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クルミ特徴成分の解析 ~機能性食品素材の品質評価を探る~
松山大学 薬学部 生薬学研究室
教授 天倉 吉章

1.はじめに

超高齢化社会を迎える日本においては、健康長寿社会の実現が急務となっており、行政等を含め様々な対策が提言されている。そのビジョンの一つにセルフメディケーション・セルフケアの実践があり、その支援として健康食品の利用があげられる。健康食品については法的な定義はなく、健康増進に資する食品として利用されるもの全般を指す。国の制度としては、国が定めた安全性や有効性に関する基準等を満たした保健機能食品制度があり、一定の範囲で機能性等を表示できる保健機能食品として、特定保健用食品、栄養機能食品、機能性表示食品がある [1]。これらの特徴の一つとして、その機能における関与成分を明示し、その含有が担保されていることがあげられる。それゆえ、“品質がよい”製品は、薬に準じた機能に対する科学的な品質規格が整備されていることがあげられ、それが科学の進歩に応じてその時々の適切な手法が採用されていること等が考えられる。

健康食品は、原料として天然物を利用しているものが多い。天然物は多種多様な成分で構成されるため、その特性を認識し、具体的に評価する品質保証のための科学的データが求められる。それゆえ、天然物について広範囲に解析し含有成分を明らかにすることが、まず重要かつ必須の情報となる。このような背景から、我々は健康食品のレギュラトリーサイエンスに寄与する研究を実施しており、その一環としてクルミの成分解析に基づく特徴成分の探索を実施した。本稿では、その一部について紹介する。

2.クルミ

クルミは、クルミ科クルミ属植物の堅果中の種子の総称で、栄養価の高い食材の一つとして世界中で食されている(図1)。クルミの栄養成分は、脂質、たんぱく質、炭水化物等があり、脂質68.8%と高含量であることが知られている。脂質の構成成分である脂肪酸の組成は、リノール酸、オレイン酸、α-リノレン酸などの不飽和脂肪酸が多く、その他アミノ酸、ビタミン、ミネラル、食物繊維が適度に含まれる栄養バランスのとれた食材といえる [2]。栄養成分以外としては、没食子酸、エラグ酸などの低分子ポリフェノール、pedunculaginなどの加水分解性タンニンといったポリフェノール類の含有が報告されている [3]。

クルミの生物活性としては、心血管疾患、糖尿病、高脂血症及びメタボリックシンドローム等の疾患リスクの軽減など多くの報告があり、これらの活性の多くには、含有する脂肪酸やポリフェノールの寄与が考察されている [4-7]。

 

 

図1 クルミ

 

3.クルミ含有成分の分離精製

クルミは栄養バランスのとれた食材のみならず、様々な生物活性を有する天然素材としてあげられるが、その二次代謝物に関する報告は少ない。天然素材を利用した健康食品の開発には、その素材に特徴的な成分を明らかにし、それに基づいた品質評価が求められてきている。機能性素材としてクルミに着目する場合、その指標となる成分の特徴づけが必要になる。そこで我々は、クルミに特徴的な成分の解析を目的に、含有成分を解析した。対象は、成分情報が少ない極性画分を精査することにした。その結果、新規化合物3種(化合物A~C)及び既知化合物27種〔特異な構造を有するglansreginin A (GA) (図2)の他、低分子ポリフェノール、加水分解性タンニンなど〕の計30種を単離、構造解析した。化合物Aは、特異な長鎖構造をもつジカルボン酸の配糖体でglansreginin Cと命名した。化合物Bは、エラグ酸配糖体モノガレートでellagic acid 4-O-(3'-O-galloyl)-β-D-xyloside、化合物Cは、platycaryanin A methyl esterと決定した [8]。

 

 

図2.クルミより単離されたglansreginin Aの化学構造

 

4.クルミ特徴成分の解析

クルミ含有成分の検討で明らかとなった成分情報をもとに、6種のナッツ類(アーモンド、ピスタチオ、ヘーゼルナッツ、カシューナッツ、ピーカンナッツ、マカダミアナッツ)の抽出物について、クルミ抽出物との高速液体クロマトグラフィー(HPLC)による成分比較を行った。その結果、クルミにのみ認められるピークが観察され、それがGA のピークであることが明らかとなった [8](図3)。GA はクルミから単離、構造決定されている化合物であり [3]、他の植物からの報告も少なく、クルミに特徴的な成分として適当であることがいえる。また、GAについて市販の生クルミ及びローストクルミ中の含有量について分析した結果、すべての試料で定量分析することができた。さらに、熱処理によるGAの定量値への影響はないことが確認され、熱に安定であることが示唆された。

クルミの活性成分としては、脂肪酸があげられる。一方で、脂肪酸は一次代謝物として他の食材にも広く分布し、熱などに不安定な性質をもつ。今回明らかになったGAは二次代謝物であり、安定かつ定量分析が可能であることから、クルミの指標となる特徴成分として支持される [8]。

 

 

図3.ナッツ類のHPLCによる成分比較(検出波長:280 nm)
(a) クルミ,(b) アーモンド,(c) ピスタチオ,(d) ヘーゼルナッツ,(e) カシューナッツ,(f) ピーカンナッツ,(g) マカダミアナッツ,GA: glansreginin A

 

5.クルミ特徴成分の生物活性

クルミの特徴成分としてGAを提案したことから、その生物活性について検討した。活性については、様々な疾患の原因として慢性炎症の発生が影響していることが指摘されていることを踏まえ、抗炎症作用に着目し、リポ多糖(LPS)誘発全身性炎症モデルマウスを用いた脳保護作用について検討した。その結果、GAの投与がLPS誘発性の不動時間の延長を抑制することが明らかとなった。また、海馬におけるミクログリアのLPS誘発性過剰活性化を有意に抑制していることが示された。このように、GAは抗炎症作用を持ち、脳内においても活性を示すことが示唆された [8]。今後、GAを指標にしたクルミ抽出物の体内動態等の検討が課題としてあげられる。

6.おわりに

天然物を機能性素材として開発する場合、多成分系の原料をどのように品質評価するかが課題となる。天然素材の機能性の多くは、素材全体(複合体)でその効果を発揮しているものが多く、それゆえすべての成分を網羅的に評価するのが理想であるが、多試料を評価しなければならない製品評価の性質を考慮すると実質的に困難である。天然物の品質評価を目指すのであれば、長い実績のある日本薬局方(局方)における生薬の試験法を参考にするのは一つといえる。局方の試験は、指標成分を明確にし、それを評価することでその素材であることを担保することになる。分子を明らかにすることで、それを指標に体内動態等の検討も可能になり、一定の範囲ではあるが一歩進んだ科学的根拠を見出すことができるようになる。

“薬の適正使用”は、薬学分野においては重要な課題であり、天然物を基原とする生薬においてもそれを目指した様々な研究が実施され、品質評価法が規定されている。これらの研究経験を踏まえ、健康食品の分野においても“機能性素材の適正使用”につながるような研究を今後も展開していきたい。

参考文献
  • [1] 厚生労働省ホームページ,「健康食品」のホームページ,
  • [2] 文部科学省ホームページ,日本食品標準成分表2015年版(七訂),
  • [3] Ito H., Okuda T., Fukuda T., Hatano T., Yoshida T., Two novel dicarboxylic acid derivatives and a new dimeric hydrolyzable tannin from walnuts, J. Agric. Food Chem., 55, 672-679 (2007).
  • [4] Guasch-Ferré M., Li J., Hu FB., Salas-Salvadó J., Tobias DK., Effects of walnut consumption on blood lipids and other cardiovascular risk factors: an updated meta-analysis and systematic review of controlled trials, Am. J. Clin. Nutr., 108, 174-187 (2018).
  • [5] Kris-Etherton PM., Walnuts decrease risk of cardiovascular disease: A summary of efficacy and biologic mechanisms, J. Nutr., 144, 547S-554S (2014).
  • [6] Arab L., Dhaliwal SK., Martin CJ., Larios AD., Jackson NJ., Elashoff D., Association between walnut consumption and diabetes risk in NHANES, Diabetes. Metab. Res. Rev., 34: e3031 (2018).
  • [7] Shimoda H., Tanaka J., Kikuchi M., Fukuda T., Ito H., Hatano T., Yoshida T., Effect of polyphenol-rich extract from walnut on diet-induced hypertriglyceridemia in mice via enhancement of fatty acid oxidation in the liver, J. Agric. Food Chem., 57, 1786-1792 (2009).
  • [8] Haramiishi R., Okuyama S., Yoshimura M., Nakajima M., Furukawa Y., Ito H., Amakura Y., Identification of the characteristic components in walnut and anti-inflammatory effect of glansreginin A as an indicator for quality evaluation, Biosci. Biotech. Biochem., 84, 187-197 (2020).
略歴

1997年 岡山大学大学院自然科学研究科博士課程修了〔博士(薬学)〕。
長岡香料株式会社技術開発研究所 研究員、国立医薬品食品衛生研究所 研究員、同研究所 主任研究官を経て、2006年より松山大学薬学部生薬学研究室 助教授(2007年から准教授)、2012年より同教授。専門は生薬学、天然物化学、食品化学。

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