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ヘッドスペースガスクロマトグラフ分析法
一般財団法人 食品分析開発センターSUNATEC
第二理化学検査室

歴史

「ヘッドスペース」とは、ここでは密閉容器内の液体または固体サンプルの上または周囲に形成される蒸気あるいは気体として定義される用語であり、ヘッドスペース法は、サンプルのヘッドスペースを採取して分析するためのサンプリング手法といえる1)2)

ヘッドスペース法は、現在ではもっぱらガスクロマトグラフィー(GC)と共に使用されるが、サンプリング手法としてのヘッドスペース法に着目し、その開発の歴史を眺めれば、その始まりには飲酒運転の摘発のための研究があり、また、食品分野での様々な研究と共に発展してきたことがわかる。

自動車が普及し始めた1920年代以来、欧米ではアルコール飲料が原因となる重大死亡事故が多発し、飲酒と運転を切り離すことが急務となった。1920年代初頭にルンド大学のWidmarkは血液サンプルを改造した三角フラスコ内で加熱し、気相に配置した重クロム酸塩溶液と反応させ有機揮発性化合物の量を測定した。血液中、あるいは呼気中のエタノール濃度の測定法は、法医学分野での使用にかなうよう、より正確で、迅速な方法が常に求められていた3)

1950年代末期には感度の高い水素炎イオン化型検出器などが登場し、密閉された食品容器内のガスの組成、あるいは食品やフレーバー中の微量の臭気化合物を調べるためにGCが盛んに用いられるようになった。1960年にマコーミック社のStahlは缶容器の上部のガスをGCに導入したが、このとき初めて「headspace」や「headspace analysis」という用語を使用したとされる。この研究の同時期に開発されたBeckman社の「Head Space Sampler」(写真1)は、ポーラログラフ式酸素センサーに直接接続され、主に酸素を測定するのに使用されたが、別の分析装置に導入するためシリンジでガスを抜き取ることも可能であった4)

 

 

写真1:Beckman Expanded Scale pH Meter, Oxygen Adapter, and Head Space Sampler [Cited from Courtesy of Science History Institute]※左より、pHメーター, 酸素アダプター, ヘッドスペースサンプラー。”酸素アダプター”を用いることでpHメーターを酸素濃度計として使用することができた。

 

一方、血中エタノール濃度の測定の方法として、法医学者たちもGCに興味をもったが、血液に大量に含まれる不揮発性成分が問題となった。揮発成分を測定するためのGCに不揮発性成分を注入すると、注入口やカラムを汚してしまい頻繁なメンテナンスが必要になる。1960年代初頭、Machataはプレカラムを用いて測定する方法を開発したが、ヘッドスペース法を使用した方法の検討も続け、1967年には企業の協力の下、世界初の自動ヘッドスペース-GCシステムを開発した4)。現在でも、警察や科学捜査機関で尿や血中のエタノール濃度を調べる際には、簡便なヘッドスペース法が用いられる4)5)

 

用途

 

現在ヘッドスペース法は、医薬品・食品添加物中の残留溶媒の測定、あるいは水中の揮発性有機化合物 (VOCs)の測定など、医薬品・食品分野から環境分野においてまで幅広く採用されている。国内外のヘッドスペース法を用いた出典のある方法について簡単に以下にまとめた(表1)。また、迅速性、簡便性などの利点から、科学捜査において毒劇物の検出にも使用されている6)

 

表1:ヘッドスペース法の利用

対象化合物 対象試料
日本 塩化ビニルモノマー、四塩化炭素、1,4-ジオキサン、ジクロロエチレン、ジクロロメタン、トリクロロエチレン、ベンゼン、ジェオスミン、ヘキサンなど 工業用水及び工場排水、水道水、公共用水域の水、地下水、食用油脂など
アメリカ合衆国 塩化ビニルモノマー、四塩化炭素、ベンゼン、アセトニトリル、N,N-ジメチルホルムアミドなど 水、廃水、土壌、堆積物、医薬品など

 

ヘッドスペース法の種類

ヘッドスペース法の方法はさらに3つに分類し記述される場合が多い。

 

静的ヘッドスペース法(Static Headspace Sampling)

液体、あるいは固体の試料を密閉バイアルに入れ一定温度で保持する。測定対象化合物を含む揮発性化合物は試料から気相に、あるいは気相から試料に移行し続けるが、適切な時間が経過すると試料-気相間において平衡状態となり、この間の気相中(および試料中)の化合物の濃度は一定になる。この状態の気相をサンプリングするため、静的ヘッドスペース法と呼ばれる。後述する2つの方法よりも測定感度は劣るとされるが、定量性に関しては最も安定しているという報告もある1)7)。また、加熱脱着による副生成物の発生5)8)や、抽出相の化学的性質に由来する化合物間の抽出効率の差がなく、“自然な”化合物存在比の気相を機器に導入できるため、後述の方法よりも適している場合がある。

 

動的ヘッドスペース法(Dynamic Headspace Sampling)

液体、あるいは固体の試料を密閉バイアルに入れ、そこに不活性ガスを流すことで、揮発性化合物を連続的にパージする。測定対象化合物は大量の不活性ガスで希釈され、そのままでは機器に全量注入できないため、吸着剤あるいは冷却することによって捕集(トラップ)、濃縮される。この方法はパージ・(&)トラップとも呼ばれ、わが国でも水質検査などに公定法として採用されている。静的ヘッドスペース法は、試料-気相間の平衡状態における気相の一部のみを機器に導入できるが、動的ヘッドスペース法ではトラップ技術を使用することで、より多くの試料を機器に導入できるため高感度に測定することが可能である。

 

ヘッドスペース-固相マイクロ抽出法(Headspace-Solid Phase Microextraction:HS-SPME)

ウォータールー大学のPawliszynによって90年代初頭に開発されたSPMEは、固体の担体に塗布した少量の抽出相を試料にさらし、測定対象化合物を抽出相に捕集した後、抽出相を溶媒抽出したものを、あるいはGC注入口で直接加熱脱着させるなどして機器に導入するサンプリング・抽出法である。抽出相を液体の試料に直接浸漬する場合もあるが、試料を入れた密閉バイアルのヘッドスペース中に設置する場合もあり、これをHS-SPMEと呼んでいる。静的ヘッドスペース法より感度が良いとされるが、抽出相への捕集は、抽出相-試料間の平衡状態に達した時点で終わり、動的ヘッドスペース法に比べると感度の上昇は限定的である。また、一般的なファイバー型の固相(写真2左)は、通常のGC注入口で加熱脱着を行えるため、追加の装置等が要らず好まれる。わが国では水質検査において、ジェオスミン及び2-メチルイソボルネオールの検査法として採用されている。

また、スターラーバー(撹拌子)の形状やその他の形状のものも以前からよく知られている(写真2右)。これらは吸着した成分を脱着させるために、ガスクロマトグラフの注入口に専用の加熱脱着装置を取り付ける、あるいは少量の溶媒で抽出する必要があるが、ファイバー型のものよりもはるかに多くの固相を使用することができるため、高感度な測定が可能である。

 

写真2:一般的なSPME (左), 様々な形状の固相 (右)

 

食品分野において

食品に関する検査においては、食品添加物の規格試験で用いられるほか、香料や増粘安定剤についての適用例が報告されている9)10)。ヘッドスペース法は試料中の測定対象化合物を直接測定するのではなく、ヘッドスペース中に移行した量を測定しているので、元試料中の化合物の量を定量する際には注意が必要である。

ヘッドスペース法において、特に静的ヘッドスペース法では試料中のマトリックスの影響により、標準液と試料のバイアル内の2相間(標準液-ヘッドスペース、あるいは試料-ヘッドスペース)の平衡が異なり、標準液および試料に測定対象化合物が同じ量含まれていたとしても、ヘッドスペースに移行する量は一致せず適切な定量ができない。その他にも、標準液と試料からの、対象化合物のヘッドスペースへの拡散速度が異なることなど、定量分析上の様々な問題が報告されている2)

そのような理由もあり、ヘッドスペース法を用いた定量分析では、絶対検量線法(外部検量線法)を適応することが難しいため、水質検査や清涼飲料水中のベンゼンの検査では、内部標準法が用いられている。また、先に挙げた適用例9)10)では、試料に段階的に標準液を添加して作成した、添加量-ピーク面積値の回帰線のx軸切片から試料中の濃度を求める方法が、さらに医薬品を試料とするUSP(米国薬局方)の方法では、既知量の標準液を試料に添加したものと、添加しない試料のピーク面積値差から元の試料中の濃度を求める方法が採用されている。このような試料に標準液を添加して定量する方法を標準添加法という。標準液と試料のバイアル内の平衡状態を近似できるため、理論上最も確実な方法といえるだろう。

 

参考文献
  • 1):ぶんせき, 12, p.116-121 (1987)
  • 2):Static Headspace–Gas Chromatography: Theory and Practice, Second Edition (2006)
  • 3):One for the Road: Drunk Driving Since 1900 (2011)
  • 4):LCGC North America, 20(12), p.1120-1129 (2002)
  • 5):Seton Hall University Dissertations and Theses (ETDs): Determination of Partition and Activity Coefficients Using Headspace- Gas Chromatography (2009)
  • 6):分析化学, 56(12), p.981-991 (2007)
  • 7):福岡県保健環境研究所年報, 35, p.71-76 (2008)
  • 8):Journal of Chromatography A, 402, p.95-103 (1987)
  • 9):食品衛生学雑誌 45(6), p.302-306 (2004)
  • 10):日本食品化学学会誌, 16(2), p.78-83 (2009)
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