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感情労働からみる働き方改革
一般財団法人 食品分析開発センターSUNATEC
理事長 西中 隆道

 

 

新年あけまして、おめでとうございます。

日頃よりSUNATEC e-Magazine(サナテックイーマガジン)をご愛読賜わり、心からお礼を申し上げます。令和になって初めての新年を迎えるにあたり、働き方改革について、改めて考えてみたいと思います。

初めて知った感情労働

働き方改革についてお話させていただく前に、少し労働スタイルについて話をしたいと思います。これまでの労働スタイルは、「ブルーカラー」「ホワイトカラー」という表現があるように、「肉体労働」と「頭脳労働」の二つに大別されるというのが一般的な考え方でした。特に肉体労働では「体力」が求められてきましたし、また頭脳労働であれば「判断力」や「知識・企画力」が要求されてきました。

しかし、今から4年ほど前になりますが、わたしは「感情労働」という言葉と初めて出会いました。それは、ある医学誌を読んでいる時に眼に留まった言葉で、とても新鮮に感じられた記憶があります。

この言葉は、米国の社会学者アーリー・ホックシールド氏によって「肉体労働」「頭脳労働」に続く第3の労働形態として提唱されたもので、相手(顧客)の精神を特別な状態に導くために自分の感情を誘発し、あるいは抑圧することを職務にする、精神と感情の協調が必要な労働だということでした。ホックシールド氏によれば、具体的には旅客機の客室乗務員をはじめとする接客業、営業職、医療職、介護職、カウンセラー、オペレーター、教職などが感情労働に含まれるとのことです。

そういえば飛行機を利用すると、客室乗務員はどんな時でも、またどのようなお客さまに対しても、笑顔を絶やさずに接してくれます。たとえ飛行機が積乱雲に遭遇し乗客が不安な気持ちでいっぱいになったとしても、まったく動じることなく冷静でいます。また具体的な職種の例には挙げられてはいませんが、テレビなどに登場する芸人さんも、両親が亡くなった日であってもステージ上では感情を抑えてお客さまを笑わせようとします。

そのように考えると、あらゆる職種で多寡はあったとしても、感情労働を強いられるような気がします。現在日本では、感情労働に従事する労働者の割合は労働者全体の70%を超えたという報告もあります。これは世界的に見ても、わが国が短期間で感情労働の超先進国になってしまったということです。おそらくは、これからも人間関係を主とする仕事が大きなウエイトを占め、ますます労働者の感情を商品として提供する労働が求められる時代になっていくのではないでしょうか。しかも、「AI化」が進めば進むほど、人間でなければできない仕事として「感情労働」に携わる人が増えていきます。それに合わせて、精神的なストレスが増える仕事が、劇的に多くなっていくのではないでしょうか。もしかしたら、「感情労働」という言葉も時代の流れの中で生まれてきた言葉なのかもしれません。

お客さまは神さま

今から約半世紀ほど前に、三波春夫という浪曲師でもある歌手がいました。三波春夫といえば「お客さまは神さまです」というフレーズがすぐに思い浮かぶ人も多いかと思います。当時は非常にインパクトがあり、今でもわたしの心に強く残っています。わたしには、このフレーズが近代社会における労働スタイルに今なお多大な影響を及ぼしているような気がしてならないのです。

当時の三波春夫は、「私は唄う時は、神前で祈るときのように雑念を払ってから唄います。そうやって芸をお見せしないと完璧にはできないからです。だから、お客さまを神さまと思いながら歌を唄います。それは、お客さまを歓ばせることが絶対条件だからです」と、当時このような話をインタビューでされています。

ところが、この話をきっかけにして、漫才トリオのレツゴー三匹が、テレビや舞台で「三波春夫でございます。お客さまは神さまです」というフレーズを流行語にさせたのです。それ以来、お客さまの前では何を言われても我慢しなければならないという間違った意味で定着してしまったようです。

近年では、お客さまから求められるサービスの水準は年々高くなっており、働く人の心と身体はますます疲弊するばかりです。お客さまを喜ばせることはもちろん大切なことではありますが、だからといってお客さまを神さまのように崇め、お客さまの言いなりになりなさいとは誰も言ってはいません。働く人も、お客さまの喜ぶ姿を見て、幸福感で満たされなければならないはずです。

働き方改革を進めるうえで

今日、働き方改革という言葉が全国的にも浸透し、多くの企業や事業所で取り組みが始まっていますが、果たしてほんとうに働く人すべてが幸せになれるかということです。周囲から聞こえてくる言葉は、時間外労働の短縮やサービス残業の廃止、有給休暇取得や同一労働・同一賃金の問題、さらには生産性の向上など、なんだか細部の話が多いように思えてなりません。働き方改革は誰のためのものかと考えた時、一番は、働く人すべてが幸福感で満たされ、長く生き生きとやり甲斐をもって働けるようにすることではないかと思うのです。

そのためには、感情労働をいかに軽減させられるか、このことも大切な問題として考えていくべきではないでしょうか。今や頭脳労働においても肉体労働においても、AIやロボットが取って代わる部分が増えてきましたが、まだ人間が行っている、そして人間でなければ行えない感情労働においては、多寡を問わず大きなストレスが伴います。感情をコントロールしながら仕事をすることは容易ではありません。特に相手(顧客)に見せる感情と、自分の感情とのギャップが大きすぎると人はとても強いストレスを感じてしまいます。それが継続的あるいは持続的ともなれば、必ず心と身体が疲弊し、健康へも悪影響を及ぼします。それは働く人にとって不幸であるばかりでなく、職場にとっても大きな損失となります。あくまでも仕事は楽しくすべきものだと思います。わたしは、働き方改革を成功させるためには、「感情労働」にも配慮した取り組みが大切なことではないかと思っています。そこに視点をおいた働き方改革が進められれば、必ずや働く人が幸福感を得ながら生産性の向上にも繋がっていくと思っています。その結果、働く人すべてが長く生き生きと遣り甲斐をもって働き続けることができるはずだと信じます。

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