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サトウキビ製糖業における近赤外分光法の応用
国立大学法人 琉球大学 農学部
平良 英三

1.はじめに

サトウキビは砂糖の原料作物であり、南西諸島を中心に栽培されている。その原料価格は品質に基づいて決定される品質取引が行われており、近赤外分光法が利用されている。近赤外分光法は食品、化学工業、医薬などの分野で広く利用されており、その応用もさまざまである。本稿では、筆者の経験を踏まえサトウキビ品質取引における近赤外分光法の利用を中心に、複数装置の運用や製糖産業における応用について紹介する。

2.サトウキビ品質取引における近赤外分光法の利用

サトウキビは砂糖やバイオエタノール、電力生産に利用される作物で、世界では約20億トン生産されている。日本では、南西諸島地域で広く栽培されており、地域経済を支える重要な基幹的作物である。製糖工場は、サトウキビから原料糖を生産する分蜜糖工場と、黒糖を生産する含蜜糖工場の2つから構成されている。黒糖は製品として流通するが、原料糖は船舶で本土へ輸送され、精糖工場の精製を経て、消費者が口にする砂糖製品となる。

サトウキビそのものの価格は、製糖工場に搬入される際に品質を評価し、それに応じて価格が決定する1)。これは品質取引と呼ばれる価格取引制度で、細かく破砕した原料(細裂試料)を近赤外分析装置で分析し、糖度を評価する細裂NIR法が実施されている。図1に従来の甘蔗糖度分析法と細裂NIR法の流れを示す。サトウキビ原料の品質評価には甘蔗(かんしゃ)糖度と呼ばれる指標が用いられているが、従来の分析法では1日に十数点しか分析できない。鹿児島県・沖縄県の16製糖工場では、細裂NIR法を用いて糖度評価が行われており、1日で300点程度を分析している工場もある。

 

 

 

図1 甘蔗糖度分析における従来法と近赤外分光法(細裂NIR法)の比較

 

 

3.複数装置を利用するための検量モデル開発

複数の近赤外分光装置を利用する場合、検量モデルを管理するには、個別管理方式、管理センターによるマスター装置管理方式、管理センターと現場が協力してサンプリングを行うマスター機無し方式の3つが大まかに考えられる。

個別管理方式とは、近赤外分光装置を利用する各現場で従来法も行い、検量モデルに必要なデータを取集し、検量モデルを独自に維持する方式である。この方式は、企業等が独自で近赤外分光装置を利用し、検量モデルも維持する際に利用される。製糖業界では豪州等でこのような方式が採用されており2)、一定のサンプリングを実施し(例えば全体の10%)、検量モデルの精度管理を行っている。企業が独自のサンプリングや計測方法を用いている場合、情報管理を必要とする際にこの方式を採用することが多い。

マスター装置による管理方式とは、従来法とマスター機となる近赤外分光装置を検量モデル管理センター等に設置し、化学分析から検量モデル作成、配布までを一括して行う方式である。この方式では、管理センターで検量モデルを開発するため、全体の労力が比較的少なく、従来法の実験管理がしやすいため、検量モデルの測定精度も管理しやすい。また、統一の検量モデルを各工場で利用できるため、同一の計測精度で分析が可能である。これから近赤外分光装置を導入するような場合には、各工場で事前に装置を整備する必要がないため、予備的な試験も実施しやすい。一方、作成される検量モデルは、管理センターの分析環境に依存するため、各工場側の環境に適合しているかどうかを含め、何らかの方法で測定精度を管理する必要がある。サトウキビ品質取引では、この方式を採用しており、各近赤外分光装置で検量モデルを利用するために標準化した検量モデルを作成し3)、数年に一度のペースで各装置を集め、測定精度を確認している。

マスター装置無しの管理方式とは、各工場で近赤外分析を実施し、従来法のみを管理センターで実施する方式である。工場側はスペクトルデータとサンプルを管理センターに送付し、管理センターの環境下で従来法による分析を実施する。ここで作成される検量モデルは統一のものであり、同一の計測精度で近赤外分析装置を利用可能である。また、この方式は近赤外スペクトルを各工場で測定することから、先のように標準化作業を必要とせず、統一の検量モデルを開発できる。この方式は、検量モデルの開発前に近赤外分析装置が各工場に整備されている必要があるため、マスター装置管理方式を行った後に採用するほうが現実的である。

複数の近赤外分光装置を利用する際、検量モデルによっては装置間で差が生じてしまうことがある。この点については、非破壊分析法であるがゆえに、どんなに高価な装置を利用しても(SN比が高くても)、起こり得ることである。どのようなサンプリングをし、どのような環境を確保する必要があるのか、想定される現場に対応した検量モデルを開発する必要がある。近赤外分光装置を複数利用する場合には、異常値の管理と過剰適合(オーバーフィッティング)等にも注意が必要である。

 

 

 

図2 近赤外分析装置を複数台利用する際の検量モデル管理方式

 

 

4.栄養診断・スマート農業への応用

サトウキビにおける品質取引制度は、全農家のサトウキビ原料をサンプリングすることに特徴がある。全原料の品質を評価するこのしくみは、分析項目を増やすことにより、さまざまな情報を集めることが可能である。筆者らの研究グループでは品質取引のしくみを利用した生産支援情報システムに関する研究を長く実施している4-6)。沖縄県南大東村を中心に、サトウキビの栄養成分分析と土壌分析を実施した結果、土壌中のカリウム含量が適正値よりも2倍ほど高い圃場が多いことや、土壌中のカリウムと葉身中のカリウムは正の相関があることなどをイオンクロマトグラフィーやICP発光分光分析装置等の分析装置で明らかにしてきた7)。さらに、茎の糖度とカリウムは負の相関があることを確認した。このような結果を、品質取引で採用されている近赤外分析装置を利用し、窒素やカリウムなどの検量モデルを作成し、全圃場の分析を行っている。窒素やカリウムの検量モデルについては、その精度管理の問題はあるものの、含量濃度のレベル分けには十分に利用できる精度であることを確認している。糖度評価と同時に、窒素やカリウムの成分分析ができれば、現場であらたな労力をかけずに、全サトウキビ圃場の成分分析が可能になる。このような、多項目分析の結果をGIS(地理情報システム)と連結させることにより、地理的空間での解析が可能になるとともに、多くの人が視覚化した情報をもとに議論が可能になった。図3は品質取引時に取得した窒素含量と産糖量(糖度と収量の積で表現される)が、昨年のデータよりどの程度変化したのかを分析した例である。サトウキビ原料中の窒素含量が昨年より減少し、かつ産糖量が減少した圃場を2つのレベルで表現している。赤の圃場は、産糖量の減少量が大きく、窒素含量も減少している圃場である。青の圃場は同様であるが、産糖量の減少量が赤の圃場に比べて小さい圃場を示している。このように可視化することにより、その圃場の環境を確認しつつ、成績が悪くなった影響を分析することが可能になった。一方、農業現場では、肥料や収穫時期、かん水量、適期作業、病害など複数の要因が重なっていることが多く、現状の改善には注意が必要であり、収穫時の情報に加えて、生育途中の情報収集も必要である。

 

図3 2年間で窒素含量および産糖量の減少圃場(赤色はレベル2,青色はレベル1)

 

現在、適期の管理や作業性能については、自動操舵を搭載したトラクタやハーベスタによる管理精度の向上に関する研究が進められている。また、圃場で利用可能なモバイル型の近赤外分析装置とドローンを利用した簡易生育診断技術の開発が進められており8)、スマート農業技術として研究開発が行われている。

5.製糖プロセス管理への応用

製糖工場はサトウキビを原料とし、砂糖結晶(原料糖)を生産する工場である。サトウキビ原料の品質は、収穫時の天候や収穫方式、原料自体の品質や品種特性に左右され、供給される量も不均一である。そのため、製糖工場では、圧搾、濃縮、結晶化、分離の工程においてサンプルの分析が必要である。しかしながら、従来から行われている糖度分析法は時間がかかるため、分析結果は工程管理に十分活かされていない。このような背景から、従来分析の代替法として近赤外分光法が一部の製糖工場で利用されている。図4は、各工程サンプルの近赤外スペクトルを主成分分析により解析した結果である。圧搾汁はサトウキビを圧搾した汁、シラップは圧搾汁を濃縮したサンプル、白下は結晶化された砂糖を含むサンプル、糖蜜は白下から結晶化した砂糖を遠心分離機により分離したサンプルである。第1および第2主成分スコアを表示したが、各工程のサンプルで分布の位置が異なり、そのサンプル内においてもバラツキを確認できる。たとえば、白下は結晶化工程で砂糖結晶を生じさせたものであるが、その結晶の状態によって分布の位置が異なる。主成分スコアプロットを利用することで、次の分離工程に移行するかどうかの判断を補助することが可能と考えられる。また、詳細は省略するが、ここで示した第1主成分スコアは水分と、第2主成分スコアは糖分と関連していることが推察された。シラップに注目すると、第2主成分スコアにバラツキが確認できる。濃縮工程の現場では濃縮の目安をブリックスで管理しており、一定のブリックス(約60°Brix)に達した時点で濃縮を終了する。しかし、ブリックスは可溶性固形分を表すため、ミネラルや他の可溶性物質も含まれる。第1主成分スコアよりも第2主成分スコアのバラツキが確認できることから、実際の糖度にはバラツキがあると予想される。検量モデルによる定量だけでなく、主成分分析によるサンプルの可視化は工程中のサンプルのバラツキ、過去のサンプルとの比較が容易であり、品質管理のみならず各工程の操作法の検討にも有効である。実際に、シラップの糖度を分析した結果、10%程度の差があることが確認できた。また、糖度だけでなく還元糖や水分含量の定量も同時に行えることから、人員確保が難しい離島地域においては、近赤外分光法の普及が期待されている。

日本の製糖企業では砂糖のみを生産しているが、海外の企業では糖蜜からバイオエタノールを製造し、バガスで電力販売を行っており、製糖プロセスの迅速かつ効率的な管理に近赤外分光法が応用されつつある。

 

 

 

図4 製糖工程サンプルの主成分スコアプロット

 

6.おわりに

本稿では、サトウキビ製糖における近赤外分光法の利用について紹介した。最近はネットワーク利用や装置の小型が進み,IoTセンサーとしての利用も期待されている。一方、本稿では検量モデル開発の背景にある種々の課題、原理については触れていないが、計測に関する細かな条件は得られる情報が大きく異なることがあり、本手法の可能性はまだまだ深いと感じている。他のセンサーとの連携、AIによるアプリケーション開発によりさらなる応用が期待できるが、効率的な検量モデル・判別モデルの管理が本手法を活用する上でのポイントと考える。

参考文献
  • 1)  関口礼司: コンピュータネットワークで近赤外分析計を結んだサトウキビ搾汁液の品質評価システムの開発, 日本醸造協会誌, Vol. 91, No. 7, pp. 492-497, 1996.
  • 2)  O’shea, M., Staunton, S., Donald, D. and Simpson, J.: Developing laboratory near infra-red (NIR) instruments for the analysis of sugar factory products, Proceedings of the Australian Society of Sugar Cane Technologists, Vol. 33, pp. 1-8, 2011.
  • 3)  Taira, E., Ueno, M., Furukawa, N., Tasaki, A., Komaki, Y., Nagai, J.-i. and Saengprachatanarug, K.: Networking system employing near infrared spectroscopy for sugarcane payment in Japan, Journal of Near Infrared Spectroscopy, Vol. 21, No. 6, pp. 477, 2013.
  • 4)  平良英三, 上野正実 and 川満芳信: NIR と GIS を用いたサトウキビの高品質化支援情報システムの開発 (第 2 報)―しょ汁のカリウム含量計測システムの実用化に関する研究―, 農業機械学会誌, Vol. 67, No. 4, pp. 97-104, 2005.
  • 5)  平良英三, 上野正実, 川満芳信 and 内間亜希子: NIR と GIS を用いたサトウキビの高品質化支援情報システムの開発 (第 1 報)―NIR によるしょ汁カリウム測定の可能性―, 農業機械学会誌, Vol. 67, No. 4, pp. 90-96, 2005.
  • 6)  平良英三, 上野正実, 孫麗亜, 川満芳信 and 小宮康明: NIR と GIS を用いたサトウキビの高品質化支援情報システムの開発 (第 3 報), 農業機械学会誌, Vol. 71, No. 3, pp. 70-77, 2009.
  • 7)  Watanabe, K., Nakabaru, M., Taira, E., Ueno, M. and Kawamitsu, Y.: Relationships between nutrients and sucrose concentrations in sugarcane juice and use of juice analysis for nutrient diagnosis in Japan, Plant Production Science, Vol. 19, No. 2, pp. 215-222, 2016.
  • 8)  Chea, C., Saengprachatanarug, K., Posom, J., Wongphati, M. and Taira, E.: Sugar Yield Parameters and Fiber Prediction in Sugarcane Fields Using a Multispectral Camera Mounted on a Small Unmanned Aerial System (UAS), Sugar Tech, Vol. 22, No. 4, pp. 605-621, 2020.
略歴

1976年生まれ。鹿児島大学大学院連合農学研究科修了(2005年、博士(農学))。琉球大学農学部助手(2006年)、琉球大学農学部助教(2007年)、琉球大学農学部准教授(2015年)を経て、現在、琉球大学農学部教授(2018年~)。

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