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食品企業に対する社会的要請の変化
   ~食品衛生法の大幅改正に至るまで~
一般財団法人 食品分析開発センターSUNATEC
コンサルティング室
緒方 勇人

《はじめに》

2018年6月、食品衛生法の大幅な改正が行われ、すべての食品等事業者にHACCPに沿った衛生管理の導入が制度化されるなど、食品企業にとって今までにない変革の時が訪れようとしている。

そもそも、法令は何らかの社会的な要請を背景として制定されるものであり、その対象者である食品企業は、法令を遵守することにより、その法令の背後にある社会的な要請に応えなければならない。

私は、昭和から平成の時代にかけ長年、食品衛生行政に携わり、その間に発生した様々な食品の安全・安心に関する事件、事故を第一線で体験してきた。その事件・事故の発生を契機とした食品企業に対する社会的要請が日々変化してきたと感じている。

今回の食品衛生法の大幅な改正は、食品企業はもとより食品衛生行政機関を取り巻く社会環境の大きな変化に基づいたものであり、その背景にある社会的な要請を的確に捉え対応しなければならないと考える。

《食品企業を取り巻く社会環境の変化》

食品に関する安全神話が崩壊した第1の分岐点は、2000年6月、大手食品メーカーによる大規模食中毒事件の発生であったと考えられる。原因となった食品が日常的に消費するものであったこと、国が安全性を認めた総合衛生管理製造過程の承認施設が製造したものであったこと、並びにマスメディアによる過熱報道が相まって、消費者全体が、食品の安全性に対し大きな不信感を抱くようになった。

しかし、食品企業を取り巻く社会環境の変化の最大の分岐点は、その約1年後、アメリカ同時多発テロ事件の前日、2001年9月10日、国内における初のBSEの発生によるところが大きいと考えている。消費者の食の安全性に対する不信感が払拭されない中、全頭検査が長年継続された。そのような中、国のBSE対策のための国産牛買取事業を悪用した「牛肉偽装事件」を発端として、様々な食品偽装などの問題が表面化し、マスコミ報道が過熱、消費者の関心、目線が一気に食品安全に向い、食品の「安全・安心」というフレーズが呪文のように叫ばれるようになった。

問題が明るみになった食品企業では、法令違反の程度、流通食品の安全性を検証することなく、市場から製品回収、社告による情報発信に躍起になるという状況が長らく継続した。

《食品企業の変化》

少なからず法令は、その時代の社会的な要請に基づいて制定されるものであることは、前述のとおりであり、食品企業は、その法令の内容を正しく理解し、違反しないことが最低限行うべきことである。

しかし、近年、法令だけでなく、企業自ら定めた基準であったり、企業が守るべき倫理も含め遵守することが求められるようになってきている。

このような社会要請の変化に的確に対応したのが、今回の食品衛生法の改正によるHACCPの義務化及び食品リコール制度の創設であると言える。食品を製造・販売するすべての食品等事業者に対し、自ら衛生管理計画を作成させ、その実施を記録させる自主的な衛生管理を義務付けたのである。

食品企業自らが、食品の安全性について責任を持ち、消費者に対し、製品の安全・安心をアピールできる法的な土壌が整ったとも言える。これは、食品企業にとって企業の食品安全に関する自らの姿勢を社会に示す最大のチャンスであると考えられる。

《消費者の変化》

2000年に入り、様々な食品企業による食品安全を脅かす、又は過去の信頼を裏切る事案が多発し、消費者は何を信頼して日々の食を選択していいのか分からない状況に陥った。

また、近年の輸入食材の増加、食品加工技術、冷凍技術等の高度化による食品流通の複雑化により、消費者が把握し難いフードチェーンが形成され、ますます、消費者と生産現場は乖離した状態となっているのが現状である。一時期、「地産地消」がブームとなり、生産現場の見える化により、食の安全・安心を確保する動きがあったことも、この乖離状態を解消できる手段であった。しかし、急速な食生活の欧米化等による消費者の嗜好、欲求、食習慣は、それほど簡単に変化することなく「地産地消」の考え方は浸透することはなかった。

また、インターネットの普及による食品に関する情報が氾濫する中、食品の安全性に関する正しい情報を得ることが困難な状況となっていることも、大きな変化である。

このような状況の中にあっても、消費者が食品に望むことは、一にも二にも「安全であること」である。

従って、食品企業は、消費者に対し食品の安全性に関するプロセスを開示して、リスクコミュニケーションにより、消費者と食品企業の双方向の信頼を醸成し、消費者の安心感を獲得する必要がある。

この食品の安全性に関するプロセスこそ、今回の食品衛生法の改正により導入が義務化されたHACCPシステムによる「見える化」そのものである。

《マスメディアによる情報発信の及ぼす影響》

しかし、食品企業がどれだけリスクコミュニケーションを行っても、安心できない消費者も存在するものである。しかし、食品企業として積極的に情報を開示し消費者に選択の機会を与えることによる社会的責任は果たしたこととなり、なんら問題視されるものではないと考える。

過去の食品企業の様々な不祥事事案を振り返ると、発生直後、マスメディアがセンセーショナルにその概要を取り上げ、事件の違法性は勿論、企業姿勢そのものを批判するような報道内容に終始した。

マスメディアは、読者、視聴者に興味を引くかどうかが重要な要素で、実際にマイナス要素は大々的に報道するが、プラス要素の扱いは極端に低いと感じることが多い。過去に、報道機関へのブリーフィングの中で、「調査の結果、安全性には問題がありません」との発表したところ、報道記者には落胆とも見える態度をされたりしたこともある。

従って、食品企業は、マスメディアの報道内容に踊らされることなく、その事案による本質的な健康被害の可能性を分析し、正確な情報を発信することに注力すべきである。

このような混乱する事案処理の中で、食品企業の社会的な責任の程度を中立的に分析する機関として消費者団体等が重要な役割を果たすものである。消費者団体等とは、一定の距離を保持しつつ、リスクコミュニケーションを積極的に行うなど、誤解を生まない様に信頼関係を構築しておくことがリスクヘッジである。

《食品衛生行政の変化》

食品を取り巻く環境の変化は、消費者や食品企業のみに影響を及ぼすわけではなく、食品行政機関における規制にも影響を及ぼしている。

食の安全・安心は、食品衛生法第一条に規定されているとおり、国民が健康な生活を送るために国がなすべき公衆衛生の基本である。

戦後混乱期の食糧不足の中、施行された食品衛生法は、野放しの状態であった食品や添加物の規格基準の設定、営業の許可制、輸入食品の検疫などがメインの規制法令であった。

その後、高度成長に伴い、消費者問題が社会問題化し、消費者保護基本法(現消費者基本法)が制定され、JAS法に品質表示制度が追加され消費者が正しく食品を選択できるようになった。

しかし、相次ぐ産地偽装などの消費者を欺く行為に対し、規制の実効性を高める目的で、「罰金の引き上げ」、「罰則の強化」、「事業者名の公表」等の法改正があった。

この法改正は、従前の行政機関が中心として行う予防的な規制から、より実効性を高めるため、悪質な法違反を犯す食品企業に対し、その措置を市場メカニズムに委ねる仕組みへと変化してきたと言える。

行政機関は、慢性的な人手不足ですべての食品企業を常に監視することは、物理的に不可能である。法令的には、違反事項には罰則が設けられ、それなりの抑止効果はある。しかし、実際には、よほどの悪質性がないと罰則条項が適用されるケースはごくまれである。従って、一発レッドカードの事件以外は、違反事実の確認から行政指導、告発、罰則適用までのマンパワーが必要となる。「度重なる行政指導に関わらず・・・・・・」など違反事実に付記されるのは、まさにこのケースである。

そのため、行政機関では、この違反事実が消費者の健康に多大な影響を及ぼすと判断した場合には、食品衛生法に基づき、速やかに「事業者名の公表」を行う。行政的な手続きは進めつつ、その違反事実を速やかに公表することにより、消費者に注意喚起を促す手法である。

この行政手法は、消費者保護の観点から、情報伝達がSNSにより爆発的にスピードアップした現代において非常に有効な手段である。

《食品リコール制度の活用》

では、この行政機関の変化に食品企業はどう対応すれば良いのかというと、今回の食品衛生法の改正により創設される「食品リコール制度」をうまく活用することをお勧めする。

この制度の趣旨は食品による健康被害の発生、拡大防止にある。この趣旨から考えれば、健康被害の可能性があれば食品リコール制度の届出対象である。従って、速やかに行政機関に届出を行い、行政側に公表してもらい、いち早く消費者に情報を発信し事故を未然に防止することに注力すべきである。なお、食品企業としては、社会的な責任として、企業のブランドイメージを守るため、自主的な製品回収、自ら公表するとともに原因の究明、再発防止に努めることは言うまでもない。

このため、食品企業は、製品回収に関する手順(マニュアル等)などの社内規定を見直すとともに、定期的な食品リコール事案を想定した社内訓練の実施の必要性がある。

《おわりに》

今回の食品衛生法の大幅な改正に至るまでの社会的要請の変化について述べてきたが、今後、食品企業は、その変化に順応かつ的確に対応しなければ生き残ることはできない。反面、食品企業にとって自社の食品安全に関する姿勢を社会全体に示し、他社との差別化を図る絶好のチャンスが到来したとも言える。

義務化されたHACCPシステムの適正な運用は勿論、今後、他の企業との差別化を図るため、より高度な衛生管理のため食品マネージメントシステムを導入し、更なる衛生管理の充実強化を実践し、消費者により大きな安心を提供、そして信用を獲得することも必要になるのではないかと思われる。

しかし、どんなに高度なシステムであっても、それを動かすのは「人」であり、従業員一人一人がシステムを正確に理解し、適正に運用しなければ思わぬ事故が発生しかねない。実際に、現場担当者がシステムをよく理解せずに作業しているケースも多々見受けられるのも事実である。

今回の食品衛生法の大幅改正を契機として、今後、食品企業では、社会的な要請に的確に応ずるため、企業倫理、衛生管理、法令遵守などを盛り込んだ従業員を対象とした教育プログラムを作成し人材育成に取り組むことが食品企業における危機管理であると考える。

略歴

2015年4月 岐阜県健康福祉部生活衛生課長

2018年4月 岐阜県保健環境研究所長

2019年4月 現職 現在に至る

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