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     ~『日本型CDC新設』をめぐるグローバル戦略と現場主体の危機管理~
新型コロナウイルスへの政府・自治体・地域の公衆衛生管理と食安全
~『日本型CDC新設』をめぐるグローバル戦略と現場主体の危機管理~
コーネル大学終身評議員
松延 洋平

Ⅰ はじめに

コロナ禍は、世界的規模で拡大中でありその終息の見通しは依然暗闇の中、世紀来の大きな人類的な挑戦となってきている。

『感染防止か経済か』という短絡的論議の混迷などを超えて、今までの潮流をも遡って探索し、今後の対策はどうあるべきかなどについて、日・米・欧の先進国からアジアその他にまで視野を広げ、海外のシステムを模索し検討を重ねていく必要がある。

現時点で、既に政府・自治体・地域の在るべき形・運営のあり方や多彩な自然科学・社会科学にわたる学際融合手法よりも「良い事例」(省庁横断で設置された中央感染症指揮センターを持つ台湾、米ニューヨーク州など)も現れており、焦点を絞ると複層的な様相が視覚化されてきている。

世界最強の組織力と最先端の専門的知見が国内外で認められてきた米国疾病予防管理センター(CDC)は、大統領の政治権力による介入によりその役割を十分に発揮することができない状況もあり、米国では世界最多の国内感染者約600万人、死者も18万人(2020年9月1日現在)を超える事態を招いている。目前に迫った大統領選挙での最大の争点の一つとなっているが、その後の収拾方向も対策の行方も予想困難な状況である。このような混乱状況を克服するためCDCや米国食品医薬品局(FDA)をはじめ、その他の官署(政府・自治体)や産学の団体間の協調・建設的な懸命の努力が行われている。

しかし、むしろ懸念されるのは日本であろう。グローバル時代の感染症、パンデミック対応として当初の『国際舞台でのモデルとすべき国』という位置付けから移行し、政治/政策や専門科学集団の相互関係構築でむしろ本格的な取り組みが先延ばしとされてきているのでは、という評価さえ出されてきた。

大規模感染症へ取り組む中央政治体制と自治体の相互関係、権限配分などという不慣れな課題をこの秋からの第2波、第3波に備えてどのように取り組んでいくべきか!?世界の潮流に大幅に遅れてきた体制の中で、専門人材(感染症対策、デジタル化、イノベーションなども含め)の養成・活用、法体系の改正、さらに省庁再編など従来の思考を超えた国際政治・経済・文化レベルにも及ぶハードルの高い取り組みを迫られている。菅政権は、既にコロナ禍対策を最大の政権課題と位置付けており、急務の課題である。

2020年から加速されつつある世界的な格差の拡大、グローバル経済、中国が挑戦する世界秩序と政治の激動の中での安全保障と国際協力、ためされるリーダーの質、現場からの切実な実効性のある統治体制・危機管理情報発信など、さらには予測を許さない激動の中で取り急いで暫定的な示唆を提供する。限られた紙面の制約の中で象徴的な事象に絞って、敢えて断片的な、生活体験的記述の型も加えて参考にして頂ければ幸いである。

Ⅱ 政治・統治体制と専門家集団の連帯と独立の課題
  ~変革の鍵となる科学・専門家への国民の信頼~

CDCなどを中心とした政治統治体制~特に大統領制論議を超えて~

世界最大レベルの感染者数を出している米国では、依然として最大級の感染拡大が継続している。中国の挑戦や経済構造の変革が進む中で地方間の地域格差や職種・人種間格差も広がっており、政治性を強めた大統領選挙が難しさを加速させている。

 

1) トランプ大統領の特異な影響力を持つ施策と科学的専門性を軽視する発言が、米国での最大の要因といわれる。典型的な事例は、経済優先措置再開、学校再開、国際的な司令塔である世界保健機関(WHO)からの脱退、従来からの独立性不服従の高官の度重なる差し替えなどが挙げられている(『刑事手続き停止可能、独善支える強大権限論、更迭連発のツケ、コロナ対応迷走』朝日新聞・トランプ氏の権力①2020年9月1日見出し)。

 

2) CDCは、世界中の公衆衛生・医療・予防組織から『傑出した人材を擁し、独立した権限を持つ世界で最強の機関』と認められ、欧州や中国もこれに倣った機関を近時、設立してきた。

 

3) CDCは、対照的に東西冷戦時代には、軍機や諜報情報の収集にも参加していたといわれており、開発途上国のグローバル化による開発の進展にともなう人畜共通の病原生物体の発生伝播の調査・対応に重大な関心を持つのみならず、国内外を問わず迅速果敢な行動力を有することは広く知られている。この度のコロナ禍以前には、むしろ伝説的な高い評価と国民的信頼すら獲得してきていた。

 

4) 実は、そのCDCの果たして来た役割の中核にGEORGETOWN大学法科大学院と JOHNS HOPKINS大学(医学部、公衆衛生大学院)の「3本の矢」的な強い連携、そしてFDAやWHOなどとの強力な支持連帯システムがある。さらにそれらを囲んでサポートする学会、産業団体、ボランティア組織など幅広い基盤を構築していることに注目する必要がある。

 

5) JOHNS HOPKINS大学のブルームバーグ公衆衛生大学院は、HARVARD大学と並ぶ最有力の公衆衛生大学院である。コロナ禍における感染者数・死者数など基本統計などで、世界の有力報道機関等は連日この大学の世界的なデータに依拠している。実はブルームバーグ氏自身、長年公衆衛生の研究と専門教育に力を入れる一方、世界で最有力な経済経営指標などを発行するブルームバーグ通信報道組織を経営する存在であり、ニューヨーク市長としてその卓越した業績などを基に、この度2020年の大統領選挙の候補指名争いに立候補していた。

 

6) ワシントンDCにあるGEORGETOWN大学法科大学院に私は1990年代後半から客員教授のポストを頂き、さらに2008年に危機管理・安全保障の専門学科が新設されるのに伴い直ちに一部講座の担当を拝命した。大統領府での意思決定や政策構築に参画している連邦高等裁判所判事など実務家が事例や事件を基にしたケーススタディなどを重視した講義方法を採用していた。講座には政府各機関・軍や海外からの現役職員・研究者など多様な履歴の持ち主が大学院生として参加していた。

その後も全米で危機管理のための大学院・学部が多数設立されているが、法学を基盤としたものが多い。私は、日本初の危機管理学部が日本大学法学部に設置された折に、このGEORGETOWN大学法科大学院の事例を参考にと、様々な資料を提供してきた。

 

7) しかし、日本にはその類似した戦略性の強い作戦本部的な組織はなく、しかも今まで我が国と交流も少ない事情にもあるが、最近になって各領域・分野で日本版CDCのような機関を設置すべきか否かについて、議論・分析が始まったところである。

Ⅲ 連邦制下の国と地方の権限分担と独立機能
  ~特に公衆衛生を支える安全保障・危機管理システムの特質~

1) 米国は、歴史的に連邦制が基本の国家として形成されており、多様な発達段階の諸国からの移民の検疫問題などもあり、地域によって自然・社会・経済・産業事情が大きく異なる広い国土での公衆衛生は、州・自治体の権限が強い領域と位置付けられている。これが成り立つためには、トップを補佐するNo.2のポストなどに専門性と学際能力、横断的なコミュニケーション能力の高い職能専門大学院卒(例:法科大学院卒)が当てられ、業際、地域間、国・地方の間の秩序・調和が保たれるケースが多い。

 

2) 感染症対策の展開は、自治体ごとに異なる態様を示すため、流動的な実態の姿を正確に把握し、対策の実効性の格差を大きくさせない配慮が必要になる。特に現場で迅速に実態を反映しつつ連帯性を保持することが重要になる。

したがって、自治体の権限の中核に公衆衛生、医療、法律、危機管理、経済、経営・行政学などの専門大学院卒の人材を配備し、CDCを中核として、主体的な情報交流と多機能の人材の養成と連携をはかっている。そのために、実務性の強い学会であるASLME(American Society for Law, Medicine and Ethics)は、経営・行政学(倫理・会計等)、経済学、応用微生物学、社会学、文化人類学、建築学など幅広い文・理諸学を含む代表的な学会として認知されており、大きな役割を果たしている。

そこで講演を担う州知事の中には、公衆衛生の知識が極めて豊富であり、中には大統領選挙の候補者として立候補する知事も少なくない。私は、アトランタ市に本部があるCDC内で度々開催される当学会に何度か参加した経験を持つが、それら知事達の学識に衝撃さえ感じさせられている。

 

3) 最近、ASLMEの代表者としてGEORGETOWN大学法科大学院での同僚L.GOSTIN教授が、多くの法科大学院と連帯して米国にとってWHO脱退がもたらしている障害があまりにも大きい、と復帰を訴えてトランプ大統領に請願しているが、中国のWHO関与を理由に拒絶されている。

 

4) 司法の感染症など緊急事態・事項への理解を深めるため、司法の実務家への研修・再教育や立法府の関係者との交流が、常時にまた盛んに行われており、立地的に優位に立つGEROGETOWN大学法科大学院を中心として展開されている。

 

5) 行政や職能団体、異業種間の感染症対策に対するシミュレーションの意義が重要視され、特に現場に近い地域集団では日常の定期的な対面型シミュレーションが確実に効果を挙げている。

 

6) 幅広い情報・記録保持・分析のデジタル能力を重視し、医療、福祉、病院、薬局、交通機関、教育・公共空間や現場行政などとのネットワークの整備と人的資源の醸成教育にCDCやFDA、米農務省(USDA)などは連帯して力を入れている。

現場情報提供や補助金申請の手段の主流がFAXや電話連絡となっているため、我が国のシステムの効率を上げることが叫ばれているため、菅政権でデジタル庁の新設が決定された。

 

7) 情報リテラシー能力の向上、連帯する組織や学際団体などの公文書管理意識と管理能力の向上、監視能力の強化は相互に密接な関係にあり、大きな課題として長年取り組みが進行してきた。私権制限や個人の権利保護にも関連した公開セミナーなどが社会の多様性を反映し並行して開催されている。

 

Ⅳ 国際潮流のなかでの我が国の研究の水準と国際対応
  ~これまでの分岐点となった事例の分析~

1) コロナ禍が進む中で、我が国の感染症の研究・教育のレベルは欧米諸国と比較して 大幅に遅れていると多くのメディアは断じている。

乏しいインフラと縦割り性の強い組織・システムと透明性の低い規制(特に緊急事態下での権利制限と人権保護の領域での憲法論議)が大きな壁となっている、との議論が活発化してきた。

しかし各界各層に戦後から続く安全保障に対する関心の低さや危機管理意識の乏しさの克服が、より深刻な岩盤的難課題として指摘されている。

 

2) WHOを中心に時に以前より国際的にはバイオセーフティーやバイオセキュリティーの研究が進んでおり、長年の間に国際的な対応体制も進化する中、我が国は有事の際の機動的な対応の必要性をも認識しきれず、特に感染症領域では研究者や企業の日本離れも深刻さを増してきている。

 

3) 我が国の産業界・学会・消費者の海外交流は、既存体制の重圧下にある。語学のハンデが大きく残る中で、省庁の在外公館の定員などにも歴史的な格差が残る。

 

4) ワクチン・治療薬の開発、安全性と有効性の確認・承認と投与などについては、本来不確定な要素が多く伴う。農林水産省、厚生労働省や文部科学省など組織権限が分散し財源確保にも担当部局が困難に直面している。

コロナウイルス対策の鍵となるのは、今後のワクチンと治療薬の開発である。すでに世界中の製薬会社や大学などが開発にしのぎを削っており、臨床試験の最終段階に入ったワクチンもあると報じられているが確度は高くない。

私がかねてから気掛かりなこととしているのは、ワクチンの争奪戦であった。特に豊かな資金力と人口の多い中国が開発競争に優位に立つのみならず、その外交上の戦略も懸念材料である(『中国ワクチン国指導で台頭~外交利用の思惑も~、日本感染症研究に遅れ、インフラ不足が壁』(日本経済新聞・2020年8月16日)。かつての私の関わりの断面を入れて、後編で詳しく紹介する。

Ⅴ 我が国が取り組むべきこれからの多様な課題

これ程の長期戦が予想されないまま、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律と新型インフルエンザ等対策特別措置法の増改築構造の不具合が明らかにされている中で、我が国で菅政権が誕生した。

 

1) 2009年に流行した新型インフルエンザを受け、翌2010年に保健所の体制強化、PCR検査体制の強化、情報の円滑な疎通を図るためリスクコミュニケーションの広報体制の強化などを主な内容とする提言を国は纏めている。

しかし2020年、新型コロナウイルスの大流行で、医療現場ではPCR検査や感染者の扱いで、自治体では医療用物資の確保に混乱が始まった。

感染症対策の実務の根底を担う自治体レベルでは、まず感染症や公衆衛生の専門家の不足が指摘されている。国との連携に齟齬をきたし、一方で病態解析のデータの流れも大きく滞っていることが、混乱に輪をかけている。

 

2) 我が国の政府は、海外の製薬大手へのワクチン開発資金の提供を通じて、日本向けの供給に繋げている(例:ファイザー社から6000万人分のワクチンの提供を受ける基本合意を発表している)。また、他国とワクチンを共同購入する国際的な仕組みへの参加も検討している。しかし、ワクチンの開発には、長い年月と巨額の投資と複雑なプロセスが伴う。国民心理の根底には、最優先すべきは国内の医療体制の充実とあわせて、同時に国内の製薬会社や大学などによるワクチンや治療薬の開発、供給体制に対する強い期待があることは間違いない。

ところが、ワクチンの国内での開発から治験、臨床試験、配布の過程についての情報は、極めて限られた状況にある。経済と安全・医療の両立の厳しい論議や不安・懸念も建設的な方向に展開されることが念願される中で、短中長期に渡る内外の視点が必要である。感染の広がりが開発途上国に急速に見られるが、国際公共財としての側面がさらに高まり、医療・医薬品確保の経済格差は、企業の社会的責任(CSR)においてますます重視される。サービスの購入者と受益者、医療従事者や市民・国民間のWIN-WIN関係の構築・維持の難しさが加重されて出てくる。

 

3) わが国では法、経営・会計学、公衆衛生などの専門職能大学院は、その制度発足後十分に育成・活用される方向に向かっていない。

しかしながら、今後、我が国でも多くの自治体で専門職能大学院卒業者の採用が増え、前例の乏しい新たな危機に直面した現場対応で、専門職能大学院卒業者が予防あるいは先駆的な役割を主体的に担う段階になれば、全く新しい側面の「民主主義の夜明けの時代を迎えること」になると思うと複雑な感懐すら生まれてくる。

Ⅵ おわりに
  ~長期的な展望として~

今までの世界秩序において、指針となってきた国際機関{例:WHO、世界貿易機関(WTO)など}の根底が一斉に揺らぎはじめている。

 

1) コロナウイルス感染症の拡大形態には、空気伝染だけでなく食物、接触などさらに複合経路など多様な伝染経路を想定しなければならない。さらに、食セキュリティ(バイオテロ)のように意図的な経路によるものや先端科学技術の管理不全も想定する議論は、既に欧米ではじまっている。必ずや、数年、数十年単位で発生を繰り返す前提での取り組みが必要とされる感染症分野に加えて大規模自然災害、サイバーテロ、地域紛争などへの取り組みに対して、我が国は今後急速に遅れを取り戻さなければならない。

 

2) 世界が激変している中で、『日本版CDCの新設』案が各方面で提唱されている。関連して我が国の内閣・中央各省庁、さらに自治体も含め長期戦略を見据えた抜本的行財政改革を求める議論がはじまっている。第82代内閣総理大臣橋本龍太郎氏が掲げた中央省庁の再編を狙った橋本行革から既に相当の年月が経過している。菅政権で最優先課題に挙げられたのは、新型コロナウイルス対策とその上での経済再生である。感染が再び広がりはじめた時に社会経済活動にブレーキをかけながら国民生活をどう守るか、その中でデジタル庁新設と行政改革が注目されている。

 

3) コロナ禍拡大の中で、先進国も開発途上国も懸命に対策を模索している。中国については、判断を下すことは容易なことではない。身近なアジアやオセアニア諸国、さらに欧州でも規制を再強化している場面も出ている。依然として大統領とCDC長官が激しく対立する中で、11月末の大統領選挙後も新しい主要スタッフの選任、議会の承認などの手続問題が続き、2021年後半まであるいはそれ以降も深刻な混乱の期間が残る可能性が有力である。

一足早く日本では菅政権が誕生した。東京オリンピック・パラリンピック開催もあり、2020年、そして、2021年と海外と国内に混乱と創生の日々が待ち受けている。

 

後編(2021年3月号予定)に続く

~食安全、ワクチン問題の経緯も含めて~

 

略歴

コーネル大学評議員会 終身評議員
元首都大学東京大学院(人間健康科学研究科)客員教授
元GEORGETOWN大学法科大学院 客員教授
●東京大学法学部卒業後、FULBRIGHT留学制度によりコーネル大学経営学大学院留学。農林水産省にて種苗課長、消費経済課長、官房地方課長などを歴任し、その間種苗法、即ち植物新品種育成者の権利制度創設を果たす。その他、内閣広報審議官(経済産業・貿易・科学技術)、国土庁水資源担当審議官を経て退官。その後、全国食品業界団体等に勤務。
●長年、米・アジアでの産官学の人脈・情報ネットを構築し、食と農のビジネスと安全確保の視点から、生産・加工・流通・貿易等の諸制度に関連する知見を発信する。
●最近は生物・IT関連システムとその多面的な産業化を基にした海外・国内にわたる産業・経済情勢と研究・技術動向の分析・予測に力点を置く。特に具体的な危機管理の対応において動的な食・農・生活の質の枠組み・制度化を図る。

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