(一財)食品分析開発センター SUNATEC
HOME > サンプリング
サンプリング
国立医薬品食品衛生研究所 安全情報部
客員研究員(元食品部長) 松田 りえ子

はじめに

サンプリングは母集団から標本を取り出す行為である。一般にサンプリングの目的は、標本の性質を調べて、その標本が取り出された母集団の性質を推定することである。従ってサンプリングを行う際には、まず
・母集団
・推定したい母集団の性質とその信頼度
・サンプリングの方法
を考えなければならない。

母集団の想定によって、その後のサンプリング方法が決定される。第1回の「母集団と標本」で説明したように、その調査が何を母集団とするのかを明確に決定しておくべきである。
 推定したい母集団の性質としては、母平均あるいは母不良率である場合が多い。本稿では定量分析を想定した母集団の平均の推定について、解説する。

第1回の「母集団と標本」では、母集団の性質と標本の関係を解説し、以下の内容を示した。

無作為に選んだ標本は、母集団と以下のような関係がある。
・正規分布する母集団から無作為に抽出した標本の平均値(標本平均)

期待値は母集団の平均値(母平均)μに等しい

分散は母集団の分散(母分散)σ2の1/nに等しい
・正規分布する母集団から無作為に抽出した標本の分散(標本分散)s2

期待値は母分散σ2に等しい

第2回「平均の推定と検定」では、これらの関係に基づいて母平均を推定・検定する方法を解説した。これにより、推定した母平均の信頼度が推定できるので、必要とされる信頼度に応じてサンプルサイズを決定する。以上がサンプリングの流れであるが、実際にはあらかじめサンプリングプランとして抜き取る標本の数が定められていることも多い。そのような場合も、得られた結果から母平均の信頼区間を推定することができる。

無作為抽出(ランダムサンプリング)

標本の平均値(標本平均)

期待値は母集団の平均値(母平均)μに等しい

分散は母集団の分散(母分散)σ2の1/nに等しい
が成立するのは、母集団から無作為に選んだ標本の場合である。逆に言えば、無作為に選ばれていない標本では、このような関係が成立しないので、母集団の性質については何もわからない。

無作為なサンプリング、つまりランダムサンプリングとランダムではないサンプリングの違いを示す。均一な分布、つまり母集団の全ての場所で分布が同じであれば、サンプリングがランダムであってもなくても、結果はあまり変わらない。しかし、母集団中の分布が均一でないと、サンプリングのランダムさが結果に大きく影響する。

図1には、不均一なロットの例を示す。ロット中に2つの分布が存在しており、1つの分布の平均は1.5、標準偏差は0.3、他方の平均は4.0、標準偏差は0.6である。全体としては平均2.75となる。このような不均一なロットからランダムにサンプリングするシミュレーションを10000回行い、その標本平均のヒストグラムを図2に示す。それぞれのヒストグラムの上の数字は、標本の大きさ(n)を示す。標本の大きさが3では標本平均の分布には3つのピークが見られるが、標本の大きさを5にすると、標本平均は2.5-3.0付近を中心としたほぼ単一のピークとなる。ランダムサンプリングによれば、標本平均の期待値は母集団の平均値(母平均)μに等しく、分散は母集団の分散(母分散)σ2の1/nに等しいので、標本の大きさを16まで大きくすると標本平均の分布の中心は母集団の平均である2.75となり、標本平均分布の幅は狭くなる。

図3はランダムではない(非ランダム)サンプリングを行った場合である。1個目の採取場所はランダムに選ばれるが、次にサンプリングする場所が一つ前のサンプルの場所の近傍にある確率を90%として、シミュレーションを行った。ランダムでないサンプリングには色々のパターンが考えられるが、これはその一例である。試料の大きさを増加させても、標本平均の分布には母集団の2つのピークが残ったままである。標本平均の平均自体は母平均に一致しているが、標本平均の分散は母集団と変わらない。

ランダムサンプリングにより得られた標本であれば、標本平均の信頼区間は標本の大きさにより

あるいは

となり、標本を大きくすれば標本平均の信頼区間が小さくなる。しかし、ランダムでないサンプリングを行った場合、標本の大きさを大きくしても、標本平均の信頼区間は変わらず、極言すれば1つだけサンプリングした場合と同じである。

一般的な製造物では、母集団つまりロット中での分布は均一と考えられるが、食品では複数の生産地からの食品でロットが構成されることがある。このような場合には、サンプリングをランダムに行うことが最も重要となる。




図1 不均一なロットの例



図2 ランダムサンプリングによる標本平均の分布



図3 非ランダムサンプリングによる標本平均の分布

 

食品分析におけるサンプリング

食品の検査では、分析のための試料の採取がサンプリングとなる。ここでも
・母集団
・推定したい母集団の性質とその信頼度
・サンプリングの方法
を考えなくてはならない。通常は、ロットが母集団と考えられる。製造された食品では、同一原料から同時に製造されたものがロットを形成するが、輸入食品の場合には同時に輸送される複数ロットを含むコンサインメントを母集団とする場合が多い。また、生鮮食品では、複数の圃場等からの食品をまとめてロットとする場合もある。店頭から収去する場合には、母集団あるいはロットは不明であるので、分析の結果はその試料の結果のみにとどまる。

実際にサンプリングを行う方法は、サンプリング計画とサンプリング手順に分けられる。サンプリング計画あるいはサンプリングプランは、母集団から標本をいくつ取るかを決定する。また、母集団全体からランダムに標本を抜き取る方法(単純無作為抽出)、母集団をいくつかのブロックに分けてまずブロックをランダムに抜き取り、さらに抜き取られたブロックから標本を抜き取る方法(多段抽出法)など、いくつかの抜き取り方法のどれを選ぶかを決定する。

ランダムに抜き取る試料を選択するのは、乱数表を用いるのが基本である。まず、母集団(ロット)の全ての要素に番号をつけ、次に乱数表に従って抜き取る番号を選ぶ。要素の数が多い場合は、多段抽出法を採用する。

サンプリング手順は、実際の母集団からランダムに選ばれた標本を取り出す方法である。食品には色々な形態のものがあり、それぞれに応じたサンプリング手順を選択する必要がある。さらに、食品の分析ではサンプリングされた試料を試験所において均質化、縮分、分析サンプルの採取などが行われる。この操作もサンプリングの一部と考えることもできる。

厚生労働省は輸入食品等モニタリング計画を通知しており、その中で3 (1)検体の採取としてサンプリングの方法を規定している。「別表第4から別表第6により、ロットを代表するものとなるよう、食品衛生監視員の判断により無作為に抽出した検査対象から検体を採取する。」と記載されており、無作為抽出することが明記されている。別表には検査項目毎に開梱数、検体数が記載されている。これらは明示的に定義されていないが、おそらく一段目のサンプリングとしてまず開梱する箱を選択し、そこから試料を1つ採取すると想像される。従って、開梱数がサンプルの数となるので、検体数は採取したサンプルを混合して1つの検体とすることを意味していると思われる。開梱数の根拠は明らかにされていないが、食品分析のためのサンプリングプランを示したCodex GL50 General Guidelines on Sampling等を参考にしていると思われる。ちなみに、Codex GL50に示されているサンプリングプランの大部分は定性的分析を対象としており、不良率を保証するものである。定量分析のためのサンプリングプランとしては、5に標準偏差が既知の場合のサンプリングプランの選択が説明されているが、サンプリングプラン自体は示されていない。

一方、自治体等が店頭あるいはバックヤードから収去する場合のサンプリングプランは示されていない。また、小売店にある食品のロットの範囲が明らかとは限らない。つまり、ロット内からランダムにサンプリングすることも困難である。従って、試料から規格に適合しない結果が得られたとしても、その結果を母集団に結び付けることはできないことを認識したうえで、結果に対する処置を考えるべきである。

終わりに

5回のシリーズで、分析者、特に食品衛生法に関わる分析者が知っているべき、初歩的な統計を紹介した。第1回にも述べたように、分析者が統計手法を使う場面は多く、そのための多くの書籍もあり、また簡単に使えるコンピューターソフトも容易に入手できる。そのようなツールを使用する場合に、実際に何が行われているのか、どのような時に適用できるのかを、分析者が判断し、適切に統計を適用する一助となれば幸いである。

略歴

松田 りえ子(まつだ りえこ)

1977年 京都大学大学院薬学研究科修士課程終了

1977年 国立衛生試験所薬品部入所

1990年 国立医薬品食品衛生研究所 食品部 主任研究官

2000年 同 食品部 第二室長

2003年 同 食品部 第四室長

2007年 同 食品部 第三室長

2008年 同 食品部長

2013年 同 退職 (再任用)

2017年 同 安全情報部客員研究員、公益社団法人食品衛生協会技術参与

他の記事を見る
ホームページを見る

サナテックメールマガジンへのご意見・ご感想を〈e-magazine@mac.or.jp〉までお寄せください。

Copyright (C) Food Analysis Technology Center SUNATEC. All Rights Reserved.