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![]() 食品のバイオフィルム形成変敗と制御
![]() 食品・微生物研究所
所長 内藤 茂三 1.はじめに食品変敗微生物のバイオフィルムに関する基礎的な研究は圧倒的に少ない。食品変敗に関与し、バイオフィルム形成量が多いのは乳酸菌である。乳酸菌は、これまで様々な食品の変敗菌として知られてきた。特に、酸性食品の制御においては重要な課題となっている。バイオフィルム状態の菌体及び食品から浮遊状態に移行し、それが食品製造ラインに二次汚染されて同様に食品変敗微生物になる。このようにバイオフィルム形成は食品変敗の第一の基点と考えられるので制御は重要である。 2.食品中でバイオフィルムを形成する微生物2.1 グラム陽性細菌による食品のバイオフィルム形成と制御 食品中でバイオフィルムを形成しやすい微生物を表1に示した1)。 グラム陽性細菌では、Bacillus subtilis、B.licheniformis、B.coagulans、B.megaterium、B.cereus、B.circulans、Paracoccus halodenitrificans、Micrococcus colpogenes、M.pituitoparus、M.freudenreichii、Staphylococcus aureus、Listeria monocytogenes、Clostridium perfringens、C.butyricum、Lactobacillus plantarum、Enterococcus faecalis、E.faecium等が代表的な菌種であり、圧倒的にBacillus、Micrococcus及び乳酸菌が多い。グラム陰性細菌では、Pseudomonas aeruginosa、Janthinobacterium lividum、Chromobacterium violaceum、Alcaligenes faecalis、Flavobacterium peregrinum、F.meningosepticum等が代表的な菌種であり、Pseudomonas類が多い。
表1 食品中でバイオフィルムを形成しやすい微生物1)
微生物がバイオフィルムを産生するのは、食品に含まれる保存料や日持ち向上剤から防御するためであり、微生物はさまざまな化学的シグナル物質を用いて細胞間コミュニケーションを行っており、特にシグナル物質の濃度を通じて同種の細胞密度を感知する機能は、クオラムセンシング(QS)と呼ばれている。細菌は自身でシグナル物質を産生し、細胞密度の上昇に伴いシグナル物質を蓄積していく。その後蓄積したシグナル物質は、細胞質あるいは細胞膜に局在するレセプターによって認識され、シグナル物質産生に関与する遺伝子発現を活性化することが知られている。細菌の属種によってシグナル物質の構造はさまざまであるが、グラム陽性細菌はペプチド、グラム陰性細菌はアシル化ホモセリンラクトン(AHL)やAI-2をはじめとするS-アデノシルメチオニン(SAM)誘導体、放線菌ではAファクター等がシグナル物質として同定されている2)。このQS機構により、微生物は同種の細菌の増殖を進行させ有利な環境におくことで多様な集団活性を発揮する。生物発光、毒素産生や細胞外酵素等の同調性により集団活性が働くことが知られている。 納豆の表面のバイオフィルムは、納豆菌が産生するフラクタンであり、バイオフィルム化したときに多くのメナキノンを産生する。また、納豆菌は、静置培養をしておくとベクレルという菌膜を形成するのは、酸素を求める走気性による。食品の中でバイオフィルムが形成され、細胞が固体表面に付着する力は、疎水結合、イオン結合、水素結合、分子間結合等の複合作用によるものと考えられている。すなわち、細胞表層の構造や極性等が異なるため、細菌の種類によってバイオフィルムを形成しやすい食品が異なる。 食品の変敗現象のうちバイオフィルムによる粘質物の生成は、米飯、和洋菓子等の植物性食品、ハム、ソーセージ、カマボコ等の動物性食品で普通に観察されている。 これらの粘質物はハンバーグ、コロッケ、パン、煮豆、ゆで麺、蒲鉾、竹輪、ナルト巻、ソーセージ、加工栗、ケーキ、おにぎり、米飯においてBacillus、MicrococcusやLactobacillus等の乳酸菌により生成することが古くから知られてきた。 ロープと呼ばれるパンの変敗は、焼き上げ後12時間以内に生じる果物様の香りの発生で始まり、これが間もなく悪臭に変わって内部が褐色を帯び、ねばついてくる。そして、ちぎると糸を引くようになる。ロープ現象が生じたパン及びその原材料から微生物を分離・同定した結果、その原因菌はB.subtilis、B.pumilus、Paenibacillus macerans、B.licheniformis、B.megateriumであった3)。 ロ-プ形成に関与するBacillusが食品中で増殖すると増殖部位の水分が増加するが、これは例えばB.subtilis等のロ-プ生成原因菌がでん粉を加水分解して水分を放つためである。ロ-プ生成原因菌の芽胞は耐熱性が高いために、クラストの焙焼後も生存している。しかし、ロ-プ現象が生じるのは菌数がある程度以上存在して一定の条件が与えられた場合のみである。 酢酸やプロピオン酸塩を使用し、クラストの冷却や貯蔵中の二次汚染を防止し、クラスト生地のpHを5.0~5.5に下げて火通りよく焼くとロ-プ現象は防止できる。これらの分離細菌の増殖に及ぼすpHの影響について検討した結果、pH4.0ではB.subtilis、B.licheniformis、Geobacillus stearothermophilusが増殖可能であり、pH4.5ではP.macerans、P.polymyxaが増殖可能であった3)。 Bacillusの汚染源は、ほとんどが小麦粉を主とする原材料であり、B.subtilis、B.pumilus、B.licheniformis、B.cereus、B.brevis、B.coagulans、B.megateriumum等4)が検出されている。 B.subtilisのバイオフィルムは、隆起した先端部で胞子形成が始まる5)。また、B.subtilisの鞭毛は、表面接着のみに関与するだけではなく、バイオフィルムの成熟過程まで積極的に何らかの役割を果たしている6)。 冷凍生地からは、B.subtilis、B.pumilus、B.licheniformis、B.cereusが検出された4)。ブラウンソーダパンは、重炭酸ナトリウムの濃度によりpHは7~9である。十分に焼けていない場合には、常温で2日後にロープ現象が生じる。この原因菌はB.subtilis、B.pumilus、B.licheniformisであり、これらの菌の芽胞のパン生地中、100℃でのD値はそれぞれ14、10、56分であった7)。この十分に焼けていないパンを再加熱したところB.licheniformisの芽胞が活性化された。Bacillusにより生成される粘質物のうちネトとロープによるバイオフィルムが生じた食品を表2に示した1),8),9)。
表2 食品のBacillusによるネト及びロープによるバイオフィルム形成現象1),8),9)
M.pitutoparusは、用水や土壌から牛乳に汚染して粘質乳を作る原因菌となり10)、本菌による粘質化はチーズ、バター及び発酵乳製品の製造に用いられるスターターに異常臭を伴い、その後の製造工程に欠陥を与える。 牛乳、クリーム、ホエーに粘敗が起こるが、特に市乳やクリームでの被害が大きい。細菌による粘敗は菌が菌体外に形成する粘ちょうな莢膜物質によって起こる。通常低温貯蔵下においてよく生じるが、牛乳やクリームの酸度が増すと粘敗は減る。細菌による粘敗は2つのタイプがあり、1つは牛乳が表面において最も粘ちょうになる場合であり、M.freudenreichiiが原因菌となる。もう1つは牛乳全体の粘敗で乳酸菌や生酸菌のMicrococcusが原因菌となりうるが、通常これらの乳酸菌や生酸菌の産生する酸で増殖が抑制されるので比較的事例は少ない。M.freudenreichiiは牛乳、チェダーチーズやブリックチーズから検出されている。ブリックチーズの表面に皮膜を形成するのはM.caseolyticusが原因菌であり、本菌は強力なプロテアーゼを生産するからである。Micrococcusにより酸産生とタンパク質の分解が同時に生じる場合もあり、収縮したカードができホエーが多くなり、つづいてカードが徐々に消化し、最後には完全に溶解して粘ちょう性が生じる。 また、Micrococcusが自己消化しその内生酵素が牛乳中やチーズ中に出てタンパク質が分解されて粘ちょう性を帯びて苦味が生成する。肉表面や蒲鉾表面のネトに由来するバイオフィルムは、Micrococcusにより形成する場合が多い11)。
2.2 乳酸菌による食品のバイオフィルム形成と制御 乳酸菌は、エタノール臭、異臭、酸敗、バイオフィルム形成あるいは包装食品の膨張の原因菌となり、多くのLactobacillus、Leuconostoc、Enterococcus及びPediococcusの乳酸菌が食品変敗菌として報告されている。これらの属の中でもL.fructivorans、L.plantarum、E.faecalis、Leuconostoc mesenteroides、Pediococcus cerevisiae、P.acidilactici等が報告事例の多い菌種として挙げられる12),13)。 乳酸菌は、ブドウ糖、ショ糖、乳糖を資化して乳酸や酢酸を産生する乳酸発酵を行う細菌であり、一般的には糖質を発酵して乳酸等を産生してエネルギーを獲得する。また、アミノ酸、ビタミン、ミネラル、ブドウ糖があれば酸素のない状態でも良好に生育する。 また、発酵性のある酵母は、生育環境が乳酸菌とほぼ同じで、ブドウ糖、ショ糖、果糖、麦芽糖等を資化し、でん粉やタンパク質を他の分解酵素を利用して分解吸収して発酵することでアルコールと炭酸ガスを産生し、嫌気下で生育できる。さらに、酵母は好気下ではグリセロールやアルコール、乳酸、酢酸を分解して生育する性質を有する。多くの食品工場において長年、次亜塩素酸ナトリウム等の塩素化合物系殺菌剤、エチルアルコール等のアルコール類、ヨードホール等のヨウ素化合物系殺菌剤、酢酸等の有機酸類が殺菌に効果を上げている。しかし、次亜塩素酸ナトリウム等の塩素化合物系殺菌剤は強力な殺菌剤であるが、長年に渡り同程度の濃度(100~500ppm)で使用したことで、乳酸菌(Lactobacillus、Enterococcus、Lactococcus、Leuconostoc、 Pediococcus)ではバイオフィルムが形成して耐性菌が生じている。特に、Lactobacillus、Entrococcus、Leuconostoc、Pediococcusによる食品の変敗が多発している。乳酸菌による食品の変敗は一定菌数の微生物が存在することで発生する。 これら食品の変敗や汚染を乳酸菌が引き起こす最も大きな理由としては、乳酸菌が環境ストレスに対し高い耐性を有することが挙げられる。すなわち食品中あるいは食品製造工程における重要な微生物制御因子である酸、エタノール、有機酸及び塩、熱、殺菌・防腐剤、低温等のストレスに対して、またビールにおいてはホップに対しても、乳酸菌は非常に高い耐性を有しており、このことが危害を引き起こす最も大きな原因と考えられている。 乳酸菌の環境ストレスに対する応答や耐性化に関して、乳酸菌が環境応答や耐性化の一つの手段としてバイオフィルム形成を行うことが知られている14),15)。 分離された乳酸菌 43 株及び標準株であるLactobacillus plantarum subsp. Plantarum(JCM1149)、Lactobacillus brevis(JCM1059)、Lactobacillus fructivorans(JCM1117)を用いてバイオフィルム形成能を評価したところ、供試した全ての乳酸菌がMRS 培地で2 日間培養することでポリスチレン(親水化処理)上にバイオフィルムを形成した16)。乳酸菌によりバイオフィルムが形成された食品を表3に示した1),12),13)。
表3 乳酸菌によりバイオフィルムが形成された食品1),12),13)
バイオフィルムは、QSにより一定の菌種の菌が一定以上増殖することで形成される。このため、殺菌剤等で菌数を減少させることは有効である。特に、乳酸菌に対してはオゾン、食品添加物は有効であると考えられる。
2.3 グラム陰性細菌による食品のバイオフィルム形成と制御 低温細菌は、グラム陰性細菌が多いため熱に対する抵抗性は弱く、通常の殺菌条件では死滅すると考えられるが、冷蔵しておくと低温細菌が検出され食品にバイオフィルムが形成する。 食品中でのグラム陰性細菌によるバイオフィルムの形成は、その多くは低温細菌に起因する。低温細菌によるバイオフィルム形成の主要因となる食品は、農産加工食品、畜水産食品であり、特にゆで麺、惣菜、煮豆、牛乳、クリ-ム、食肉、ハム、ソーセージである。 これは、充填包装の間に低温細菌による二次汚染が起こるためであり、工場の空気、容器、ベルトコンベアー、作業員等が汚染源となる。その低温細菌のうちグラム陰性細菌の代表的な菌種は、Pseudomonas、 Alcaligenes、Flavobacterium、Coliform、Chromobacterium、Janthinobacterium等がある17)。 Janthinobacterium lividumは、以前Chromobacterium violaceumと共にChromobacteriumに含まれていた菌で、いずれも紫色素(Violacein)産生で特徴づけられる。この紫色素は、同様な紫色に発色するオキシダーゼ反応の判定を困難にするので、わずかしか色素を産生していない幼若培養菌を用いる必要がある。Chromobacteriumは、Vibrio及びVibrio様菌群に含まれているグラム陰性細菌が紫色素を産生する2種類の菌を中心とした菌属の総称であり、その1つC.violaceumは、中温性菌でヒト及び哺乳動物の化膿症、または敗血症に関係があるとされ、もう1つのJ.lividum は、低温性菌で通常汚水菌と言われ、これらはそれぞれ水、土壌に広く分布しており、その低温性を有するものは畜産加工に使用する器具類、乳及び乳製品の表面、肉及び肉製品の表面、麺類の表面より検出されている18)。 紫色素を産生するC.violaceumは、菌密度認知機構のAHLセンサーとして利用されている19)。 Pseudomonas aeruginosaの菌密度認知機構は、病原性因子である菌体外酵素の産生を制御する。 Pseudomonas aeruginosaでは、バイオフィルム形成、定常期への移行、菌体外酵素産生、Erwinia stewartiiは菌体外多糖類産生、Serratia liquefaciensでは表面集団遊走、Vibrio fischeriでは生物発光のそれぞれの現象は、AHLによる密度認知が関与する20)。グラム陰性細菌によりバイオフィルムが形成された食品を表4に示した1),21)。
表4 グラム陰性細菌によりバイオフィルムが形成された食品1)
バイオフィルムが特に食品業界で問題視されるのは、一旦形成されると薬剤等に対して抵抗性を示すからである。バイオフィルムを構成している細菌の中には、増殖休止中の菌、コロニー形成能を示さない菌がいるので、これらの菌をターゲットとして殺菌することは有効であると考えられる。 3.バイオフィルム形成微生物の制御3.1 バイオフィルム形成微生物の制御 一般に食品工場で用いられる薬剤は、酸化系殺菌剤と有機系殺菌剤に大別される。また、食品の防腐剤として用いられるソルビン酸、安息香酸、有機酸等がある。 食品工場の環境殺菌剤として用いられる酸化系殺菌剤には、オゾン系殺菌剤(例:オゾン、オゾン水)、過酸化物系殺菌剤(例:過酸化水素)、ヨウ素化合物系殺菌剤(例:ヨードホール)、塩素化合物系殺菌剤(例:次亜塩素酸ナトリウム)等がある。 これらは、食品表面において微生物を殺菌し増殖を抑制するので、バイオフィルム形成を抑制できる。各殺菌剤にはそれぞれ特徴があり、殺菌機構が異なるために得意とする微生物が異なる。オゾン系殺菌剤と過酸化物系殺菌剤は、従来の殺菌剤とは殺菌機構が著しく異なるため最近注目を浴びてきた。ヨウ素化合物系殺菌剤に含まれるヨウ素は、古くから外傷用消毒剤・ヨードチンキ(ヨウ素のアルコール溶液)として使用されてきた。食品工場で一般に使用されているヨード製剤はヨードホールで、バイオフィルムを形成するグラム陽性細菌、グラム陰性細菌及びカビ類に対して強い殺菌力を有する。ヨードホールの特性としては速効性があり、低温域でも殺菌力の低下が少なく、水質の影響も受けにくい。しかし、ヨウ素はでん粉と反応して紫色を呈し、また、鉄、銅、アルミニウム等の金属に対して腐食性を有するので、食品工場における機械器具の殺菌消毒には注意が必要である。最近では、スープ等の循環ビニールパイプの洗浄・殺菌に用いられている。環境殺菌剤としてヨウ素化合物系殺菌剤の殺菌力の特徴は、第1級に属するハロゲン系殺菌剤であり、アメリカ等の諸外国で広く食品業界に利用されている。また、逆性せっけんに比べて殺菌力が強く、塩素化合物系殺菌剤の持つ欠点が少ない。さらに、日本は世界の主要ヨウ素生産国でありながら食品工場での環境殺菌剤としての認識が少なかった。 塩素化合物系殺菌剤と同様に、遊離型と結合型のヨウ素化合物系殺菌剤があり、それぞれの特徴に応じて用いられてきた。ヨウ素化合物系殺菌剤は、これまでヨウ素の不快臭、皮膚の染色性、でん粉との反応、鉄その他の金属との反応、溶液の不安定性等の使用上の多くの問題点を抱えてきた。しかし、ヨードホールの出現により多くの問題点は解決された。ヨードホールは、ポリビニルピロリデンとある種の界面活性剤によってヨウ素は可溶化され、殺菌力を保有した複合体である。これを水で希釈すると除々にヨウ素の大部分を遊離する。 これまでヨウ素と微生物の関係は、食品工場では主に殺菌との関係であった。最近、ヨウ素を積極的に取り込む細菌、ヨウ素を酸化する細菌、ヨウ素を還元する細菌、ヨウ素の存在下で増殖が促進される細菌が出現している22)。 塩素化合物系殺菌剤の1つである次亜塩素酸ナトリウムは、水に希釈するとその中に存在する塩素は解離し、水に作用してpHが高いとき、即ち解離型(ClO-)が増加し、非解離型(HClO)が減少してくると殺菌力は低下する。これは非解離型の次亜塩素酸のみが細胞壁を通過し、細胞内の酵素を損傷、破壊するためである。また、pHが低くなるにつれて非解離型の次亜塩素酸として存在する塩素の割合が増加し、pH4~5で初めて全有効塩素の約100%が非解離型の次亜塩素酸として存在する23)。 一方、有機系殺菌剤には、第四級アンモニウム塩やピグアナイド類、イソチアゾリン類、アルデヒド類、アルコール類等がある。第四級アンモニウム塩である塩化ベンザルコニウムに界面活性剤としてドデシル硫酸ナトリウムを加えると、殺菌効果に加えて洗浄効果も相乗させることができる。 食品の防腐剤として用いられる酸性防腐剤(安息香酸、ソルビン酸、プロピオン酸、有機酸)やエステル系防腐剤(p-オキシ安息香酸アルキルエステル、安息香酸アルキルエステル、ソルビン酸アルキルエステル等)等の抗菌力は、タンパク質に対する吸着性に依存し、脂質親和性は強い23)。微生物に対するソルビン酸の抗菌機構は、主として低pH域でのSH酵素の阻害にあり、安息香酸は1875年に低pH域で静菌作用があることが認められ、国内でも古くから保存料として使用されている。プロピオン酸は、カビ類に効果を示すが、酵母には効果を示しにくいため、パンや洋菓子に使用されている。また、酢酸、乳酸、クエン酸を始めとする有機酸には、食品の変敗を防止する作用のあることが古くから知られてきた。有機酸の抗菌性は、pH低下によるものと、解離していない有機酸の比率(非解離型が殺菌力が強い)、有機酸自身の有する抗菌力によるものがある。pH低下は、酸性保存料であるソルビン酸のように、酸の非解離型分子の比率が増加して細胞膜を通過し易くなり、抗菌力が高まる24)。 食品に対するバイオフィルム形成防止性は、バイオフィルム形成微生物の発育を阻止するために必要な防腐剤の食品への添加量で示される。食品に防腐剤を添加した場合に、食品の種類により同じ添加量であっても防腐性が著しく異なる23)。この現象のほとんどが、防腐剤と食品の接触性に影響を与える物理的相互作用に基づいている。たんぱく質や脂質に富む食品やpHの高い食品は防腐剤の効果が弱まり、バイオフィルムが形成される。 食品は、一般的には固形層、水溶液層、エマルジョン層の3層に分類される。バイオフィルム形成微生物が増殖するのは圧倒的に水溶液層が多く、次いでエマルジョン層、固形層になる場合が多い。食品に防腐剤を添加すると、一部は固形層に吸着され、他の一部はエマルジョン層へ分配され、残りの部分が水溶液層に溶存する。これらの3つの層は相互に平衡関係にある。これに微生物細胞が接触して防腐作用が発揮される。これらの層で透過、分配及び吸着による平衡が成立する。食品中の固形層やエマルジョン層の占める割合は大きく、そのためにかなり大きな吸着及び分配の容量を持っており、防腐剤の分布に及ぼす影響は大きい。食品中の含水量が大きいほど、あるいは防腐剤のエマルジョン層への分配係数や固形層の吸着比が小さいほど、防腐剤の必要な添加量は小さくなり、防腐効果が増大する。
3.2 オゾンによるバイオフィルム形成防止 オゾンの殺菌機構は、微生物の細胞壁等の表層を構造的に破壊し、あるいは分解することにより酵素を不活性化し、核酸を不活化する等のマルチポイント攻撃による。オゾン殺菌は、溶菌と呼ばれる細菌の細胞壁の破壊や分解によるもので、塩素が細胞膜を通して酵素をワンポイント攻撃する機構とは異なる。オゾンは、グラム陰性細菌や乳酸菌等により汚染が進行する食品工場では環境殺菌剤として用いられている。特にグラム陰性細菌や乳酸菌等の汚染の多い水産加工工場の環境殺菌にオゾンは多く用いられている。食品工場の微生物汚染の多くは薬剤に対して抵抗力の強いグラム陰性細菌や乳酸菌等であるので、オゾンは有効であると考えられる25)。 5種の金属の表面にPseudomonas fluorescensのバイオフィルムを形成させて、0.18~0.5 mg/Lのオゾン水を散布した結果、いずれの金属上でも15分間散布により菌数は1/1000に減少した26)。 オゾン水の活性消失に影響を与えるのは、水温、pH、塩類である。この内最も強く影響を与えるのは水温である。また、オゾン水の反応速度はpH依存性があり、pHが低いと自己分解率は少なく、反応効率は高いが、pHが高くなると反応は加速される27)。水温10℃では、オゾンが半減するのに148分要するが、水温30℃では20分で半減する28)。 バイオフィルムの除去にはオゾン濃度を高くして細胞外多糖類の分解を進めることが有効であった29)。 食品及び食品原材料の保存、食品製造環境の殺菌等に関してはオゾンが利用されている30)。アメリカ食品医薬品局(FDA)が殺菌剤としてオゾン・オゾン水を認可・公布したのは著者らの膨大な論文の影響が大きかった31)。 食品のバイオフィルムは、食品表面あるいは界面に形成される微生物の構造体である。バイオフィルムは、微生物そのものと微生物の表層や間隙を覆うマトリックスで構成され、これは多糖類、ポリペプチド、細胞外核酸などの髙分子やさまざまな生体由来物質を含んでいる。バイオフィルム形成には、付着、定着、増殖の過程があり、食品工場では細菌は浮遊あるいは固着して生存している。食品に汚染する際には一般的には浮遊状態であるが、食品への付着には線毛のような構造体や莢膜などの物質の存在が重要な因子である。 微生物のバイオフィルムは生きているが培養できない状態にある場合もあり、一定の殺菌剤による殺菌は重要である。 文献
略歴食品・微生物研究所所長 サナテックメールマガジンへのご意見・ご感想を〈e-magazine@mac.or.jp〉までお寄せください。 |
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