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水産物の美味しい食べ方
~正しい知識で適切に対応し、資源・環境問題も考える~
一般社団法人 大日本水産会魚食普及推進センター
前センター長 川越 哲郎

1. 日本人の水産物消費の減少

一般社団法人大日本水産会魚食普及推進センターは、皆さんに水産物をもっと食べていただき、ひいては水産業の持続的な発展に資することを目標にしています。消費が減退する産業に未来がないのは、どの産業も同じであろうと思います。

日本人はお魚が好きですし、皆さんもきっとおいしい魚介料理を日々味わっていると思います。周りを海に囲まれた日本ならではの多種多様な魚介類が、季節ごとに旬とされる美味を伴って食事を豊かなものにしてくれています。また全国各地の地場特産の海産物はその地の伝統的な魚食文化を育んできました。

日本人の水産物消費量は2001年の40.2 kg(一人当たり年間の消費量(原魚換算))をピークにこの20年間減少の一途をたどり、2018年には23.9 kgと4割も減っています。この減少について私たちは何回も調査を行い、その原因を調べてきました。コロナ禍のこの1年はちょっと事情が変わったかもしれませんが、代表的なものは1)調理が面倒、2)生ゴミが出る、3)骨があって食べにくい、4)臭い、5)値段が高い、などです。こうした理由は、毎日の生活の中で確かにそういう面もあるなと思うことばかりですが、実はその背景に、それよりももっと大きな水産物に対する漠然とした不安やネガティブなイメージがあるような気がしています。

消費者が持っている水産物に対する漠然とした不安というものは、いわゆる食の安全・安心に係る問題や、大きくは資源や地球環境の問題にまで広がっているのではないかと考えています。食の安全や安心の問題は、食中毒や放射能、水銀・ダイオキシン類、マイクロプラスチックなどがあり、自分や家族の健康に直接かかわってきますから当然関心が高いでしょう。資源・地球環境問題では異常気象や洪水等自然災害が続き、地球温暖化などで海洋環境も変化し「ウナギのシラス(稚魚)が獲れない」「今年もサンマが不漁」とか「秋サケが記録的な漁獲減」などと聞くと、水産物は(食べても)大丈夫かと思われても不思議ではありません。

2. 水産物に対する不安やリスクを正しく知る

まず、食の安全・安心の問題です。2~3年前にお笑い芸人が「アニサキスで腹痛を起こした」とテレビで何回か発言したことで、その発言から2~3ヶ月間にわたって鮮魚売場の刺身の売り上げが2~3割減少したことがありました。タレントが「激痛」とか「苦しくて耐えられない」などというと水産物が不安な食べ物になり、何だか怖いものとなってしまったようです。こうした水産物に対する不安やリスクに対しては、正しい知識を伝え、適切に対処する方法を分かりやすく地道に伝えていく必要があります。

私たちのホームページでは、「正しい知識でリスクを確認し、適切に対応する」として広報に努めています。表現方法や伝え方で未熟な部分もありますが、少しでも多くの方に知っていただければと思いご紹介します。

 

1) 水産物の「食中毒」を考える

水産物の「食中毒」には、寄生虫、ウイルス、細菌、自然毒、化学物質、アレルギー等様々なものがあります。この中で発生件数が多いのは寄生虫であり、中でもアニサキスがその代表例となります。アニサキスも含め予防方法は魚種、鮮度、保管方法、加工方法、地域、季節等々によって異なり、専門的な知識が必要な難しい分野ですが、時には人命や健康に関わるため、家庭を含めて食品を扱う関係者にとって、各食中毒の原因の知識を増やすことは重要です。

URL:https://osakana.suisankai.or.jp/health_safe/2633

 

〇 寄生虫

寄生虫は、どれも宿主から栄養や住処を提供してもらう形で生きています。宿主を駆逐してしまうほど害を与えてしまう寄生虫は種として存続できなくなるため、基本的に寄生虫が宿主へ致命的な害を与えることは少なく共存しています。ただ、本来のルートと異なる生物の体内へ入った場合などに寄生虫が宿主に害を起こす場合があります。報告件数から考えてもアニサキスとクドアをシッカリ理解すれば、大半の寄生虫は防げます。またアニサキスの報告を見ていると報告1件につき1人の対象者であり、集団食中毒ということが殆どありません。予防法としては冷凍、加熱が確実ですが、それではお刺身の楽しみは半減するため、各自の判断で安全に食べる方法を紹介します。

アニサキス
お酢は効きません!自信がない人は冷凍すれば怖くない!
クドア
最近発見された寄生虫で目に見えません。
その他
淡水生物は注意。おいしさの目安になる害のないカニビルも。

→ 2018年度セミナー「アニサキスを中心とした食中毒対応」

URL:https://osakana.suisankai.or.jp/archive/119

 

〇 ウイルス・細菌

ノロウイルス
牡蠣というイメージがあるかもしれませんが、人由来です。
腸炎ビブリオ
過去20年で1/100に激減しています。
黄色ブドウ球菌
魚ではなく、調理している人が原因です。

 

〇 自然毒

フグ毒
免許無い人さばかないことが鉄則です。
有毒渦鞭毛藻(シガテラ毒、パリトキシン、貝毒)
 
 
地域によって流通自主基準が設けられていることも。

 

〇 化学物質

ヒスタミン
子供の間は合成できないため必須アミノ酸に分類されるヒスチジンは、特に子供に食べてほしい。

 

〇 アレルギー

アレルギーは食中毒か微妙ですが、関連する分野なので項目に入れています。

 

2) 水産物と放射性物質

端的に福島県の漁業の問題と考えられていますが、海外では東日本大震災の原発事故直後から日本産食品・水産物の輸入規制が始まりました。大きくは日本全体から、あるいは東京を含む関東以北、その後東北、茨城・福島・宮城・岩手・青森などと食品・水産物の輸入規制地域が定められてきました。世界から見ると当初は日本全体が放射能汚染されたと見なされたことになります。多くの国で規制解除されていますが、一部残っている国もあります。現在滞留され海洋放出の話も出ている放射性汚染水の処理が、国内の風評被害ばかりでなく、国産水産物の輸出拡大政策にも影響が出ないようにする必要があります。

現在の福島県の漁業は自治体と漁業者が話し合い「試験操業」が行われており、漁獲物の放射能物質検査が実施され結果が公表されています。東日本大震災から10年が経ち、放射性物質の一般食品の基準値(100 Bq(ベクレル)/kg)を超える検体数は極めて少なくなっています。

「水産物の放射性物質調査の結果について~最新情報に更新~」 の水産庁ページ

URL:https://www.jfa.maff.go.jp/j/housyanou/kekka.html

 

3) 水産物と水銀及びダイオキシン類(PCBなど)など

〇 水銀 

水産物の水銀摂取のリスクについては、厚生労働省から「これからママになるあなたへ お魚について知っておいてほしいこと」と題して、魚種別にアドバイスしているパンフレットが発行されています。人の場合、生まれ出た後は普段の食事で取り込んでいる水銀は徐々に排泄されると報告されており、一番リスクの高いグループは排泄できない胎児ということになります。このパンフレットでは、妊娠した女性が高い栄養・健康機能をもった魚介類の食事を行いながら、一部の水産物の水銀摂取については気をつけるように注意をうながしています。

クジラやイルカなど食物連鎖の頂点にいる海洋生物には(メチル)水銀が多いといわれており(生物濃縮)、上記パンフレットでも摂取量が定められています。和歌山県太地町は伝統的にクジラ・イルカ漁が行われ、住民も地元の食材として漁獲物を利用しており、その水銀摂取が健康被害を起こすのか研究が行われてきました。2019年10月に環境省国立水俣病総合研究センターが研究結果を発表し、ヒトへの健康被害の無いことが報告されました。

URL:https://osakana.suisankai.or.jp/health_safe/479

 

〇 ダイオキシン類(PCBなど)

最近では余り聞かなくなりましたが、日本では1960年代以降に発がん性有害物質として問題になりました。生物に対する影響としては発がんを促進する作用、甲状腺機能・生殖機能・免疫機能のそれぞれの低下が言われています。

ダイオキシン類として29種類が毒性を持つといわれていますが、その毒性の強さは様々で、それぞれの毒性の強さに対して係数が割り当てられ、TEQという規制単位が使われています。現在の規制基準値は人の体重1 kgあたり4ピコグラム(以下pg)TEQとされています。これは耐容1日摂取量(TDI=Tolerable Daily Intake)として、生涯にわたって毎日摂取しても健康への影響は無いであろうとされる量です。現在日本人は食事や呼吸から0.85 pgTEQのダイオキシン類を摂取していると言われています。そのうち魚介類からは0.78 pgTEQという比較的大きな割合を占めていますが、全体の0.85 pgTEQが規制値の20%程度ということを考えると普通の生活では規制値を大きく上回ることは無いと思われます。また厚生労働省「食品からのダイオキシン類1日摂取調査」によると、1997年比で食品からの摂取量は約1/3に減っています。

 

4) マイクロプラスチックと魚介類

環境問題とも絡んで最近話題に上ることの多い「マイクロプラスチック」「海洋プラスチック」について、2019年8月に「マイクロプラスチックと魚介類」と題してセミナーを行いました。

20190817 マイクロプラスチックセミナー 講演録

URL:https://osakana.suisankai.or.jp/archive/584

5ミリ以下に小さく粉砕されたプラスチックが「マイクロプラスチック」(以下MP)と定義されていますが、近年魚介類や海鳥の胃腸から検出され、人体への影響が心配されています。魚介類経由でMPを摂取した場合、MPそのものは固形物として排出されます。問題になるのはMPに付着しているかもしれない、或いは製造過程で添加された化学物質です。MPが魚介類の消化管に留まる間にその化学物質が体内に吸収されることで、それら魚介類を食べる人間にも何らかの悪影響があるのではないかという懸念です。この点については、講師の先生から現状の海のプラスチックの汚染レベルであれば、これまで通り食べてよい、むしろ魚介類の健康機能を考えれば食べないように勧めるのはよくないというお話がありました。また魚を現状通り美味しく安心して食べるためには、海のプラスチック汚染がこれ以上進まないようにしていく必要があるとも付け加えられました。

日本はペットボトルのリサイクル率が高い(88.8%)ということで、分別回収なども含めかなり先進的と思われがちですが、逆に言うとペットボトルだけでも11.2%が未回収です。2015年で227億本が消費されましたが、25億本が未回収ということになります。全てが海に流れ出るとは限りませんが、0.1%としても数百万本が川や海に出て行っています。プラスチックそのものの使用総量を減らすこと、4R「Refuse:断る、Reduce:減らす、Reuse:再利用、Recycle:リサイクル」の特に「断り減らす」ことの重要性を認識したいと思います。

セミナー内で話題となったプラスチックに含まれる化学物質の安全性について、予防的な観点から、ポジティブリスト制度が取り入れられることになりました。移行期間後は日本国内で食品に使用される容器などに用いられるプラスチック類(輸入して国内で使用される容器含む)は、この制度が義務付けられます。 

3. 水産物と資源・環境問題

 サンマ、秋サケ、イカ等日本人になじみ深い水産物のここ10年来の漁獲減少は、様々な理由があげられていますが、主な原因は海水温の上昇などによる海洋環境の変化ではないかと言われています。実際に、毎日海上に出ている漁師がアンケートに答えて、平成期30年間で悪い影響のナンバーワンに上げているのが「気候変動による海洋環境の変化」です。

持続可能な漁業に敵対する乱獲・密漁は、地域の漁業者が行うことはほとんどありません。資源管理については仔稚魚の生育環境の確保・保護や禁漁期間・区域の設定、漁獲量の調整などが重要です。これらの努力に大きな妨害となるのが、乱獲・密漁を含む「IUU漁業(Illegal Unreported Unregulated漁業:違法・無報告・無規制漁業)」です。その撲滅のために様々な対策が講じられ、現在では漁獲証明制度など違法な漁獲物が流通できなくなるような国際的な仕組み作りが行われています。

一方、人間が利用する全食糧のうち海洋生物が占める割合はわずか数パーセントという報告があります。2050年には世界人口が100億人になろうとしているときに、地球環境に配慮するためにも、海の巨大な生産・再生産力を維持し活用することに注目してもよいと思います。

人間活動から排出される様々な廃棄物やCO2は、大気と大地と海洋が引き受けています。地表の2/3を占め、雨で流されることを考えると海洋が負担する割合は相当大きいでしょう。先に述べた食中毒を除く、水産物の安全・安心に係る物質は、全て人間活動から排出されたものです。食糧問題を考えるうえでも、これからも美味しい魚介類を食べ続けるためにも、地球や海洋が悲鳴を上げてギブアップしないうちに、ほんの少しだけ海洋や水産物の資源・環境問題に耳を傾けていただき、美味しい水産物を食べ続ける方策を考えていただければ幸いです。

(了)

略歴

1980年 日本水産株式会社 入社

2014年 一般社団法人大日本水産会 入社

魚食普及推進センターにて、小中学校への出前授業・食育や各種セミナー・講演会、料理教室、メルマガ配信など魚食普及・水産物消費拡大活動を行う

2017年 東京海洋大学非常勤講師(魚食文化論:2021年3月まで)

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