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水産物を味噌状に発酵させた「さかな味噌」

地方独立行政法人 北海道立総合研究機構

食品加工研究センター

研究主査 濱岡 直裕

1.はじめに

日本には伝統的な発酵食品の文化がある。発酵食品には、酵母を用いて発酵させるもの、乳酸菌を用いて発酵させるもの、細菌の産生する酵素を利用するもの、そしてこれらを複合的に組み合わせて発酵させるものなど、様々な形態がある。大豆の発酵食品である味噌や醤油、米を主原料にした日本酒などは、微生物そのものによる力と、細菌の産生する酵素を同時に利用するため、酵母を利用するウイスキーなどの酒類や、乳酸菌を利用する乳の発酵食品である発酵乳などと比べるとかなり特徴的な発酵食品と言える。

水産物を素材に用いた発酵食品にも様々な形態が知られている。伝統的なものとしては、塩辛、くさや、しょっつる、馴れずしなどが知られている。ただ国内での生産量はそう多くはなく、最も一般的な塩辛を例に上げても年間4万トン程度の生産規模である[1]。また、魚醤やナンプラーなどは水産物を原料とした醤油ともいえ、東南アジアの食卓には欠かすことのできない食材であるが、我が国での消費量は限られている。一方、水産物を原料にした味噌状の発酵食品はほとんどないが、我が国では古くから大豆や米由来の味噌に慣れ親しんでいる。魚醤やナンプラーの場合、製造の最終段階で濾過をすることが多く、そのため残渣が生じるが、味噌状の製品の場合、製造した全てが食用となり得るため、残渣が生じない利点もある。

そこで、新しい水産発酵食品を創出するにあたって、基本の製品コンセプトを、魚醤油があるならば、味噌も製造可能ではないかとの推測のもと、麹と酵母で発酵させた味噌状の製品とし、その主原料としてホタテ卵巣を用いた。

2. ホタテ卵巣の発酵醸造

主副原材料の配合比率は、日本の発酵食品の代表格である米味噌と、水産物の発酵食品として代表的な魚醤油の製法を基礎に設定した。発酵を安定させるため、酵母および麹を使用することとし、幾つかの事前検討結果を参照して、配合比率は、ホタテ卵巣、米麹を重量比で3:1とし、食塩を9.1(w/w)%となるように混合した[2]。

米麹は麹菌株Aspergillus oryzaeを蒸煮した米に生やした業務用味噌醸造用甘麹を使用し、酵母はZygosaccharomyces rouxiiを所定の濃度に調製された市販の業務向け味噌醸造用酵母培養液を使用した。

ホタテ卵巣は、含まれる可能性のある微生物および自己消化活性を死滅および不活性化させるため30分間蒸煮した。放冷後、チョッパーを用いて挽肉状にし、米麹、食塩および酵母液を所定の混合比に合わせて加え、寸胴鍋に詰めた。醸造は30℃で行った。

この新規発酵食品の発酵状況を、微生物の変化から解析した。定期的にサンプリングした発酵醸造物の一般生菌数は、発酵中に急激に減少し、発酵14日以降ではほとんど検出されない程度まで低下した。一方、酵母の生菌数を調べたところ、発酵期間初期の生菌数は106 cfu/g前後を維持し、発酵63日まで104 cfu/g以上を保持していることが明らかになった。醸造初期に微生物叢の中で酵母が支配的となることで他の細菌の増殖を防ぎ、発酵に良好な環境となっていることが考えられた。

次に醸造物の遊離アミノ酸量を測定したところ、発酵に従いほとんどの遊離アミノ酸は増加し、特に発酵開始2週間で顕著に増加していることが示された(表1)。遊離アミノ酸の総量も初発の約640 mg/100 g試料に比べて、発酵63日においては約4,000 mg/100 gとなり6倍以上に増加した[2]。米麹のプロテアーゼによるタンパク質の分解が発酵初期に行われていることが明らかになった。

 

表1 発酵期間中の遊離アミノ酸 (mg/100 g sample)

 

特徴的なアミノ酸として、旨味のもととなるグルタミン酸やアスパラギン酸を非常に多く含み、一般的な米味噌[3]と比較すると、米味噌と同等かそれ以上にしっかりとした食味であることが分析値より明らかになった。また、甘味のアミノ酸であるグリシンの含量が非常に高いことが明らかになった。官能評価では素材の風味が生きて良好なこと、原料に由来した食味が現れている等の評価が示されており、本研究で開発したホタテ卵巣発酵食品が風味豊かな食品であることが確認された。これらのことから、大豆を使用しない味噌様の食品として、実用化も期待できる結果となった。

次に、有機酸組成であるが(表2)、コハク酸、酢酸、クエン酸など多くの有機酸量は、発酵開始直後に急激に増加しており、遊離アミノ酸とほぼ似たような推移を示すことが明らかになった[2]。一方で、ギ酸や乳酸はほとんど検出されなかった。乳酸、酢酸は乳酸菌が生成し、また酵母が増殖するとコハク酸が増加するとされている[3]。これらの数値からは、本研究で製造した製品では、酵母が良く増殖する一方で、乳酸を主に産生するタイプの乳酸菌はあまり関与せず、酢酸を産生する一部の乳酸菌が有機酸組成に関与したと推測された。

 

表2 発酵期間中の有機酸 (mg/100 g sample)

 

3.脂質の酸化安定性

ホタテ卵巣は高度不飽和脂肪酸のエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)を含む。高度不飽和脂肪酸は、二重結合に挟まれたメチレン基を複数有するため、各種フリーラジカルの攻撃を受けやすい。この攻撃を介して高度不飽和脂肪酸は酸素と容易に反応し、風味劣化や毒性成分の基になる酸化物を生ずる。EPAやDHAはこの活性メチレン基をそれぞれ4個と5個有するため、極めて酸化されやすい[4]。したがって、EPAやDHAなどの高度不飽和脂肪酸の酸化を完全に防ぐのは非常に難しいのが現状である。

ところが、本研究でホタテ貝卵巣を主原料にした新しい発酵食品を製造したところ、約2ヶ月間の発酵後においても酸化油臭が感じられないことを官能評価で見出した。これは、本製品に含まれる脂質が酸化されていない可能性を示唆するものである。そこで、本製品に含まれる脂質の酸化安定性について検討した。

醸造開始後定期的にサンプリングした各試料から抽出した脂質について、発酵中の主な脂肪酸組成の変化を分析した(表3)。本研究で製造した発酵醸造物の脂質には、EPA(20:5 n-3)が15.53 wt%、DHA(22:6 n-3)が6.70 wt% 含まれていることが明らかになった[2]。

 

表3 発酵期間中の脂質に占める各脂肪酸量

 

一方、このEPAやDHAの含量は発酵中ほとんど変化せず、酸化による減少は発酵期間中起っていないことも明らかになった。通常、EPAやDHAは、本研究での発酵温度下では、酸化されることが想定されたが、これらのn-3系高度不飽和脂肪酸がまったく酸化されていないことが示された。

そこで、発酵経過中のEPAやDHAの高い酸化安定性が、発酵物中の何らかの抗酸化成分が関係するものなのかについて検討した。まず、本発酵物中の抗酸化性物質の存在を確認するため、そのDPPHラジカル消去活性を測定した[5]。測定の結果、本研究で製造したホタテ貝卵巣を主原料とした発酵醸造物は、発酵が進むに伴い抗酸化活性が上昇していくことが明らかになった(図1)。発酵に従い蛋白質の分解が進み、種々のペプチドや遊離アミノ酸が増加することは良く知られている。これらのタンパク質分解物には抗酸化活性のあることが知られており、こうした成分がDPPHラジカル消去能の発現に一部関与していると考えられた。

 

図1 発酵醸造物のDPPHラジカル消去活性の変化

 

次に、抽出脂質中のトコフェロール量を測定したところ、α-トコフェロールは、発酵前では23.4 mg/100 g TLであったが、発酵が進むことに伴い含量が増加し、発酵63日後では43.8 mg/100 g TLまで増大することが明らかになった。五訂日本食品標準成分表では、ホタテ貝(生)にはα-トコフェロール量は0.9 mg/100 gと示されており、本研究での発酵前に検出されたトコフェロールの起源はホタテ由来であると考えられた。一方、発酵中にトコフェロール含量は2倍またはそれ以上となり、この増加が発酵過程での抗酸化活性の増大とEPAやDHAの安定化と関係していると推測できた。

本研究で製造したホタテ貝卵巣を主原料とした発酵醸造物では、酸化されやすいとされるEPAやDHAといった高度不飽和脂肪酸が酸化消失されずに保持されていること、また、この醸造物自体に抗酸化活性が認められることが明らかになった。また、この製品から抽出した脂質には、トコフェロールが含まれていることが明らかになり、これら抗酸化性物質による脂質の酸化安定性の可能性が考えられた。

4.地場産品「さかな味噌」

本研究で明らかにしたホタテ卵巣発酵物「さかな味噌」の特性は、水産物から製造した発酵食品の新たな特性解明にもつながる。また、この製造方法は低利用の水産物を用いた新たな地場産品の創出にも寄与できると考える。現に本研究で開発した技術は実際の製品製造に用いられている。

高度不飽和脂肪酸に富んだ水産資源を喫食することは、生体の恒常性維持に寄与できるだけでなく、疾病予防に極めて有効であると考えられている。高度不飽和脂肪酸を発酵食品の形態にすることにより、酸化による分解を回避して、長期間安定に維持できることを本研究では明らかにしたが、これにより、生体にとって重要な栄養素である高度不飽和脂肪酸の安定で安全な新たな供給法を示すことができた。

水産物を発酵させ、含まれる成分に新たな機能を持たせるという本研究のコンセプトは、未利用低利用の水産資源や廃棄される水産資源の有効活用にも大きく資するものであり、資源の有効活用と廃棄物量の減少にも寄与できると考えられた。

 これまでにない新しい食感を持ち、新感覚の調味素材として利用用途の広い「さかな味噌」が新しい地場産品として根付くことを期待したい。

参考論文
  • [1] 藤井建夫,魚介類の保蔵から生まれた発酵食品、日本食品保蔵科学会誌, 245-252, 25 (1999).
  • [2] Naohiro Hamaoka, Junki Shimajiri, Masayuki Abe, Masashi Hosokawa, Kazuo Miyashita, Oxidative stability of lipids rich in EPA and DHA extracted from fermented scallop ovary, J food sci., 78(9), C1348-53 (2013).
  • [3] 全国味噌技術会、みそ技術ハンドブック (1995).
  • [4] 日本油化学会、油脂・脂質の基礎と応用(改訂第2版) (2009).
  • [5] Airanthi MK, Hosokawa M, Miyashita K, Comparative antioxidant activity of edible Japanese brown seaweeds, J Food Sci, 76, C104-C111 (2011).
略歴

博士(水産科学)(北海道大学)

1997年より北海道立食品加工研究センター、うち1999年より2000年までタフツ大学加齢栄養学研究センター、2010年より(地独)北海道立総合研究機構 食品加工研究センター。

現在、微生物探索、微生物利用、食品衛生の分野で研究活動中。

 

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