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小麦デンプンの発酵食品 ―久寿餅(くず餅)の美味しさと機能―
東京農業大学 農学部 デザイン農学科
准教授 野口 治子

1.久寿餅(くず餅)とは

久寿餅(くず餅)(図1)は、約1~2年発酵させた小麦デンプン(発酵小麦デンプン)を原料にしており、これを水とともに蒸して餅のように仕上げた和菓子である。久寿餅のはじまりは江戸時代とされており、寺社参道の名物として庶民に親しまれてきた様子は風俗図会に記されている(図2)1)。令和においても、東京の亀戸天神や池上本門寺、神奈川の川崎大師周辺には、複数の久寿餅屋が店を構えており、昔ながらの製法で作られる久寿餅を楽しむことができる。久寿餅の原料となる小麦デンプンは、小麦粉から麩(グルテン)を製造するときの副生物である。江戸時代は、寺院や宮中を中心に食されていた麩が、庶民へと広まった時期であり、同時に、米の裏作として小麦の栽培が本格的になった時期でもある2)。これらのことが重なり、副生物である小麦デンプンから、久寿餅が生まれたと推察される。現代でも、一部の麩工場では、デンプンの発酵や久寿餅の製造が行われている。

 

 

 

 

図1 久寿餅

久寿餅(くず餅)は白色で黒蜜ときな粉をかけて食べる。

 

 

図2 亀戸名物くず餅の屋台売り2)
(国立国会図書館デジタルコレクション)

 

2.久寿餅の美味しさ

久寿餅の原料は発酵小麦デンプンと水のみであり、その味は淡泊で黒蜜ときな粉が添えられており、久寿餅の美味しさは食感にあるといえる。久寿餅の食感は、軟らかく、弾力があり、歯切れが良いことが特徴である。「くずもち」には、久寿餅の他に、植物のクズ(マメ科クズ属)の根から抽出したデンプン(葛粉)を用いた葛餅があり、関西を中心に広く知られている。こちらの葛餅は軟らかく、半透明~透明な外観であり、同じデンプンを主原料とした菓子だが、その食感と外観は久寿餅とは大きく異なる。

久寿餅の食感を他の和菓子と比べるため、団子やわらび餅、羊羹といったデンプンを主原料とする食品とともに官能評価を行った。その結果、硬さは団子と同じくらいだが、付着性は小さいという結果となり、久寿餅の特徴である歯切れの良さを反映していた。(図3)3)。この食感の違いの要因は、食品(デンプンゲル)内部の微細構造にあると考え、電子顕微鏡にて観察した。久寿餅の内部にはデンプン粒が数多く観察されたのに対し、付着性の高い団子やわらび餅ではデンプン粒の数は少なく、そのほとんどがデンプン同士による網目状の構造であることが観察された(図4)3)

デンプンを主原料とするゲル状食品は、デンプンを大量の水とともに加熱(蒸し、茹でなど)して作られる。デンプン粒は水とともに加熱すると水を取り込み糊化状態となり、さらに加熱すると膨潤したデンプン粒は崩壊する。デンプン粒より溶出した糊化デンプンは、冷却する過程で互いに網目構造を形成する。この食品内部の構造の違いが、各和菓子の食感に関与しており、久寿餅の場合、原料である発酵小麦デンプンの糊化特性により、久寿餅の内部にはデンプン粒が残存し、網目状構造も少なくなったと考えた。これが、団子やわらび餅とは異なる、久寿餅特有の食感に寄与するものと考えられる。

 

 

 

 

図3 くず餅の官能評価

7点評価法、n=21

 

 

図4 くず餅の内部構造比較

走査型電子顕微鏡にて300~500倍にて観察

 

3.小麦デンプンの発酵

久寿餅の食感形成は、原料の性状に起因するものと考え、小麦デンプンの発酵過程の変化とともに、発酵前後のデンプンの特性を比較・検討した。

3-1.発酵工程の様子4)

図5に、デンプンの発酵工程を示した。小麦粉に水を加えて混練し、生地を水洗いするとグルテンが残り、デンプンは水とともに洗い流される。先に述べたように、小麦デンプンは麩の副生物であり、このグルテンに小麦粉を加えて麩が作られる。デンプンを含む懸濁液は、ふるいにかけられグルテンの残渣が取り除かれる。デンプンは懸濁液中で沈殿するので、上澄みを捨て、数回分のデンプンを合わせたのち、屋外の発酵槽で1年から2年程度発酵させる。発酵中は、複数の発酵槽で堆積したデンプンを一ヶ所の発酵槽にまとめ、デンプンの上下を入れ替えたり(天地替え)、蒸発した分の水を追加したりする。最後に発酵槽からデンプンを取出し、水切りして完成となる。発酵初期は界面に固形物(タンパク質)が浮遊しているが、発酵が進むと消失し、デンプンは底に堆積するため上澄みの濁度は低下する。この製造工程においてpHを測定したところ、生地を洗い流した懸濁液はpH6.9と中性であったが、発酵槽に移行させるとpH4.2となり、発酵期間を通じて酸性(pH1.85~4.2)であった。同時に酢酸と乳酸量を測定したところ、酢酸よりも乳酸が多く検出された。

 

 

 

図5 発酵小麦デンプンの製造工程

 

 

3-2.微生物叢の変化

発酵の原料、すなわち生地から得られたデンプン懸濁液は、中性でにおいもないが、発酵槽に移すと酸性となり、次第に強いチーズ様のにおいがしてくる。発酵槽の表面にも、初期には細かな気泡がみられ、発酵がすすむとみられなくなる。このような変化は微生物によるものと考えられたので、各工程で細菌、乳酸菌、カビ・酵母の生菌数を測定し、発酵過程における微生物叢を調べた。採取した試料より、中性条件で培養を行ったところ103~107cfu/mLの範囲で生菌が確認され、発酵槽と同じpH3.5の培地で培養した場合は、102~105cfu/mLとなった(図6)4)。この結果より、発酵中には数や生存比率が変化しながらも、細菌、乳酸菌、カビ・酵母の微生物が存在し、pH3.5の環境下でも増殖することを確認した。分離した微生物に対して、プロテアーゼ、セルラーゼ、アミラーゼ、生デンプン分解酵素活性のスクリーニングを行ったところ、酸性条件でも分解活性を示す株が分離された。また、PCR-DGGEの手法を用いて微生物叢の解析を行ったところ、発酵時期により検出される微生物種は異なるが、それらは発酵初日で検出された微生物に含まれていた4)。また、発酵直後から、生菌数測定およびPCR-DGGEで各微生物が検出されたことを合わせて考えると、発酵槽には酸性環境下で生育できる微生物群が存在しており、それらがスターターのような役割を果たして、発酵が進行するものと推察された。

 

 

 

 

図6 発酵過程の菌叢変化

(A)中性培地における生菌数 (B)酸性培地(pH3.5)における生菌数
棒グラフの空欄は不検出を示す

 

 

3-3.デンプンの変化

発酵によるデンプンの性状変化を調べるため、小麦生地より水洗いして分画したデンプンと発酵終了後のデンプンを用いて実験を行った。発酵後のデンプンは未発酵よりも、アミロース含量は減少し、ヨウ素吸収スペクトルの極大吸収は短波長側に移行していた(表1)5)。このことから、直鎖のアミロースは分解され、アミロペクチンの構造も減少していることが示唆された。デンプンの糊化過程における粘度挙動について、ラビット・ビスコ・アナライザー(RVA)を用いて測定したところ、発酵小麦デンプン糊液の粘度は未発酵デンプンのそれに比べて低く、最終粘度は約半分であった(表1)。このことから、小麦デンプンは発酵によりアミロースとアミロペクチンの比率が変化し、デンプンの分子構造が変化し、デンプン分子の変化に伴い糊化特性が変化、すなわち、粘度が低下し、老化しにくい性状へと変化したものと考えられた。さらに、RVA測定後のデンプン糊液よりゲルを調製し、物性を測定したところ、発酵小麦デンプンのゲルは硬さ、噛み応え、付着性のいずれの項目においても、未発酵のゲルよりも小さくなっていることが明らかとなった(図7)。また、両ゲルの内部構造を観察したところ、未発酵の小麦デンプンではデンプン粒はほとんど観察されなかったが、発酵小麦デンプンではデンプン粒が多数存在しており、久寿餅と同様の構造であることを確認した。

 

 

 

 

 

 

 

図7 発酵小麦デンプンのゲル物性

糊化特性測定後の糊液にてゲルを調製し、
テンシプレッサー(ワンバイト法、45%圧縮)にて測定した。

 

 

3-4. 久寿餅の食感形成の要因

久寿餅の原料の発酵には、約1年~2年と長い時間が必要とされている。発酵初期より発酵槽はpH4以下の酸性状態であり、発酵槽の底部に堅く堆積したデンプンの周囲の酸素濃度が低いと考えられることから、発酵中に関与する微生物は通性嫌気性細菌や乳酸菌が主体となると考えられる。実際に発酵槽から分離した菌には、それらが多く含まれていた。発酵過程における微生物叢は、発酵初日に検出された微生物が、デンプンの天地替えや加水、外気温の変化などの環境変化に応じてそれらの割合を変化させながら存在しており、発酵槽に常在する菌群がスターターのような役割を果たしているものと推察された。これらの微生物の中には、酸性下においても生デンプン分解活性やセルラーゼ活性を示すものも含まれていた。加えて、発酵槽内には比較的高い濃度の乳酸が存在していた。デンプンは強酸により分解することが知られているが、希薄な有機酸によっても分解されていることが報告されている6)7)。これらのことを合わせて考えると、発酵中において小麦デンプンは有機酸や微生物の産生する酵素により、デンプン構造が変化し、その構造変化が糊化デンプンの粘性低下や、軟らかく付着性の少ないゲルの形成に繋がっているものと考えられた。

4.久寿餅の機能性

伝統的な発酵法で作られている久寿餅は、近年、発酵食品としての機能性が注目されている。久寿餅の原料である発酵小麦デンプンの発酵過程には複数の乳酸菌が存在しており、これらは製造工程で加熱されるので殺菌されるが、殺菌された乳酸菌や乳酸菌の菌体成分は最終製品に存在する。このような久寿餅中に含まれる生菌ではない乳酸菌は、バイオジェニックスとして位置づけられる8)。バイオジェニックスとは「腸内フローラを介することなく、直接、免疫賦活、コレステロール低下作用、血圧降下作用、造血作用などの生体調節・生体防御・疾病予防回復・老化抑制などの生体に働く食品成分」として広く定義づけられたものであり、乳酸菌の機能性に関わる重要な因子である。我々が分離した際にも、Lactobacillus属の乳酸菌が複数得られており、これらの機能性については現在検討しているところである。

久寿餅の食感は、発酵させた小麦デンプンの性状に由来しているが、この独特の食感を活かし他の食品の物性改良素材としても利用できると考えている。発酵小麦デンプンは糊化後もデンプン粒が崩壊しにくいことから、ゲルのような多加水食品では粘りの少ない物性となり、加水量の少ないクッキーなどではサクサクとした食感を与える。スーパーなどで市販されている食品には、物性改良剤として様々な素材が使用されており、発酵小麦デンプンもその一つとして応用できるのではないかと期待している。

5.おわりに

日本の伝統的発酵食品である久寿餅の美味しさと機能性について紹介してきた。久寿餅の製造方法は、使用する道具の近代化はみられるものの、基本的な方法は発酵工程も含め昔ながらの方法である。和食がユネスコ無形文化世界遺産に登録されたことを機に、日本の様々な伝統的な食文化とその製法が見直されてきている。冒頭で紹介したように久寿餅は江戸で流行した菓子の一つであり、久寿餅の特性や製法を現代の技術で再検証していくことで、新たな美味しさと機能を見つけられればと考えている。

参考文献
  • 1)清水晴風、世渡風俗圖會巻七、国立国会図書館デジタルコレクション
  • 2)松本講二編、食品産業辞典改訂第九版上巻、日本食糧新聞社、p490-491(2013)
  • 3) 風見真千子、野口治子、丸山慶輔、本橋慶一、矢口行雄、入澤友啓、髙野克己、発酵小麦デンプンを原料とする久寿餅の特性、日食保蔵誌、42(4)、149-153(2016)
  • 4)入澤友啓、野口治子、内野昌孝、髙野克己、発酵小麦デンプンの発酵期間におけるデンプン粒と微生物叢の変化、日食保蔵誌、40(4)、171-176(2014)
  • 5)野口治子、丸山慶輔、本橋慶一、矢口行雄、入澤友啓、辻井良政、佐藤広顕、髙野克己、久寿餅原料である発酵小麦デンプンの性状、日食保蔵誌、42(5)、197-202(2016)
  • 6)不破英次、小巻利章、檜作進、貝沼圭二編、澱粉科学の辞典普及版、朝倉書店、p127-133(2012)
  • 7)L. Wang and Y.-J. Wang, Structure and physicochemical properties of acid-thinned corn, potato and rice starches, Starch, 53, 570-576(2001)
  • 8)上西寛司、瀬戸泰幸、乳酸菌の生理機能とその要因、調理科学誌、46(2)、129-133(2013)
略歴

平成14年3月東京農業大学大学院農学研究科農芸化学専攻博士後期課程修了(博士(農芸化学))、平成14年4月より東京大学生物生産工学研究センターにて研究員として勤務、平成21年4月より東京農業大学応用生物科学部生物応用化学科にて非常勤講師として勤務、平成30年より現職

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