性質)が高い材料が、印刷に向いていると述べたが、まさにスクリュー方式は、吐出直前は、材料はスクリューによって大きく攪拌されて粘性が下がるので吐出しやすいため、シリンジ型よりも3Dプリンタの吐出方式としては向いている。また、温度によって材料の粘性が大きく変わる場合には、積極的にそれを吐出の容易化、吐出後の保形性向上に利用することもできる。温度が下がるとゲル化するような材料では、上部ホッパー部(温調付)の材料は粘性が低いため容易に吐出でき、吐出後は速やかに室温や冷却装置によってゲル化し、硬さを得る。チョコレートなども同様に、印刷前に保温しておき、吐出後のステージ冷却や冷風装置の組み合わせで、印刷が可能となる。

食品3Dプリンタによって、それまで見た目が悪い介護食に、元の食材の形や、実際の料理に見える形を造形することで、楽しく、食欲が少しでも湧く要素をもたらすことができた。さらに我々は、食品3Dプリンタの強みを生かした取り組みとして、硬さの異なる介護食材料を二つのノズルから吐出し、空間的に2つの素材を偏在させることで、柔らかいながらも、舌や歯茎で押したときにある程度の「食感」を生みだす試みを行っている(図5)。

 

図5.二つのノズルから、硬さの異なる食材を組み合わせて食品を印刷する様子。

 

2つの素材の比率を変えることで、食品全体の硬さが調整でき、また2つの素材が層状で交互に配置したり、組み木のような構造であったり、うどんのコシのように内部に行くほど硬い素材が集中したり‥などと、いろいろな配置を取ることで、それを壊した際の反力、すなわち「食感」が現れる。これにより、それまでのっぺりと単調であった介護食に、その人の咀嚼能力に合わせた硬さ、好みに応じた食感の食事を提供できる可能性がある。また、塩分や糖分等が濃い素材を食品の表面に配置することで、食べた瞬間はそれらを濃く感じ、満足感を得るが、実際に摂取した量は通常よりも少なく抑えることができることも期待される。ほかにも、咀嚼を進めるうちに、味が広がる、混ざることで感じる「時間軸の有る味」を仕込ませることもできるであろう。施設ではその人の状態、好みに応じた食事をそれぞれ作ることは大変な労力がかかるが、この方法だと、あらかじめデータ化していた個人の記録から、自動的にその人に応じた介護食を自動的に製作することができると期待される。

最後に

よく 「食品3Dプリンタで作った食事はおいしいですか」 と聞かれるが、いつも「プリンタのインクを準備した段階で、食品そのものの味は決まります。プリンタの機能は味には関係していません」と答えている。実際、現在の食品3Dプリンタは、単なる「食材ディスペンサー」で、調理や味付けの機能は含まれていない。ただし、介護食に関していえば、食感や見た目が変わるため、ペースト状の食品と比べると、気持ちの面では「元よりは美味しい」と感じることがあるであろう。一般の食品には、今のところ3Dプリンタで提供することのメリットは感じづらい。しかし今後、硬さだけでなく、味の全く異なる素材(インク)を複数用い、それらを立体的に配置し、さらには、ごく微量な香りやスパイス成分をうまく立体的に配置させることで、食べた時の食感、味香りの拡がり全てがプログラミングされた食品が作成できるかもしれない。そのような美味しい食材の選択、組み合わせ、立体配置を探る取り組みは、一つずつ条件を変えては試食を繰り返して突き詰めていくしかないが、3Dプリンタであれば、いろいろな材料の配合、配置をパラメトリックにデザインし、それを忠実に再現した試食品をつくることができるので、網羅的に人が美味しいと感じる食品の探索が容易になるかもしれない。将来、介護食だけでなく、一般食に関しても、食品3Dプリンタによってはじめてもたらされる新奇な外観、新食感、新しい味をもった食品の創成を期待したい。

参考文献
  • 1)世紀株式会社
略歴

 

川上 勝

山形大学 有機材料システムフロンティアセンター

プロジェクト教員(准教授)

 

神戸大学自然科学研究科博士課程修了(理学博士)

英国リーズ大学博士研究員

日本学術振興会 修士、博士研究員(DC1,PD)

JSTさきがけ研究員

北陸先端科学技術大学院大学 講師、准教授

 

を経て2014年から現職

 

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