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食品中のアクリルアミド
中部大学応用生物学部
教授 堤内 要

1.アクリルアミドとは

アクリルアミド(AA)はCH2=CHCONH2という分子構造をもつ化学物質です。白色の結晶(融点85℃)で、水、エタノール、アセトン、酢酸エチル、クロロホルムに溶解し、ベンゼンに難溶、ヘプタンに不溶な溶解性を示すことが知られています。生物系の研究で良く用いられるポリアクリルアミドゲルの原料として、我々大学の人間には非常になじみ深い化合物ですが、他にもポリアクリルアミドは紙力増強剤、水処理用凝集剤、土壌改良剤などに用いられており、そのモノマーとしてAAは実に身近な化学物質であると言えるでしょう。工業的にはプロピレンCH2=CHCH3からアンモニアと酸素でアクリロニトリルCH2=CHC≡Nを調製し、さらに酸触媒を用いた水和反応によりAAを合成しています1)

2.AAの毒性

AAの毒性については、動物実験から神経毒性、発がん性、遺伝毒性、生殖・発生毒性を持つことが知られています。国際がん研究機関(IARC)では『ヒトに対しておそらく発がん性がある』というグループ2Aに分類されており2)、毒物及び劇物取締法では劇物に指定され、世界保健機関(WHO)では飲料水基準のガイドラインが0.5μg/Lに設定されています3)

3.食品中のAA―発見の経緯

食品中の有害化学物質としてAAが認識されたのは、2002年に遡ります。スウェーデンでのトンネル工事で土壌改質のためにポリアクリルアミドを使用したはずが、重合しておらず大量のAAが河川に流出するという事故が起こりました。この汚染調査をきっかけに、流域の動物やヒトの調査を行ったところ、驚いたことに人体からAA-ヘモグロビン付加物が事故現場の下流に関わらず、広範囲に検出されることが判明したのです4)。その起源を追究した結果、食品を加熱加工することでAAが生成し、日々の生活でAAが摂取されていたことが明らかになりました。

4.生成機構

AAは食品中の遊離アスパラギンと還元糖とのMaillard反応により生成します(図1)。はじめにアスパラギンと還元糖との反応でシッフ塩基が形成され、その後、脱炭酸した化合物からイミンなどが脱離してAAとなります5)。アスパラギンのみを加熱した場合には、脱水環化反応および脱アンモニア反応がおこり、マレイン酸イミドが生成します。また、還元糖とシッフ塩基を形成しても、脱炭酸の前に脱水反応をするとコハク酸イミドが生成します。食品中ではこれらの反応が競争的に進行していると考えられています6)

AAの生成が活発になるのは120℃からで、温度が高くなるほど生成が速くなります。ただし、生成したAAはさらなる反応に消費されるため、食品中のAA濃度は加熱に伴う生成と消費の結果を反映したものとなります。実際に食品の加熱に伴うAA濃度の変化を調べると、はじめは単純に増加しますがやがて極大値を示し、さらに加熱を続けると減少するようになります6)。食品中ではこれらの反応が、pHや含水率、組成比、反応阻害剤の有無などの諸因子によって影響を受けてAA含量が決定すると考えられます。

 

図1.食品中アクリルアミドの生成機構

 

5.分析方法

食品中のAA分析法としてはLC-MS/MSやGC-MSを用いた方法が一般的です。LC-MS/MS法は装置が比較的高価で分析環境を整えるのが難しいですが、AAを誘導体化せずに測定できるため、試料の前処理が少なく便利です。一方、GC-MS法はAAを臭素で誘導体化して分析する方法が広く用いられています。また、質量分析を用いたその他の例としては、カラムスイッチングを利用したLC-MS法や精密質量を利用したLC-HRMSなどがあります7,8)。なお、これらの定量分析には重水素化あるいは13C標識AAを内部標準物質として使用するのがお勧めです。一方、ある1つの食品を継続的に生産しているような場面では、そこまでの設備を用いなくてもHPLCや近赤外線吸収(NIR)スペクトルでAA濃度を分析できる可能性があります9,10)。その他、AAを誘導体化した後でキャピラリー電気泳動や抗原抗体反応で定量することも提案されています11,12)。筆者も、農林水産省「レギュラトリーサイエンス新技術開発事業」の「食品中のアクリルアミドを簡易・迅速に測定できる分析技術の開発」にて抗原抗体反応を用いたAA測定用キットのお手伝いさせて頂きました13-15)。便利なキットなので、是非活用してほしいと願っています。

6.食品中AAによる健康被害は?

『発がん性の劇物として注意をしながら使用していたAAが、実は我々が普段摂取している料理や飲料の中に水道水の基準値よりもずっと多く含まれていた』という2002年の発表は非常にインパクトのあるものでした16-19)。以来、その分析方法や生成メカニズムに関する研究、低減化に関する研究が活発に行われ、現在でも1年あたりの関連する学術論文の数は増え続けています。しかし、未だ食品中のAAの基準値というのは明確に定められていません。私は単なる大学の研究者なので推測でしかないのですが、このまま基準値は定められないのではないかと思っています。いろいろ調べてみますと、疫学研究では『食品からのAA摂取量と発がんには相関が認められない』という報告が大勢を占めていました20-22)

7.AAが生物に与える影響

AAは分子内に反応性の高いπ結合をもっており、生体内の核酸やタンパク質などの物質と非特異的に反応してしまいます4)。これは紛れもない事実です。だからこそ、世界中の研究者らが『食品中のAAの存在』に驚き、発がん性があるに違いないと考えたのです。理論的にはDNAやタンパク質が変性してしまい、人々の健康に悪影響があるはずです。しかし、疫学研究ではそのような知見はほとんど得られません。そんな中、我々は実に興味深い知見を『線虫』を用いた研究から得ていました23,24)。随分古い研究ですが、当時はあまり注目して頂けませんでしたので、ここに紹介させて頂きます。

線虫とは体長1 mm程度の線形の動物です。特に、Caenorhabditis elegansC. elegans)という線虫はモデル生物として有名で、1983年に全細胞系譜が完成し、1986年には全神経網が決定、1998年にはゲノム配列が決定しております。ノーベル賞受賞者を何人も輩出したこのC. elegansを使って、我々はいち早くAAが生物に与える影響を調べました。すると、AAがC. elegansの成長(つまり体長)に影響を及ぼしたのは500 mg/Lという非常に高い濃度であり、濃度5 mg/L(これでも非常に高い)ではほとんど影響がありませんでした。前述しましたが、WHOの飲料水基準のガイドラインは0.5μg/Lです。また、C. elegansの産卵数に関しても影響を確認できたのは濃度500 mg/Lであり、濃度5 mg/Lでは有意差は認められませんでした。ただ、非常に興味深いのは寿命について調べた結果です。AA濃度が500 mg/Lでは寿命が19%ほど短くなったのですが、50 mg/Lでは全く寿命短縮効果は認められませんでした。そのまま500μg/Lまではコントロールとほとんど変わらない寿命を示したのですが、50μg/Lでは再び寿命が16%ほど短くなり、5μg/Lや0.5μg/Lといった低濃度でもそれぞれ19%、15%も寿命が短くなっていたのです(図2)。

 

 

図2.線虫の飼育時における培地中AA濃度と平均寿命変化率との相関(文献23の図を改変して表示)

※ 実験1-3はそれぞれ異なる時期に実施した。各AA濃度における線虫の平均寿命の値はそれぞれ線虫50-80匹の実験から算出された。

 

このAAの寿命に対する二相性は何なのかを調べるために、我々は遺伝子転写への影響をマイクロアレイで調べてみました。その結果、500 mg/Lという非常に高いAA濃度ではgstなどの解毒を担当する遺伝子が活発に発現していたのですが(コントロールの2倍以上)、0.5μg/Lといった低濃度ではこれらの遺伝子はそれほど発現していなかったのです。このことは二次元電気泳動を用いたタンパク質の分析でも確認されました。

つまり、どういうことかと言うと、AAをある程度摂取することにより、生体の防御システムが活性化して解毒をするようになるので、健康な状態と遜色ない寿命が全うできます。しかし、AA濃度が低すぎると生体がAAの存在を認識できずに、解毒のシステムが稼働せず、無防備なまま暴露されてしまうのです。その結果、AA濃度が低いにも関わらず、生体成分が変性し、寿命が短くなってしまったのではないかと推測しました。

8.現時点での食品中AAに対する考え方(個人的な見解です)

現在、疫学研究で食品から摂取したAA量と罹患状況の間にはほとんど相関が認められないことから、個人的にはそれほど神経質になる必要はないと考えています。また、線虫を用いた寿命実験の結果を考慮すると、ひょっとしたらもっと摂取したほうがいいのかもしれません。現在の我々の食生活が二相性のどの水準に位置しているのか、ヒトでの検証は難しいと思いますので、結論を出すのは困難かと思います。ただし、これまで人類は火を使って様々な食品を加熱加工して生きてきたわけですから、これまで通りの食生活をする分には生活が一変するようなことはないと考えています。バランスの良い食生活で心身共に健康に過ごすことが今は最善の方法かと思います。

文献
  • 1) The Merck Index (13th ed., S. Budavari, et al., eds.), pp. 24, Merck & Co., Inc. (2001).
  • 2) Acrylamide (IARC Monographs on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans, vol.60), pp. 389-433, IARC (1994).
  • 3) Acrylamide in Drinking-water (Background document for development of WHO guidelines for drinking-water quality), pp. 1-11, World Health Organization (2011).
  • 4) E. Bergmark, Chem. Res. Toxicol., 10, 78-84 (1997).
  • 5) D. V. Zyzak, et al., J. Agric. Food Chem., 51, 4782-4787 (2003).
  • 6) V. A. Yaylayan, et al., J. Agric. Food Chem., 51, 7012-7018 (2003).
  • 7) S. Takasaki, et al., J. Food Hyg. Soc. Japan, 44, 89-95 (2003).
  • 8) A. D. Troise, et al., J. Agric. Food Chem., 62, 74-79 (2014).
  • 9) L. M. Crawford, et al., J. Agric. Food Chem., 67, 12633-12641 (2019).
  • 10) O. E. Adedipe, et al., J. Agric. Food Chem., 64, 1850-1860 (2016).
  • 11) S. Yang, et al., J. Agric. Food Chem., 67, 8053-8060 (2019).
  • 12) J. Wu, et al., J. Agric. Food Chem., 62, 7078-7084 (2014).
  • 13) https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/acryl_amide/a_syosai/nousui/pdf/21053.pdf
  • 14) https://www.miobs.com/dl/information201008_1.pdf
  • 15) http://www.junsei.co.jp/upfile/topics/91/91-2.pdf
  • 16) E. Tareke, et al., J. Agric. Food Chem., 50, 4998~5006 (2002).
  • 17) J. Rosen, et al., Analyst, 127, 880-882 (2002).
  • 18) D. S. Mottram, et al., Nature, 419, 448-449 (2002).
  • 19) R. H. Stadler, et al., Nature, 419, 449-450 (2002).
  • 20) R. Liu, et al., Nutrients, 12, 2417 (2020).;
  • 21) A. Kotemori, et al., J. Epidemiol., 28, 482-487 (2018).
  • 22) M. Semla, et al., Physiol. Res., 66, 205-217 (2017).
  • 23) K. Hasegawa, et al., Toxicol. Lett., 152, 183-189 (2004).
  • 24) K. Hasegawa, et al., Toxicol. Sci., 101, 215-225 (2008).
略歴

 

1992年名古屋大学農学部林産学科を卒業し、1997年名古屋大学大学院農学研究科を修了、学位を取得(博士(農学))。その後、名古屋大学と豊田工業大学の博士研究員を経て、2001年中部大学応用生物学部に着任した。高分子合成を専門としつつも、有機合成や食品分析、さらにはがん指向性のナノ粒子など医用材料の開発研究まで幅広く取り組んでいる。

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