|
![]() ISO/IEC 17025:2017 の改正の概要 -何が変わった?-
![]() 公益社団法人 日本食品衛生協会 技術参与
元 公益財団法人 日本適合性認定協会 食品分野プログラムマネジャー 森 曜子 はじめに2017年11月末に、ISO/IEC 17025,General requirements for the competence of testing and calibration laboratoriesの第3版が発行された。その後、JIS Q 17025「試験所及び校正機関の能力に関する一般要求事項」の改正版が2018年7月20日に発行されている。 2005年に発行された旧規格は、2008年の定期見直しでは改正不要とされたが、その後の試験・校正を取り巻く技術の進展や市場環境の変化を背景に、他のISO/IEC 17000(適合性評価)シリーズや ISO 9001(品質マネジメントシステム)の最新版への整合の必要性が浮上してきた。2014年にISO/CASCO(適合性評価委員会)に提出された改正提案が90%近い賛成多数で承認され、第44作業部会(WG44)で改正作業が進められ、今回の改正に至った。 2014年の改正提案が、ILAC(国際試験所認定協力機構)とSABS(南アフリカ共和国標準局)の連名であり、WG44の議長が異例の3名体制である上に、ANSI(米国規格協会)、SABS(南アフリカ共和国標準局)及びIEC(国際電気標準会議)で構成されていることは、ISO=欧州という旧来の図式とは異なり、近年のISOを取り巻く国際情勢を反映しているようで興味深い。 旧規格が発行された2005年以降の12年間に、試験に関わるIT(Information Technology)の役割は、測定技術の進歩と測定装置のシステム化により大きく変化し、ラボラトリ(JIS Q 17025:2018ではlaboratoryの訳を“ラボラトリ”としている)の管理方法にも大きな影響を与えている。さらに、ISO/IEC Guide 99:2007;International vocabulary of metrology – Basic and general concept and associated terms(VIM)が2007年に改正されたことで、規格に用いられている用語とその定義の更新が必要となったことも今回の改正の要因となっている。 また、今回の改正では、ISO 9001:2015との整合性が図られており、後述の“process approach”や“risk-based thinking”の考え方が導入された。 改正の概要ISO/IEC 17025:2017の概要を知るために、まず、序文の内容を確認しておきたい。新旧の序文の対応する箇所を比較してみた。(表1)
表1 ISO/IEC 17025 序文の比較
旧規格(2005年版)の序文では「この規格は、試験所及び校正機関がマネジメントシステムを運営し・・・(中略)・・・を実証しようと望む場合、それらの試験所及び校正機関が満たさなければならないすべての要求事項を含んでいる」と記されていたが、改正版の序文では「この規格は、ラボラトリが適格な運営を行い、かつ、妥当な結果を出す能力があることを実証できるようにするための要求事項を含んでいる」になっている。下線部を比較すると自由度が高くなっていることがわかる。しかしながら、新旧どちらの規格もラボラトリが自らの能力を実証できることを要件としていることに違いはない。 一方、大きな変更点は、“risk-based thinking”の概念を導入し、「この規格は、リスク及び機会に取組むための処置を計画し、実施することをラボラトリに要求している」と明記したことである。これは、“リスク及び機会への取組み”が、単なる一つの要求事項ではなく、マネジメントシステム及びラボラトリ活動全般における基本的な考え方であることを示している。 ちなみに、JISでは、旧規格も改正版も「この規格」と訳しているが、旧規格の原文は “this standard”であったが、2017年版では “this document”と表現が変わっている。ISO 9001など近年改正された規格に共通する変更であるが、原文で読んだ場合の印象は随分異なる。
次に、今回の改正で「消えた用語」の主なものを挙げてみる。
これは、あたかも固有名詞のように使われていた「用語」が廃止されただけで、これらが有していた「機能」は継続して維持する必要がある。ラボラトリは、組織の大きさや実態に合った用語を選択することが可能となり、複数のシステムのための二重構造の管理体制を回避することができる。ただし、上記の用語の使用が禁じられている訳でないため、現在問題なく使用している場合は変更する必要はない。
今回の改正において、新たに導入された主な事項は以下の通りである。
では、新たに導入された事項について確認しながら、改正の狙いを探っていきたい。 1)ラボラトリの定義 今回の改正により“laboratory”(ラボラトリ)は、次の一つ以上の活動を実行する機関と定義された。従って、ラボラトリ活動は、次の三つの活動のことをいう。
2)規格の構成の変更(ISO/CASCO共通要求事項) ISOのCASCO(適合性評価委員会)の示す共通要求事項に従い、1項から3項の後に、要求事項を5つの項に分けて現在の規格の要求事項を再配置し、他のISO 17000シリーズと整合性を取っている。規格の要求事項は以下の通り。
3)“process approach”の導入 今回の改正はISO 9001:2015への整合性に配慮され、品質マネジメントの原則の一つであるプロセスアプローチが導入されている。 プロセスアプローチは、各プロセスでの作業や処置を詳細に示すよりもプロセスの結果を重視するため、プロセスのパフォーマンスを監視することが重要となる。 パフォーマンスの監視のため、“risk-based thinking:リスクに基づく考え方”を用いてプロセスに伴うリスク及び機会を明らかにし、チェックポイントの特定、チェックの方法及び管理基準(パフォーマンス指標を含む)の設定を行う。 各プロセスは、前のプロセスのアウトプットをインプットとして受け入れ、ラボラトリ活動を行った結果を次のプロセスにアウトプットする。どこかのプロセスで不適切なアウトプットがあると、最終的なアウトプットである「結果の報告」に重大な影響を与えることになるが、適切なパフォーマンスの監視が実施されていれば、次工程で問題を検出することができ、試験の依頼者又は結果の利用者に不適切な結果を提出することを阻止できる。 つまり、フードチェーンの安全を確保するためのHACCPシステムと基本的な考え方は同じである。 「7 プロセスに関する要求事項」には、ラボラトリが試験の問い合わせを受けてから試験毎に必ず実施(又は確認)する(であろう)一連のプロセスが実施順に示されている。旧規格は「結果の報告」で終わっていたが、実際の試験では結果を報告して「終わり」とはいかない。改正版では、「結果の報告」の後に「苦情」、「不適合業務」、「データの管理及び情報マネジメント」と続く。報告値だけでなく報告書の記載内容に対する問い合わせも多い。問い合わせへの対応、顧客情報を含む情報管理の不手際からもラボラトリの信頼は簡単に失墜し、「苦情」に変わってしまう。 「6 資源に関する要求事項」も、プロセスアプローチの対象となる。 それぞれのプロセスでは、担当者が責任を持ってチェックし、次のプロセスに渡して行くことが重要である。ダブルチェックは効果的な場合もあるが、それぞれが依存し、チェックが甘くなっている場合もある。冗長でなく、効率的で効果的なパフォーマンスの監視方法を見つけだすのは、ラボラトリの責任である。
4)IT (Information technologies) 紙ベース(ハードコピー)の手順書、報告書、記録類が徐々に減少し、電子化に移行している現実を認識し、コンピューターシステム、電子媒体による記録、データ・情報管理の電子化に対応した「7.11 データの管理及び情報マネジメント」の項が新設され、“ラボラトリ情報マネジメントシステム”(laboratory information management system(s):LIMS)を考慮した要求事項となっている。 「7.5 技術的記録」では記録の訂正について、紙媒体を前提とした旧規格の訂正線による“見え消し”から、電子媒体を意識した「技術的変更について、以前の版又は観測原本に遡って追跡できることを確実にしなければならない。変更の日付、変更点の表示及び変更に責任をもつ要員を含め、元のデータ及び変更されたデータ並びにそれらのファイルの両方を保持しなければならない」に変更されている。 栄養成分や微生物試験の現場では、紙媒体の記録がまだ残っていると思われる。この場合は、従来通りの方法で記録の訂正を行っても問題ない。
5)“risk-based thinking” 概念の導入 ISO/IEC 17025:2017の Forewordに、旧規格からの主な変更点として以下が示されている。(JIS Q 17025:2018 では省略されている)
2017年版に適用された リスクに基づく考え方は、prescriptive requirements(規範型(命令型)要求事項)のいくつかの削減を可能にし、performance-based requirements(パフォーマンスに基づく要求事項)に置換えを可能にしている。
プロセス、手順、文書化された情報、組織の責任に対する要求事項について、旧規格よりも柔軟性が増している。
序文でも言及されているように、改正された規格は「リスクに基づく考え方」をマネジメントシステム及びラボラトリ活動の基本とし、「リスク及び機会への取組み」をラボラトリに求めている。その結果として、予防処置の効果が期待できるため、「予防処置」の項目が削除されている。 また、前述の通り、各プロセス及びラボラトリ活動全体としてのアウトプットに対して、それぞれのパフォーマンスへの影響を評価しながら柔軟な体制を構築し、手順を確立し、文書化の程度を決定できる。どのリスク及び機会に取組む必要があるかを決定できる責任もラボラトリが持つ。ただし、その背景には、科学的なデータと冷静で経験豊かな判断が必須であり、ラボラトリが出す結果の妥当性に与える潜在的影響に釣り合ったものでなければならないことは言うまでもない。
ところで、「8.5 リスク及び機会への取組み」の要求事項はISO 9001:2015の文面とほぼ同じである。リスク及び機会への取組みの目的として以下が挙げられているが、正直わかりづらい。
前述の序文の「マネジメントシステムの有効性の向上、改善された結果の達成及び好ましくない影響の防止のための基礎の確立」の方がわかりやすい。
また、「ラボラトリは次の事項を計画しなければならない。」と規定されている。
このまま読むと、「リスク及び機会への取組み計画」の作成が求められているようにも受け取れる。 繰返しになるが、“リスクに基づく考え方”の導入が、規範的な要求事項を減らし、パフォーマンスに基づく要求事項への置換えを可能にし、要求事項の柔軟性を高めることを期待しているのだから、表面的な「リスク及び機会への取組み計画」の作成を求めているわけではない。 この要求事項への対応は、日々のラボラトリ活動の中に、“リスク及び機会への取組み” が考え方として取り込まれていることが重要となる。この“取組み”には、“リスクの共有”も含まれる。 手順書やSOPは、元々リスクを回避し、削減することを目的に作成されている。これらを教材に、プロセスに内在するリスクの確認、周知教育を部門ごとに実施することで、“risk-based thinking”の訓練にもなり、新たなリスクの発見、更には手順の改善にも繋がることが期待できる。 マネジメントレビューだけでなく、社内研修会、OJT、日々の打ち合わせ等で、これまでの内容に“リスク”という側面から考える習慣を加えるだけで、現場に還元できる効果的な取り組みにつながると考える。 注記で「この規格は、ラボラトリのリスクへの取組みの計画について規定するが、リスクマネジメントの正式な方法又は文書化されたリスクマネジメントプロセスの要求事項は規定していない。」と補足されていることも併せて紹介しておく。
6)用語の更新、用語と定義の設定 ISO/IEC Guide 99:2007,International vocabulary of metrology – Basic and general concept and associated terms(VIM)、ISO/IEC 17000シリーズとの整合が図られた。 旧規格では、「用語と定義」の項には、引用規格が示されていただけだったが、改正版では、以下の9つの用語に定義が追加された。 1 公平性、 2 苦情、 3 試験所間比較、 4 試験所内比較、 5 技能試験、 6 ラボラトリ、 7 判定ルール、 8 検証、 9 妥当性確認
この他に、旧規格の用語から変更になったものがある。主なものを紹介する。 1 測定のトレーサビリティ(Measurement traceability) → 計量トレーサビリティ(Metrological traceability) ISO/IEC Guide 99:2007(VIM3)の定義に沿って、記載内容が変更された。 旧規格では、使用する設備の校正により「測定のトレーサビリティ」が確立されることを前面に出して記述されていたが、改正により、確立し、維持するべきは“測定結果”の“計量参照(reference)”へのトレーサビリティであると明記された。VIM3では、“計量参照(reference)”は、実際に具現化された測定単位の定義、順序尺度量でない量の測定単位を含む測定手順、又は測定標準のいずれともなり得るとしている。 JIS Q 17025:2018の解説で、試験及び校正の特定要求事項の廃止と共通的な要求事項の設置に言及されているためか、試験分野においてより厳密な規定内容になったとの印象が与えられるが、今回の改正は、測定結果が何にトレーサブルかの側面から分類が変更されただけで、内容の変更ではない。国際的にも2007年以来各分野ですでに広く使用されている概念であり、今回の改正で整合されたに過ぎない。 昨今は、医療・食品分野への対応のため、校正分野でバイオ・化学のニーズが増していることも改正の要因である。 新たな分類は、シンプルである。
食品、医薬の分野(微生物試験を含む)ではCRMの整備がまだ十分ではないが、今後開発が進むことが予測される。しかしながら水分等の成分分析や衛生指標菌検査などのように、試験法で定義されるものは、測定手順へのトレーサビリティが要求される。この場合は、試験法の条件を順守している証拠として使用する設備のトレーサビリティが必要となる。ただし、設定されている条件の厳密さに基づき、試験結果への影響(リスク)を考慮して校正の手順を定めるのはラボラトリの責任である。
2 測定の不確かさの推定(Estimation of uncertainty of measurement) → 測定不確かさの評価(Evaluation of uncertainty of measurement) ISO/IEC Guide 98-3:2008,Guide to the expression of uncertainty in measurement(GUM)との整合により表現が変更されているが、測定不確かさの“推定”だけに終わらず、要因も含めた“評価”が重要であることの改めての提言と捉えたい。
3 試験・校正結果の品質の保証(Assuring the quality of test and calibration results) → 結果の妥当性の確保(Ensuring the validity of results) 結果のquality(品質)からvalidity(妥当性)に変更されている。 qualityには、良質、上質の意味も含まれているので、理想的には好ましいと思われるが、どの程度であれば良いのかという疑問を実は常に抱いていた。今回の改正は、管理する目的が、試験の意図する用途に対して妥当であるかを考えた目標設定を示唆しているため、評価しやすく管理しやすくなった。
7)マネジメントシステムに関する選択肢(Option)の採用 ISO/CASCOの共通要求事項として採用され、ISO/IEC 17000シリーズの他の規格(例:17020)ではすでに導入済みである。 マネジメントシステムの運営を ISO 9001(JIS Q 9001)に従って運営している場合は、選択肢Bを採用できる。それ以外は、選択肢Aとして示されている8.2から8.9の要求事項に取組むことが要求されている。
8)その他 選択肢Aとして示されている各項の内容は、8.5に「リスク及び機会への取組み」が導入されたことで、簡潔な表現になっているが、ラボラトリに要求している内容に大きな変化はない。ただし、少し変化のあった「内部監査」について、変更があった点に焦点を当てて解説したい。
内部監査 主な変更点は次の通りである。 1)内部監査の目的 旧規格では「その運営がマネジメントシステムの要求事項及びこの規格の要求事項に継続して適合していることを検証するため」と規定されていた。 一方、改正後は、「マネジメントシステムが次の状況にあるか否かに関する情報を提供するため」に変更された。 情報の対象は、次の2点である。
内部監査に求められるものが大きく変わったわけではないが、これまで内部監査の結果が「適合」又は「不適合」に焦点が当てられ、現場がどのような状況にあるかわからない報告書が多かったが、情報の提供が目的となると、自ずと監査内容や報告内容に変化が見られると期待する。 2)内部監査プログラム 旧規格では、「試験・校正活動を含め、すべてのマネジメントシステムの要素を対象とすること」とされていたが、改正後は、「関連するラボラトリ活動の重要性、ラボラトリに影響を及ぼす変更及び前回までの監査の結果を考慮に入れなければならない」に変更されている。 旧規格では、監査の計画及び実施の責任者は品質管理者であると明記されていたが、品質管理者に関する記述はなくなり、ラボラトリが実施しなければならないに変更されている。実際は、誰かが監査プログラムを作成し、力量のある監査員により実施しなくてはいけないが、詳細は規定されていない。 ただし、注記が追加され、内部監査に関する指針 ISO 19011(JIS Q 19011)が示された。 ISO 19011:2011,Guidelines for auditing management systems(JIS Q 19011:2012 マネジメントシステム監査のための指針)は、要求事項を規定していないが、監査プログラム管理、マネジメントシステム監査の計画及び実施、並びに監査員及び監査チームの力量及び評価についての手引きが提供されている。 又、この指針は、“内部監査(第一者監査)”、 “サプライヤー監査(第二者監査)”に焦点を合わせて作成されているので、自らの組織に該当する箇所を選択して活用していただきたい。
今回の改正された内容で内部監査を実施すると、効果的に現場の情報を収集することが可能になるが、その成否は、監査プログラムの良否にかかっている。JIS Q 19011は規格ではないが、有効な情報を含んでいるため、参考書として読まれることを推奨する。 おわりに本稿では、妥当性確認や検証など、ラボラトリ活動において重要な事項で触れていないものが多いが、改正された内容であってもすでに多くのラボラトリで実施され、解釈も一定に達していると判断したものは省略させていただいた。今回の改正において、新しく導入された概念を中心に述べさせていただいたことをご了承願いたい。 ISO/IEC 17025に、ISO 9001:2015の基本コンセプトである “PDCA” 及び “risk-based thinking” を組み込んだ “process approach” の考え方が導入されたが、食品関連分野ではこの数年、HACCPについて議論が盛んであったためか、リスクという言葉に予想されたほど抵抗感がないように思われる。今回のISO/IEC 17025:2017は、様々な種類の試験を同時に実施している食品関連のラボラトリには、自由裁量が増えてかえって適用しやすいのかもしれない。 各組織に適ったシステムを構築し、効果的で効率的なラボラトリ活動を運営する際に、本稿が参考になれば幸いである。 著者略歴森 曜子
サナテックメールマガジンへのご意見・ご感想を〈e-magazine@mac.or.jp〉までお寄せください。 |
![]() |
Copyright (C) Food Analysis Technology Center SUNATEC. All Rights Reserved. |