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コロナ禍を背景とした密にならない運動の健康増進効果とその栄養補給
龍谷大学 農学部
教授 石原 健吾

1 はじめに

新型コロナウィルスの感染拡大によって私達の生活様式は大きな変化を余儀なくされた。ヨーロッパを中心に行われた厳格なロックダウンや出入国時の2週間の隔離に象徴されるように、我々の行動範囲は著しく制限された。

行動範囲の制限は、感染拡大の防止には有効であるが、私達の身体活動量を大きく制限するというネガティブな一面を持っている。私達の体は刺激を受けないと著しく退化する。宇宙空間で1年を過ごしたスコット・ケリー飛行士が地球に帰還したとき自ら歩くことができない動画1)や、アンドリュー・フューステル飛行士が歩行訓練を行っている動画2)は極端な例であるが、私達も行動範囲の制限下においても、いかにして身体活動量の低下を防ぎ、自らの身体を守るか考えなければ、深刻な健康障害をきたす恐れがある。

2 全身運動の健康維持効果

"Exercise is medicine"、これは米国のスポーツ医学会の標語3)であり、運動の健康増進効果をよくあらわしている。適度な運動は、身体のあらゆる面に対して、望ましい効果を発揮する。エネルギーの消費量を増やして肥満を予防し、体型を若々しく保つ。運動は、体の見た目だけでなく、内面にも望ましい効果を及ぼす。心臓や血管の弾力を保って、高血圧や脳卒中、心筋梗塞を予防し、メタボリックシンドロームのリスクを下げる。また筋力や骨の機能維持によって、ロコモティブシンドローム予防効果を発揮して、骨折や転倒、最終的には介護を受けるリスクを低くする。また一部のがんになるリスクを下げる。

運動は免疫機能を高め、特に上気道感染症(かぜ)は、適度に運動を行っている人で罹患率が低いことはよく知られている4)。また全身運動は、酸素運搬能力を高めるので、肺に代表される呼吸器の能力を高める。精神的にも、気分を明るくして抑うつ改善に効果を発揮する5)。脳の機能を高めるBDNF(神経成長因子)の分泌を高め、記憶を司る領域である海馬の体積を増やすことが報告されている6)

3 普段着でできる運動

運動は様々な健康増進効果を有するが、運動習慣のある者の割合は少なく、年齢別では、男性40代(18.5%)、女性30代(9.4%)で最も低くなる7)。これらはいずれも働き盛りの年代であり、同調査による「運動習慣の定着の妨げとなる点」も、「仕事(家事・育児等)が忙しくて時間がないこと」が他を大きく引き離して1位である。

わが国は、働き方改革が提唱されるほど、長時間労働が定着しているため、時間がなくて運動できないのは正当な理由である。そのため、「健康づくりのための身体活動基準2013」からは、住民・従業員が運動を行うことができる「まちづくり」・「職場づくり」といった行政・雇用者の役割の重要性を強調する方向性を打ち出すようになった8)

先進的な職場では、産業医等による働きかけに応えて、屋上にスロージョギングコースが作られている。昼休みにジョギングする社員が増えると、メタボ健診の該当者が減少する効果が報告されている9)。このような環境づくりのための働きかけと並行して、各個人において通勤経路や職場において最も簡単に取り入れられる運動機会は歩行と階段利用である。階段とエレベーターが自由に選択できる環境下で、いずれを利用するかに影響する2大要因は、所要時間と健康意識である10)。著者の調査では、日常生活での階段利用率が高い学生の方が、エレベーター利用率が高い学生よりも模擬試験の成績が高いという興味深い結果が得られている(未発表データ)。

4 通勤経路でできる運動

新型コロナ禍をきっかけに、公共交通機関を避けて通勤ライドや通勤ランを取り入れる人が増えてきた。通勤に運動を取り入れることは、まとまった運動の時間を生み出し習慣化する有効な方法であり、感染リスクの低下、全身運動の健康維持効果だけでなく、職場に着くまでに頭が整理できる、など仕事の上でのメリットもある。職場が遠いときは、途中まで電車を使う、会社にシャワーがないときは帰宅だけジョギングするなど、様々な工夫がある。

通勤に運動を取り入れることは、健康維持だけでなく、純粋にパフォーマンス維持の上でも効果が大きい。昨年、スポーツ用のGPSウォッチや、スマホによるランニング記録といったクラウド上の14,000人による160万回のトレーニングデータを解析して、どういう練習を行った人が強くなるのかを検討した研究が発表された。その結果、レース結果に最も強く相関するパラメーターは、走った時間であった11)。つまり、通勤に運動を取り入れ習慣化することは、有意義なトレーニングであり、あえてトレーニング時間を設けるよりも時間の節約になる。

5 密を避けて楽しめるスポーツ

ジョギングや自転車は、理系の技術者に向いた側面を持っている。GPSウォッチやサイクルコンピューターで、走行速度や距離、傾斜、心拍数、歩数(自転車の場合はペダルの回転数)などの数値データを記録して、クラウド上のサービスで容易にグラフ化して調子や進捗を確認できるためである。通勤ランを始めてみると徐々に体力がついていくのがわかる。健康面においても、睡眠の質が改善され(GPSウォッチに内蔵されたモーションセンサーで睡眠の深さがわかる)、安静時心拍数が低くなっていくことで、心臓機能が向上することが数値で把握できる。GPSウォッチでは測れないが、気分が明るくなることは職場の同僚が評価してくれるであろう。

さらに面白いことに、こうした全身運動は、若者よりも中高年が速いことが珍しくない(図1)。また、一人でも仲間とでも楽しめるなど、家族と仕事で時間に制約のある世代にピッタリのスポーツである。

 

 

さらにさらに、こうした全身運動は、トレーニングだけでなく、食事がパフォーマンスに及ぼす影響が大きい。食品関連の研究者、技術者にこれほど最適なスポーツはないのではないだろうか。自らを実験台に、通勤ランコースで色んな食品の効果を試してみる、食品研究者ならではの楽しみ方ができる。

実は著者は、スポーツ栄養学分野の研究者であり、持久運動のパフォーマンスを高めるための栄養について研究している。当初は90分ほどの運動を対象に研究を行っていたが、最近は(調査対象とする)距離が伸びてしまい、100マイル(160 km)を走り続ける選手たちの代謝や栄養補給に関心を持つようになった。常人とは思えない能力と素晴らしい人間力を兼ね備えた選手たちに協力していただいて、調査を繰り返しているうちに、走り続けるヒトの体内で起こる現象には、栄養学の本質がたっぷりと含まれていることに気づき、その魅力に取りつかれるようになった次第である。

6 全身運動における栄養補給の新しいトピック

長時間運動と栄養に関しては、新しい知見が次々と生まれている。ランナーのレベルに応じて、最適な栄養戦略も異なる。ウルトラランナー向けのコアなトピックは、前著12),13)に譲り、ここでは食品分野の研究者に興味を持っていただけそうな話題をいくつか紹介する。

6.1 一日の中で食事にメリハリをつけると脂肪が燃えやすくなる

マラソンなどの長時間運動は、有酸素運動とも言われる。呼吸で取り込んだ酸素を使って、脂質や糖質などの栄養素を体内で燃焼させて筋収縮のエネルギーにするからである。これに対して、短距離走のような瞬発性の運動では、糖質が主にエネルギーになる。つまり、有酸素運動トレーニングは、脂質を大量に燃やせる体をつくるためのトレーニングとも言える。

脂質は細胞内のミトコンドリアで代謝される。有酸素運動で重要な遅筋(赤筋)は、ミトコンドリアが多い。エネルギー代謝によって体温を高める褐色脂肪組織も、ミトコンドリアが多いために赤っぽい色(褐色)をしている。

どうすればミトコンドリアが増えるのか。ミトコンドリアは使えば増える。使わなければ減少する。マラソン選手は赤筋が発達しているが、脊椎損傷の患者さんは速筋(白筋)が多い。寒冷地に住むイヌイットや、冬の海に潜る海人(あま)は、褐色脂肪組織が発達している。

脂質をミトコンドリアで使うためには、低糖質食が有効である。糖質が不足した(=血糖値が高くない)状態で運動すると、ミトコンドリアで利用できる糖質が制限されるために、脂質代謝経路が促進される。

ところが、低糖質食では軽いジョギングなどを行うには良くても、強度の高いトレーニングを行う際に十分に力を発揮できないことがある。そこで提唱されているのが、スリープロー・コンピートハイ(Sleep low compete high)という一日の中で食事バランスを変える方法である。夕方のトレーニングの後、低糖質食を摂る。その晩はグリコーゲンレベルが低い状態で寝ることで、ミトコンドリアの発達(遺伝子発現)が誘導される。朝、低強度でジョギングなど有酸素系のトレーニングをする。その後、しっかり高糖質食を摂り、夕方には高強度の運動をする方法である14)

健康という観点からも、有酸素代謝能力が高い方が、糖尿病や高血圧、心血管疾患などメタボリックシンドロームによる死亡率が低くなるメリットがある。朝晩の食事バランスを意図的に変える方法は、選手でなくても参考になる。

6.2 エネルギーを摂らずに脳を元気にする

スポーツドリンクは、摂取した栄養素(主に糖質)が吸収され効果を発揮すると考えられてきた。しかし、この考え方では、栄養補給の効果を完全には説明できないことがわかってきた。そもそも、ヒトの体内には、2時間ほどの運動に必要なグリコーゲンが貯蔵されている。スポーツドリンクを補給してもしなくても、1時間程度の運動ならパフォーマンスに差がないはずである。ところが、Carterら(2004)は約1時間の自転車タイムトライアル実験で、糖質ドリンクを経口で摂取したほうが水を摂取する場合よりもパフォーマンスが高いことを見出した15)。さらに興味深いことに、同じ量の糖質を静脈に注入しても、パフォーマンスの増加は見られなかった。

このことから、口腔内で糖質を認識することが運動強度の維持につながる、すなわち、ごく少量の糖質溶液を口に含んで吐き出すことを断続的に繰り返す(マウスリンス)だけでも運動パフォーマンスが増加することが明らかになった。この現象は、人工甘味料溶液では発揮されず、スクロースやデキストリンなどのエネルギーのある糖質で発揮される点も興味深い。

マウスリンスの考え方は、競技者のみならず、健康維持や痩身を目的として運動を行っている人が必要以上のエネルギー摂取を予防できることにつながるという点で今後、さまざまな製品開発につながることが期待される。

6.3 リカバリーに注目して筋肉をつける

野菜に育つ時期があるように、ヒトにも体が作られるタイミングがある。人生の中では小児から成長期、一日の中ではトレーニングの後や睡眠中である。このタイミングで食べた栄養は、効率よく筋肉や骨づくりに用いられる。逆に運動直後に食べることを忘れて、時間が経ってから食べたものは、体脂肪になりやすい。

トレーニングをした筋肉の内部では、アミノ酸からのタンパク質合成が活性化する。また、糖質や脂質のトランスポーター(輸送体)は、普段は細胞内部にあるが、運動によって細胞膜表面に移動して、血液中の糖や脂質を活発に筋肉内部に輸送する。そのため、運動後の食事は高血糖をおこしにくくなり、長期的には肥満やメタボリックシンドロームの予防につながる。

この考え方を活かすと、運動直後、着替える前に食べられる補食が重要だとわかる。糖質とタンパク質が豊富で、携帯しやすく、保存性がよく、美味しいリカバリー食が求められている。

このリカバリー食は、低脂質でよい。脂質は、栄養素の胃内滞在時間を長くする。せっかく運動直後に食べたものが胃の中にとどまって消化吸収が遅れ、筋肉に届くのが遅くなる。また、補食で胃が膨れてしまうと、きちんとした食事が取れなくなる。補食はタイミング重視で、三度の食事はビタミンやミネラル、食物繊維といった大事な栄養素の摂取にも気をつけたい。

7 おわりに

現在、運動や健康がブームとなり、さまざまなスポーツフーズが市場に溢れているが、まだまだドリンクやジェル、顆粒などが主流であり、食感、テクスチャー、風味の面では偏っている。これからは、スポーツフーズの分野においても、機能性だけでなく、多様な食感、テクスチャー、風味という点でも改良が施され、食の持つ多種多様な魅力がさらに広がることが、運動の楽しみを広げることにつながると考えている。その点においても、食品の機能や呈味性・保存・衛生管理を専門とする技術者の果たす役割は大きい。

8 謝辞

本稿の執筆に際しては、名古屋市立大学の髙石鉄雄教授をはじめ、新型コロナウィルスの感染拡大下においても様々な工夫をして運動トレーニングを継続しているウルトラランナー・関係者たちにお世話になった。この場を借りて御礼申し上げます。

参考文献
略歴

京都大学農学研究科博士後期課程修了。学術振興会特別研究員(DC2)、椙山女学園大学生活科学研究科准教授を経て現職。京都大学博士(農学)。龍谷大学自転車部部長。日本スポーツ栄養学会理事。日本栄養・食糧学会代議員。日本栄養・食糧学会奨励賞(2008年)。著書にエッセンシャルスポーツ栄養学(共著、市村出版)、生化学・基礎栄養学(共著、朝倉書店)ほか。

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