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腸内細菌とイソフラボン
新潟大学 農学部
教授 城 斗志夫

1、はじめに

私たちの身の回りには無数の微生物が存在している。空気中にも浮遊しているし、水中や土壌中にも存在している。また、私たちの皮膚の表面にも膨大な数の微生物が付着している。私たちはこれら微生物と共存しながら生きているわけだが、その中で最も身近で深い関わりを持っているのが体の中にいる腸内細菌である。20世紀後半までは、腸内にはヒトの細胞の数(60兆個)より多い、約100種類、100兆個の細菌が存在すると言われていた。当時の細菌の研究は、菌を培養し、その生物学的及び生化学的性質から菌を同定するという手法で行われており、培養できない細菌は存在しないものとして扱われてきた。しかし、遺伝子解析技術が急速に進展し、そこに存在するゲノムDNAを根こそぎ解析できる次世代シーケンサーを用いたメタゲノム解析の登場により、培養できない細菌や極わずかしか存在しない細菌の存在を把握することができるようになった。これにより、近年では腸内にこれまでよりはるかに多い500〜1000種類、1000兆個近い細菌がいることがわかってきた。また、それら腸内細菌は私たちが摂取した食品の成分を異なる物質に作りかえ、それらの物質が私たちヒトの健康や疾病に非常に大きな影響を及ぼしていることが明らかにされてきている。私たちの腸内に存在する細菌は、食習慣や年齢、人種などの影響を受け、一人一人異なり多様である。このことは全く同じ食品を摂取しても、それが人体に及ぼす影響は必ずしも同じではなく、個人により異なることを意味する。本稿では、腸内細菌が私たちの健康に及ぼす影響について、大豆の代表的機能性成分であるイソフラボンの腸内細菌による代謝を例に紹介する。

2、腸内細菌叢(腸内フローラ)

私たちの腸の管壁には様々な種類の細菌が群れをなして存在している。それらはその姿が野山に群生する草花に似ていることから、お花畑を意味するフローラという言葉を用い、「腸内フローラ(腸内細菌叢:腸内における細菌の草むら)」と呼ばれる。

それではヒトの腸内細菌叢はどのようにして形成されるのだろうか?これまで、胎児は羊膜に包まれており、子宮内では無菌状態で生育すると考えられてきた。しかし、羊水や胎便などから細菌やそのDNAが検出され、健康な胎児にも腸内細菌叢の形成が見られることがわかってきた1)。また、生後1日で腸内の細菌数は急激に増加して糞便中の菌数は1011 cfu/g以上にも達し2)、それらは母親の膣、母乳、皮膚に生息する細菌や病院など環境中の細菌に由来する3)。したがって、経膣分娩と帝王切開の新生児、母乳栄養と人工栄養の新生児では腸内細菌叢に違いがあると報告されている。その後、乳児が離乳期を迎えると、離乳食に含まれる成分の影響を受け、成人に近い腸内細菌叢へと移行していく。また、壮年期を過ぎて老年期に入ると、再び腸内細菌叢に変化が現れ、優勢であったビフィズス菌が減少する。

原核生物である細菌は、分類学上2つのドメイン、ArchaeaBacteriaに分かれ、さらに前者は5つの門、後者は30の門に分かれている。近年のメタゲノム解析によりヒトの腸内から検出されるのはArchaeaのうちの1つの門とBacteriaのうちの11の門だけであり、中でもBacteriaFirmicutesBacteroidetesActinobacteriaProteobacteriaの4門だけで菌叢のほとんどを占める4)。しかし、その菌叢は何百種もの菌種で構成されており、構成菌種は比較的安定しているが、個人ごとに異なる。

先述の通り、腸内細菌叢は年齢とともに変化する。乳児期にはBifidobacterium(ビフィズス菌)が大多数を占めるが、離乳期以降はBacteroidesEubacteriumPeptococcaceaeが最も優勢となる5)。ビフィズス菌を菌種レベルで調べると、乳児ではB. breveB. longum subsp. longumB. bifidumB. longum subsp. infantisの検出率が高いが、成人ではB. breveB. longum subsp. infantisが最優勢菌種として検出されることはなく、B. adolescentisB. catenulatum group、B. longum subsp. longumなどが最優勢菌種として検出される。また、腸内細菌叢は食習慣の影響を受ける。摂取カロリーが多い肥満者ではFirmicutes/Bacteroidetesの比率が高く、カロリーの摂取制限によりその比率が減少する。一方、高脂肪・低食物繊維食の摂取によりBacteroidesが増加し、低脂肪・高食物繊維食の摂取によりPrevotellaが増加する。さらに、腸内細菌叢は民族によっても異なることが知られている。しかし、その違いが民族そのもの、地域、食習慣などのいずれに最も強く影響されているのかはまだ明確にされていない。

一人一人異なる腸内細菌叢であるが、私たちの健康や疾病に非常に大きな影響を与えていることが明らかになってきている。例えば、Turnbaughら6)は腸内細菌を持たない無菌状態のマウスに、肥満マウスの糞便を移植すると肥満を呈するが、正常体型マウスの糞便を移植しても肥満とはならないことを示し、腸内細菌叢が肥満の1つの因子となりうることを明らかにした。また、腸内細菌叢の異常との関連が指摘されている潰瘍性大腸炎やClostridium difficile感染性腸炎の治療法として糞便移植療法が行われており、正常な腸内細菌叢を持つ糞便を移植することにより症状が改善することが報告されている7)。この他、糖尿病や肝疾患、自閉症等の精神・神経疾患と腸内細菌叢との関わりなどについても明らかになってきている。

このように腸内細菌叢が私たちの健康や疾病に及ぼす影響が明らかになる中、日常的な食事により菌叢の改善を図る食品の開発が行われている。そのような食品は素材と作用機構からプロバイオティクスとプレバイオティクスに大別され、前者は「宿主に有益な効果をもたらす細菌群またはそれを含む食品」、後者は「腸内細菌の生育や活性に影響を与えて健康効果を示す非消化性食餌成分」と定義されている。プロバイオティクスは1965年にLillyとStillwellにより抗生物質(Antibiotics)と対照的に他の生物の成長を促す微生物由来の因子として名付けた言葉である。現在、最もよく利用されているプロバイオティクスは乳酸菌とビフィズス菌であり、腸内環境改善作用、免疫能調節作用、血圧降下作用、ピロリ菌低減作用などを持つ菌株が見いだされ、特定保健用食品や機能性表示食品の素材として利用されている。一方、代表的なプレバイオティクスとしてオリゴ糖(ガラクトオリゴ糖やフラクトオリゴ糖など)や食物繊維(イヌリンやポリデキストロースなど)があり、その摂取によりビフィズス菌や乳酸菌の増殖促進による腸内環境改善作用、便秘予防効果、腸疾患予防効果、ミネラル吸収促進効果などが報告されており、それらの成分を強化した食品が製造・販売されている。

3、イソフラボン

大豆に含まれる代表的機能性成分であるイソフラボンは、2つのベンゼン環(C6)が3つの炭素(C3)で繋がったC6-C3-C6構造を基本骨格とするフラボノイドの一種であり、フェノール性水酸基を複数持つことからポリフェノールの一種でもある(図1)。ブルーベリーに含まれるアントシアニン、お茶に含まれるカテキンなど、他のポリフェノールと同様に高い抗酸化活性を持つ。イソフラボンは広範なマメ科植物に含まれ、大豆、葛根、レッドクローバーにおいて比較的含量が高い。これらのうち、ヒトが日常的に摂取する食材は大豆のみであることからイソフラボンと大豆イソフラボンは同義語として用いられることも多い。

 

図1 大豆イソフラボンの構造

 

大豆イソフラボンと一言で呼ばれることが多いが、実は12の化合物が存在し、それらを全てひとまとめにして大豆イソフラボンと呼んでいる。図1にそれらの構造を示したが、大豆に含まれるイソフラボンの大部分は糖が結合した化合物である配糖体である。配糖体から糖を除いた部分を一般的にアグリコンと呼ぶが、大豆イソフラボンには3種類のアグリコン(ダイゼイン、ゲニステイン、グリシテイン)が存在する。また、各アグリコンに結合している糖には3種類(グルコース、グルコースの6位の炭素にアセチル基がエステル結合した糖、グルコースの6位の炭素にマロニル基がエステル結合した糖)あるため、結果として9種類の配糖体が存在することになる。品種により若干異なるが、生大豆に含まれる8割以上はマロニル化した糖がアグリコンに結合したマロニル配糖体であり、その多くをマロニルゲニスチンとマロニルダイジンが占めている。1割少々がグルコース配糖体であり、アセチル配糖体とアグリコン単体は微量しか含まれていない。また、配糖体の割合は大豆の加熱処理方法により大きく変化する(図2)。湿熱処理は配糖体の脱マロニル化を引き起こし、豆乳中ではイソフラボンの約4割がグルコース配糖体となる。一方、乾熱処理はマロニル基からの脱炭酸を生じさせる。このため、きな粉中のイソフラボンの約4割をアセチル配糖体が占める。

 

図2 大豆の加熱処理によるイソフラボンの変化

 

大豆におけるイソフラボン含量は、栽培時の登熟温度の影響を強く受ける8)。登熟温度とは、受粉から種子が完熟するまでの平均温度であり、同じ品種であれば登熟温度が低いほどイソフラボン含量は高くなる。したがって、一般的には低緯度で栽培された大豆より高緯度で栽培された大豆の方がイソフラボン含量は高い。

4、大豆イソフラボンの機能

イソフラボンは渋味を呈するため、かつては不快味成分として不要なものと考えられていた。しかし、各種食品成分の生体調節機能に関する研究の進展により大豆イソフラボンにも様々な機能があることが明らかにされ、今では大豆に不可欠な代表的機能性成分となっている。これまでに報告されている主な機能としては、①抗酸化作用、②脂質代謝改善効果、③骨粗しょう症の予防効果、④心血管疾患の予防効果、⑤更年期症状の改善効果、⑥月経前症候群の改善効果、⑦乳がん・前立腺がんの予防効果などがある。これらのうち③〜⑦は大豆イソフラボンの女性ホルモン作用によるものである。

大豆イソフラボンはその構造が女性ホルモンの一種であるエストロゲンに類似していることから植物性エストロゲン(フィトエストロゲン)と呼ばれ、エストロゲン受容体に結合する能力を持つ。しかし、その作用は女性ホルモンの1/1,000〜1/10,000と非常に弱い。このため生体内のエストロゲン濃度により、エストロゲンとして働く場合とエストロゲンに拮抗的に作用してエストロゲンの働きを弱める場合がある。例えば、エストロゲンには骨を壊す破骨細胞の働きを抑制する作用があり、閉経によりエストロゲンの分泌が減少すると破骨細胞の働きが抑制されず骨密度が低下する。この時、大豆イソフラボンを摂取すると、イソフラボンがエストロゲン受容体に結合し、弱いながらもエストロゲンとしての働きを担い、骨密度の低下を抑えてくれる。一方、エストロゲンには乳がんを促進する働きがある。エストロゲン受容体に結合できるがエストロゲンとしての作用が弱い大豆イソフラボンを摂取するとその一部がエストロゲンに先回りして受容体に結合するため、強いエストロゲンの働きを弱めることができ、乳がんの発生や進行を抑えることができる。

このような大豆イソフラボンの機能を期待して、イソフラボンを強化した骨のカルシウムの維持に役立つ特定保健用食品や機能性表示食品が開発され販売されている。しかし、ヒトにおけるイソフラボンの機能に関しては多くの疫学的研究がなされているものの、必ずしもその結果が良いものばかりではない9)。そこでイソフラボンの効果に関連して注目されているのがイソフラボンの一種であるダイゼインの腸内細菌による代謝物「エクオール」である。摂取したイソフラボンがヒトに及ぼす影響を考える際には、その生体内における代謝、特に腸内細菌による代謝が重要であることから、次に大豆イソフラボンの代謝について述べる。

5、大豆イソフラボンの代謝と吸収

先述の通り、大豆に含まれるイソフラボンの大部分は配糖体である。イソフラボンは配糖体のままでは生体内に吸収されにくく、その効率の良い吸収には配糖体から糖が外れ、アグリコン化されることが必要である(図3A)10)。しかし、ヒトはアグリコン化の反応を触媒する酵素β-グルコシダーゼを持っておらず、そのままでは摂取したイソフラボンの大部分が体外に排泄されることになる。この時、イソフラボンの分解・吸収に重要な働きをするのが腸内細菌である。細菌の一部はイソフラボンのアグリコン化に必要なβ-グルコシダーゼを産生することが知られている。これらβ-グルコシダーゼを産生する細菌が腸内に存在し、その働きによりイソフラボン配糖体がアグリコン化され、アグリコンの状態で腸管から体内へと吸収される。しかし、腸内細菌叢は一人一人異なっており、イソフラボンの腸内細菌によるアグリコン化率や体内への吸収率はヒトにより異なると考えられる。そこでアグリコン化に必要なβ-グルコシダーゼ産生能の高い細菌を探索して利用しようという試みが行われている。筆者らも野菜や果物などの植物性食品素材から単離した乳酸菌のアグリコン化能を調べ、その能力は菌により大きく異なることを明らかにするとともに、高いアグリコン化能を持つ乳酸菌の食品への利用を検討している11)

 

図3 腸内細菌によるイソフラボンの代謝

 

また、大豆イソフラボンのアグリコンの一つであるダイゼインは、腸内細菌の働きによりさらに代謝され、エクオールやO-デスメチルアンゴレンシン(O-DMA)へと変換された後に吸収される(図3B)。このうちエクオールはダイゼインやO-DMAに比べ非常に強い女性ホルモン作用を持っており、その作用はエストロゲンの1/50程度もあると報告されている12)。このことから、大豆イソフラボンの摂取により発揮される女性ホルモン作用の活性本体は摂取したイソフラボンそのものではなく、その一部が腸内細菌により代謝されて生じたエクオールであると考えられている。しかし、誰もがエクオールを産生する腸内細菌を持っているわけではない。エクオール産生菌を腸内に保有するエクオール産生者の割合は、欧米では20〜30%、日本では約50%と報告されている13)。つまり、同じ大豆を摂取しても半分以上のヒトはエクオールを作ることができず、その女性ホルモン作用を十分に享受することができていない。実際に更年期の女性にイソフラボンを含む豆乳を摂取してもらい骨密度の変化を調べた試験では、エクオール産生者の骨密度の増加率の方がエクオール非産生者より有意に高いという結果が得られており14)、またエクオール産生能と更年期症状の重症度との関係を調べた試験でもエクオール産生能の高い女性において更年期症状が軽いという結果が得られるなど15)、腸内におけるエクオール産生菌の有無が大豆イソフラボンの効果を左右することを裏付ける結果が多数報告されている。

6、おわりに

体内に存在する腸内細菌叢が宿主である私たちの健康に非常に大きな影響を及ぼしていることが次第に明らかになってきている。このことは逆に腸内細菌叢を改善することで健康になれる可能性があることを意味している。大豆イソフラボンに関してもエクオール産生菌を探索してそれを利用する試みが行われており、実際に商品として上市されているものもある。しかし、産生能が高く、また使い勝手が良く、かつ安全性が高くなければならないなどクリアすべき課題も多く、筆者も含め多くの研究者が菌の単離を試みているが実用化に耐えうる菌が思うように得られていないのが実情である。ノーベル医学生理学賞を受賞された大村智博士の研究成果はゴルフ場の土から分離した放線菌によるものである。そのような宝となる菌が単離されることを期待したい。

参考文献
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  • 3)大﨑敬子・神谷茂:遺伝, 72, 118-123 (2018)
  • 4)平山和宏:腸内細菌学雑誌, 30, 5-15 (2016)
  • 5)松木隆広・久代明:実験医学, 32, 658-662 (2014)
  • 6)Turnbaugh, P.J., Ley, R.E., Mahowald, M.A., Magrini, V., Mardis, E.R., and Gordon J.I.: Nature, 444, 1027-1031 (2006)
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  • 13)内山成人:日本食品科学工学会誌, 62, 356-363 (2015)
  • 14)Setchell, K.D.R., Brown, N.M., and Lydeking-Olsen, E.: J. Nutr., 132, 3577-3584 (2002)
  • 15)Dickerson, L.M., Mazyck, P.J., and Hunter, M.H.: Am. Fam. Physician, 67, 1743-1752 (2003)
略歴

 

1993年 九州大学大学院農学研究科博士後期課程修了・博士(農学)

1993年 新潟大学農学部・助手

1999年 新潟大学農学部・助教授

2007年 新潟大学農学部・准教授

2016年 新潟大学農学部・教授

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