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激化する食のグローバル化のなかで分岐点に立つ
食の安全と輸出強化の課題
コーネル大学終身評議員
松延 洋平

I. 概況

日本の食と農の国際化は、TPP、EU協定などの多国間協定に加えて2020年1月の日米2国間協定により一層進展することが予測されている。政府は同時に農業生産基盤強化や観光支援と併せて、海外市場への農産物・食品の輸出への奨励策の強化を迫られその実績の積み上げが求められている。

国際需給が激しく変動する予測の下で、食料安全保障に加え食文化政策、国土強靭化を進める国土施策などの視点・観点を複層化し、より高度化した弾力的な運営が求められている。

しかし、基盤の条件として、地域産業の活性化と地方創生のため民間活力による新しい発想と国際化の人材確保が不可欠となっている。

特に国、自治体、民間企業、団体におけるマネジメント人材の育成と資金・権限の適正な確保・配分の強化までが両輪の措置として迫られている。

一方、中国やその他新興国の購買力の高まりによる、海外の食市場の拡大に伴って、食の安全対策への意識も高まっており、日本の地政学的位置も産官学それぞれの領域において激しく変容する。

温暖化の影響により気象変動の幅が拡大し予測が困難になるにつれ、食料安全保障の根底を揺さぶる需給変動激化の影響も見逃せない。

米国は勿論、EU、日本、アジア諸国でもそれぞれ食品・農産物の貿易が拡大・変容し、安全対策の姿も従来の枠組みを超えて大きく変貌しつつある。

即ち、貿易・経済そして食安全は共に両輪関係を謳われながら、まさに曲がり角に立たされていることの認識を強く迫られている。

 

Ⅱ.米食品市場の拡大と安全向上制度への対応の課題
 -米国食品安全強化法:FSMAを巡る諸動向-

1)国際間あるいは地域内の紛争の緊張の高まりにも関わらず、安定した米経済動向を反映し、海外から米国へ拡大する農産物・食品の輸入の進展は目覚ましい。特に食品サプライチェーンの中で生鮮食品、健康食品あるいはバイオ食品の比重が高まる。一方このサプライチェーンの国際化・効率化に伴って企業間連携の工程共通化が進む。流通・消費の高度化・合理化/デジタル化の流れのなかで、同時に中小企業・先端企業の役割などの重要性の認識がたかまるため企業秘密の保護、食品廃棄の軽減等多様化する要請に対応して諸機関の効率化や負担の軽減化も大きな課題となっている。植物・動物(含む魚類)遺伝子組み換え食品の安全性の問題が最近までの熱い議論を経て行動計画が出され、さらにゲノム編集技術はこれから農と食の領域でも進行する課題とされている。
関連する安全対策は特にオバマ政権下で始められたFSMAを中心にその後も着実に制度整備が重ねられてきた。その最終段階でHACCP、GAPや表示制度などに加え、意図的汚染に対する食品防御フードディフェンスの制度の整備と共に実施運営の強化が図られてきている。それに伴って米国連邦諸機関等にとって負担が高まるために、2019年後半にはFSMA上の対応措置の一環として、FDA(米国食品医薬品局)、農務省、環境庁間で連帯を図る措置として規制の弾力化・情報収集・活用の強化が図られている。

2)米・欧、日本、アジアなどでの国際食・農産物貿易が拡大するグローバル化の気運が高まるにつれて、国際基準へ整合性を図る継続的な総点検が必要となる。海外食市場に対応するためのそれぞれの個別制度の整合性が確保されるようさらに努力の積み重ねが必要になる。特にそれら手続の理解が内外に十分に普及周知徹底されることが重要となるが、企業の規模、食品産業の業態、地域性、言語などが高い運営上の障壁として難易度も変化する。
価値多様化時代を反映して技術・経営革新、消費者ニーズの変化が進むにつれて、地域性・伝統性、さらに新規性の評価も加わる。新興企業を代表する中小規模(特に大手グループ系列外の)食品企業にとっては同時に、情報保護などの課題となって行く。民間企業側にとっては、複雑化する手続きの負担は課題となるが、証明、認証さらに検査・査察の業務に当たる輸出・輸入の関係諸機関が相互理解を深めるべき貿易円滑化への課題である。

Ⅲ. 従来の所管枠組みを大きく超えた改革機構の設置
 -農水大臣を本部長『農林水産物・食品輸出本部』が来る2020年4月1日START-

(本部員:総務、外務、財務、厚労、経産、国交の6大臣など)

わが国の『農林水産物及び食品輸出の促進に関する法律』が昨年成立(2019年11月)した。この法律では、農林水産省を農林水産物・食品輸出本部として、
1)輸出を促進するための施策の基本方針
2)輸出先国の輸入条件について輸出先国の政府機関との協議
3)輸出入のための手続きの整備(認定認証などの証明制度)
4)事業者への支援など輸出促進措置・事業計画
などが定められることである。さらに今国会において、その他、輸出に関連する知的財産保護制度例;種苗法改正、和牛精液輸出管理法制などが提出される予定となっている。

まさに重大な成果を期待しての、従来にない大きな枠組みの組み替えだけに、『財政支援対策には十分以上の配慮はしてあり、これからはかつてないその重大な役割を担える人材の層が確保できるか否かの問題が残る』とする声が立法府自体の中からも挙がっている。

Ⅳ.オリンピックとわが国の食品市場、産業に与える影響

オリンピック・パラリンピックは4年毎に開催される世界最大の祭典であり政治ショウともいわれる。世界各国から参加する選手以外に観戦や観光目的に集まる人々の数は極めて多く従って従来の大会ごとに食への影響も少なからざるものがある。特に記者集団・メディアはグロ―バル化の諸動向に敏感でありそこから発信される評価はその後も厳しい影響を伴い拡大していく可能性がある。

1)まず、前回の1964年東京オリンピックに事例を見て行こう。戦後復興から立ち上がったばかりの日本において、かつてない多数の競技者、記者、観光客を受け入れられる水準の西洋料理の人材が果たして居るのか!?日本の食材は安全かどうか!?など、今からは考えられない状況であった。当時の帝国ホテルの世界的に著名な料理長。そして、最大株主の日本冷蔵(現・ニチレイ)社が、その後日本で当時始まったばかりの冷凍食品がそこから一挙に国内海外に信頼を勝ちとるきっかけを作った戦略的成功はよく知られていることである。

2)2008年北京大会では、大会直前に、中国からの輸入ペット食品の汚染による大量のペット事故が発生していた。米国はこの機会を捉えてFDA、FBI等の連邦出先機関を中国本土大都市に設置を強く要請し、中国側の抵抗にも拘わらず以来これ等連邦機関が検査・査察等の業務の一部を行っている。国レベルの安全活動に関する立法措置自体の整備(自治体レベルの安全対策は遅れがちであるが)も以後進展している。

3)2012年ロンドン大会で定められた食品調達基準制定(HACCP、有機食品、CAGE-FREE動物愛護など)は、欧州の価値観を強く反映しているものと言われるが、次回のリオ大会でも基準として遵守されたことからも以後国際的な基準として普及が進むこととなり、その後の影響は多大である。

4)2020年夏の東京オリンピック・パラリンピック大会における食の市場・産業への影響が当初からおおむね水面下で議論されてきて今日に至る。
食品調達基準(生産・加工、流通、外食調理等)への対応の国内状況は複雑・多様であり、その影響についての予測には差があり見解が分かれる。日本の食文化、特に調理サービスについて、和食ユネスコ無形文化遺産登録など世界で熱い関心が広がり、観光の目玉とさえなっている今大会では、『安全・安心』などの海外から信頼は決して低いものではない。食品の安全について欧米的基準のうち、HACCPなど一応の中小企業での普及を急遽進めてきた。しかしながら、有機食品について一周り遅れたレベルにあるとされて、特にその乖離に最も懸念が集まる。そこで、有機栽培の促進へ補助制度が急遽設けられ、現在は順調な活用が進みつつあり、今後の成果向上が期待されている。しかし関連認証制度などで地域性が残り、第三者認証の複雑さ、経済負担の克服は容易に進み難い。

  
  

Ⅴ.産業の競争力・規模と科学基準、そして、和食・日本食のビジネスと文化伝統

1)産業の競争力に影響の強い関税交渉や貿易上の手続き、安全に係る科学基準の調整措置などの紛争処理にWTOが大きな役割を果たしてきたが、その機能が不全状態になりつつある。今後は産業別、規模別、グループ集団別の競争力を反映し利害関係がより強く介入することが増え、複層化の度を増していくことが懸念される。当然、人獣共通の感染症による国境を越えた防疫問題は保健・生活の維持に脅威となり、経済活動の後退などの難課題をもたらす可能性が強まる。

2)和食・日本食文化のユネスコ認定の恩恵もあって日本の食文化とビジネスは『安全性への信頼』に支えられて「COOL JAPAN」の人気の1つとして海外各国に順調に展開している。現在の存在感に満足せず先を見越しつつ、この流れを維持することに多大の努力をそそぎ、継続することが重要である。

3)食と農の文化の担い手としての役割に鑑み農業・農村・中山間地帯と日本の伝統食等を護ることが求められ、さらに地産地消、環境保護等の新しい世界的な要請の流れにも対応する必要がある。この分岐点に差し掛かって、官と産・学の国際交流と文化の相互理解の関係者の深化の努力はまだ始まったばかりといえよう。我が国から海外へまた海外からの、ひと、もの、文化/機会の激しい交流が複雑に交差する十字路(CROSSROAD)の見護り・保全の役割が求められている。即ち今後、食品・農産物・サービスビジネスの円滑な輸出・輸入に資するため多様な国際的産官学が共存する場を担うことが期待されている。

  

Ⅵ.終わりに;今後の課題として

筆者は長年にわたって海外の産官学との交流の体験を持つ。特に米国のFDA、食品産業団体、CORNELL大学やGEORGETOWN大学法科大学院など交友関係は貿易と安全という大きなテーマに取り組むための貴重な基盤となっている。さらに食と農に係る現場観察の成果も加えて、今後予想される事項を敢えて私見を加え以下参考に供し提示したい;

1)食そして農の関連領域はますます広がり多様化し、民営産業化や科学技術の進歩、生活スタイルの変革により最近は、特にその速度が加速されてきている。しかし我が国の場合は技術的課題の国際化が進むにも拘わらず学会や業界間の国際交流も、そして海外の消費者団体間のコミュニケーションも乏しいままである。

2)地理的に孤立してきたからこそ個性的な文化が生まれ独自性が有利性を創造してきている。しかし海外との競争が激化したとき、安全性も含めた日本の食と農の特殊性は当然 薄まり貿易上の有利性も消失する。

3)JETRO・農水省・厚労省の支援・共催により対米輸出手続説明の大シンポジウムが数度も開催されている。そこへ我が国には直属の出先組織を持たないFDAから会場に招聘され訪日した現場検査食品工場査察などに当たる多数の専門家集団が説明・解説などに当たる。しかし農と食の背景(製造・流通・消費)や安全に係る現場の課題は詳細かつ厳格な技術的事項等にもわたるため果たして効果を上げ得たのか双方に曖昧さを残す状況に終わらざるを得ない面をその度に筆者などは感じていた。

4)そこでその後筆者は説明に当たった専門家たちをワシントンの本部に訪問し反応を確認する機会を自ら設けてきているが、日本の独自性をも理解するための格段の工夫が必要になっていることを彼ら自身が感じている。コミュニケーション円滑化のための新しい機構本部の機能に期待されているところは実に大きいものと感じている理由がそこにもある。

 

5)『消費者の部屋』(農水省内の改設初代の担当課長である筆者は、省内のみならず厚労、経産など他省庁からも好意的な支援を得てスタートに当たった。以後30年以上存続)は地域の産業・文化・工芸などコンテンツが豊かに実物展示され他領域の専門家、消費者や学生など、さらに外来者、インバウンドの観光客にも広く開かれた地方自治体への従来のタイプと異なった窓口ともなっていくことが期待されている。
【参考】;政府は、本年2020年は、外国人旅行者訪日客4千万人、食料輸出総額1兆円目標と並行して、消費額を8兆円と目標設定し、その実現を図るため措置を多数講じている。

  
略歴

コーネル大学評議員会 終身評議員
元首都大学東京大学院(人間健康科学研究科)客員教授(2018年3月まで)、その他青山学院大学、愛媛大学など
元GEORGETOWN大学法科大学院客員教授(1998年以降)

 

・東京大学法学部卒業後、FULBRIGHT留学制度によりコーネル大学経営学大学院留学。;農林水産省にて種苗課長、消費経済課長、官房地方課長などを歴任し、その間知的財産権制度、即ち植物新品種育成者の権利制度創設の中核役を果たす。その他、内閣広報審議官(経済産業・貿易・科学技術)、国土庁水産資源担当審議官を経て退官。その後、全国食品業界団体等に勤務。

・長年、欧・米・アジアでの産官学の人脈・情報ネットを構築し、食と農と生活のビジネスと安全確保の視点から、農産物・食品の生産・加工・流通・貿易等の諸制度に関連する知見と豊富な人脈とを蓄積する。

・最近は先端的生物・IT関連システムとその多面的な展開と産業化の観察を基にして海外・国内の産業・経済情勢と研究・技術動向の分析・予測に力点を置く。特に具体的な危機管理の対応において動的な食・農の枠組み・制度化を巡る学術的な裏付け・実践の融合を訴える。

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