大腸炎と酸化ストレス、食由来因子を用いた予防について
石川県立大学 生物資源環境学部 食品生化学研究室
准教授 東村泰希 はじめに潰瘍性大腸炎やクローン病として知られる炎症性腸疾患は再燃と寛解を繰り返す慢性的な腸管炎症を主体とする疾患である。潰瘍性大腸炎は大腸を中心とした炎症や潰瘍を生じる疾患であり、1875年の英国にてWilksとMoxonによって報告された症例が端緒であると考えられている。一方のクローン病では、その病変部は小腸や大腸を中心としているものの、口腔から肛門までの消化管全体にまで病変部が生じうる疾患であり、1932年に米国のBurrill Crohnらによって初めて報告された。本邦においては、両疾患はともに厚生労働省より指定難病として認定されており、また近年、罹患者数が急激に上昇していることから、大きな社会問題となっている。炎症性腸疾患は遺伝的背景や環境素因などの多くの要因が複雑に絡み合って発症する多因子疾患として捉えられており、その確たる病因の解明には至っていないのが現状である。しかしながら、これら罹患率が急増した背景には、食習慣の劇的な変化、すなわち低繊維・高タンパク質・高脂質を中心とした食の欧米化が幾ばくかの影響を与えていることは紛れもない事実であり、炎症性腸疾患の予防や病態制御に対して食習慣の改善や食由来因子といった食品科学的アプローチが関心を集める要因である。本稿では炎症性腸疾患の発症や病態形成における酸化ストレスの関与、ならびに食由来因子を用いた疾病コントロールについて紹介する。 大腸炎と酸化ストレス上述したとおり、炎症性腸疾患の確たる発症要因は未だ明らかでないが、活性酸素種をはじめとした高い反応性を有する酸化物の腸管粘膜への異常な蓄積が、その発症要因の一つとして考えられている1)。具体的には、炎症性腸疾患患者においては好中球活性酸素産生の亢進や抗酸化機構の低下、酸化的DNA損傷マーカーの増加などが報告されており、これら酸化物の蓄積が様々な転写因子やリン酸化シグナル経路に影響を及ぼすことによって生体の炎症反応を惹起している2)。事実、抗酸化酵素であるグルタチオンペルオキシダーゼを欠損したマウスでは腸炎を自然発症することが報告されている3)。一方で、遺伝子改変技術を用いて活性酸素除去酵素であるスーパーオキシドディスムターゼを高発現させたマウスでは大腸炎の症状が軽微となる4)。さらには、網羅的な遺伝子発現解析の結果より明らかとなった炎症性腸疾患の感受性遺伝子には、活性酸素の産生に関連した因子が多く含まれていることからも、炎症性腸疾患の発症における酸化ストレスの重要性が示唆される。 生体防御機構としてのBach1/HO-1システム生体が有する抗酸化経路のひとつにBach1/HO-1システムがある。高等生物に特有の転写抑制因子であるBach1(BTB domain and CNC homolog 1)はヘム結合活性を有しており、そのDNA結合活性や細胞内分布はヘムにより直接的に制御されている5)。Bach1は全身性に発現する分子であるが、特に赤血球系細胞におけるグロビン遺伝その発現制御に深く関与することが知られている。その他の細胞や組織においては、酸素分子の濃度をなんらかの形でヘムが感知し、ヘムがBach1を不活性化することによりヘムオキシゲナーゼ-1(HO-1)などを介した酸化ストレス防御系を増強するモデルが提唱されている。 HO-1は誘導型のヘム分解酵素であり、ヘムの分解に伴い一酸化炭素(CO)、ビリベルジン、鉄イオンを生成する6)。これら生成物のうち、COはp38 MAPキナーゼのリン酸化を介して炎症性サイトカインの産生抑制ならびに抗炎症性サイトカインの産生亢進に寄与する。また、ビリベルジンはビリベルジンレダクターゼによりビリルビンへと還元された後、強力な抗酸化作用を発揮する。すなわち、HO-1は複数の作用機序を介して抗炎症・抗酸化作用を発揮し、細胞や組織を保護する役割を有している。さらに、炎症性腸疾患患者の粘膜組織や、実験動物を用いた大腸炎モデルにおいてもHO-1の発現亢進が確認されており、その生理的作用や炎症病態への影響が注目されている7)。このような背景より筆者らは、生体の酸化ストレス防御に深く関与するHO-1と大腸炎に着目した研究を展開してきた。 上述の通り、Bach1はHO-1の発現を転写レベルで制御する転写抑制因子であることから、Bach1欠損マウスはHO-1を恒常的に高発現している。当該マウスを用いて、HO-1の発現亢進と大腸粘膜における免疫応答に関する基礎的な研究を施行した。筆者らは、Bach1欠損マウス由来の大腸組織におけるHO-1の発現局在を免疫組織染色により評価した結果、HO-1は主に大腸粘膜固有層のマクロファージに局在することが明らかとなった。続いて、炎症性腸疾患の実験モデルとして知られるトリニトロベンゼンスルホン酸誘導性大腸炎モデルを作製し、Bach1欠損に伴うHO-1の高発現が腸管炎症に及ぼす影響を評価した。肉眼的所見およびヘマトキシリン‐エオジン染色の結果、トリニトロベンゼンスルホン酸投与に伴い、粘膜構造の破綻を伴う潰瘍形成や、炎症細胞の浸潤等が観察され、これら腸管炎症の病徴はBach1欠損マウスでは有意に抑制された8)。つまり、マクロファージにおけるHO-1の発現亢進が炎症性腸疾患の予防における分子標的となりうることを報告した9)。 食由来因子を用いた大腸炎予防について上述の通り、マクロファージにおけるHO-1の発現誘導が炎症性腸疾患治療に奏功する可能性が示唆されており、臨床医学的にも腸管炎症とHO-1の関連が注目されている。いくつかのHO-1誘導剤において腸管炎症に及ぼす効果が検証されているが、臨床的に安全かつ有用な誘導剤は未だ見つかっていない。食由来因子とHO-1発現制御との関わりについては、様々な細胞種において報告がある。マクロファージにおいては、ウコンに含まれるクルクミンや、ブドウ果皮に多く含まれるレスベラトロールなどのポリフェノール類、アブラナ科植物(特にブロッコリー)に含まれるイソチオシアネートであるスルフォラファンなどにHO-1発現亢進作用が報告されている10)。 筆者らの研究グループにおいても、食由来因子を用いたHO-1発現制御に関する研究を展開している。これまでの研究において、アガロースの酸加水分解物として得られるオリゴ糖(寒天由来オリゴ糖)にHO-1発現亢進作用があることを見出し、その抗炎症作用について、培養細胞を用いた in vitroレベル、ならびに実験動物を用いたin vivoレベルにおいて明らかにしてきた。筆者らは、 C57BL/6マウスに寒天由来オリゴ糖を経口投与し、大腸粘膜におけるHO-1の発現解析を施行した。その結果、寒天由来オリゴ糖を投与した群ではBach1欠損マウスと同様に、大腸粘膜固有層に存在するマクロファージにおいてHO-1の発現が有意に亢進した。続いて、トリニトロベンゼンスルホン酸を用いて実験大腸炎モデルを作製し、当該オリゴ糖の投与が腸管炎症に及ぼす影響を評価した。その結果、トリニトロベンゼンスルホン酸投与に伴う潰瘍形成や炎症細胞の浸潤は寒天由来オリゴ糖の投与により有意に抑制された。以上より、寒天由来オリゴ糖の投与により上昇したHO-1が腸管炎症の抑制に寄与していることが明らかとなった11)。おわりに本稿で紹介したように、炎症性腸疾患は先進国を中心に大きな社会問題となっており、その発症や病態形成には酸化ストレスの異常な蓄積が少なからず影響している。炎症性腸疾患の予防や進展制御に対する食品科学的アプローチが注目される中、筆者らは酸化ストレス応答機構であるBach1/HO-1経路がその標的の候補となりうることを提示してきた。HO-1の発現を制御する食由来因子に関する知見は散見されるが、それら因子がマクロファージの機能や性質、さらには腸管炎症に及ぼす影響に関しては不明な点も多く残されている。今後、食由来因子を用いた炎症性腸疾患予防の確立に向けて、様々な側面からの研究の進展が期待される。 参考文献
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