(一財)食品分析開発センター SUNATEC
HOME > 今 なぜ、種子・種苗か?!-- From SEED to FARM,and to TABLE --
今 なぜ、種子・種苗か?!
  -- From SEED to FARM,and to TABLE --
コーネル大学終身評議委員
元首都大学東京大学院客員教授
(人間健康科学研究科)
松延 洋平

1.始めに--きっかけは、種子法全廃

1) 俄かにこの『タネ・種子』のテーマが『普通の市民・消費者』の間に 急激に広まってきている。実は、農業資材としても、長年にわたって官庁や農協など生産者団体でもあまり関心が持たれない問題であった。
今までならば、農業や食の世界でも殆ど話題性の少ない筈の農業資材の問題テーマであるだけに、何故農業関係者のみならず一般の消費者や地域住民、メディアなどにも関心がこれ程広がり続けるのか?そして何故食の安全などの分野にまで関連して懸念が拡大するのか?!

2) 突如本年の春の『タネ・種子は農業競争力強化の戦略物資なり』を理由に『主要農作物種子法』(種子法)が廃止された。これをきっかけにして以来、『タネ・種子』は、日陰と暗闇から、陽の当たる舞台へ突然登場させられ、市民・消費者・農家など満場の観客の目が集中する。確かに国会やメディアでも十分な議論がないままで、廃止が決定されたことから、『やはり異議ありと言わざるを得ない』とか『種子が消えれば食べ物が消える。そしてつぎは我々の生存も!!』とまでもの懸念は深まる。

3) 混迷の海に漂っているだけでは済まされない。種子法の廃止は、バイオ生物系科学技術の体系の大変革に伴う社会、経済・政治、生活意識などの底流の大変化を背景に感じさせる重要な課題であるからである。『農業競争力強化のために民間活力を最大限に活用し得る開発・供給体制を構築するとの政策目標』は、成長戦略としても間違いではない。しかし、タネ・種苗問題に長い関りを持つ筆者の目からしても、今までの種子法運用には現代の要請にマッチしえない長い年月に堆積した古い体質を痛感させられている。ただしかし、地方公共団体中心のシステムたる種子法を民間の開発意欲を阻害してきた!と断ずるだけでは不十分である。このあまりにも大きな、しかも緊要の政策課題に取り組むためには、さらに徹底的な論議が必要であろう。幸いに立法府のなかに早くも、活用すべき民の姿は何か、避けるべき民の形態は何かなどに始まり、さらに国と地方公共団体中心のシステムの今までの阻害要因は何であったか?!までの新しい基本法成立の論議にまで高まる機運が芽生えていると聞く。正にピンチはチャンスなりである。

2.品種改良で問われる知的財産--タネは公共的生物財か成長戦略の戦略物資か?!

1) 種子法廃止の直後、たて続けに『種苗法で自家増殖禁止』の措置が出されたことも混乱要因となっている。育成者の権利を保護する知的財産権制度を定める法律である種苗法は、その発足の経緯自体も重要である。そもそも1960年代に入り、いずれの先進国でも重化学機械工業が急成長して農業振興発展の主役に農薬・肥料・機械等の応用開発が台頭してきた。それまで主役の育種品種改良は主導的な位置を失い、その評価の変動は欧州と米国そして日本の主要国でほぼ同時に深刻な混乱を生み出してきた。そのおり急遽国・農水省の研究組織の制度法令諸問題の担当をすることになった筆者は、品種開発・育種の現場の窮状の中から制度的解決を求めて全国の官の育種現場から地方の農家育種家までを訪問して回ることとなった。その観察の結果を基盤にまとめた筆者の試案が 我が国の新品種保護制度の日本版原型として海外に送付され、当時、同様の問題に直面し育成者の保護制度新設を独自に模索していた米国などの共感するところとなった。米国の産官代表が急遽来日し欧州での胎動に対抗するよう筆者との連帯を申し出てきた。この動きにその後民間の若手育種企業グループや民間育種家などの間に植物育種者保護の活発な立法運動が起こり、時代の息吹を感じた産業界や司法界の指導者や与野党の政治家の方々の共感を得て種苗法制定の運びとなった。

2) 欧州でも米国などと同様の事態にあり、食料大国米国と中東諸国の隆盛への危機感が加わり地域のサロン的取り決めの形(現UPOV(植物の新品種の保護に関する国際条約に基づく国際同盟)の前のモデル)が生まれつつあり、その三極の並列の形がその後条約へ急速に結実していった。
このように食と農の国際枠組みや基準は常に米国とEUと遅ればせの日本との三極のダイナミズム・動態関連の姿を先駆けて見ていく必要があるが、特に今後は多様な多国籍大企業と中国の影響が加わりさらに複眼で分析・提案する体制の確立が必要である。グローバル化の大波を受け激動する経済・政治のなかで健康や生活・食の安全防衛の意識を強める市民にとっては、もちろん、最近の政治・行政諸官庁への信頼感の維持・回復を求める声が高まりつつあることは国内・海外にも共通している。民間レベルでも広がる戸惑いの中から多様な組織などが主体的に形成され政治と関係諸官庁さらに産業界、学会などにも働きかける動きが出てきている。

3.農業の競争力強化と食の安全保障--湧き上がる激論・異論

1) 実は、日本の種子・種苗の輸出は増加の勢いは目立っている。しかし、他の先進国と中国などでは新品種の開発数(品種登録の出願数)は、軒並みに大幅に増加し、世界の種苗市場の規模の拡大を反映して世界の種苗貿易額の伸びはさらに目覚ましい。
一方、10年前と比較し日本の種苗の国内市場の縮小ぶりは明らかに目立っており、農業競争力強化の中心的課題である農業のイノベーション力の衰退につながっている。日本で開発された種苗の優秀性は長年にわたり欧米・アジアの海外で高く評価されているだけに、最近時の種子法並びに種苗法でとられた措置自体は果たして諸要件の議論と検討を十分に尽くした上の的を射た形のものであるか否かの議論が早くも巻き起こっている。競争力を強化し食の安全を向上させるための新品種開発の活性化投資を現実のものとする権利保護制度の在り方へ向けて国民的支持が必要であり、市民・消費者などの積極的な参画も望まれる。

2) 一方、育成者の意図しない無断増殖・販売などの形で海外に大幅に流出しさらに逆輸入されるまでの事態に至った事例の報道は賑やかである。今後、新品種をどう保護・防衛するのか。例えば最近、話題となったシャイン・マスカットなどは中国などで当初から品種登録申請業務に当たるべき国の農研機構や企業・自治体など知的財産管理体制の問題であろう。さらに海外での知的財産権侵害を抑える強い意思のもとでそのための具体的な手段を明確にする必要がある。いずれにしろ、そもそも自家増殖禁止については我が国の農業の競争力、品種開発の活性の活性化、そして生産者の支持、負担の在り方などのさらに論議を尽さねばならない課題は極めて多い。

4.揺れ動く米国とEUそして間に立つ日本--タネから農業、そして食卓の安全

1) バイオ・生命生物科学に関連する最近時の科学技術の進歩は飛躍的であり、心身のメカニズムと健康と食そして食安全などの関わりへの科学技術の報道や学術情報は身近に溢れる。医薬・食・医療・健康増進のバイオ・ビジネスはまさにこれから開花時代を迎えるかに見える。

2) しかし、時として米国とEUの間での激しい論議が食の安全と環境などの産業化や政策や規制に絡んで長年継続している。代表例は、GMO(遺伝子組換え作物)問題である。なかでも遺伝子組み換え作物には除草剤が関与し環境問題にも展開する。1990年代後半からGMO食品が普及した米国と、普及を拒みがちなEUの間でいずれも健康に影響が出た確実な証拠は出ていない。しかし、安全論争を始めとして賛否の対立は終わる兆候はない。

3) 種苗ビジネス企業を支配する巨大な多国籍食品企業が最近さらに巨大な医薬品企業の傘下に組み込まれつつあり、中国の影すら透けてみえる。我が国のスタンスはその間に立って揺れ動いてきた。

4) 米国、EUなど海外では、既に『From SEED to FARM,and to TABLE』 の段階を超えて次の次元に向かっている。米国でもGMO食品の安全性に加えてGMO表示や抗生物質の制限の動きが活発である。ついで、食と農、医薬、医療、の革命的大変革を招くと言われる『ゲノム編集』技術は、既に応用段階に到達しつつある。新たな育種技術として作物・畜産農業そして食の分野で,ただ、食の安全はもとより生態系への影響、テロ対策などそのスタート台の設計の気運すら芽生えていない。

5.未来の生命・生活産業と安全政策の先端舞台は?!

1) いずれの先進国でも経済格差の拡大、工場の海外移転と大都市への人口集中・コンパクト化に直面している。一方で、固有の歴史と外観を持つ固定種の地方野菜の生産・加工や調理・消費への回帰は有機食品への志向と二人三脚で動き出している。それはグローバル化が進めば進むほど心情的なLOCAL化の動きが激化する姿である。

2) 我が国でも都市農業、固定種、在来伝統品種、雄性不稔(F1の基礎となる)への違和感等々地域と品種の論議が盛り上がるなど同様の基調にある。まだまだ別の見地/視点からの課題が表面化する動きが進行中である。まず飼料作物や畑作物の自給率が極端に低いままでは食品の安全と安全保障も脅かされている。輸出の大半は蓄積した食文化を背景に持つ野菜分野である。最近まで日本の野菜の採取種は国産が主であったが、今や自家採取が不可能なF1ハイブリットとなって、海外採種の比重は9割近くとなっている。

3) 『食料主権』と呼ばれる国際的な人権概念が関心を強める。しかし、公的機関と多様な業態の民間活力との協調共存を図り、ヒトと土地の生産性の大幅な遅れを克服し人類の共有財産であるタネを地域の農と食と環境と医・健康増進への公共財としての実体をまず緊急に具現化して行かねばならない。我が国ではあまりにも早期に始まる文系理系の縦割り教育は食と農の安全の関連分野など産官学各層各段階に根強く残り続ける。その影響の克服もこれからのわが国の基本課題の一つであろう。

略歴

松延 洋平
コーネル大学終身評議委員
元首都大学東京大学院客員教授(人間健康科学研究科)(2018年3月まで)

・ 東京大学法学部卒業後、コーネル大学経営学大学院留学;農林水産省にて種苗課長、消費経済課長などを歴任し、その間植物新品種育成者の権利制度の法制化の中核役を果たす。そのほか内閣広報審議官、国土庁審議官を経て退官。さらに食品業界団体等に勤務。

・ 長年、欧・米・アジアでの産官学の人脈・情報ネットを構築し、食と農と生活の安全と関連する知的財産権制度さらに、農産物・食品の生産・加工・流通・貿易等に関しての豊富な知見の知名度は内外に高い。

・ 最近は先進的システムとその厳格な実践の観察をもとにして、海外・国内の経済/産業情勢と技術動向を分析した成果を基盤とし特に具体的な食品危機管理の対応において新しい食と農の枠組み/制度化を巡る学術的に裏付けられた実践を訴える。

・ コーネル大学の終身評議員、ジョージ・タウン大学法科大学院客員教授のネットワークを活用したグローバルシステム構築と現場での運用の課題について講演・論文多数。「食品・農業バイオテロへの警告」(日本食糧新聞刊、2008年)を出版。

他の記事を見る
ホームページを見る

サナテックメールマガジンへのご意見・ご感想を〈e-magazine@mac.or.jp〉までお寄せください。

Copyright (C) Food Analysis Technology Center SUNATEC. All Rights Reserved.