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加水分解コムギによる食物アレルギー
-これまでに基礎研究から分かったこと-
岐阜薬科大学機能分子学大講座
薬理学研究室
准教授 田中 宏幸

はじめに

食物アレルギーは、「食物によって引き起こされる抗原特異的な免疫学的機序を介して生体にとって不利益な症状が惹起される現象」と定義され1)、食物アレルギーによる症状は、即時型症状としてはアナフィラキシーに代表される全身症状、鼻汁・喘鳴・呼吸困難などの呼吸器症状、結膜充血・流涙などの眼症状などがあげられる2)。わが国における食物アレルギー有症率は、乳児が約 10%、3 歳児が約 5%3)、保育所児が 5.1% および学童以降が 1.3 ~ 4.5%4, 5) とされている2)
 また、小麦はアレルギーを引き起こす三大食品の 1 つとされており、全年齢の食物アレルギー患者の原因作物のうち、11.7% が小麦とされている2)。(乳児・幼児は、加齢とともに耐性を獲得する(3歳までに50%、学童まで80~90%))

これまで、食物アレルギーは食物等の経口摂取から腸管あるいは口腔内に存在する粘膜免疫系において感作が成立した後に、食物抗原を摂食した際に口腔内および消化管粘膜より食物抗原が吸収されることにより発症すると考えられてきた。しかし、近年、Lack により提唱された二重抗原曝露仮説6) は従来の食物経口摂取による腸管あるいは口腔内粘膜感作が主体であると考えられていた食物アレルギーに新しい概念をもたらした。すなわち、経消化管による食物曝露は免疫寛容誘導を促進し、皮膚への食物などの接触が食物アレルギーの感作や症状増悪を促進するという概念である。ここで、巨大分子である食物タンパク質による経皮的な感作が成立するためには、抗原が皮膚内へ侵入し抗原提示細胞に認識されることが必要である。しかし、健常皮膚は角層により保護されているため、食物タンパク質が容易に皮膚内へ侵入することはない。従って、外来蛋白の皮膚内への侵入には内因性あるいは外因性の皮膚バリア機能低下が考えられる。内因性の皮膚バリア機能の低下にはフィラグリンなどの遺伝子異常7)、外因性の低下には化粧品、石鹸に含まれる界面活性剤などがそれぞれの要因として挙げられる。近年、欧州や本邦において、化粧品や石鹸中に含有される食物タンパク質により経皮的な感作が成立し8, 9)、食物抗原摂取時にアレルギー症状を呈することが報告された10-12)。このことは、すでに一度獲得された経口免疫寛容が皮膚感作により破綻する可能性を示唆しており、ピーナッツ抗原によるマウスモデルにおいても報告されている13)

加水分解コムギ末感作マウスにおけるアナフィラキシー様症状

一方、近年、本邦においても加水分解コムギ末 (hydrolyzed wheat protein: HWP) を含有する洗顔石鹸の使用により、小麦成分含有食品を摂取した際に呼吸困難・蕁麻疹・眼瞼浮腫をはじめとするアナフィラキシー様症状が発症する事例が多数報告された14, 15)。この原因として、この石鹸で繰り返し洗顔することで、HWPである Glupearl 19S により経皮あるいは経粘膜的に曝露され、抗原特異的な Th2 応答ならびに immunoglobulin E (IgE) 抗体産生が生じ、その後、肥満細胞膜上の高親和性受容体 FcεRI に IgE 抗体が結合し感作が成立し、次いで、小麦成分含有食品を摂食した際に小麦アレルギーが発症したと考えられる。Glupearl 19S は酸により gluten を加水分解して得られた化合物であり、単一の分子ではなく種々の分子量の集合体で平均分子量が 55,000 Da のタンパク質である。一方、Glupearl 19S により経皮感作が成立し、アレルギー症状が発症する原因については明らかになっていない。

これに対し、安達らはマウスを用いた実験において、Glupearl 19S は経皮感作能を有し、Glupearl 19S による経皮感作後にGlupearl 19S を腹腔内投与することによりアナフィラキシー様症状を呈することを報告している16)。しかし、実臨床では、小麦成分含有食品の経口摂取によりアナフィラキシー様症状が発症しており、今回問題となっている小麦アレルギーをより詳細に再現できる、小麦タンパク質の経口摂取による実験系の確立ならびに発症機序の解明が急務である。

加水分解コムギ末Glupearl 19Sの経皮感作によるマウス食物アレルギーモデルの確立

そこで、著者らの研究グループではマウスの背部に除毛クリームを塗布した後に界面活性剤とGlupearl 19Sをしみこませた濾紙をパッチする操作を週1回、計5週間行い、その後、コムギ抗原であるglutenを反復経口投与することで、アナフィラキシー様症状が誘発されるか否かを検討した。しかしながら、本モデルでは5回の経皮感作により血清中総IgE値ならびにGlupearl 19S特異的IgE値の上昇は観察されたが、glutenの反復経口投与による体温下降や下痢などの食物アレルギー様症状は観察されなかった。

一方、当該小麦アレルギー患者において、aspirin を服用することにより症状が誘発ならびに増強されることが報告されている15)。この aspirin などの 非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の作用については、ヒト結腸由来ガン細胞株 Caco-2 細胞を用いた検討において、aspirin は活性酸素産生を介しタイトジャンクション構成タンパク質の一種である zonula occludens-1 の発現量を低下させ、透過性を亢進させることが報告されている17)。また、indomethacin も胃腺癌細胞を用いた検討において、タイトジャンクション構成タンパク質の一種の occludin の発現量を低下させ、透過性を亢進させることが報告されている18)。そこで我々は、aspirin の服用が運動と同様に抗原吸収能を促進させるのではないかと仮説を立て、初めにNSAIDs が抗原吸収能を促進させるか否かを検討した。次いで、Glupearl 19S経皮感作マウスにaspirin を経口投与した後に、gluten を経口投与することでアレルギー症状が発症するかについて検討した。

Glutenは消化されると gliadin となり吸収されることが知られている。そこで、gluten経口投与後の血中gliadin値を測定することで、aspirinにより抗原吸収能が促進されているか否かについて検討した。その結果、gluten 単独投与群では血中 gliadin 値の増加は確認されなかったが、aspirin および gluten 併用投与群では、aspirin 用量依存的な血中gliadin値の増加傾向がみられた。

次に、Glupearl 19S による経皮感作が成立したマウスに対し、gluten 経口投与前に aspirin の経口投与を行い、aspirin が食物アレルギー症状に影響を及ぼすかをgluten 単独投与群と比較検討した。その結果、gluten の単独投与群では体温低下は観察されなかったが、aspirin および gluten 併用投与群では有意な体温低下、すなわちアナフィラキシー様反応が観察された。

種々のHWPの経皮曝露による影響

一般的にHWPは、水不溶性の gluten を酸、アルカリあるいは酵素で分解することによって得られた、高い乳化性や保湿性を有しているタンパク質である。したがって、調製方法の違いによりHWPは多種製造され、その性質も異なることが推察される。また、加水分解により脱アミド化が生じ、グルタミンがグルタミン酸に、あるいはアスパラギンがアスパラギン酸に変換されることが知られている。しかし、原材料のHWPは平均分子量、脱アミド化率がそれぞれ異なっており、すべてのHWPの経皮曝露により、小麦食物アレルギーが発症するか否かは不明である。

そこで、上述のマウスモデルを用いてGlupearl 19S 以外の 8 種類のHWPを経皮曝露し感作させた後に、gluten 単独あるいは aspirin および gluten を経口投与することで小麦食物アレルギーが発症するか否かを検討した。

その結果、Glupearl 19Sの他、6種類のHWPの反復曝露により、血清中総 IgE 値の有意な増加がみられたことから、これらのHWPでは感作が成立することが確認された。さらに、アナフィラキシー症状である体温低下は、gluten 単独投与群ではいずれのHWP感作群においても観察されなかった。一方、aspirin および gluten 併用投与群では、Glupearl 19Sの他、5種類のHWPによる感作群において、有意な体温低下あるいはその傾向が観察された。以上の成績より、HWPによる経皮感作が一度成立すると、その後、小麦含有食品を摂取した際に食物アレルギー症状を呈するリスクが非常に高いことが示唆された。マウスの場合、離乳後から小麦含有の固形飼料で飼育されており、この時点では免疫寛容が成立しているが、その後、経皮的にHWPが皮膚から浸入することにより、経口免疫寛容が破綻し、食物アレルギー様症状が認められることが明らかとなった。したがって、本モデルは臨床の病態を反映する有用性の高いモデルと考えている。

本検討において、HWP経皮パッチ後のアレルギー症状の発症には感作の成立が重要であることが明らかになり、感作の成立においてHWPの性質、すなわち脱アミド化率および平均分子量が関与していることが示唆された。これまでにも、脱アミド化については、通常の gliadin よりも脱アミド化した gliadin を用いて腹腔内感作したマウスでは、Th2応答が誘導されやすいことが報告されている19)。この点は、今回の実験結果とも一致している。しかし、脱アミド化が生じているタンパク質の感作性が、ネイティブタンパク質に比し Th2 応答を誘導しやすい理由については不明である。一方、脱アミド化率が非常に高いHWPにおいても感作性が全く認められない場合もあり、今後、脱アミド化と分子サイズの両面から考える必要がある。

おわりに

以上、HWPの経皮曝露によるアレルギー症状の発症について、我々が行っている実験成績を紹介した。症状の発症が感作に依存していることから、今後、感作条件について明らかにするため、HWPの脱アミド化率あるいは分子量、含有成分などが感作の成立に及ぼす影響について検討していく予定である。

最後に、本研究の遂行に際しご指導・ご助言を頂きました藤田医科大学 松永佳世子教授、種々のHWPの性質に関する実験結果をご提供いただきました独立行政法人技術基盤機構 (NITE) 佐々木和美氏に深謝致します。

参考文献
  • 1) 日本小児アレルギー学会食物アレルギー委員会. 食物アレルギー診療ガイドライン 2016 p20
  • 2) 国立研究開発法人 日本医療研究開発機構 (AMED).AMED 研究班による食物アレルギー診療の手引き 2017 p3-4
  • 3) 食物アレルギー研究会.食物アレルギー研究会会誌 2010; 10: p5-9
  • 4) 日本小児科学会.日本小児科学会雑誌 2005; 109: p1117-22
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略歴
1991年3月
岐阜薬科大学卒業
1993年3月
同過程修了
1993年4月
山之内製薬(現 アステラス製薬)株式会社入社(筑波研究所 勤務)
1993年12月
同社退社
1994年1月
岐阜薬科大学薬理学教室 助手
1998年9月
文科省在外研究員としてカナダ・モントリオール・ノートルダム病院へ1年間留学
2005年6月
岐阜薬科大学薬理学教室 講師
2006年10月
岐阜薬科大学薬理学教室 助教授
2007年4月
岐阜薬科大学機能分子学大講座薬理学研究室 准教授
岐阜大学大学院 連合創薬医療情報研究科 医療情報学専攻生体制御研究領域 准教授(兼担)
所属学会

日本アレルギー学会(代議員)、日本薬理学会(代議員)、日本炎症・再生医学会(評議員)、日本免疫学会、日本薬学会、和漢医薬学会

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