清涼飲料水における開封後の微生物汚染とその挙動
東海大学海洋学部水産学科食品科学専攻
教授 後藤 慶一 ペットボトルなどの容器に詰められた清涼飲料水は、日常的にも、緊急時においても今や私たちに欠かせないものとなっている。(一社)全国清涼飲料連合会の調べでは、一人当たりの年間消費量は180リットルと算出され(2018年)、継続的に増加してきている。清涼飲料水には様々な種類が存在するが、いずれも原料受け入れの段階から、製造、出荷に至るまで、製造業者により細心の注意、対策が施され、安全な製品の状態で消費者へ提供されている。その甲斐あって、我が国では、少なくとも過去20年間に清涼飲料水の微生物に起因する食中毒は、知る限りにおいて報告がない。他方、自治体や企業へ寄せられる清涼飲料水の微生物が関わる苦情は後を絶たない。企業に責任がある場合もあるが、開封後の消費・保管のされ方に端を発するものも少なくない。そこで本著では、過去に実施した調査結果のポイントを紹介しながら、苦情を減らしていく上で今後補足していくべき事項などについて記していきたい。 1. 清涼飲料水に関する消費者からの苦情平成20~22年度にわたり、国立医薬品食品衛生研究所・衛生微生物部の工藤由起子博士を研究代表者として、「清涼飲料水中の汚染原因物質に関する研究」が厚生労働科学研究費補助金/食品の安心・安全確保推進研究事業の一環としてとり行われた。まず、現状を把握するため、地方自治体や企業に寄せられた清涼飲料水の微生物が関わる苦情を整理した1)。その結果、飲料の種類別では茶系飲料、果汁飲料、スポーツドリンク、ミネラルウォーターの順で苦情数が多かった。容器別ではペットボトルが過半数を占め、紙、瓶、缶がそれに続いた。苦情の内容としては異物が過半数を占め、異味、異臭、濁りの順であった。微生物の種類はカビが7~8割ほどを占め、細菌が2割ほどであった。カビの塊は肉眼で認識しやすいため、異物(カビの塊)が浮いている等、多くの苦情につながったと推察されている。開封前の製品における苦情の約半数は原因が容器の破損や殺菌不良等と明らかになっているが、開封後においては約9割が原因不明であった(理由の一つに消費のされ方や保管方法が多様なためと推察される)。2003年に(社)全国清涼飲料工業会(現:(一社)全国清涼飲料連合会)が消費者を対象として、開封後のペットボトル詰め清涼飲料水の保存期間に関するアンケート調査を実施している(情報は現在公開されていない)。この調査結果では、開封後も飲料は何日ももつといった意識の消費者が少なくないということが浮き彫りとなった。このような背景のもと、筆者らは、消費者に安全に清涼飲料水を消費してもらうため、開封後の清涼飲料水に微生物が混入するとどのような状況になるのかを、多数の協力者参加のもと、調査することとなった。 2. 開封後の清涼飲料水の微生物による腐敗2, 3)開封後、清涼飲料水(ペットボトル)が微生物によってどのような影響を受けるか、またどのような微生物が関与するのかを調査するため、口をつけずに半量を廃棄した場合(以降、開封試験と称す)と、口をつけて半量を日中約8時間かけて飲用した場合(以降、口飲み試験と称す)とで試験を行った(8~12月に実施)。清涼飲料は、茶系飲料、果汁飲料、野菜ジュース、炭酸飲料、スポーツドリンク、ミルク入り飲料、ニアウォーターおよびミネラルウォーターのジャンルで16種類(全てペットボトル、容量は300~500ml)を用いた(表1)。開封試験では、半量廃棄後、キャップを締めて、25℃で14日間培養した(6日目と14日目に菌数測定、目視観察は適宜実施)。口飲み試験では、飲用後、キャップを締めて、25℃で14日間培養した(1、3、6と14日目に菌数測定、目視観察は適宜実施)(詳細な結果は厚生労働省のホームページより入手できる報告書を参照※)。その結果、開封試験では320本のペットボトル中70本で、口飲み試験では352本中190本で微生物の発育が認められた。茶系飲料、野菜ジュース、ミルク入り飲料およびミネラルウォーターで細菌の発育がよく、陽性率が高かった。真菌は茶系飲料、スポーツドリンクで陽性率が高かった。細菌は飲料のpHが中性に近いほど陽性率や菌数が高くなったが、真菌では関連性が認められていない(表1)。
表1 使用した飲料のpHとBrix、および菌種数
目視観察において、濁り、浮遊物、カビ発生が茶系飲料で、ミルク入り飲料においては内容物の分離、野菜ジュースではガス発生など、微生物が発育すると何らかの変化が確認された(ミネラルウォーターは発育があってもほとんど変化が見られない)(図1)。
図1 微生物が増殖した際の状態 左から、ガス発生による容器の膨張、カビの浮遊、微生物繁殖による濁り、内容物の分離
菌数の推移について、飲料の種類と微生物の組み合わせによってさまざまであるが、茶系飲料、野菜ジュース、スポーツ飲料、ミルク入り飲料で14日目に106~108cfu/mlの水準に達しているものが少なくなかった。また、中には1日後に108cfu/mlに達しているものもあった。ミネラルウォーターでは、発育は良好であるが、栄養素が少ないため106cfu/mlレベルで増殖は止まった。著しい増殖が見られた原因微生物のほとんどは細菌で、また開封試験よりも口飲み試験で著しい増殖が高頻度に観察された。小川らは8時間程度までの保管では、飲料中に口腔から混入した微生物は減少すると報告している4)。本試験においても同様の傾向が見られる場合もあった。筆者らが現在行っている試験でも同様の傾向が観察されており、すなわち、口飲みにより口腔細菌が飲料中へ混入、一部は死滅したり飲料と共に体内へ戻ったり、半日程度かけて飲用することでこのサイクルが繰り返され、一部の増殖できる微生物に淘汰され、一日過ぎるころには増殖に向かうのではないかと推察している(混入する菌数、菌の種類、飲料の種類によって傾向は異なるが)。この点については今後追試をしていく必要がある。 検出された微生物を純粋培養して得た421株について遺伝子解析による同定試験を行った5)。その結果、開封試験ではカビが多い傾向が見られた。一方、口飲み試験では細菌が多く、その種類も開封試験の何倍にもなった。開封試験で頻繁に検出された微生物はCladosporium、Trametes、BjerkanderaおよびPenicilliumといったカビであった(表2)。CladosporiumやPenicilliumは環境に常在しているカビで、TrametesやBjerkanderaは植物腐朽カビで、その胞子が飛散している季節だったため、検出率が高まったと考えられる。口飲み試験では、Streptococcus、Candida、Stapylococcusを筆頭に、Pseudomonas、Enterobacter、Acinetobacter、Lactobacillusなど、バラエティーに富んだが、上位を占めた微生物はヒト常在の微生物が多かった。食中毒細菌としてはBacillus cereus(下痢原生毒素産生株)が1株、Staphylococcus aureus(BまたはC型エンテロトキシン産生株)が7株検出された。ペットボトル中での毒素量に関しては不明であるが、著しい増殖が起こった場合は健康被害のリスクが生じる可能性がある。
表2 開封試験および口飲み試験で検出された微生物の属および種数
以上の結果を踏まえ、開封・口飲み試験で分離された菌株および毒素産生性細菌を用いて接種試験を実施し、清涼飲料水中の微生物挙動を調査するに至った。 3. 清涼飲料水中における微生物の挙動と毒素産生清涼飲料水中で微生物がどのような増殖挙動をするのか、また食中毒細菌が混入した場合の食中毒リスクについて調査するため、検出頻度が高かった菌種と食中毒細菌種を用いて試験が行った。茶系飲料、果汁飲料、野菜ジュース、スポーツドリンクなど、8種類の清涼飲料水(ペットボトル)について、半量を廃棄した後、1本あたり100cfuとなるように微生物を接種し(カビの場合は10cfuも併せて実施)、25℃および35℃で48時間培養した(菌数測定と毒素産生性は経時的に評価)(カビは10℃と25℃で28日間培養して外観観察)。 食中毒細菌以外の接種試験の結果を表3および4に示す。茶系飲料では大腸菌群と酵母、果汁飲料では酵母、野菜ジュースでは酵母と乳酸菌と大腸菌群、ミルク入りコーヒーではM. luteus以外の細菌で旺盛な増殖が確認された(24時間で107cfu/mlを超える場合もあった)。概して、pHが4以下の飲料では細菌の増殖が顕著に抑えられ、酵母の増殖は栄養要求性や原材料の影響を受けること、また24時間を超える常温での保存は初期腐敗程度まで菌数が増加する場合があることが明らかとなった。 カビに関しては、飲料種とカビの組み合わせで増殖に差は認められたが、茶系飲料、果汁飲料、野菜ジュース、スポーツドリンクで増殖が旺盛であった6)。10℃よりも25℃の方が肉眼でカビの塊が観察されるまでの日数が短かったが、10℃でも7日目にはA. pullulans、C. cladosporioides、P. olsoniiで塊が観察された(25℃では2日目に観察される場合も少なくない)。すなわち、開封後の飲料を冷蔵庫で保管しても、保管期間が1週間を超えれば、カビの塊が観察されることは十分起こり得ることを示している。また、混濁している飲料の方が、塊が観察されるまでの日数が遅れる傾向にあったが、これは増殖が悪いためではなく、透明でないために肉眼で観察されにくいことが原因と考えられる。接種量が10cfuでも100cfuでも増殖に差がない例が多く、環境や口腔に偶然存在したカビが飲料に混入した場合でも、異物(カビの塊)発生につながる可能性は大いにあることが示唆された。 食中毒細菌の接種試験の結果を表5に示す。茶系飲料ではS. TyphimuriumおよびE. coliがよく増殖したが、振盪条件ではやや増殖が抑制された。野菜ジュースではS. Typhimuriumのみ増殖し、ミルク入りコーヒーではS. TyphimuriumおよびE. coliが増殖したが、振盪条件では増殖が抑制される傾向が見られた。毒素産生性試験の結果の詳細は割愛するが(詳細な結果は厚生労働省のホームページより入手できる報告書を参照)、茶系飲料とミルク入りコーヒーでE. coliの増殖に伴い毒素が産生されることが確認された。S. aureusはミルク入りコーヒーで増殖したが毒素は検出されなかった。B. cereusはいずれの条件でも、増殖も毒素の産生も認められなかった。食中毒細菌が清涼飲料水に混入した場合、飲料の種類と保存条件によっては健康被害をもたらす程度まで増殖する可能性が示唆された。
表3 各種清涼飲料中での微生物の増殖挙動
生育の目安:×=0~102cfu/ml、△=102~104cfu/ml、〇=>104cfu/ml (注)食品の安全・安心確保推進研究事業「清涼飲料水中の汚染原因物質に関する研究」平成22年度総括・分担研究報告書に掲載の表(p95-96)を改変掲載
表4 各種清涼飲料中でのカビの発育3)
数字は3本のペットボトルの内発育が認められた本数を示す。
表5 各種清涼飲料中での食中毒細菌の増殖挙動
生育の目安:×=0~102cfu/ml、△=102~104cfu/ml、〇=>104cfu/ml (注)食品の安全・安心確保推進研究事業「清涼飲料水中の汚染原因物質に関する研究」平成22年度総括・分担研究報告書に掲載の表(p97)を一部改変掲載 4. 最後に地球上に細菌、カビ・酵母は何万種類と存在し、その性質は大きく異なるものもいれば、類似したものもおり、様々である。また、私たちの体にも何百種類もの多様な微生物が存在し(人によって、日によって、何を食べたか、歯磨きしたか等によって種類や菌叢は変化する)、それらと共存している。それら微生物が生きていくためには何らかの栄養素を獲得することになるが、私たちにとっての栄養素(食品)は、微生物にとっても栄養素となる(菌種によってはならない場合もある)。そして水分も微生物が生きていく上では必要である。多くの清涼飲料水は栄養素と水分を兼ねそろえているため、少なくない数の微生物(どれほどいるか分からないためこのような表現にとどめる)にとって清涼飲料水は生存あるいは増殖可能な環境となることは、一連の試験結果から明白である。しかしながら、微生物の種類と飲料の種類の組み合わせ、どのような微生物が混入するのか、混入量、保存条件などにより、どの程度増殖するのかは一言では表せない。幸いにしてこれまで食中毒の報告はないものの、微生物の増殖で容器が膨張、破裂して事故につながることが報告されている7)。消費者の手に届くまでに何らかの事故がないとすれば清涼飲料水は商業的無菌状態が維持されているが、いったん開封すれば無菌状態が解除され、微生物が混入・増殖しうる状態になる。まだ紐解かなければならないことがいくつもあるが、現時点では製造する側は製造に責任を持ち、消費者へ注意喚起を、消費する側は開封後できるだけ速やかに消費することを心がけることが期待される。 参考文献
※下記URL「厚生労働科学研究成果データベース」から「清涼飲料水」などをキーワードに検索ください。 https://mhlw-grants.niph.go.jp/ なお、「清涼飲料水中の汚染原因物質に関する研究」平成22年度総括・分担研究報告書は下記のURLで確認できます。 https://mhlw-grants.niph.go.jp/niph/search/NIDD00.do?resrchNum=201033009A 略歴後藤 慶一(ごとう けいいち) 【経歴】
【受賞】 平成15年度日本清涼飲料研究会賞(共同) 平成18年度日本微生物資源学会奨励賞受賞 サナテックメールマガジンへのご意見・ご感想を〈e-magazine@mac.or.jp〉までお寄せください。 |
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