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![]() マヌカハニーの成分検査による認証・グレーディングについて
![]() 兵庫県立大学環境人間学部
教授 加藤陽二 マヌカハニーとLeptospermum蜂蜜ニュージーランドに自生するマヌカ(Leptospermum scoparium)(写真1 マヌカの花)から採れる蜂蜜「マヌカハニー」は、抗菌活性が高く、健康を意識した消費者に人気である。近年、中国への輸出量の増加もあり、ニュージーランド産「マヌカハニー」の供給が追いつかない状況である。ニュージーランドではマヌカの植林も盛んに行われており、10年後には栽培由来のマヌカに由来するマヌカハニーも大幅に増加すると予想されている。ニュージーランドには、マヌカLeptospermum scopariumのみ自生しているが、隣国のオーストラリアには同じLeptospermum scopariumに加えて、他のLeptospermum 属の亜種Leptospermum polygalifoliumなどが多種植生している。これらLeptospermum 属の花蜜から得られる蜂蜜(Leptospermum 蜂蜜)は、マヌカハニー同様に抗菌活性がある。このため、オーストラリアでもLeptospermum 蜂蜜を「オーストラリア産マヌカハニー」として販売している。国土も広い、Leptospermum 属も多く植生しているオーストラリアは、ニュージーランドのライバルとなる。ニュージーランド側は、「マヌカ(Mānuka)」が原住民マオリ族の言葉に由来するとして、「Mānuka Honey」(マヌカハニー)の商標登録を進めている。例えば、シャンパーニュ地方で作られたスパークリングワインがシャンパンと呼ばれることと同じように、マヌカハニーの名称(ブランド)を保護しようとしている。一方、オーストラリア側はManukaの単語はすでにオーストラリアでも地名等として使われているなどとして、オーストラリア産マヌカハニーの呼称を引き続き使用している。 抗菌活性成分メチルグリオキサールの検査マヌカハニーの高い抗菌活性は、主にメチルグリオキサール(methylglyoxal, MGO)に由来する(図1 マヌカハニーに認められる特徴的成分)。かつては、マヌカハニーの抗菌活性を測定することでグレーディングを行い商品の信頼性を高めていたが、現在では食品の機能性を示すことにつながるとして抗菌活性表示は使われない。かわりに、メチルグリオキサール量に基づく認証がUnique Mānuka Factor Honey Association (UMFHA)(ニュージーランド最大のマヌカハニー協会)や各企業で行われている。認証マークの表示は様々であり、UMF、MGO、MG、MGS、Kファクターなどがある。UMFHAによる認証では、瓶にUMF(+数字)が示される(UMF15+など)。MGO(あるいはMG)に数字が添えられてラベルに表示されることも多く(MGO400+など)、UMF(+数字)と併記されている場合もある。このMGO/MGはキログラムあたりのメチルグリオキサール量(mg)を数字で示している。 興味深いことに、メチルグリオキサールはマヌカを含めたLeptospermum 属の花蜜そのものには存在しない。そのかわりに、Leptospermum 属の花蜜に特徴的に含まれるジヒドロキシアセトンをミツバチが巣に運び入れる。巣ではジヒドロキシアセトンからメチルグリオキサールへの変換が時間をかけて進む。また、養蜂家が巣から採蜜したあと、保存容器での貯蔵中にも変換が進む。メチルグリオキサール量の多いものほど、高い価格で販売される。そこで、多くの企業はマヌカ蜂蜜を半年から2年程度、貯蔵(熟成、Aging)させ、メチルグリオキサール量が多くなったタイミングを見計らって検査・出荷し、高いランクのマヌカハニーとして販売している。 蜂蜜の貯蔵のみならず、加温・加熱によってもメチルグリオキサールの量が増加する。つまり、人為的な加熱により水分を飛ばし(濃縮し)、メチルグリオキサール量を増加させることも不可能ではない。一方で、蜂蜜の加熱はヒドロキシメチルフルフラール(HMF)量を確実に増加させるため、HMF量の検査により異常な加熱処理や長期保存を見破ることができる。実際にヨーロッパなどではHMFの上限値が定められており、UMF認証ではHMF量を測定して40 mg/kg蜂蜜を超えたものは認証しない。 メチルグリオキサール、ジヒドロキシアセトン、HMFは、o-フェニレンジアミンやo-(2,3,4,5,6-Pentafluorobenzyl) hydroxylamineを用いて誘導体化され、UHPLCにより分析される。UHPLCを用いることで比較的短時間に多検体分析ができる。 偽装防止及びマヌカハニー定義のための検査メチルグリオキサール(及び前駆体ジヒドロキシアセトン)は、商品のグレード(ランク)に直結する重要な特徴的成分である一方、その生成機構から考えても安定な指標とはなりえない。また、いずれも化成品として安価に入手可能であり、以前より人為的添加による偽装が懸念されていた。実際、2016年2月には、ニュージーランド政府の第一次産業省から、マヌカハニーにメチルグリオキサール及びジヒドロキシアセトンを人為的に加えたとして特定企業の製品についてリコールが発表されている(1)。メチルグリオキサール量のみに依存する認証システムは、偽装に対して脆弱であることを示している。他にもイギリスの老舗高級百貨店に並んでいたマヌカハニーのいくつかがUMFの基準を満たさないものであったなどの報道がなされた。また、海外ではシロップ(砂糖水)の添加が疑われるマヌカハニーも見つかっている。 このような状況で、ニュージーランド政府も自らマヌカハニーの管理強化に乗り出した。800以上の蜂蜜及び700以上の植物検体の分析結果をもとに、マヌカハニー定義(表1 マヌカハニー定義)を示し、その定義を満たす蜂蜜のみがマヌカハニーとして輸出できると定めた(2018年2月から施行)(2)。ニュージーランド政府から出された定義は、蜂蜜中に、4つの化学物質(2’-methoxyacetophenone, 3-phenyllactic acid, 2-methoxybenzoic acid, 4-hydroxyphenyllactic acid)、及び、Leptospermum scopariumの花粉に由来するDNAが一定量含まれていることとなっている。4つの化合物の中で特に重要なのは、Leptospermum scopariumのみに存在すると報告がなされている2’-methoxyacetophenoneである(3)。化学成分量は、モノフローラル蜂蜜(マヌカ単一の蜂蜜)として「Mānuka Honey」とラベルするためには、2’-methoxyacetophenoneは5 mg/kg蜂蜜以上、3-phenyllactic acidは400 mg/kg蜂蜜以上、2-methoxybenzoic acid及び4-hydroxyphenyllactic acidは1 mg/kg蜂蜜以上となる。一方、マヌカの他の花蜜も混じった「Multifloral Mānuka Honey」では、2-methoxybenzoic acid及び4-hydroxyphenyllactic acidはモノフローラルと同じ1 mg/kg蜂蜜以上、2’-methoxyacetophenoneは1~5 mg/kg蜂蜜、3-phenyllactic acidは20~400 mg/kg蜂蜜とされている。Leptospermum scopariumの花蜜100%のマヌカハニーはほとんど存在せず、多くのマヌカハニーには多かれ少なかれ他の花蜜も混入していると考えられるが、モノフローラル蜂蜜とマルチフローラル蜂蜜について明瞭に一定の区切り(基準)が示されたことは業者や消費者にとってのメリットにもなろう。 花粉DNA検査については、リアルタイムPCR法が採用され、測定用試薬キット(ManKan)も市販されている。なお、この市販キットではマヌカのみならず、マヌカと同時期に咲くカヌカ/Kanuka(Kunzea ericodes)の花粉DNAも測定できるが、KanukaのDNA量はマヌカハニー定義には全く考慮されない。マヌカハニーのDNA量はCq値(増殖曲線と閾値が交差する点)が36未満と定められている。この手法では花粉に含まれるLeptospermum scoparium由来DNAのみを増幅して測定するが、モノフローラル、マルチフローラルともに同じ最低限の量(実際にはサイクル数)のみが示されている。DNA量が最低限のみ示されているのは、花粉の混入量は蜂蜜により様々であり品質の判断には使えないためと考えられる。 一方、4つの化学成分の測定については、液体クロマトグラフィー四重極型タンデム質量分析器(LC-MS/MS)が用いられる。内部標準物質も指定されており、ポジティブ・ネガティブのイオン化が可能であれば、1度の分析で4化合物+1内部標準の検出定量が可能である。なお、4つの化学成分のうち、3-phenyllactic acidのみ、マヌカハニー(マルチフローラル含む)であれば20 mg/kg以上含まれるため、HPLC/UHPLCとUV検出器の組み合わせでも測定できる。他の3種、2’-methoxyacetophenone、2-methoxybenzoic acid、4-hydroxyphenyllactic acidについては1キロあたり最低1~5 mgであり、高感度な質量分析器が必要である。 リアルタイムPCR装置は安価なものは200万円程度もあれば購入可能であるが、質量分析器は数千万円のコストがかかる。ニュージーランド政府では、検査可能な機関を公開しているが(Webから検索可能)、マヌカハニー定義の施行から1年以上経過してもDNA及び4化合物を測定出来る検査機関はニュージーランド国内に大手の二社のみである(2019年4月現在)。マヌカハニー定義のための検査機関としてニュージーランド政府のお墨付き(認定)を得るためのハードルが高いことが伺える。なお、この定義による検査は輸出用のマヌカハニーにのみ適用されており、ニュージーランド国内での流通には今のところ適用されていないようである。今回、マヌカハニー定義のために採用された4化合物は、化成品として市販されており、安価に購入が可能である。このため、メチルグリオキサールの事例と同様に蜂蜜への人為的な添加の可能性は否定できない。また、定義をクリアするためのブレンド(混合)も懸念されている。花粉由来のDNA検査についても、蜂蜜への人為的な花粉の添加は容易である。 上述したように、オーストラリアでもマヌカハニーに類似した蜂蜜が採れる。では、オーストラリア産Leptospermum 蜂蜜とニュージーランド産マヌカハニーの成分は同一なのだろうか。マヌカ(Leptospermum scoparium)の花蜜にのみ由来する成分(2’-methoxyacetophenone)がニュージーランド政府により見出されているものの、同じLeptospermum scopariumはオーストラリアにも自生しており、特徴的成分2’-methoxyacetophenoneも見出されるため確実には区別できない。当然ながら、同じLeptospermum scopariumであるため、リアルタイムPCRによるDNAによる判別も困難である。両国の「Leptospermum蜂蜜」を明瞭かつ完全に区別する手段は今のところ存在していないと言える。 グレーディングのための検査政府主導のマヌカハニー定義が示されたあとも、UMFHAや各社による独自の認証は引き続き実施されている。これは、商品のグレーディング(ランク分け)のためである。マヌカハニー定義でもマルチフローラルとモノフローラルの区別はなされるものの、品質の区別(グレーディング)の基準は示されていない。このため、品質に大きな幅のあるマヌカハニーでは主としてメチルグリオキサール量を根拠に、数字がつけられ、グレーディングがなされている。メチルグリオキサールによる機能性は、厳密には証明されていないと考えるが、懸念されるのは、メチルグリオキサール量(数字)の高さを競うようなことも生じていることである。このことは、人為的なメチルグリオキサール添加を誘因しかねない。マヌカハニーはグレードの低いものほど「食べやすい」という意見が多く、またグレードの高いものもカラメルや薬膳のようなコクや苦味があり美味しい。数値に踊らされず、どのようなグレードでもマヌカハニーを食として味わい楽しむことが重要と感じている。 ニュージーランド最大のマヌカハニーを扱うUMFHAによるUMF認証では、メチルグリオキサール、ジヒドロキシアセトン、HMFを測定する以外に、Leptosperinの定量を項目として加えている。Leptosperinが100 mg/kg蜂蜜以上入っていることが、本物のマヌカハニーの証拠となっている。Leptosperinは筆者らの研究グループが発見した新規配糖体であり、マヌカハニーを含めたLeptospermum属由来の蜂蜜のみに存在することが明らかとなった。マヌカハニー中にLeptosperinは量的に多く、HPLC-UV検出器でも充分に検出可能である。飴などに添加されたLeptosperinは、LC-MS/MSにより検出定量が可能であるし、HPLC-蛍光検出器も高感度に測定できる。Leptosperinに対するモノクローナル抗体も作製されており、ELISAやイムノクロマト法でも簡便に測定できる。その特徴的な蛍光特性を活かして、蜂蜜を水に薄めるだけで蛍光吸光度計による定量が可能である。加えて、核磁気共鳴法NMRによる測定も可能であり、その測定方法は多岐にわたる。コストなどを考えると、普通のマヌカハニー検査の場合は、HPLC-UV検出器で充分であろう。なお、数年前に日本国内で市販されていたマヌカハニーのLeptosperin量をHPLC-UV検出器で分析したところ、極めて微量しかLeptosperinが入っていないものも見つかった(4)。 また、3項目(メチルグリオキサール、ジヒドロキシアセトン、HMF)では、イギリスの検査会社では1検体あたりおよそ£165(2万 3千円程度)、Leptosperinのみの測定では£130(1万9千円程度)は必要である(2019年4 月現在)。検体数も多くなるニュージーランド本国では、より安価な検査費用と考えられるが、いずれにせよ、バッチごとの分析とはいえ、コストが商品の価格へと転嫁されることになる。 Leptosperinの安定性と期待される機能性当然ながら認証のために検査される成分は、できる限り安定な化合物が望ましい。その意味では、採蜜後、時間とともに含量比が変化していくメチルグリオキサールやジヒドロキシアセトンは、不適合となる。単に、ジヒドロキシアセトンからメチルグリオキサールへの転換のみならず、ケトン・アルデヒド化合物であるため、貯蔵中にアミノカルボニル反応により蜂蜜に含まれるアミノ酸やタンパク質と結合することも考えられる。ニュージーランド政府がマヌカハニー定義のための成分を探索した際に、Leptosperinは当初の候補にはあがったものの、「不安定である」、「特異的ではない」との理由から除外された(3)。しかしながら、筆者らの検討では、4化合物の一つでLeptospermum scopariumにのみ存在する重要な成分2’-methoxyacetophenoneやメチルグリオキサールよりもLeptosperinは遙かに安定であり、他の研究者による同様な報告もある(5)。Leptosperinの標品は一般には販売されておらず、またその合成も困難であることから、偽装のための人為的なLeptosperin添加の可能性は極めて低い。加えて、最低でも100 mg/kg蜂蜜とその含量も多く、実際、パンに塗る程度の摂取量で、Leptosperinの代謝物がヒト血液や尿から十分検出される(6)。このため、含量の多いLeptosperinに優れた機能性があれば、体内での機能発現を期待できる。 シロップ添加や多成分分析検査マヌカハニーに限らず、蜂蜜は偽装とまで言わないまでもグレーな処理が疑われることが多い食材である。例えば、砂糖水をミツバチに投与して蜂蜜を増量させることがありうる。実際、花が咲かない季節には砂糖水をエサとして与えることもある。いわゆる「砂糖」(化学構造的にはSucrose)はサトウキビなどC4植物から得られるものであるが、多くの花はC3植物であり花蜜から採れるSucroseは光合成経路の違いから「砂糖」と同位体比(12C及び13Cの比率)が異なる。このため、質量分析によるシロップ添加の検査が可能となる。その他、多成分を分析する網羅的な検査やNMRによる複合系のままで複数成分を分析する手法、元素分析により(地中から得られたミネラルを同定することで)産地を特定する技術、などもあり、今後、検査方法も進化していくことが期待される。 今後のマヌカ蜂蜜検査上述したように、マヌカハニー定義とグレーディングのために、マヌカハニーの検査は二重とも言える緻密かつ丁寧に行われるようになり、信頼のおける商品が消費者のもとに届くようになってきた。しかしながら人為的な操作の可能性も依然として残されているため、予防的な意味も含めて偽装を許さない検査システムの更なる改良が望まれる。その反面、現在の検査費用の負担が業者に、ひいては消費者に及ぶことになる。より簡便・安価かつ消費者にわかりやすい認証が求められている。加えて、飴やガム、歯磨き粉のようなマヌカハニーが添加されている二次産品中に、添加したマヌカ蜂蜜のグレードを示したものはあっても、添加量が示されていないことが多く、また、消費者が機能性を期待する成分(例えばメチルグリオキサール)が最終製品にどれほど残存しているかについては表示がなされていない。未だ十分とは言えないマヌカハニーの機能性を科学的に証明し、更に、消費者が期待する成分がどの程度残っているのかを示す検査及び認証も必要と考えている。
写真1 マヌカ(Leptospermum scoparium)の花
図1 マヌカハニーに認められる特徴的成分
表1 マヌカハニー定義
マヌカハニー定義
※Cq, 増殖曲線と閾値が交差する点 文献
筆者略歴
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