(一財)食品分析開発センター SUNATEC
HOME > 食品の機能性の検索について -食品の機能性評価の事例紹介-
食品の機能性の検索について -食品の機能性評価の事例紹介-
名城大学農学部
教授 小原 章裕

はじめに

私事であるが、筆者が大学院へ入学した1982年(昭和57年)頃は、特定研究「食品機能の系統的解析と展開」において、食品には3つの機能(栄養機能を1次機能、感覚機能を2次機能そして生体調節機能を3次機能)があることが明らかにされ、それまで伝承の域を出なかった食品因子が健康に大きく寄与する事(特に生活習慣病に対して良い影響を与える)がほぼ確実であると思われる知見が多く見出され、それら食品因子を用いた製品の創出や新たな生理機能解明のための研究が世界的に広がり、その期待の大きさは現在にまで続いている。
 小生が主宰する名城大学農学部栄養・食品学研究室は、学部開設以来(1950年より)の研究室で、「健全な食生活の構築」を大きな研究テーマとして歴代(小生で5代目教授として主宰している)受け継がれている。2000年代に入ってから、新たに科学的に明らかとなった「3次機能」を食生活に取り入れることの可能性について検討を続けてきた。
 私立大学であることと名古屋に大学が位置する事が原因か?多くの学部生は専攻するが大学院にまで進学する者が少なく、多くのデータを集積できる技術を修得する前に卒業し、年度ごとに新しいスタッフと研究を進めるという環境で、ほとんどスクリーニングに近い結果しか出ていないので恥ずかしい限りではあるが、今回、SUNATEC様より当研究室の研究内容について紹介をするようにというお話をいただき、皆様に参考になるような内容になるか甚だ心配ではあるが、当研究室で明らかにしてきた研究結果の中で、特に『発ガンを予防する食品の検索』の内容を紹介する。また、得られた知見を食生活の中に組み入れ、いかに研究室歴代の研究テーマである「健全な食生活の構築」に役立てるかについて考察していく。

 1980年代前半にわが国の死亡原因第1位となったガンは、現在も増加の一途をたどり今世紀前半までこの状況が続くと推計されている。
 発ガンの75%以上がガン原物質による化学発ガンであり、発症メカニズムは図1に示したように、正常細胞が発ガンイニシエーターの作用により前ガン細胞に、前ガン細胞はプロモーターの作用によりガン細胞へと変異する多段階説で理解されている。また、変異したガン細胞は異常増殖、侵潤・転移を繰り返し(プログレッション過程)、ついには宿主を死に至らしめる恐ろしい疾患である。


図1 発ガン多段階説

食品因子による発ガンの抑制の可能性としては、体内で誘導される発ガンに関連する種々の遺伝子の変異の抑制や修復、変異したガン細胞の正常細胞への修復あるいはガン原物質によって誘導される種々のガン化に関連する酵素群に対する影響等が考えられる。しかし、私見ではあるが実際の食生活を想定した際に、食品因子によるこれら作用が適材適所で必ず起こることを期待する事は難しいと考えている。このような理由により、筆者の研究室ではガン原物質に直接に作用して物質の有する発ガン性を抑制する食品の因子を検索することを目的に研究を行っている。

1.イニシエーションを抑制する食品因子

ガン原物質(発ガンイニシエーター)による正常細胞が前ガン細胞に変異する際に誘導される遺伝子の変異は、微生物が変異原物質によって変異するメカニズムと非常に似通っている。また、ガンを誘導するガン原物質と変異原物質の間には少なく見積もっても8割以上の相同性があることが分かっている。そこで筆者の研究室では多くの食品を試料として、発ガン性と変異原性の両方を有する物質に対して、食品の抗変異原性を指標としてスクリーニングしている。1例を図2と図3に示している。変異原物質には変異原性を発現するメカニズムで大きく2つに分類できる。1つはそれ自体が変異原性を示す物質で直接変異原物質と分類される。今回実験に使用した変異原物質を例に説明すると、1-ニトロピレン(1-NP)はこのカテゴリーに属し、発ガン性もある物質である。またもう1つは体内で薬物代謝酵素群の作用を受けて変異原性や発ガン性を発現する物質で間接変異原物質と分類される。今回の実験で使用したTrp-P1は食品中のコゲに含まれトリプトファン由来である。また、コゲの中には複雑な生成メカニズムにより多くの間接変異原物質/発ガン物質が生成され、総称してヘテロサイクリックアミン類と呼んでいる。
 図2は、共同研究先から提供を受けている幾つかの微細藻類を使って、それぞれの試料の有機溶剤による抽出物の示す抗変異原性をまとめたものである。データの詳細の説明は省くが、1-NP(直接変異原物質)に対する抗変異原性とTrp-P1(間接変異原物質)に対する抗変異原性は試料の試験管への添加量など実験条件を同じにしているが、活性を示す様相が異なっていることが分かる。

against 1-NP
against Trp-P1
図2 微細藻類による抗変異原性の検索

また、図3に示したように、試験管内で事前に薬物代謝酵素を間接変異原物質であるTrp-P1に作用させ、直接変異原物質であるN-OH-Trp-P1を調製した場合、本物質に対する試料の示す抗変異原性の様相は、図2のグラフで示したパターンとは異なることが見て取れる。

against N-OH-Trp-P1
図3 代謝活性化Trp-P1に対する微細藻類の抗変異原性

筆者は、これら微細藻類だけでなく、種々の植物性食品類(野菜類)、正倉院の御物としてリストされている薬味(香辛料)の数点、チャの浸出液や加熱処理をしたチャの浸出液にも以前に評価を行い報告している。
 これらデータを総合して考えると、植物性食品の多くにガンを予防する効果があると一般に言われているが、摂取する多様な発ガン物質に対して実際に効果を発揮する食材が異なる可能性が高いと推定できる。また、食品因子の中には試験管レベルで非常に強い活性を示すが、活性発現のメカニズムを調べると、間接変異原物質に直接作用するのではなく、薬物代謝酵素群を阻害することによって変異原性を誘導する反応を抑制して活性を発現している例もある。この事象は、変異原物質、薬物代謝酵素群、抗変異原性を示す食品因子が同一の場面で存在しないと活性が期待できないことを示し、生体において実際どの程度、効用を得ているかは検証を必要とすると感じている。
 また、変異原性を指標にして実際の食生活においてどの程度イニシエーターを摂取しているかを推計する事を目的として、豚肉や魚を使って加熱処理条件の違いによる変異原性の強さの違いについても検討をした。既にご存じのとおりと思うが、加熱時間が長くコゲが目立つ状態の食品は変異原性を強く誘導する。
 更に、変異原性を示すこれら食品を植物性食品や発酵食品、香辛料など実際の食生活で行われる様々な組み合わせを想定した実験では、同じ条件で豚肉や魚を単一に加熱処理した試料の示す変異原性と比較して低下させる作用も多々みられた。また、抗変異原性を示した食品を添加したパンを調製して活性が残存することや、実際に摂食したメニュー由来の尿中の変異原性を測定することにより、試験管レベルで活性を示す食品を食べ合わせることで変異原物質への暴露が減少する例も多く確認している。これらデータが示すことは、食品因子の中には変異原物質に直接作用をして抑制をしている物質もあることを予想させ、今後は、実際の食生活の中でよい意味での効用を発揮する食品因子を検索する研究を行っていきたいと考えている。

2.プロモーションを抑制する食品因子

ガンの発症メカニズム(図1)において、遺伝子にダメージを受けて前ガン細胞に変異する過程において、イニシエーターを食品因子で抑制することは、ガンの予防にとって大切な事であるが、イニシエーターによって誘導されるガン細胞は、プロモーターの接触する状況によっては前ガン細胞と平衡関係となり、ガン細胞の形成を最終的に抑制する可能性があるので、こちらも重要な意義を有することは当然である。
 1990年代後半に、発ガンプロモーターである12-O-Tetradecanoylphorbol-13-acetate(TPA)に対する食品中の抑制成分を検索する研究が世界中で展開された。TPAは皮膚ガンを誘導する物質であるが、日本人の食生活で欠かせない魚介類(特に貝類)を汚染する下痢性貝毒、オカダ酸は多臓器に発ガンを誘導する。筆者は、オカダ酸が細胞中のリン酸化タンパク質を分解するプロテインホスファターゼを阻害する事で、細胞内に高リン酸化タンパク質の状態に陥らせガン化を誘導する現象に視点をおいて、酵素を利用した簡単な分光学的な評価法で、オカダ酸に対する食品の抑制活性について検討した。
 これもご縁で医薬基盤研究所よりご提供をいただいた、北方先住民族が利用した食用・薬用植物208種類を用いた結果を図4に示した。薬用の植物も含まれるのでと期待したが、活性の高い試料の出現率はそれほど高くなかった。また、同じ植物でも採取した場所や時期によっても活性が異なることが分かった。この傾向は、東南アジアで利用されている食用植物を利用してTPAに対する抑制活性を評価した研究報告でも同様の現象があったと報告されている。

図4 北方先住民族が食用・薬用として利用した植物の抗オカダ酸活性

次に同じ試料を用いて1-NPに対する抗変異原性を評価した結果を図5に示した。抗変異原性については、オカダ酸に対する活性を示した植物種とは大きく異なり、しかも活性自体も相当低い値であった。
 データは示していないが、強弱の差はあるが両方の活性を示すものは今回評価した植物種全体のわずか10%程度で、今回の結果も植物は多様なガン原物質にオールマイティーに作用して発ガンを予防するようなものはほとんど存在しない。しかし、ある種のガン原物質に作用して発ガンを予防する因子を含んでいる植物が多く存在することは間違いがないと思われる。

図5 北方先住民族が食用・薬用として利用した植物の1-NPに対する抗変異原性

我々は、食生活において好むと好まざるにかかわらず150マイクログラムのガン原物質を摂取してしまっているという報告をみたことがある。そこで、当研究室で明らかとなった抗変異原性を示す植物性食品をそれぞれどの程度摂取すれば変異を抑制できるか机上計算をしたことがある。植物性食品は水分を多く含むので、強い活性を示したものでも100グラム程度あるいはそれ以上摂取する必要があると算出された。また、弱いものだと相当量食べても効果を得ることができない。しかし、先にも書いたがガン原物質も多様である。植物性食品はそれら物質の幾つかに対して効果を発揮する可能性があるというデータも得られたので、筆者は市民講座などでこれらデータを示しながら、便秘予防の観点から推奨されている400グラム/1日の野菜などの摂取は発ガンの予防にも寄与している可能性が高いと発信している。これこそ、「健全な食生活の構築」という当研究室が歴代受け継いできた研究テーマを通じて得られた知見を活用した大学の一つの使命である社会への還元の一片になると信じている。

略歴
1982年3月
名城大学農学部農芸化学科卒業
1984年3月
神戸大学大学院農学研究科修士課程農芸化学専攻修了
1987年3月
神戸大学大学院自然科学研究科博士課程資源生物専攻修了(学術博士を受ける)
大阪青山短期大学講師,兵庫女子短期大学(現兵庫大学短期大学部)助教授を経て1998年より名城大学農学部に奉職 2015年より農学部長(現在に至る)
学会活動
(公社)日本食品科学工学会中部支部長・理事(2018年5月まで)
(公社)日本栄養・食糧学会代議員 
日本食品因子学会(JSoFF)評議員 等
他の記事を見る
ホームページを見る

サナテックメールマガジンへのご意見・ご感想を〈e-magazine@mac.or.jp〉までお寄せください。

Copyright (C) Food Analysis Technology Center SUNATEC. All Rights Reserved.