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ウイルスのオゾンによる不活化
食品・微生物研究所
所長 内藤 茂三

1.オゾンの殺菌、不活化機構

オゾンには、細菌の表層の細胞壁を攻撃して分解する溶菌作用がある。細胞表層を攻撃するとそこにある易反応性の官能基と反応して細胞内に侵入し、酵素等のタンパク質、脂質等を破壊していく。オゾンによる殺菌・不活化の機構は、抗生物質、抗菌剤、化学療法剤のような細胞内の特定の場所を阻害する作用とは異なり、細胞表層成分の酸化分解の結果生成する細胞の損傷、破壊作用のような構造的なものである。

オゾンを繰り返し使用しても耐性菌ができないのは、このマルチポイント攻撃のためである。オゾンガスは浸透性が全くなく、オゾンガスによる細菌等の殺菌やウイルスの不活化機構は、細胞表層とオゾンとの反応性にある1,2)

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、エンベロープウイルスであり、このエンベロープはウイルスが宿主細胞へ結合するのを助けるウイルスタンパク質を含む脂質二重層からなる膜で、オゾンはエタノールと同様にこのエンベロープを破壊する。一般的にウイルスは、DNA/RNAとこれを包む外殻(コート)タンパク質から構成されているので、このコートタンパク質が、オゾンによって酸化分解され、吸着点の破壊や変性(脱コート不能になる)され、さらにウイルスの本体でもあるDNA/RNAが酸化損傷されるとウイルスが不活化され、増殖できなくなる1,2)

オゾンは、空気中及び水中に分散又は溶解した物質や微生物等に対して直接もしくは間接酸化で、オゾン分解、あるいは触媒作用で反応する。水にオゾンを溶解したオゾン水は間接酸化反応で、オゾンの一部はフリーラジカルを形成し、これが空気中又は水中に存在する微生物等と反応して殺菌、不活化する。

オゾンによるウイルスの不活化機構を表1に示した1,2)

 

表1 オゾンによるウイルスの不活化機構

ウイルスの種類 核酸 不活化機構
ポリオウイルス RNA 核酸への障害作用
タンパク質コート破壊
ウイルスの特定の部位損傷
タンパク質脱コート不能
バクテリオファージ RNA タンパク質コート破壊

 

2.ウイルスの種類と増殖

2.1 ウイルスの増殖とエンベロープ

ウイルスの遺伝子は、核酸を遺伝子として用い2分裂で増殖するすべての微生物や真核細胞と異なり、DNA又はRNAのどちらか一方のみである。このためDNA型ウイルスとRNA型ウイルスに分類でき、遺伝子となる核酸は1本鎖のものと2本鎖のものがあり、1本鎖RNA型ウイルスはその核酸が直接mRNAとして働くプラス鎖RNAと、一度mRNAに転写されなければならないマイナス鎖RNAがある1)

さらに、ウイルスの中にはRNAウイルスでありながら一度DNAに逆転写され、宿主のDNAに挿入されてからRNAがつくられるウイルス(レトロウイルス)もある3)。ウイルスの形状は、その遺伝子を取り囲む殻タンパク質が正20面体構造か、らせん状構造かの大きく2つに分類される。さらに、ウイルスの形状は、エンベロープという脂質の二重膜に覆われるものと、エンベロープをもたない裸のウイルスに2分類できる。このエンベロープの有無は、ウイルスの細胞内増殖様式と大きな関係があり、基本的にはBudding形式で増殖するウイルスはエンベロープを持ち、burst形式で増殖するウイルスはエンベロープを持たない3)。ウイルスの不活化にはエンベロープを持つか持たないかが極めて重要である2)。エンベロープとは、脂肪・タンパク質・糖タンパク質からできている膜で、ウイルスが増殖して細胞から飛び出してくるときに細胞の成分をまとって出てくる3)

表2にエンベロープの有無によるウイルスの分類を示した。

 

表2 エンベロープの有無によるウイルスの分類

エンベロープを有するウイルス エンベロープを有さないウイルス
DNAウイルス RNAウイルス DNAウイルス RNAウイルス
天然痘 新型コロナ アデノ ノロ
B型肝炎 SARSコロナ パピローマ ピコルナ
水痘・帯状疱疹 MARSコロナ ヒトパピローマ A型肝炎
  C型肝炎   ロタ
  D型肝炎   ポリオ
  インフルエンザ    
  エボラ    

 

エンベロープは、ウイルスが感染した細胞内で増殖し、そこから細胞外に出る時に、細胞膜あるいは核膜等の生体膜を帯びたまま出芽することによって獲得される。このため、基本的には宿主細胞の脂質二重結合膜に由来するものであるが、この他にウイルス遺伝子にコードされている膜タンパク質の一部を細胞膜等に発現した後で細胞膜と一緒にウイルス粒子に取り込み、エンベロープタンパク質としてビリオンの表面に発現させている。これらのエンベロープタンパク質はウイルスの感染に重要な役割を果たしている。

細胞膜に由来するエンベロープがあるウイルスでは、エンベロープタンパク質が感染細胞側のレセプターに結合した後、ウイルスのエンベロープと細胞膜とが膜結合を起こすことで、エンベロープ内部に包まれていたウイルス遺伝子やタンパク質を細胞内に取り込む。このため、エンベロープを集中的に攻撃するエタノール、オゾン、次亜塩素酸ナトリウム、石鹸、有機溶剤がウイルスの不活化に有効である。

エンベロープは、その大部分が脂質から構成されるため、上記薬剤等は有効である。エンベロープを持たないノロウイルス等に比較すると、不活化は比較的容易である。手を介して口から侵入し腸管に感染するウイルスは、胃酸や腸管の胆汁酸に抵抗できるエンベロープのないウイルスである。

 

エンベロープは、脂質に作用し、壊れ易く、エンベロープのあるウイルスはそれにより失活する。WHOが2020年2月に発表した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の暫定ガイダンスでは、0.1%に希釈した次亜塩素酸ナトリウム、62~71%エタノール等が他のエンベロープウイルスと同様に新型コロナウイルスに効果があるとされている。

 

2.2 エンベロープウイルスの細胞侵入と増殖

ウイルスは、細胞に侵入する際及び細胞から放出される際に宿主細胞膜を必ず通過する。エンベロープウイルスとは、粒子表面が宿主細胞由来の脂質二重膜に覆われているウイルスである。エンベロープウイルスは、細胞へ侵入するときにエンベロープを脱ぎ、細胞から放出されるときにウイルス遺伝子とタンパク質をエンベロープで包むことが知られている。

エンベロープウイルスは、細胞への侵入にウイルス表面に存在するスパイク状の糖タンパク質が関与する。エンベロープウイルスは、その表面糖タンパク質を介してそれぞれのエンベロープウイルスに特異的な細胞表面分子に結合することによって感染を開始する。細胞表面分子に結合したエンベロープウイルスは、細胞表面であるいは細胞内に取り込まれた後に、ウイルスのエンベロープと宿主細胞膜の膜融合を起こすことによってエンベロープウイルス遺伝子を細胞内に送りこむ。この膜融合には、pHの変化や細胞表面分子への結合によって引き起こされるエンベロープウイルス表面糖タンパク質の構造変化が重要である。この構造変化が、エンベロープウイルス表面糖タンパク質中に存在する疎水性領域を分子表面に露出させ、宿主細胞膜と相互作用することが膜融合の引き金になると考えられている。

細胞内に送りこまれたエンベロープウイルス遺伝子は、宿主細胞内でエンベロープウイルスが持つ酵素によって遺伝子を増幅する。同時にエンベロープウイルスタンパク質が合成され、新しく産生されたエンベロープウイルス遺伝子と共に選択的に会合し、エンベロープウイルス粒子内へ取り込まれ、細胞外に放出される。

エンベロープウイルスが細胞外へ放出される過程を出芽といい、出芽過程で重要な役割を演じているのは、一般にマトリックスタンパク質といわれるエンベロープウイルスタンパク質である。マトリック スタンパク質は、エンベロープウイルス粒子を内張りするようにエンベロープの内側に存在する。

多くのエンベロープウイルスにとって、マトリックスタンパク質はエンベロープウイルスの構造の保持及び出芽に必須である。また、エンベロープウイルス遺伝子やエンベロープウイルスタンパク質のみを選択的に粒子中に取り込むために重要な役割を果たしていると考えられる4)

WHOは、2020年2月11日、新型コロナウイルス感染症の正式名称を「COVID-19」とすると発表し、一方、ウイルス名については国際ウイルス分類委員会が2020年2月7日までにSARS(重症急性呼吸器症候群)を引き起こすウイルス(SARS-CoV)の姉妹種であるとして「SARS-CoV-2」と名付けている。

「COVID-19」の病原体である「SARS-CoV-2」は、SARSコロナウイルス及びMERSコロナウイルスと同じβ-コロナウイルスに属し、全塩基配列と系統樹解析により、SARSコロナウイルスとは75~80%の相同性、コウモリのコロナウイルスとは85~88%の相同性が認められた5,6)

コロナウイルスには、ヒト、家畜、実験動物等様々な動物に感染する多くのウイルスが知られている。その中で、マウス肝炎ウイルス(MHV)と重症急性呼吸器症候群(SARS)ウイルス(SARS-CoV)については受容体が同定され、ウイルス-受容体の相互作用やウイルスの細胞内侵入機構について詳細な解析がなされている。

コロナウイルスは、粒子表面に他のウイルスとは異なる“王冠(コロナ)様“突起(スパイク)を持つウイルス群として命名された 7)。スパイクは最外部が大きく膨らんでいる形状をなし、下部の棒状部位で粒子のエンベロープに埋め込まれている。スパイクタンパク質は糖タンパク質である。

一般的に、ウイルス侵入経路に関しては、次のように考えられている。培養細胞に感染し融合を引き起こすエンベロープウイルスは、細胞膜-細胞膜融合活性を示すことから、エンベロープ-細胞膜融合も誘導し、細胞表面から侵入する。一方、感染細胞に融合を引き起こさないウイルス(例えば インフルエンザウイルス(IFV) 等)は、感染細胞を酸性溶液で処理することにより細胞融合が誘導されることから、感染後細胞内エンドゾームに輸送されエンドゾーム内の酸性環境下で膜融合が起こり、細胞内に侵入すると考えられている8)

エンベロープウイルスは、エンベロープと細胞膜の融合により細胞内に侵入する。コロナウイルスではスパイクタンパク質がその機能を担う。

エンベロープウイルスは、細胞膜-細胞膜融合活性を示すことから、エンベロープ-細胞膜融合も誘導し、細胞表面から侵入する9)

3. ウイルスのオゾンによる不活化

3.1 オゾンのウイルス不活化

オゾンガス、オゾン水は、微生物やウイルスに対し高い殺菌効果を持ち、また残留毒性が無い、低コスト等のメリットがあることから、色々な分野で活用されている。

既に、オゾンが新型インフルエンザウイルスやコロナウイルス、ノロウイルス等に対して、不活化効果を持つことが確認されている。

院内感染対策だけではなく、交差感染による社会的感染拡大を防ぐため、救急車、バス、鉄道等の車両や易感染者が集まる幼稚園、保育園、学校、老健施設、また、不特定多数の人が集まるホテルや留置施設等の感染対策にオゾンが用いられてきた。

特に新型コロナウイルス対策では、SARS、新型インフルエンザ、ノロウイルスの集団感染等の発生時に、感染拡大対策にオゾンが貢献してきたことが評価された。

2008年9月2日に、新型インフルエンザ感染防護資器材、及びオゾン発生器一式が、消防庁より一般入札公告されていることから、オゾンが、新型インフルエンザ予防対策として国や自治体から認められている。

奈良県立医科大学の研究グループは、オゾンガスによる新型コロナウイルスの不活化試験を行い、オゾンガスにより、新型コロナウイルスが不活化されること、ならびに、オゾンガス濃度と暴露時間の条件と不活化の関係を実験的に明らかにした2),10)

同研究グループは、安全キャビネット内に設置したアクリル製の耐オゾン気密ボックス内に設置したオゾン発生器を稼働させ、内部のオゾンガス濃度を1.0~6.0ppmに制御し暴露させた。CT値330(厚生労働省PMDAによる医療機器認証の実証実験値)では1/1000~1/10000まで、CT値60(総務省消防庁による救急隊オゾン除染運用値)では1/10~1/100まで不活化したことを確認した。

超微細高密度オゾン水を用いて、エンベロープを有する4種類のウイルスおよび口蹄疫ウイルス(FMDV)と豚水胞病ウイルス(SVDV)に対する殺ウイルス効果を調べた。本オゾン水は、完全な効果を示すために最低100 mL(オゾン濃度4 mg/L)を要したが、混合直後に殺ウイルス効果を示した。エンベロープを有するウイルス及びFMDVに対しては1 mg/Lのオゾン濃度で効果を示したが、SVDVに対しては3 mg/Lを要し、有機物を混入した材料ではさらに1 mg/L高い濃度4 mg/Lが必要であった。生成後室温に開栓状態で放置したオゾン水は、エンベロープを有するウイルス及びFMDVに対し生成60分後でも効果を示したが、SVDVには効果が減弱した。このように本オゾン水は低濃度で即効性があるので、ウイルスの消毒に有効に利用できると思われる11)

新型コロナウイルスは、核酸と酵素タンパク質を保持しそれらを包む糖タンパク質のエンベロープを有するので、このエンベロープにあるSタンパク質(スパイクタンパク質)によって新型コロナウイルスは宿主細胞に吸着、侵入する。このエンベロープタンパク質をオゾンで破壊すれば不活化される。

このため、新型コロナウイルスが数日間生存する対策として、オゾンガスを利用する場合、夜間など人がいない無人の場所を閉め切り、オゾンガスを発生させる方法が多く行われている。

新型コロナウイルスは、ガラスやプラスチック、金属等に付着しても数日間に渡り存在し、それが人に伝播し感染するので、エタノール(62~71%)、過酸化水素(0.5%)、次亜塩素酸ナトリウム(0.1%)等での表面消毒で不活化できることが報告されている12)

従来から使用されてきた塩素類は、ノロウイルスの殺菌の場合、高濃度でないと効果がないことが知られている。現在、オゾン殺菌や紫外線殺菌が注目されているが、ノロウイルスの培養系が確立されておらず、その不活化の条件等不明な点が多い。そのため、ノロウイルスと同じカリシウイルス科に属するネコカリシウイルスが培養可能であるので、これを用いて検討されている例が多い。

 

3.2 オゾンによる環境ウイルスの不活化

Hudsonらは13)、ホテルの室内、船室、事務室等の様々な場所に乾燥状態で存在するウイルスの不活化方法としてのオゾンガスの有用性について、ネコカリシウイルスを用いて検討した。不活化は、オゾン発生装置を用いてオゾンガスを発生させ、濃度が20~25ppmに達してから20分間その濃度を維持した後、加湿器を5分間作動させた。その後、オゾン発生装置と加湿器を止め、さらに10分間放置した後、スクラバー(除ガス装置)を15分間作動し、オゾンガスを除去させた。ホテルにおいて、バスルーム、ベッド、机の上に置かれたネコカリシウイルス(プラスチック上で乾燥させたウイルス)は、ウイルス数として3.7log10以上の減少を示した。船室のベッド、机、隣接するバスルームにおける実験(オゾン発生15分、加湿4分、放置なし、除ガス15分)では、ネコカリシウイルスは検出されなかった(ウイルス数として3.7log10以上の減少)。プラスチック以外に、布(Fabric)、綿織物(Cotton)、カーペット(Carpet)に塗布したネコカリシウイルスを用いて、机の上側や下側、壁、窓、床に設置したネコカリシウイルスの不活化を行った結果、いずれも有効に不活化されたことから、オゾンガスによる室内に乾燥状態で残留するノロウイルスの不活化にも有用であると考えらえた。

エジェクターを用いてオゾンガスを注入する循環式モデル浴槽において、40℃、接触時間約60秒、オゾン注入率0.02 mg/Lで、ネコカリシウイルスの不活化率は99.97%(ウイルス数として3.5log10の減少)であった。この結果は塩素水よりオゾン水の方が低濃度であり、エジェクターによるオゾンガス注入が浴槽中のネコカリシウイルスの殺菌に有効であった14)

オゾンマイクロバブル処理は、水中で発生する気泡のうち発生時の直径が10 μm~数10 μm以下の微細な気泡にオゾンを溶解したものをいい、ネコカリシウイルスをオゾンナノバブル水(電解質イオンを含む水中でオゾンのマイクロバブルを強制的に圧壊して作製したもので、オゾンと同等以上の酸化力を長期間維持可能な状態にしたもの)と混合した後、マイクロバブル処理あるいはバブリングによるオゾンの追加供給を行うと、ネコカリシウイルスは検出されず、RT-PCR 法による遺伝子検出も陰性となった15)。人工的にネコカリシウイルスをカキに取り込ませた後、オゾンナノバブル水中で6時間処理すると、殻付きカキおよびむき身カキの中のネコカリシウイルスの感染価は約2log10低下し、カキ自体は生きたままで、白色化(体内の外来性有機物の分解除去によると推定)したと報告されている15)

ノロウイルスは塩素消毒に対して耐性があり、3.75 mg/Lの塩素に30分間接触させても不活化できず、ポリオウイルスやロタウイルスでは同条件で完全に不活化される16)。このため塩素消毒をしている飲料水、水道水中では全く不活化されずに感染を拡大する。

飲料水のノロウイルス汚染を防止するためにオゾンを用いて不活化を検討した結果、オゾンの濃度0.37 mg/L、pH7.0、水温3℃、5分間接触でノロウイルスは著しく減少した。RT-PCR分析では10秒以内の接触でウイルス数として3.0log10以上の減少を示した17)

マリンノロウイルスは、オゾン水濃度1.0 mg/L、2分間以内で99%が不活化され18)、ポリオウイルスは初発オゾン水濃度0.13 mg/L、pH7.0、10℃、コンスタントオゾン濃度0.08 mg/Lで完全に不活化した19)

ウイルスを形成するDNAまたはRNAには、ウイルスの増殖にとっての必須の遺伝子情報が組み込まれ、コートタンパク質はコア核酸を保護し、ビリオンの形態を維持する外殻であるので、オゾンによるウイルスの不活化機構はコートタンパク質への障害作用、DNAまたはRNAへの障害、コートタンパク質と核酸に関連した障害が予測される。

オゾンは、ポリオウイルス1型のタンパク質コート中に存在する4つのポリペプチドのうち、2つのポリペプチドを変化させたが、宿主細胞ヘのウイルスの感染性に影響する程度のタンパク質コートへの障害は認められず、オゾン処理後のウイルスRNAが損傷を受けたことから、ウイルス核酸への障害作用がオゾンによる不活化の主な原因であるとする説がある18)。また、オゾンによってタンパク質コートが破壊された結果、DNAが放出されることが不活化の原因であるとし19)、さらに宿主細胞へのファージの吸着はオゾンによって減少し、ファージコートがオゾンで多数のタンパク質のサブユニットに分断されたこと等により、オゾンはコートタンパク質をサブユニットまで破壊して、RNAの遊離や宿主細菌の線毛への吸着の中断を引き起こす20)

ポリオウイルスの不活化直線がオゾンの低濃度において原点を通ることから、オゾンはウイルスの特定の部位に障害を及ぼし21)、ポリオウイルス1、2型ではタンパク質コートの損傷がウイルスを不活化する原因であるとされた22)。また、コートタンパク質の損傷により脱コートが不能になることが不活化の原因とされ23)、コートタンパク質の損傷による宿主細胞への吸着不能と内部のRNAの部分的な不活化によるとされた24)。オゾンによるウイルスの不活化機構を表3に示した1,2)

 

表3 オゾンによるウイルスの不活化

ウイルスの種類 オゾンの種類 オゾン濃度 処理時間 ウイルス数の減少
/不活化率
ネコカリシウイルス オゾンガス 20~25ppm 25分 3.7log10
オゾン水 0.02 mg/L 60秒 5.0log10
オゾン
ナノバブル
*** 6.0時間 2.0log10
マリンノロウイルス オゾン水 1.0 mg/L 2分以内 不活化率99%
ポリオウイルス オゾン水 0.13 mg/L *** 完全不活化(不活化
率99.9%以上)

 

ノロウイルスは塩素消毒に対して耐性があり、3.75 mg/Lの塩素に30分間接触させても不活化できず、ポリオウイルスやロタウイルスでは同条件で完全に不活化される18)

食品により伝播し、ヒトの健康に被害を及ぼすウイルスは、大きく分けるとA型肝炎ウイルス、E型肝炎ウイルス、ノロウイルス等がある。肝炎ウイルスについては5種類(A型~E型)あり、A型とE型は経口感染する。肝炎ウイルスは、冷蔵・冷凍条件下で長期間生存する。ウイルスが原因で起こるウイルス性食中毒は、ウイルスは食品中で増殖せず、貝類やエビ類を除いて食品原材料中には病原ウイルスは通常存在しない。ウイルス性嘔吐下痢症は、患者の吐物も伝染の媒介となるので二次感染としてヒトからヒトへの感染もあり、また不顕性感染も多い。

下痢原性ウイルスとして、ノロウイルス、ロタウイルス、アストロウイルス、アデノウイルス及びA型肝炎ウイルス等がある。ウイルスの防止対策は共通しており 85~90℃での食材の加熱と手洗いである。

ノロウイルスは感染性が非常に強く、生カキ等の二枚貝の喫食による成人の集団発生の報告が多い。ヒトの腸管で増殖し、潜伏期間は1~2日である。下痢、嘔吐、吐き気、発熱、悪寒の症状が出る場合もある。2002年、国際ウイルス命名委員会は従来の「ノーウオーク様ウイルス」あるいは「小型球形ウイルス」または「SRSV:Small Round Structured Virus」と呼ばれていたのを「ノロウイルス」と命名した。これを受けて厚生労働省は、2003年に食品衛生法を一部改正して、食中毒病因物質の「小型球形ウイルス」を「ノロウイルス」と命名した。

ロタウイルスは、世界中に分布しており、ヒト及び動物から分離される。A~G群に分類され、ヒトからはA、B、C群が検出され、そのうちA群ロタウイルスは、乳児下痢症の最も重要な原因ウイルスである。予防には、食品の十分な加熱、手洗いの励行、下水道の整備が重要である。潜伏期間は1~3日で乳児性下痢、下痢、胃腸炎、脱水症となる場合が多い。

肝炎ウイルスについては5種類(A型~E型)あり、A型とE型が経口感染する。肝炎ウイルスは冷蔵・冷凍条件下で長期間生存する。

A型肝炎ウイルスは、耐熱性(60℃、1時間)を有し、酸、アルコールにも抵抗性がある。ヒトからヒトへの直接感染、飲料水、二枚貝、サラダ、その他の生食品による感染例がある。潜伏期間は2~6週間で糞便中に排出され、感染して発熱や黄疸が出る。

E型肝炎ウイルスは、経口感染であり、本ウイルスに汚染した食物、水等により感染し、肝臓にウイルスが移行して増殖する。また、イノシシ肉、シカ肉等の野生動物肉、生ブタレバーの摂取により感染する。潜伏期間は2~9週間で、黄疸や急性肝炎が出ることもある。

食品の変敗は生物的、化学的あるいは物理的要因によるが、最も多いものは生物的要因であり、その中でも微生物の生育によるものが大部分を占めている。微生物にはウイルス、細菌、酵母、カビ、放線菌等が含まれ、その種類は極めて多い。これらの微生物の不活化、殺菌には製造環境及び食品のオゾン殺菌が有効である25)。また、アメリカ食品医薬品局が殺菌剤として、オゾンやオゾン水を認可・公布したのは筆者らの膨大な食品への論文の影響が大きかった26)

また、日本では食品製造工程の殺菌を目的にオゾンが使用され27)、包装材料の殺菌にオゾンを使用する殺菌装置が開発された28)

2019年に中国より発生した新型コロナウイルスは、伝播性、感染性が高く、特に、高齢者や基礎疾患のある方では重症化するリスクが高いことが報告されている。感染拡大を防止する手段の一つとして、人体に許容される濃度のオゾンガスやオゾン水による不活化が提案されている。新型コロナウイルスに対してオゾンガスが効果を示すことが明らかにされ10)、また、比較的高濃度(10 mg/L)のオゾン水での有効性が報告され29)、低濃度(2.0 mg/L以下)のオゾン水においても効果があること明らかにされた30)

オゾンガスやオゾン水により手指消毒、水、食品原材料、環境の存在するウイルスの不活化することが可能である。最大のオゾン利用の欠点は、保存、貯蔵により分解されるので、その場で調整する必要があることである。

文献
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  • 2) 内藤茂三:食品工場におけるオゾンの利用技術、月刊食品工場長、2020年8月号,37-41(2020)
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略歴

食品・微生物研究所所長
食品腐敗・変敗防止研究会代表
地域福祉食文化研究会代表
米飯行事食研究会代表
食品オゾン研究会代表

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