(一財)食品分析開発センター SUNATEC
HOME > 地域に根付いた食品研究
地域に根付いた食品研究
日本大学 生物資源科学部 食品生命学科
准教授 鳥居 恭好

1. はじめに

大学の存在意義として、「研究」「教育」に加えて「社会貢献」が挙げられることが多い。筆者の勤務する学部は農学系の総合学部であり、農林水産分野から環境科学、さらに国際地域開発や食品経済などの文系分野もカバーしている。あまたある学問分野の中で、人類の幅広い生産活動の基盤となる農学は、国と人類の未来に貢献する人材を育成するためにも重要な領域であると考えている。

本稿では、食品研究と地域連携について、筆者の見聞きしたあれやこれやを紹介する。ろくな研究実績も持たず、研究者としては吹けば飛ぶような存在の筆者ではあるが、ほんの時間つぶしにでもお読み頂ければ幸いである。

2. 地域食材の分析評価と食品開発

農学系分野の中でも、食品研究は地域連携と極めて親和性が高い。研究対象となる農水産物や食品そのものが地域産業と密接な関わりがある。また、中小企業では自社で分析・評価のための充分な設備を持たない所も多くあるため、近隣の大学の研究者と設備が役に立てる局面は多い。さらに、機械工業などと比べ、比較的小回りの利いた商品開発が可能であり、例えば学生の視点からのアイディアを製品に活かしやすいといった側面もある。いわゆる「6次産業化」への生産者の取り組みを、行政が制度と資金面で支援し、その地域の大学が技術的に協力するというスキームはもはや一般的なものとなっている。

 

筆者の勤務する日本大学生物資源科学部は神奈川県藤沢市に位置する。筆者の地域連携のきっかけは約15年前に、藤沢市を中心に活動する公益財団法人湘南産業振興財団(当時は財団法人藤沢産業振興財団)の主催する『大学技術市場』への参加にまで遡る。このイベントは、湘南エリアに設置されている慶応大学湘南キャンパス、神奈川大学、湘南工科大学などから、それぞれいくつかの研究室が研究成果を持ち寄り、市民および地域の事業者へブース展示を行うものであり、形を変えながら現在も実施されている。日本大学生物資源科学部からは、カブトムシの幼虫やクラゲの水槽といったいかにも農学部らしい生体展示に混じって、筆者の研究室も当時取り組んでいた沖縄やモンゴルの伝統食品の機能性評価に関する展示を行った(参考文献1-3)。来場者からの人気投票では、他大学からの工学系やIT系の展示を抑えて生体展示が上位を占めたのは、参加者に子供たちが多かったことも影響があったのだろう。一方、筆者の食品関係の展示ブースには年配の女性からの質問が多かったのを記憶している。

 

これがきっかけとなって、湘南産業振興財団などを通じて地域の農業・食品産業関係者から声がかかることが次第に多くなった。

まず、市内の食品加工と販売を手がける企業から、地域素材を活かしたジェラートの成分分析の依頼があった。藤沢市は漁業や畜産(特に養豚)が盛んに行われている他、かつてはナシの産地として知られ、現在はブドウやトマトなどの各種農産物の生産が盛んである。また。同社はこうした素材を季節のジェラートに加工して販売を行っている。しかしこの件は栄養素の一般成分分析やその他の多種の成分分析の丸投げに近い形での依頼であり、残念ながら内容を限定した形での受託になった。研究室でルーティンに行っている成分以外の定量分析については、急に引き受けることは難しいことが多い。こうした分析については有償での受託分析を行っている一般財団法人食品分析開発センターSUNATECなどの機関に依頼した方が、結局のところ「安く・早く・上手い(正確)」であるのは間違いない。

続いて、伝統的発酵乳製品「ケフィア」の販売を行う企業からの依頼を受け、より効率的な発酵生産の方法などを検討した。この発酵乳は純粋培養された単独の乳酸菌を用いるものではなく、酵母などとの複合培養を行うもので、ロシアや東欧の家庭で伝統的に行われてきた。培養自体は比較的容易で、複合培養系が発酵の安定と雑菌汚染の抑制を可能にしていると考えられた。取り立てて新しい知見が得られたわけではないが、販売が中心の企業であり、学生の力を借りてのスケールアップ培養の様子を見て頂くと大いに喜ばれた。

数年して、筆者の悲願であった「居酒屋との共同研究」の機会を得た。神奈川県、特に三浦半島の魚介類や農産物をメインにした、地域密着型の飲食店「うれしたのし屋/◯(まる)う商店」の下澤敏也社長と、同店で取り扱うダイコンなどを生産する三浦の農家、下里吉浩氏が研究室に訪れた。事前に聞いていた依頼内容は、店舗で大量に出る鮮魚のアラを使った出汁がすぐに生臭くなってしまうのはなぜか、その対策はないか、とのことだったが、下里氏が持参した大量のダイコンをテーブルにドンと置き、「ウチのダイコンがなんで他のダイコンより美味いか、調べてくれ!」と言うのを聞いてワクワクした覚えがある。

出汁の分析の結果、魚油特有の易酸化性が関わっていることを見出し、加熱製造時に抗酸化能の期待出来る食材を添加することと、製造後の酸素遮断を徹底することによって改善されることを確認した。下澤氏は最近、クラフトビアレストラン「横須賀ビール」を立ち上げた。この折にはビールに目のない筆者も微力ながら協力した。と言っても技術的な協力ではなく、横須賀はドブ板通りにある店舗の二階の壁のペンキ塗りを手伝っただけである。

ダイコンについては、現在の主流である青首大根と、三浦大根に代表される在来種の、呈味成分および栄養素の局在の違いに注目し、生合成および物質輸送と、主根と軸索の組織の違いとを関連づけての解析を現在も続けている。「なんで美味いか」という下里氏からの依頼に直接に答えるものではないが、基礎研究につながる興味深いきっかけを頂いたと思っている。

また、下澤氏の店舗で取り扱うシイタケやキクラゲを栽培する永島農園(横浜市)の永島太一郎氏の知遇を得た。筆者の研究室では永島氏と連携して、菌床シイタケの栽培条件が成長と呈味成分に及ぼす影響についての研究の端緒についたところである。

 

先に述べた様に、藤沢市を含む神奈川県中部は養豚が盛んな地域である。消費者の意識の高まりもあって、国産、特に地元産の豚肉の人気は高く高値で流通しているが、実際のところモモ肉やカタ肉はそれほど良い値がつかず、安価に加工用に廻される分も少なくない。こうした状況の中、市内でイタリア料理店を経営していた有限会社NORMAの高橋睦氏は、「藤沢の豚肉を藤沢で熟成させて生ハムを生産し、藤沢を中心とした地域で提供しよう」という試みを始めた。筆者は湘南産業振興財団から高橋氏を紹介され、衛生管理のための水分活性測定、稀に発生する微生物による事故品からのPCRを用いた微生物検出、汚染拡大を防ぐためのガイドライン策定などを行ってきた。高橋氏はJAさがみ畜産部会の協力を得て、藤沢市内に加工場を開設し、毎年数百本のブタ腿を18ヶ月以上かけて熟成させ「ふじさわ生ハム」に加工している。数年前から地域の飲食店向けの提供が始まり、好評を得ている。

3. 食品研究を通じた被災地支援

東日本大震災から8年になる。2011年3月11日午後2時46分、自分がどこで何をしていたか、誰もが覚えているだろうし、一生忘れないだろう。

震災から半年後の9月、同僚と共に初めて被災地を訪問した。宮城県気仙沼市在住のO氏は当学科の卒業生で、現地で家族とともに水産加工会社を運営しているが、強い揺れのあと津波が来るのを見て、従業員らとともに工場の屋根に上り、給水タンクにしがみつく様にして一夜を過ごしたという。悲惨な光景と体験談に我々は言葉を失い、何かの役に立てないだろうかと模索を始めた。

筆者の研究室でそれ以前から研究を進めていた魚醤についての知見が、O氏の会社の製品の改善とコスト削減につながることに思い至り、その後数回の訪問を通じて技術協力を行っている(参考文献4)。

 

これと並行して、日本大学の複数の学部が関わる支援プロジェクトが立ち上がった。藝術学部の木村教授が代表者となり、理工学部の青木教授を筆頭に多くの有志研究者が名を連ねる学長特別研究プロジェクト「日本大学国際救助隊(通称 N. RESCUE)」だ(参考文献5)。「救助隊」と称してはいるが、実際の活動は各自の専門を生かした研究・教育支援が主である。筆者も当初から参加しており、子供向けの科学イベントなどで模擬実験を行うなどしているが、やはり気仙沼で行った商品開発の支援が最も印象深い。

藝術学部デザイン学科の布目幹人講師は、震災直後よりたびたび現地を訪れ、現地の水産加工業者の組合の顧問として復興支援を行っている。気仙沼は漁業と水産加工品の町として広く知られ、強力なブランドイメージを有していた。そのため、震災以前は新商品開発をあえて強く進めなくても好調な売り上げを続けていた。ところが震災以降売り上げは停滞しており、被災地イメージを脱却した新しい商品開発が求められる様になる。そこで産業デザインを得意とする布目講師の研究室の協力が必要となったわけである。N. RESCUEの一環としての気仙沼訪問に、食品分野からのアドバイザーとして筆者に同行の依頼があったため、一も二もなく了承した。

現地到着後、被災後の状況と新設された工場などの見学に続いて、仮設の組合事務所を舞台として、現地水産加工会社から既存商品の説明と試食会が行われた。ここからデザイン学科の学生たちの徹夜での奮闘が始まった。筆者は食材と食品加工について、学生や現地関係者からの質問や相談に答えることが主な役割で、学生たちに比べてよく働いたとは思わない。しかし、デザインとマーケティングの側からの新商品提案の様子に立ち会い、同じ山を違う道で登る姿を見る思いがした。学生たちの提案の内容は現地関係者の要請に充分に適うものだったと感じる(参考文献5)。

4. 結びに

筆者の研究室ではここで述べた他にも、鹿肉などジビエの脂質組成分析や、静岡県富士宮市で生産されるブランド豚「朝霧ヨーグル豚(とん)」の調理特製の評価、小田原市で栽培されるレモンを活用した食品開発の支援など、様々な地域食材を対象にして、学生諸君とともに研究を行っている。

こうした産学連携は、共に取り組む学生諸君に良い影響を与えている。最近の科学研究は、専門性の高まりとともに、ともすれば近視眼的になりがちであるが、生産者らと連携して行う「アウトプットの明確な、誰かの役に立てる研究開発」は、学生の意欲をかき立てると同時に、多くが食品関連産業に進む当学科の学生たちにとって貴重な On The Job Training の機会になっていると確信している。

参考文献
  • 1. 鳥居、高柳、大澤:「クルクミン還元酵素とその周辺酵素」。井上國世・監修『食品酵素化学の最新技術と応用 -フードプロテオミクスへの展望-』、分担執筆、p.199-208、シーエムシー出版(2004)
  • 2. Torii Y, Shimizu K, and Takenaga F: Antioxidant Activities of Mongolian Medical Plants. Pentaphylloides fruticosa as a traditional source of natural antioxidants. Food Preservation Science 38(1),p.25-30(2011)
  • 3. 鳥居:「モンゴルの食品・言葉・名前 -2004年夏、現地調査の覚え書きから-」。人間科学研究(日本大学生物資源科学部研究紀要)第4号。P.160-170(2007)
  • 4. 池田、成澤、阿部、鳥居、竹永: 「中国産魚醤油の成分特性に関する検討」。日本食品科学工学会誌65巻11号p. 534-540(2018)
  • 5. 日本大学学長特別研究プロジェクト・編『国際救助隊誕生 -N. RESCUE 国際救助隊誕生物語-』、リバネス出版(2015)
関連ウェブサイト

日本大学国際救助隊 N.RESCUE
http://n.rescue.nua.jp/

筆者略歴

1991年、名古屋大学農学部農芸化学・食品工業科学科卒業
1993年、名古屋大学大学院生命農学研究科博士課程(前期)修了、修士(農学)学位取得
1996年、同博士課程(後期)修了、博士(農学)学位取得
1996年より、日本学術振興会 特別研究員(PD)
1998年より、(独法)生物系特定産業技術研究推進機構 派遣研究員
2001年より、日本大学生物資源科学部 助手
2005年より、日本大学生物資源科学部 専任講師
2012年より現在、日本大学生物資源科学部 准教授

他の記事を見る
ホームページを見る

サナテックメールマガジンへのご意見・ご感想を〈e-magazine@mac.or.jp〉までお寄せください。

Copyright (C) Food Analysis Technology Center SUNATEC. All Rights Reserved.