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~激化するグローバル化の中の危機管理戦略~
新型コロナウイルス感染症への政府・自治体・地域の公衆衛生と食の安全
~激化するグローバル化の中の危機管理戦略~
コーネル大学終身評議員
松延 洋平

第1 章世界と日本の感染症状況

--震動の源・米国の動向と今後の課題の対策--

 

1) 急激に変化し混沌化する事態!!トランプ政権からバイデン政権への移行は、投票日 を超え就任式直前まで度重なるトランプ前大統領の異例の手段により想像を超える困難さ が伴っていた。その言動や疑惑の批判を浴び続けていながら敗北を認めず、その後も延々 と選挙の不正を訴え続けた。

新型コロナウイルスによる感染者・死者の増加が続いても、経済変動の苦境にある地域が増えても、米国内の支持率は4年間ほぼ一貫して4 割を保ってきた。
バイデン氏を支持する8,100 万人に対し、トランプ氏を支持する7,400 万人の姿は、パラレルワールド即ち米国の分断国家の姿そのものである。

 

2) ところが年も改まった2021 年1 月8 日は、突如として大転換の日となり、それまでの潮流が大転換する。

トランプ前大統領の「扇動に煽られて」トランプ支持者が米国連邦議会議事堂に乱入する事件が発生した。そのことにより、トランプ前大統領に対して弾劾訴追決議が提出された。

米国全土から集まったトランプ支持者は共通してマスクを着用せず、この乱入は政治と科学との深い関わりを象徴していた。この衝撃は米国各層のみならず世界中に走り、激しい非難の声は一斉にトランプ前大統領に集中し始めた。

 

3) ニューヨーク、アトランタなど10 都市以上で緊急集会が開かれ、市民たちはトランプ前大統領の即時退任を求めた。

民主党のペロシ下院議長はペンス前副大統領に対し、大統領を閣僚が罷免することを定めたアメリカ合衆国憲法修正25 条を即時発動し、トランプ前大統領を罷免するよう要求した。

 

4) さて、バイデン新政権はスタートしたが、抜本的な体制変化の前に法改正や予算措置、人事承認が必要になる。また、トランプ前大統領在任中に共和党が推薦した最高裁判所判事を3 名任命していることから、司法からの影響・介入も懸念される。

その中で政治のアウトサイダーとして突き進んできたトランプ前大統領と対照的に政治家生活47 年、過去に副大統領を務めた究極のインサイダーであるバイデン新大統領の国際協調路線の基盤の上に立つ老練な手腕を高く評価する声もある。

 

5) 新型コロナウイルス発生源とされる中国の武漢(中国はこれを否定)への世界保健機関(WHO)による発生源調査・報告作業(海鮮卸売市場、研究所などで動物、データ収集など)がようやく開始した。この初動が遅れたことで真相解明は困難を極めている。

 

6) 欧米・中国・ロシア・インド・イスラエルなどはワクチン外交の主役であるのに対し、製造、供給上の力を持たない日本は、外交上の問題も懸念され未知の不安領域に置かれている。ワクチン接種がどれだけ順調に国内で進められるか日本はもともと未知の要素を多く内包する。

さらに発展途上国のワクチン接種ニーズは世界の7 割にも達する現状を鑑みれば、発展途上国での感染が収束しなければ、結局は先進国の衛生環境にも経済活動にも大きな悪影響が及び続けるとの国連の懸念を横に置いて、ワクチン供給・調達格差がむしろ広がる恐れがある。

 

7) 経済の回復・格差是正政策・気候温暖化対策は、雇用失業状況に大きく影響する。経済セクター間、企業・個人間の格差は進み、民主党左派の影響も当然強まる。

ニューヨーク株式市場は、バイデン新大統領の経歴と財政出動への手腕への期待からNYダウなど株価が続伸し、市場初めての高値の大台に乗せたことも先取り現象的に顕著である半面、就業構造の変化もあり不況基調が根強いなど構造的反応として乱高下にも注目しなければならない。

 

8) 政権が代わるごとに大量の幹部人事の入れ替えが行われるのが慣習である。特にバイデン新大統領は“BUILD BACK BETTER”をスローガンとしていたこともあり、新型コロナウイルス対策関連領域では、WHO 回帰、マスク着用強制規制、また地球温暖化・環境変動対策の重視など重要政策を担う専門家(テクノクラート)の大量の入れ替え(応募・退任)が起きつつある。また政策に伴う予算に関連してビジネス・団体などの関連要員の入れ替えも大きい。米国議会の個別承認も関わるため、体制が固まるには相当の時間がかかることは容易に予測される。

 

9) その中で、トランプ前大統領から非難や圧力を露骨に浴びせられていた米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)のアンソニー・ファウチ所長や米国疾病予防管理センター(CDC)幹部などの人物が、一転、鎖から解きほどかれる様に明るさに満ちた表情でまず目を引いている。公衆衛生上の改善は、世界最強と言われるCDC の地位復権とともに大きく、その成果は明瞭であろう。

 

10) これからバイデン新政権は、WHO 回帰、温室効果ガス削減を目標とするパリ協定をはじめとした国際協調路線への回帰に向かう。しかし食と農は環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の問題に代表されるように厳しい側面を持つ。

食安全の領域も含め食料安全保障の先行きは、手放しでは楽観視できない。我が国への影響は、負担も国際基準の順守などの責任もこれまで以上に大きく現れる厳しい事態への準備と覚悟が必要となる。

第2 章日本国内の感染症危機を背景に展開される法制度と行財政改革

--国と地方、地域の緊急連帯と競合の課題--

 

1) 日本の感染症対応体制は、保健所中心の「地方任せ」の法制のままで来てしまっているのみならず、支援する認識・意欲が弱体であった。新型コロナウイルスは感染力が強い上に、「無症状でも感染力がある」初めての感染症だ。かかる感染症危機にあっては、国内外の感染対策に関する情報収集力を有し、科学的知見を最も多く持っており、かつ国家統治権限を有する国が責任を持って対応するのが当然であろう。従って、社会防衛として、病院や介護施設等での予防的調査・検査を可能にする法改正が必要だ。

 

2) そもそも、感染拡大を抑え込むことに成功した世界の国々は、できるだけ早く情報を獲得することにまず全力を挙げ、水際対策の早期強化、さらには感染拡大初期に政府権限や罰則等のガバナンス強化を早々に行い、効果的な感染防護を実現している。それに対し、日本政府は、「抜本改正はコロナ収束後」とし、感染症危機時の国家ガバナンスは極めて緩いままなのに、国と地方との間での責任の所在を巡り、回りくどいやり取りを繰り返す状況に関し、理解に苦しむ国民は多い。橋本行財政改革から25 年も経過している。デジタル庁新設の後で、できるだけ早く日本型CDC 創設の検討に入るべきである。

 

3) 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)改正に関連して、国が内外の感染症情報を積極的に収集・管理し、オンライン処理を強力に進め必要な機関に提供する。感染症危機時の国の責務を明記するとともに、その下での地方の責任を明確化し、地方が国の指示に従わなかった場合には、国が知事権限を代行可能とする。社会防衛のため「行政検査」の対象を拡大し、広範な地域における医療機関、介護施設等におけるスクリーニングを可能とし支援する。重症患者は、公的医療機関において優先的に入院、治療を受けられるようにするなどが考えられる。同時に、知事会などは特に新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)改正を強く要望しており、国主導の感染防護体制の実現のためには、国の緊急時における知事権限の直接執行権や知事による営業者への協力要請や違反に対する罰則、そして損失補償も制定し、感染防護のための規制対象となっても、経済的ダメージを最小化することを運用の基本方針と定めることで、国民の一体感(UNITY)を創成/醸成する機会に繋がることが期待される。米国の場合、恣意的な私権制限を防ぐために罰則運用にあたって法科大学院卒の活用が図られている。

 

4) 今後も法案審議を押し続ける形となっている医療崩壊への懸念は、既に相当深刻なものがある。これまでの政治行政システムが旧態からの脱皮に遅れたことに痛切な思いが国民の間で沸き上がっている。

 

5) こうした背景のもとで自治体の対応は、自治体の規模、初めての対応か否か、トップのリーダーシップなどの状況により大きく異なる。

最も初期の検査・新型コロナウイルス感染者追跡体制の構築に成功した長野県松本市が立ち上げた「松本モデル」は、松本市営病院、民間病院、国営法人の3 機関に市行政が参加する方式である。

感染防止策をはじめ様々な面でレベルの高い地域を背景として主体的に立ち上げられたとするこの方式の柱は、見識の豊かな知事・市長のリーダーシップの存在が大きい。

 

6) 新型コロナウイルス感染症拡大への対応で注目されるのは、国だけでなく県、市など地方自治体が最前線に立たざるを得ない局面が目立つことである。中央段階では縦割り省庁行政、学会、職種などの壁で期待されるような意思決定ができがたい。

そもそもこの感染症は人が密集する都市・町という局所的な単位で問題が展開する傾向が強い。

行政の境界をまたぐ都市の広域一体性を前提に自治体同士が連帯し新型コロナウイルス感染症のモニタリング・早期監視や予知、高リスクの施設の隔離が求められる。

第3 章感染症・食品安全分野での感染症の国際展開の歴史的な考察

--国際舞台における欧米国そしてアジア動向(90 年代以降の30 年間)--

 

1) 人間がかかるウイルス感染の60%から70%は、動物から人間に感染してきたもの、つまり人獣共通感染症である。経路は多様で、新型コロナウイルスは空気伝染するため感染力が非常に強い。一方経口、つまり食を介するFOODBORNE によるものもあり、ノロウイルスのように空気伝染と経口伝染と両面の感染経路による厄介なものもある。

 

2) オーストラリア、ニュージーランドでは、今年の3 月から「National Cabinet(国家内閣)」と称し、新型コロナウイルス対策関係閣僚に8 人の州知事全員を加えた新たな国家の意思決定機関を立ち上げ、新型コロナウイルス対策は全てここで決定、厳しい規制に対しても、国・地方から不協和音が聞こえることはないと聞く。わが国も、こうしたオーストラリア、ニュージーランドの民主主義の知恵から大いに学ぶべきではないだろうか。

 

3) 42 代米国大統領ビル・クリントン(1993-2001)がジョージタウン大学、イェール法科大学院を卒業し、アーカンサス州知事から大統領に就任し、直ちに長期に続いた経済停滞を克服した。一段落がついた時点でたまたま立ち寄った書店で購入した書物から大規模感染症の脅威に衝撃を受け、自ら専門家を選んで検討委員会(ノーベル生物生理学賞受賞者や戦略国際問題研究所(CSIS)理事長ハムレ氏などが参加)を立ち上げ、本検討委員会と協調し感染症対策のための広域実証システムを構築した。

大統領の業績は生物バイオ安全保障から災害危機管理などのソフトからハードまで多段階にその成果が及んでいる。特に、食安全対策の分野では、【農場から食卓まで】政策の元、産官学が連携し農業生産工程管理(GAP)の仕組みを構築することで輸出入や国内消費時における食安全向上に大きく寄与した。その一つとして1996 年に90 年間手つかずであった食肉検査システムの全面的改正を行っている。「政策オタク」とまで称賛された政策構築の能力は歴代大統領の中でも飛び抜けている。

これらの功績は、大統領の法科大学院と州知事の経験が大きく貢献したことが背景にある。後に、私は幸いにCSIS 理事長ハムレ氏と昼食を共にする機会に恵まれ、以上のことの事実を確認することができた。

 

4) 台湾はさらに優れた対応の姿を危機管理の形で具現している。日本のデジタルガバナンスの模範ともなるべき事例であろう。

新型コロナウイルスを流行初期のうちに抑え込んだ台湾で、この成功を支えたのは行政のデジタル化と官民の協調であった。台湾は感染症対策部門の職員が肺炎の流行をネットで発信していた武漢の医師の情報に気づき即座に防疫を強化した。2003 年に流行しSARS を体験した中年層職員を中核として構築した防御システムが、自動的に新型コロナウイルス対策でも大いに貢献した。また、携帯電話の微弱電波を利用した位置情報システムに精通している一般職職員が、位置情報システムによって感染者の動きを把握することができるのではないかと考え実際に試してみたところ、感染者の動きを見事に把握することができたため、得られた情報を警報として衛生部門や警察部門に送った。官民の信頼が基礎にあることがプラスに働いた。

台湾の蔡英文総統は、台湾デジタル大臣に天才唐鳳(オードリー・タン)氏を抜擢、類稀なるプログラミングセンスにより新型コロナウイルス感染症対策のデジタル化を強力に推し進めた。また、衛生福祉部長(厚生労働大臣に相当)に陳時中(チェン・シーヂョン)氏を任命、スポークスマンとして優れた手腕を発揮している。この蔡総裁が主導する感染症対策は、かつてSARSによってもたらされた厳しい危機体験等が基盤となっており、政府が進める感染症対策に対して国民から絶対的な信頼を確保することを何よりも最優先とした考え方が根底にある。蔡総統体制下で進められた新型コロナウイルス感染症対策により、新型コロナウイルスの封じ込めと合わせて安定的な経済成長の確実化に成功しつつあると広く報じられており、国際的にも熱い注目を集めている。

略歴

コーネル大学評議員会終身評議員

元首都大学東京大学院(人間健康科学研究科)客員教授

元GEORGETOWN 大学法科大学院客員教授

●東京大学法学部卒業後、FULBRIGHT 留学制度によりコーネル大学経営学大学院留学。農林水産省にて種苗課長、消費経済課長、官房地方課長などを歴任し、その間種苗法、即ち植物新品種育成者の権利制度創設を果たす。その他、内閣広報審議官(経済産業・貿易・科学技術)、国土庁水資源担当審議官を経て退官。その後、全国食品業界団体等に勤務。

●長年、米・アジアでの産官学の人脈・情報ネットを構築し、食と農のビジネスと安全確保の視点から、生産・加工・流通・貿易等の諸制度に関連する知見を発信する。

●最近は生物・IT 関連システムとその多面的な産業化を基にした海外・国内にわたる産業・経済情勢と研究・技術動向の分析・予測に力点を置く。特に具体的な危機管理の対応において動的な食・農・生活の質の枠組み・制度化を図る。

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