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地域食材の地理的表示(GI)保護制度とカシスの健康機能性
弘前大学農学生命科学部 准教授
弘前大学地域戦略研究所食料科学研究部門 兼任教員
前多 隼人

1. カシス日本一の生産量の青森県と地理的表示(GI)保護制度

カシス(Ribes nigrum L.)は、ニュージーランドやヨーロッパ、カナダなど比較的涼しい地域で栽培されている果実である(図1)。英語ではブラックカラント(Blackcurrant)と呼ばれる。青森県での生産量は16.9トンで、全国の約84%を占め日本一の生産量を誇る(2015年農林水産省統計 フサスグリより)。青森でのカシス生産が盛んである理由は、日本でのカシス栽培の発祥の地であるためである。1960年代に当時の弘前大学農学部の望月武雄教授がドイツを訪問し、リンゴの研究機関や農場に立ち寄った。その時、リンゴと同じ農場に植えられていた果樹がカシスであったそうである。リンゴ栽培に適した気候や土壌ならばカシスも生産できるのではないかと考え、苗を取り寄せて栽培を開始したのが始まりとされる。

農林水産省では平成27年度から地理的表示(GI:Geographical Indications)保護制度の導入を開始した。GIとは地域で長年育まれた特別な生産方法によって、高い品質や評価を獲得している農林水産物・食品の名称を、品質の基準とともに国に登録し、知的財産として保護する制度である。海外では既にGI保護制度が広まっており、農林水産物を出荷する際の産地を証明し、ブランドの価値の維持と消費者への偽物や粗悪品の流通を防ぐことに役立っている。ワイン、チーズ、ハム、ソーセージ、オリーブ、ビール、パン、果物、野菜など様々な食品が認定されている。例えばフランスのシャンパーニュ地方のスパークリングワインのシャンパン、フランスのロックフォールチーズ、イタリアのバルサミコ酢などが挙げられる。食品や農林水産物の衛生管理や質を保証する認定としては、HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point )や GAP(Good Agricultural Practice)などが日本国内でも広まってきた。GIは地域産品を知的財産として保護し、生産業者の利益の増進と需要者の信頼の保護を図る制度である。このGIの記念すべき登録第1号に、青森市近郊で規定に従い生産された「あおもりカシス」が認定されている。同時期に「夕張メロン」、「神戸ビーフ」、「鹿児島の壺造り黒酢」などが認定され、令和元年6月現在では全国で82品目に増えている1)

 

図1 生産量が日本一の青森県産カシスの収穫風景

2. カシスに含まれるアントシアニンと機能性脂質

アントシアニンとはフラボノイド系の植物色素の1つで、野菜や果物に含まれる赤色~紫色を呈する色素成分である。アントシアニジンに糖が結合した配糖体の構造のことを指す。カシスに含まれるアントシアニンの中で主要なものは4種類であり、デルフェニジン配糖体のデルフィニジン-3-ルチノシド(D3R)とデルフィジン-3-グルコシド(D3G)、シアニジン配糖体のシアニジン-3-ルチノシド(C3R)とシアジニン-3-グルコシド(C3G)が含まれている(図2)。ブドウやベリー類に含まれるアントシアニンはグルコースの配糖体であるC3Gを含むものが多いとされる。一方、カシスはC3R、D3Rのルチノースの配糖体が約80%を占める。これらの特徴的なアントシアニンによる健康機能性の研究が進められている。

またカシス種子油はブラックカラントオイルとして、食用やサプリメント原料として流通している。一般的な植物油の構成脂肪酸はリノール酸、α-リノレン酸、オレイン酸が主体であるのに対し、カシス種子油にはγ-リノレン酸(C18:3n-6)、ステアリドン酸(C18:4n-3)が数%~数10%含まれる。γ-リノレン酸はn-6系の多価不飽和脂肪酸で月見草油などに多く含まれ、抗炎症作用などが報告されている。ステアリドン酸は海藻などに含まれるn-3系の多価不飽和脂肪酸であり、α-リノレン酸から鎖長延長にて生成される。α-リノレン酸と同様に体内でEPAやDHAに生合成され、必須脂肪酸として機能することから、似た作用が期待できると考えられている。アメリカでは遺伝子組み換え作物としてステアリドン酸を含む脂質を生産する大豆が作られ、魚介類を食する機会の少ない欧米人に対してのn-3系多価不飽和脂肪酸の供給源として期待されている。

 

図2 カシスに含まれる主要な4種類のアントシアニン

3. カシスの健康機能性

カシスに含まれるアントシアニンの健康機能性としては抗酸化作用の他、緑内障の進行抑制作用2,3)、フィトエストロゲンとしての機能に伴う抗がん作用や皮膚改善作用、動脈硬化予防作用、育毛作用4,5,6,7,8,9)、喫煙による酸化ストレスの消去作用10)、DNAの保護作用11)、抗糖尿病作用12,13)などの機能性に関する報告がある。
緑内障とは眼球の圧力である眼圧の高さが原因で起こると考えられている視力低下の疾患で、網膜神経節細胞の死滅に伴い最終的には失明に至る。原発開放隅角緑内障患者に対して2年間の試験期間で1日あたり50 mgのカシスアントシアニンを投与した。その結果プラセボ群と比較して、視野障害の重度化が抑制され、目の血流の改善効果が確認されている2)。また同じ量のカシスアントシアニンを投与した結果、健常者及び緑内障患者のいずれにおいてもプラセボ群と比較し眼圧の上昇の抑制が報告されている3)。緑内障は日本人における失明の原因の第一位とされており、カシスはその予防に有効な食材であると考えられる。

抗酸化に関する機能としては、喫煙による血管に対するストレスの軽減作用が報告されている10)。喫煙者14名に対し喫煙後にアントシアニン210 mgを含むカシスサプリメントを摂取させた。その後、血管内皮の機能の指標である血流依存性血管拡張反応値(FMD値)を測定した。その結果、カシスサプリメントを摂取しない喫煙者ではFMD値が有意に低下したのに対し、摂取者では喫煙したにも関わらず非喫煙者と同程度のFMD値を維持した。血管内皮障害は動脈硬化を促進するとされている。よってカシスアントシアニンの摂取は喫煙によるストレスから血管を保護する作用があると考えられる。

酸化ストレスなどによる遺伝子の損傷は、がんや生活習慣病の原因となる。ヒトリンパ芽球細胞に対して活性酸素種による酸化ストレスを与えた試験では、DNAの損傷がカシス抽出物により抑制されることが報告されている11)。よって酸化ストレスにより誘発される疾病の予防に関与する可能性が示唆されている。

その他に抗糖尿病作用として、カシスに含まれるD3Rがインスリン分泌を促進するホルモンであるインクレチンの一種のGLP-1(glucagon likepeptide-1)の分泌を促進する効果が報告されている12)。また糖尿病肥満モデルマウスに対しカシス抽出物を投与した試験により、血糖値と耐糖能の改善効果も報告されている13)

4. カシスのフィトエストロゲン作用

フィトエストロゲンとは体内で女性ホルモンのエストロゲンと似た作用を示す、植物由来の物質のことを指す。女性は加齢によるエストロゲンの体内濃度低下に伴い、動脈硬化症や骨粗鬆症の発症リスクが高まる。また、エストロゲンは皮膚の細胞外マトリックスに作用し弾力性に関係するコラーゲン、エラスチンの蓄積を調節し皺やたるみの形成にも関与する。よって食品由来のフィトエストロゲンの摂取が更年期障害の緩和に役立つと考えられている。フィトエストロゲンの代表例としては大豆イソフラボンが挙げられ、血管内皮細胞で一酸化窒素(NO)産生を高め、抗動脈硬化作用を示すことが報告されている14)

カシスに含まれるアントシアニンによるフィトエストロゲン作用が明らかになった。カシスに含まれるアントシアニンはエストロゲンレセプターのERαを介してフィトエストロゲンとして機能することが示されている4)。また、ERβとの結合能も高いことも明らかにされている5)。フィトエストロゲン作用に関連し、乳がんの予防作用についても報告されている6)。更にDNAマイクロアレイを使った解析により、カシスに含まれるアントシアニンはヒト皮膚線維芽細胞(TIG113)においてエストロゲンによって調整される遺伝子の発現を調節することも確認されている。

カシスアントシアニン摂取によるエストロゲン不足による動脈硬化症の改善作用が報告されている。動脈硬化症が進行すると血管壁の肥厚や硬化により虚血性心疾患や脳血管疾患のリスクが高まる。動脈硬化症の割合は男性の方が高いが、更年期の年代以降は女性でも増加し、加齢に従い男性の発症レベルと同程度になる。これはエストロゲンの不足が原因とされる。ヒト血管内皮細胞(HUVEC)にカシスアントシアニン抽出物やC3G、C3R、D3G、D3Rを添加した結果、血管の拡張に関わるNOの産生が上昇した。更に更年期モデル動物である卵巣摘出ラットに対してカシスアントシアニン抽出物を3%含む飼料を3ヶ月投与した。その結果、血管内皮でのeNOS(endothelial NOS:内皮一酸化窒素合成酵素)の発現が改善した。このことから、エストロゲン不足による動脈硬化の進行を改善作用が示唆されている8)

エストロゲンの不足は肌の老化の進行に関わる。同様に更年期モデル動物を使った試験では、カシスアントシアニン抽出物を投与したラットでは皮膚のコラーゲン層の厚みやエラスチン、ヒアルロン酸の蓄積が改善することが示されている7)。従って、カシスに含まれるアントシアニンには、エストロゲン不足による肌の老化に対する改善効果が期待される。

更年期以降の女性では抜け毛や薄毛に悩まれる方も多い。これもエストロゲンの不足が一因であるとされる。ヒト毛乳頭細胞にカシスアントシアニン抽出物を添加した結果、毛包幹細胞の増殖のマーカー遺伝子であるkeratin 19のmRNA発現の上昇が確認された9)。また更年期モデル動物では一つの毛包あたりの毛幹の本数が低下する。カシスアントシアニン抽出物を投与した群では本数の低下が改善された。このことからカシス抽出物によるフィトエストロゲン効果として薄毛予防効果が示唆されている。

このようにアントシアニンやビタミン類による健康機能性だけではなく、フィトエストロゲン作用を介した新たな生理作用も報告され始めている。カシスの生産量の多いヨーロッパでは古くから一般市民の食卓で親しみがあり、肉料理のソースや飲料、ジャムなど様々な用途で使われてきている。日本国内ではお菓子やお酒のカクテルなどまだ限定的な使用に限られるが、新たに見出されてきた健康機能性と合わせて、今後の消費の拡大が期待される。

参考文献
  • 1) 農林水産省HP 地理的表示(GI)保護制度 http://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/
  • 2) Ohguro H, Ohguro I, Katai M et al.: Ophthalmologica, 228: 26-35, 2012.
  • 3) Ohguro H, Ohguro I, Yagi S: J Ocul Pharmacol Ther., 29: 61-67, 2013.
  • 4) Nanashima N, Horie K, Tomisawa T et al.: Mol Nutr Res., 59: 2419-2431, 2015.
  • 5) Nanashima N, Horie K and Maeda H: Molecules, 23: E74, 2017.
  • 6) Nanashima N, Horie K, Chiba M et al.: Molecular Medicine Reports, 16: 6134-6141, 2017.
  • 7) Nanashima N, Horie K, Maeda H et al.: Nutrients, 10: E495, 2018.
  • 8) Horie K, Nanashima, Maeda H: Molecules. 24: E1259, 2019.
  • 9) Nanashima N, Horie K: Molecules. 24: E1272, 2019.
  • 10) Yoshizaki A, Tomisawa T, Osanai T et al.: Food and Nutrition Sciences, 9: 179-190, 2018.
  • 11) Yamamoto A, Nakashima K, Kawamorita S et al.: Pharmaceutical biology, 52: 782-788, 2014.
  • 12) Kato M, Tani T, Terahara et al.: PLos One, 10: e0126157, 2015.
  • 13) Iizuka Y, Ozeki A, Tani T, Tsuda T: J Nutr Sci Vitaminol. 64:258-264, 2018.
  • 14) Hongwei Si, Dongmin Liu: J Nutr., 138: 297-304, 2008.
略歴

2003年3月
北海道大学水産学部卒業
2005年3月
北海道大学大学院水産科学研究科 博士前期課程修了
2008年3月
北海道大学大学院水産科学院 博士後期課程修了
2008年4月
弘前大学 農学生命科学部生物資源学科 助教
2016年11月
弘前大学 農学生命科学部食料資源学科 准教授
2018年5月
弘前大学地域戦略研究所 兼任教員 現在に至る

専門分野:食品科学、油化学 地域の農林水産物の成分分析や、健康機能性の評価研究

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