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![]() ウェルシュ菌とウェルシュ菌食中毒:新しい毒素と型別の紹介
![]() 甲子園大学 栄養学部
教授 鎌田 洋一 1.はじめにウェルシュ菌食中毒は下痢を主徴とする食中毒で、食品内に大量に増殖した同菌の生菌が摂取されて起こる。菌は胃を通過し腸管内で定着、増殖する。この増殖した菌が腸管組織に影響を与えれば、感染が成立し、炎症性反応が誘発され、症状へとつながってゆくのだが、ウェルシュ菌はその発生メカニズムをとらない。腸管腔内でウェルシュ菌は芽胞形成に伴いタンパク質性の毒素を菌体中に合成する。芽胞の完成、すなわち細胞壁の崩壊により毒素は放出され、腸管腔内へと分散する。エンテロトキシンと呼ばれるこの毒素が、腸管粘膜上皮細胞を傷害し、下痢を誘発する。 ウェルシュ菌は毒素産生に特徴のある偏性嫌気性桿菌で、10数種類の毒素を産生し、ヒトや動物に特異的な症状を誘発する。本菌は主要毒素の産生の有無と、ヒトあるいは動物への病原性発揮能により分類されてきた。細菌学におけるバイブルといえる「戸田新細菌学」では、ウェルシュ菌をAからEの5型に分類している1)。最近鶏での下痢症から、また、人の食中毒事例から、新しい毒素が発見された。これを踏まえ、毒素の産生スペクトルによる型別の変更が提唱され、今後新しい型別が定着してゆくと考える。本稿ではエンテロトキシンによるウェルシュ菌食中毒の特徴と発症機序、その予防、同菌が産生する主要毒素と新発見の毒素の性状、そしてウェルシュ菌の新しい型別を紹介する。 2.ウェルシュ菌食中毒の概要・特徴ウェルシュ菌食中毒は2つの大きな特徴を持つ2)。1点は発生した1件当たりの事件の患者数が多い、大規模型の発生を示すことである。時に1件で1,000人を越す事例が発生する。2013年から2017年までの厚生労働省が集計する食中毒統計3)を整理したのが表1から4になる。我が国では一年間に1,000件程度の食中毒が発生する。正確には、公的機関が発生したと認め厚生労働省に届け出た食中毒件数である。総事件数のうちの40%は細菌が原因になっている(表1)。細菌性食中毒のうち、最も事件数の多い原因はカンピロバクターで、その占有率は70%に達している。ウェルシュ菌食中毒事例は5から6%、年間19から31件の発生に過ぎない。一方、患者数をみると、全く様相が異なる。我が国では年間20,000人程度の食中毒患者が報告される。そのうち、細菌が原因になっているのは6,000から7,000人で、全食中毒患者数の30から40%を占める。発生件数の多かったカンピロバクター食中毒は、1,551から3,272人の患者数で、細菌性食中毒の中で25から35%となっている。ウェルシュ菌食中毒の患者数は551から2,373人、その割合は細菌性食中毒の9.1から32.9%になる。2014年は本菌食中毒患者数が細菌性食中毒の中で最多である。また、同患者数は事件数が12倍以上多いカンピロバクター食中毒の患者数を400名近く上回る(表2)。 大規模型というウェルシュ菌食中毒の特徴は、1事件あたりの患者数を整理するとより明確になる。細菌性食中毒のそれは15人強、カンピロバクター食中毒のそれは6.2から9.7人で、平均が7.3人になっている。ウェルシュ菌食中毒とみると26から95人、平均が51人となっている(表3)。大規模型というウェルシュ菌食中毒の特徴が明瞭に出ている。 原因食がウェルシュ菌食中毒のもう一つの特徴になる。ウェルシュ菌食中毒と診断した事例で原因食が特定できたものの中で、加熱食品、特にカレーや煮込みなど、高温あるいは長時間加熱した食品が原因であった事例を厚労省食中毒統計資料から抽出した。事例の50%、年によっては70%以上の事例で加熱食品が原因となっている(表4)。後述するように、高温・長時間加熱食品がウェルシュ菌食中毒の原因食であることは、本菌食中毒発生のキーポイントになっている。この特徴はウェルシュ菌の性状に起因する。
3.ウェルシュ菌の性状・特徴ウェルシュ菌はグラム陽性偏性嫌気性の大型桿菌で、耐熱性芽胞を形成する。運動性はなく芽胞は偏在する1)。ガス産生も顕著である。アネロパック・ケンキ(三菱ガス化学株式会社)による嫌気培養で良好に増殖する。破傷風菌やボツリヌス菌ほどの厳密な嫌気状態は本菌の増殖に必要ない。液体培地ではあるが、TGC培地(日水製薬株式会社)やCooked Meat Medium(Becton, Dickinson and Company)を用いると嫌気培養の必要がない。パウチ法を用いればクロストリジア培地(日水製薬株式会社)も本菌に適応できる。本菌はレシチナーゼを合成する。また、カナマイシンに耐性がある。この性状を利用した分離培地がCW寒天基礎培地(カナマイシン含有)(日水製薬株式会社)として市販されている。卵黄液を追加したCW寒天培地を用いての嫌気培養で生じたウェルシュ菌のコロニーは不定形で、周辺に白濁帯を示す。卵黄レシチンを分解したために白濁帯が生じる(図1)。本菌検査法の詳細については、公益社団法人日本食品衛生協会が刊行している「食品衛生検査指針 微生物編 改訂第2版 2018」4)を参照されたい。 ウェルシュ菌は動物の腸管内を生息域とし、いわゆる悪玉菌と称される。本菌は芽胞として広く環境に分布する。土壌中にウェルシュ菌芽胞が存在する。本菌は1890年代、細菌学が勃興する時期に発見されていて、発見者の一人のWelchの名を取って和名としている。本菌は当初はBacillus属とされたが、ボツリヌス菌同様、Clostridium属とされた。本菌はGas gangrene(ガス壊疽)、Necrotic enteritis(壊死性腸炎)、Enterotoxemia(腸性毒血症)、Food poisoning(食中毒)を含んだ疾病を、ヒトや各種の動物で起こす。10数種類の毒素を産生することを大きな特徴とする。本菌はこれまで、後述する主要な4種の毒素の産生パターンと疾病および宿主の違いで、5型に分類されてきた1)。表5に示す。4種の毒素は、α、β、ε、およびι毒素である。もう一つの主要なウェルシュ菌毒素であるエンテロトキシン(Clostridium perfringens enterotoxin、CPE)はこの型別基準毒素に用いられていない。CPE産生ウェルシュ菌はその毒素産生性とはかかわりなく、人に食中毒(下痢)を起こすという観点からA型に分類されてきた。食品衛生向上・食品安全を希求するものとしては、CPEを考慮に入れないこの型別では物足りない状況ではあった。というのは、ウェルシュ菌食中毒を確定診断する場合、患者便中のCPEの検出と、分離菌のcpe遺伝子の保有とCPEタンパク質産生性を求めるからである。ウェルシュ菌が大規模食中毒を起こすことを鑑みても、CPEの重要性を強調したいというのは私見であるが、最近、筆者のグループが新しい下痢毒素を発見したことから、新型別を提唱していた5)。
4.ウェルシュ菌食中毒事例発生機序ウェルシュ菌は環境に、ヒトや動物の腸管内や、排泄される糞便中に分布する。土壌中で芽胞の形状で長く生存する。このため農産品には本菌芽胞の付着があると前提してよい。芽胞は土壌から空中に放出され粉塵中に混入する可能性がある。食品工場、厨房、家庭の台所に、ウェルシュ菌芽胞は持ち込まれる。芽胞は耐熱性である。 4.1 芽胞の混入と活性化ウェルシュ菌芽胞が食材に付着している。食材は野菜、香辛料、食肉等多様である。上述のとおり、あらゆる農産品には本菌芽胞が付着していると考えたほうが良い。洗浄不十分な食材で調理が始まる。調理程度の加熱では本菌芽胞は殺菌されない。 本菌食中毒の「大規模」「煮込み料理=長時間加熱」という特徴は、給食施設、大型食堂、仕出し料理店、刑務所などで、50 Lや100 Lといった大型深鍋大容量調理器具で調理が実施されることを示す。調理時の加熱は殺菌以外にも細菌増殖に影響する。加熱により食材中に混入した気体が外部に放出される。嫌気状態が誘導される。この時の食品がカレーやシチューのような粘調なものであると、ガス体の放出には時間がかかるが、長時間の煮込みにより、ガスは食品外に放出され、食品の嫌気度は高度なものに達する。さらに、耐熱性芽胞に殺菌条件未満の加熱がかかった場合、一斉に発芽し、栄養型細胞として増殖を始める。学術的にはこの加熱を芽胞にHeat shockを負荷すると言う。 4.2 食品内での増殖大型深鍋で長時間加熱された食材の中に、加熱に耐えて発芽した本菌がいる。加熱は非抵抗性の菌を殺菌する。ウェルシュ菌に競合菌はいない。本菌の生息温度域は高い。食品の冷却が進むと、本菌は50℃で増殖を始める。Heat shockが負荷されているため、芽胞から一斉増殖する。仮に本菌以外の細菌が食品内に残存していたとしても、冷却の過程で本菌の増殖が他の菌よりも早く始まり、食品内増殖に本菌が勝利する。大型深鍋で粘調食品を製造していた場合、大気の粘調食品への浸透は弱く、深鍋の底の嫌気度は高度に保たれる。ウェルシュ菌が独占的に食品内で増殖する。本菌の世代時間(菌数が2倍になるのに必要な時間)は10分程度とされる。大容量の加熱調理食品を室温で放置し冷却した場合、想像よりも早くウェルシュ菌は食品内に満ち満ちる。カレー、シチューなど、煮込み料理は味の濃いものが多い。食品由来の臭いも強い。ウェルシュ菌の増殖を人は感知できない。 4.3 消化管内での増殖と芽胞形成・毒素産生グラムあたり106 cfuの生菌、100グラムを喫食して、総計108 cfuの本菌栄養型細胞が体内に入ることが、ウェルシュ菌食中毒発生の重要条件とされている2)。殺菌の目的でウェルシュ菌を含んだ食品を再加熱する際、殺菌可能な高温で長時間の加熱が必要になる。食品の再加熱で本菌を106 cfu/g以下にできない場合や、加熱しないで喫食する仕出し弁当の総菜の中に本菌が増殖していた場合など、原因食の喫食によって本菌とヒトとの相互反応が始まる。胃酸により殺菌は行われるだろうが、ウェルシュ菌が生き残ったとすると、その栄養型細胞は小腸腔に達する。体内の嫌気的条件、豊富な水分と栄養素により、栄養型細胞は増殖する。本菌の増殖が進み、やがて芽胞形成が誘導される。この芽胞形成に胆汁成分が関与することがわかっている6)。芽胞形成の最終過程である菌体壁の崩壊に伴い、小腸腔内にCPEが放出される。 4.4 毒素の腸管粘膜上皮細胞への攻撃CPEは腸管粘膜上皮細胞に達する。CPEの細胞膜上の受容体はクローディンというタンパク質である。クローディンはファミリーを形成している膜タンパク質で、上皮細胞の管腔側に位置するタイトジャンクションの重要構成成分であり、上皮細胞を横並びに密着させる働きを持つ。CPEのクローディンへの結合の後、CPEはチャネル形成し、細胞膜に「穴」を開ける。最終的には腸管腔内に水分が流出する。人においては、下痢という症状が発現する7)。もう少し詳しい分子レベルの毒素作用機構は後述する。 以上の作用機構から、ウェルシュ菌食中毒は、腸管内で毒素を産生する生体内毒素型、あるいは感染と毒素作用の両方の現象を包有する中間型食中毒に分類される。 5.ウェルシュ菌食中毒予防法ウェルシュ菌食中毒は、刑務所や大型厨房施設、仕出し弁当製造所、レストラン、学校給食施設が発生場所になる。基本的なことであるが、厚生労働省が発出している「大量調理施設衛生管理マニュアル」を参照し、大規模調理施設の衛生レベルの維持、向上に努めていただきたい。 ウェルシュ菌食中毒の制御には本菌の性状を理解しての対応が重要になる。 5.1 原材料、厨房・製造施設、人農産品、特に食肉や土が付着している作物にはウェルシュ菌芽胞が付着・定着しているものと心得ねばならない。厨房や製造施設には環境から本菌芽胞が持ち込まれる。ヒト腸管内の常在細菌であることにも留意が必要で、ウェルシュ菌食中毒事例が発生した場合、糞便中には多量の本菌芽胞が排出されている。 5.2 調理、製造過程大型深鍋は本菌が最も好む調理器具になる。料理の分量が多いため調理後の冷却に時間がかかり、ウェルシュ菌の増殖の機会がある。その際、鍋の深部は嫌気状態が保持されていて、本菌の増殖に都合がよい。カレーやシチューなど濃厚粘調な料理は、料理表面(上面)からの空気の浸透が遅くなる。本菌は一般細菌より高い増殖可能温度帯を示す。このため料理が冷却され始めたとして、ウェルシュ菌は他の生き残ったかもしれない細菌群より早く増殖を開始する。本菌の世代時間は短い。本菌は独占的に食品内で増えることになる。 本菌食中毒への対策として、料理の作り置きを避け、調理後可能な限り早く喫食することが望ましい。前日の調理は避ける。調理の段階で、食材を次々に加熱容器の中に投入することもあるだろう。その際、解凍不十分な冷凍食材を投入することは注意する。調理物の温度が下がり、加熱の殺菌効果が十分に発揮されない危険性がある。完全に解凍した食材の投入が望まれる。調理者、特に大量調理を担当する人の感性では、加熱は「料理を作る」ことに主体があるだろうが、加熱に殺菌効果を期待していることも忘れないでほしい。ウェルシュ菌を含んだ耐熱性芽胞への関心を持ってほしい。さらに、調理後の食品内での細菌増殖にも留意されたい。 調理物を60℃以上に維持するとウェルシュ菌は増殖できない。料理の冷却の際、ウェルシュ菌増殖温度帯(25~50℃)を可能な限り早く通過させる。その後は低温を維持する。料理を小分けして、空気暴露の機会の増加と冷却の効率化を図る。小分けできない場合、料理の攪拌を頻繁かつ丁寧に行う。加熱による殺菌効果をむらなく発揮させるだけでなく、空気の料理内への混入を助ける。冷却も早くなる。 調理に大型深鍋を利用した場合、喫食直前の加熱を丁寧に行う。食事を温めるレベルでは殺菌不完全と心得たい。また、仕出し弁当に入れる惣菜など、大量調理されたがその後加熱しないで提供する調理形態も危険を伴うと心得たい。ウェルシュ菌食中毒の発生には108 cfuという生菌、つまり栄養型細胞が必要とされている。本菌の栄養型細胞に耐熱性はない。喫食直前の料理への加熱は、温かい料理を温かく提供するという感性より、食品を殺菌するという感性で加熱することを望む。 5.3 原因となる食品、衛生管理カレーやシチュー以外に注意が必要な食品として、煮物、特に肉を含んだ煮物、肉団子などの加熱調理食品がある。著者が携わった厚生労働科学研究の一環で食材を調べたところ、香辛料にも本菌芽胞が含まれていた。カレーを寝かすとおいしくなるという巷間言われることを、大量調理施設で実施することは避けてほしい 弁当、宅配食品なども大量製造するため本菌食中毒発生の危険性を持つ。刑務所での本菌食中毒の発生が目立つ。大量調理していることが基本的原因であるが、厨房環境の衛生状態に疑いを持つ。一般衛生管理過程のみならずHACCPにおけるCCPの設定の際、本菌に関係するポイントの設定を慎重にしてほしい。 6.ウェルシュ菌毒素ウェルシュ菌は多数の毒素を産生する7)。その中で型別の指標に用いられている毒素群、食中毒の際に下痢を直接に誘発するエンテロトキシン、鶏壊疽性腸炎起因毒素、および筆者らが発見した新型下痢毒素を紹介する。 6-1 α毒素α毒素はいずれの型のウェルシュ菌も産生する。α毒素遺伝子は染色体上にコードされている(GenBank : M24904)。α毒素は370個のアミノ酸からなり、分子量42,521を示す。ホスフォリパーゼC活性を示す。α毒素はセレウス菌やリステリア菌のホスフォリパーゼCと高い相同性がある8)。ウェルシュ菌が創傷部深くに持ち込まれた場合、嫌気条件のもと本菌が増殖する際、α毒素を分泌する。この毒素の脂質分解活性により、筋肉組織や皮膚組織が崩壊されてゆく。ガス産生が顕著な菌種であるので、罹患部位はスポンジ状となり、組織が崩壊し、「ガス壊疽」の症状を呈する。α毒素の毒性は多岐にわたる。溶血、致死、好中球活性化、血小板凝集などの活性を有する。α毒素の3次元構造が明らかになっている9)。α毒素はNおよびCドメインからなり、Nドメインに酵素活性を担う部位が存在する。Cドメインは標的細胞への結合に関与する。 6-2 β毒素β毒素はヒトや動物の壊疽性腸炎、出血性腸炎の病原因子とされている10)。BまたはC型ウェルシュ菌がβ毒素を産生する。精製β毒素はマウスに対する致死毒性を有する。他に、皮膚壊死活性、血圧上昇活性、皮膚血管透過性亢進活性がある11)。β毒素はB型ウェルシュ菌の染色体DNAからクローニングされた(GenBank : L13198)。309残基のアミノ酸からなる毒素タンパク質が活性を有するが、染色体上では27アミノ酸残基分のシグナルペプチドがある。このシグナルペプチドが離脱しないと活性が発現しない。β毒素は、数分子が合体するオリゴマー形成毒素と推定されている12)。 高タンパク質摂取時に経口感染した本菌が小腸内で増殖、そこで産生されたβ毒素によって腸管粘膜上皮細胞に障害が誘発される。腸炎状態となる。腸管内のβ毒素は血中に侵入し、全身症状を誘発する。β毒素はタンパク質分解酵素の影響を受けやすい。すわなち、人の消化管内では失活しやすい。しかしながら、高タンパク質食品を摂取すると、消化管内のタンパク質分解酵素がβ毒素に作用する効率が低下する。そのため本毒素が毒性を保ち、本毒素による症状が発現すると理解されている。 6-3 ε毒素ε毒素はBおよびD型ウェルシュ菌が産生する。ε毒素は家畜の腸性毒血症の原因毒素とされる。家畜が新生児期に過剰に授乳する、あるいは離乳期に過食することが本菌の異常増殖に関与するとされている。ε毒素遺伝子は1992年にクローニングされた。同遺伝子はプラスミド上にコードされていた(GenBank : M80837(B型)、M95206(D型))13,14)。前駆体として合成されたときのε毒素のアミノ酸残基数は328個、分子量は32,981で、32個のアミノ酸残基がシグナル配列として付加しており、それが切除されたとき、毒性を発揮する。シグナル配列の切断はトリプシン、キモトリプシンのようなヒトの消化酵素だけでなく、細菌性のプロテアーゼによっても生じる。 動物に精製ε毒素を投与すると大脳に病変が現れる。細胞レベルでの解析もされていて、MDCK細胞をε毒素処理すると細胞は膨化し死滅する15)。その際、ε毒素は細胞膜状に155 kDaの複合体を形成し、K+イオンの細胞内流入を起こすことが明らかにされている。 腸性毒性症の総体としては、本菌の腸管内での異常増殖、ε毒素前駆体の産生、腸管内消化酵素による毒素の活性化、腸管の透過性亢進と活性化毒素の血管内侵入、腸性毒血症の形成、大脳への作用という機序となる。 6-4 ι毒素ι毒素はE型ウェルシュ菌によって産生される。ι毒素は2成分毒素で、Binary toxinと定義される。ι毒素の2成分はイオタa成分(Ia)、イオタb成分(Ib)と称す。両成分が共存して初めて毒性を示す。E型ウェルシュ菌は子ブタ、子ヒツジ、ウサギの腸性中毒症事例から分離されている11)。ウサギの下痢症から分離されたClostridium spiroformeスピロフォルム菌が産生するι毒素様毒素もBinary toxinである16)。 ι毒素遺伝子の2成分はプラスミドDNAからクローニングされた17)(GenBank : X73562)。Iaは前駆体タンパク質として454残基のアミノ酸で産生され、毒性の発揮にはN末端41残基のシグナルペプチドが外れる必要がある。Ibはアミノ酸876残基で産生されN末端にシグナルペプチドがある。タンパク質分解酵素の作用をうけて、N末端部がさらに消化され成熟体となる。活性を発揮する成熟Ibは664アミノ酸残基で構成される。 Binary toxinは1成分が細胞膜の受容体と結合を担い、もう1つの成分が細胞内に侵入し、酵素活性に由来する機能を発揮することで毒性を示す。ι毒素ではIbが結合を、Iaが酵素活性を担う。スピロフォルム菌ι毒素様毒素の類似成分も同じ酵素活性を示す。ADP-リボース転移活性を持つ毒素タンパク質群には、本毒素以外にボツリヌスC2毒素、炭疽菌毒素、およびセレウス菌昆虫殺虫性タンパク質がある18)。 ι毒素の生物活性として、マウス致死活性、皮膚壊死活性、細胞毒性活性、腸管ループ(下痢誘発)活性、細胞毒性(円形化)がある。分子レベルで解析が進み、Ib成分の細胞膜受容体の結合、オリゴマー形成、同オリゴマーへのIa分子の結合、Iaの細胞内侵入、Iaの酵素作用(ADP-リボースの細胞内アクチンタンパク質への転移)、細胞の膨化(バルーン形成)、細胞死の誘導という一連の毒性過程が明らかにされている7)。 6-5 エンテロトキシン、CPECPEは1971年に報告された。エンテロトキシンの産生はA型ウェルシュ菌の他、C、D型菌でも確認されているが、大半、A型に属する。CPEは本菌食中毒発現のキーポイント物質となる。その理由は、CPEが食中毒症状(下痢)の発現に必須のものだからである。この理解を受け、ウェルシュ菌食中毒の診断にcpe遺伝子とCPEタンパク質の存在を確認している。具体的には、患者便あるいは原因食品から分離した菌株のcpe遺伝子の検出と、患者便中のCPEタンパク質定量を行う。抗CPE抗体を用いての逆受け身ラテックス凝集反応によってCPEタンパク質を定量する。CPEの定量には国内メーカー(デンカ生研株式会社)がキットを供給している。分離菌株のCPE産生性を確認する場合もある。芽胞形成促進、すなわち毒素産生促進培地が工夫されている。cpe遺伝子検出PCR法も市販試薬で可能になっている(タカラバイオ株式会社)。患者便中にはウェルシュ菌芽胞が存在している。ウェルシュ菌の分離には卵黄添加カナマイシン含有CW寒天培地を用いることは上述した。 食中毒事例から分離された菌株の染色体からcpe遺伝子がクローニングされた(GenBank : M98037)19)。CPEは319アミノ酸残基からなる分子量35,317の易熱性タンパク質毒素で、活性発現のためのタンパク質分解酵素処理(翻訳後プロセッシング)の必要はない。CPEは芽胞形成時に合成され、栄養型細胞の菌体壁が崩壊する際に腸管腔内に放出される。CPEは腸管粘膜上皮細胞に発現している受容体クローディンと結合する20)。CPEとクローディンの結合は、静電気的結合力で形成されることがわかっている21)。CPE・クローディン複合体は6分子程度会合し、細胞膜上で凝集する。その結果、poreが形成される。CPEは「pore - forming toxin(膜孔形成毒素)」に分類される。細胞外カルシウムイオンがporeを通じて細胞内に流入し、細胞内イベントを惹起する。流入したカルシウムイオンはカルパインを活性化し、カルパインはミトコンドリアに作用し、チトクロームCを放出、Caspase-3活性を亢進させ、アポトーシスが進行する。細胞死に至る22)。マクロの現象として、CPEは下痢を誘発する。 6-6 C. perfringens Necrotic Enteritis B-like ToxinNetBと称される。2008年に鶏の壊疽性腸炎事例から分離されたウェルシュ菌が産生していた。壊疽性腸炎はα毒素が主要な病原因子とされてきたのであるが、事例から分離された菌株のα毒素ノックアウト株を作製、その株を鶏に接種しても腸炎が誘発されなかったことを契機にして、NetBの存在が示唆され、分離同定されるに至った。NetBはウェルシュ菌β毒素に38%の相同性を示すことから、本名称になっている23)。netB遺伝子は黄色ブドウ球菌α溶血毒に相同性を示す(GenBank : EU143239)。NetBはアミノ酸残基数323残基のpretoxinとして産生され、30アミノ酸残基のシグナルペプチドがある。 6-7 C. perfringens iota-like enterotoxinCPILEと略記する。本毒素は疫学情報からはウェルシュ菌食中毒とされるものの、CPEタンパク質およびcpe遺伝子が検出されなかった分離菌株培養液が腸管ループ試験陽性であったことを契機に発見された24)。筆者のグループが分離菌株から新しい下痢毒を分離同定した。次世代シークエンシングとバイオインフォマティクスを活用してのことである。新型下痢毒素のアミノ酸配配列はスピロフォルム菌が産生するι毒素様毒素に最も類似していた5)。アミノ酸配列の類似性から、C. perfringens iota-like enterotoxin(CPILE)と名付け、大小2成分を、それぞれCPILE-a、CPILE-bと呼称した。CPILE-aは419アミノ酸残基、CPILE-bは799残基からなる(GenBank : AB921559、AB921560)。アミノ酸配列の類似性からCPILE-aにはADP-リボース転移酵素活性があることが推察され、組換えCPILE-aの同酵素活性を実験的に証明した。CPILE-bは細胞膜結合成分で、膜孔形成毒素と同様の動態を示す。組換えCPILE-bのオリゴマー形成を証明した。両成分の組換えタンパク質を混合しウサギ腸管ループ試験に供したところ、陽性反応を確認し、下痢原性を証明した。CPILE-bには活性化のためにタンパク質分解酵素処理が必要になる。ウェルシュ菌研究の中で人に食中毒原性・下痢誘発性を示す毒素はCPEのみと認識されていた。50年ぶりにその認識を新たにしたのがCPILEである。 7.ウェルシュ菌の新しい型別疫学情報の整理に型別は必須である。2018年になり、海外のウェルシュ菌研究者から新しい型別が提唱された7,23)。表6にそれを示す。産生する毒素の種類で型別されている。新型別はAからG型とされ、ヒトと動物に病原性を示すCPEとNetBを旧来の型別基準に組み込んでいる。すべての型にα毒素の産生がなければならない。これは旧型別と一致する。F型は新設されたもので、CPEの産生性が主となっている。NetBの産生が主になっているのが新設のG型で、鶏の壊疽性腸炎を起こすウェルシュ菌が属する。新しい型別と同時に、毒素の新名称も提唱されている。表6にはこれまでの各毒素の名前と新名称を記載した。今後、新しい型別と名称が広く用いられることになるだろう。
8.おわりにウェルシュ菌食中毒と同菌、および同菌が産生する毒素を紹介した。多種類の毒素産生をすることが本菌の特徴になっている。新規毒素の発見、毒素の新名称と分離菌株の新型別まで、ウェルシュ菌に関しての新しい学術的な動きがある。今後本情報が研究者、検査者、教育者に波及してゆく。共通理解が迅速に広まることを期待する。 文献
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