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ゴマリグナンの機能性に関する研究 -過去と現在と未来-
三重大学大学院 生物資源学研究科
准教授 勝崎 裕隆

1.はじめに

ゴマは体に良い食品と言われており、その良いとされる理由として、リグナンによるものがあることが科学的に証明されてきた。しかし、科学的に証明されてきたといっても、本当にヒトに対しての効果が証明されているものは、限られたものだけである。我々の研究も、基本的には、試験管レベル、動物実験レベルでの証明となっている。しかし、神農本草経に書かれている効果やヒトが感じてきたものなど、それなりの現象は疑うべきことではない、ただ、科学的証明がないだけである。さらに、リグナンの物質レベルで、かつヒトでの効果となるとその証明はまだまだなことが多い。しかし、試験管レベルでも、動物レベルでも少しずつで良いので証明していくべきであると考えている。
 今回は今までに行ってきた、あるいは進行している以下の3つの点について紹介したいと思う。1つは既に色々な場で報告して来た生体内抗酸化発現機構である。のこり2つは最新の「ゴマの機能と科学」という本の「今後の展望」で述べたプロテオーム解析の研究をどの様に進めているかを紹介する1)

2.ゴマリグナン配糖体の生体内抗酸化発現機構

まず、筆者らが行ってきたゴマの機能性に関する科学的証明はリグナンに関するものである。特に生体内での活性発現に関するものがある。これは、活性体であるリグナンそのものを含まないゴマ粕をラットに投与した場合、抗酸化性に関して効果があるという動物実験を踏まえた仮説から考えられたものである。生体内変換(消化)を念頭に置いたものであり、消化で抗酸化性を発現する前駆物質の探索であった。この探索ではある種の擬似的消化モデルの利用が、前駆物質の特定に役立った。詳しく述べると消化としては腸内細菌が消化するという仮説である。植物の二次代謝産物のフラボノイドなどは配糖体として存在していることが多い。ゴマの中でもリグナンが配糖体として存在しており、それが腸内細菌の作用により代謝され、リグナンを生成し、それが活性体として働いているという仮説である。ここで前駆物質としてターゲットとなるのは、ゴマリグナン配糖体である。ゴマリグナン配糖体をゴマから探すことができれば、仮説が正しいこととなり、腸内細菌の代謝(消化)によるメカニズムで生体内抗酸化作用を示しているということとなる。通常の消化ではなく、腸内細菌による代謝がポイントである。腸内細菌はヒトが通常の消化で使用しない酵素を産生する。植物中で二次代謝産物は配糖体で存在するものが多いと述べたが、その配糖体の糖の結合様式はヒトが消化できないセルロースと同じβ結合というものである。このβ結合を分解するβ-グルコシダーゼという酵素を分泌するのが腸内細菌である。消化モデルではβ-グルコシダーゼを使用し、酵素のリグナンの生成ということを指標に物質の精製を試みた。この手法は「食品中の生体機能調節物質研究法(生物化学実験法)」にまとめられている。ちなみに、この本の表紙はゴマリグナンの一種のセサミノールの化学構造が描かれている2)
 実際、我々の研究では、新規化合物として、セサミノール配糖体3)やセサモリノール配糖体4)をゴマ粕から単離し活性体になる前の前駆物質が存在することを証明した。これらのさらなる研究で、ゴマリグナン配糖体のもつ、スイッチ機能、タイマー機能という考えで、ゴマ食がなぜ体に良いかということの一部を科学的に証明することができた。

3.ゴマリグナンによる生体内タンパク質の応答

次に、ゲノムやプロテオームやメタボロームなどの生体応答を網羅的に調べる研究が行われる様になってきた。これらは、DNAレベルでの変動やタンパク質の発現レベルの変動、代謝物の変動を一度に見るものである。これらの手法を使用すると、一度に多くの結果が得られることになる。それぞれ、得られる結果の解釈には慎重にならないといけないこともあるが、新しい可能性が見出されると思う。ゴマリグナンに関しても、これらの手法を用いれば、何らかの結果が出ることは当然である。食品は複合形なので、一つの物質だけで見るということは本当にそれで良いかとは思うが、複雑すぎるとメカニズムを考えるには困難となりうる。食品には様々な成分があり、集まって考えるか一つの成分で考えるかでは違いがあるかもしれないが、まず、一つの物質で考えていく手法をとって、進めている。科学的に色々なことを考えるにはやはり、一つの物質での応答を見る方がシンプルである。

 3−1.リグナン固定化アフィニティークロマトグラフィーのゲルの作成

ゴマリグナンのタンパク質との応答を見ようとした時に、いくつかの手法を考えた。最近、ケミカルバイオロジーという言葉もあるが、化学的に生物を理解しようとする中で、色々な手法がある。特に、低分子化合物と高分子であるタンパク質との相互作用を化学的にみる方法がある。低分子化合物をビーズやゲルあるいは、化学修飾された金板等に固定し、それとタンパク質との結合を利用し、低分子と結合するタンパク質を探したり、結合や解離定数を求めたりということがある。これらのことにより、標的タンパク質の同定を行い、そのメカニズムを考えたりするものである。そこで、ゴマリグナンをゲルに固定化することを考え、アフィニティークロマトグラフィーのゲルを作成することにした。
  アフィニティークロマトグラフィーのゲルを作成するにあたり、低分子化合物を固定化するためのゲルは様々販売されている。その選択は、カタログに従えば大抵はうまくいくように書かれている。しかし、このゲルも基本的には水溶液の条件下で行うことが基本となっており、低分子化合物の中には、水溶性が低く、なかなか、プロトコール通りに固定化はできないことが多いと感じる物質がある。また、固定化には、水酸基やアミノ基など官能基部分が反応に関与して固定化される場合がほとんどである。セサミンなどはこういった官能基を持たないため、官能基に依存しない固定化法にするか、あるいは、官能基を反応により付加しなくてはならなくなる。この辺りが、低分子化合物をゲルに固定化する際の障害となるため、化学的な知識が必要になる。また、官能基をゲルの固定化に利用してしまうと、活性を示さなくなることも考えなくてはならない。化学構造全体を認識するようなタンパク質なら問題はないかもしれないが、官能基部分を認識するようなタンパク質の場合、低分子として認識できなくなり、タンパク質の結合ができなくなる。これ以外に考えておかないといけないことは、低分子化合物とゲルの間のスペーサーと言われる部分である。この部分は低分子化合物の自由度を規定する部分であり、市販品では固定されている。しかし、場合によってはこの部分の長さも変えることにより、タンパク質との相互作用が変わる可能性がある。
 これ以外に、配糖体である場合は、糖自身を変換して、スペーサーと官能基をつくり、かつ、水溶性として固定化できる可能性も考えられる。

1)リグナン中の水酸基

現在進めようとしているリグナンの固定化の一つは、水酸基を持つリグナンについてである。リグナンの水酸基はフェノール性の水酸基である。アルコールの水酸基とは違った性質がある。それは、芳香環に水酸基がついており、この水酸基の水素は解離しうるということである。この性質が故に、市販の水酸基と反応できるという形で売り出されているものでも、相性が悪いものがある。アルコールの様な水酸基では問題ないと思われる反応でも、フェノールの様な水酸基を持つリグナンでは反応がうまく進行しなかった。
  また、反応後の結合も重要である。それは、作成したアフィニティクロマトグラフィーのゲルの安定性に関わると思う。水酸基由来の結合としては、エステル結合とエーテル結合がある。加水分解を考えると、エーテルは安定であるが、エステルは不安定である。せっかくエステル結合させたとしても、分解されてしまう可能性がある。市販の固定化用のゲルはエステル、エーテルどちらも形成することができる。
  現在は、エーテル結合が良いと考えており、市販のゲルを使用するのではなく、固定化用のゲルの作成も含め、リグナン固定化を考えた。まず、リグナンの部分構造であるセサモールを使用して条件検討を進めた。セサモールの固定化には成功しており、リグナンでの固定化に移ろうとしているところである。ただ、我々は、リグナンをゴマから単離し使用している。そのためこのリグナンの調製も必要となっている。

2)糖部分を利用した方法

リグナンは配糖体として存在している。また、糖の数も1から3と違い がある、また、二糖以上の糖の結合様式も違いがある。ここで糖の数、結合様式は最終的にはスペーサーの違いとしてアフィニティークロマトグラム上で現れてくるということである。ただ、スペーサーのゲル固定化の際の反応点が複数存在する可能性もあり、アフィニティークロマトグラフィーのゲルを作成するには解決しなければならない問題が残されている。実際にリグナン配糖体を用いて反応させ、リグナン部分とスペーサー部分の調整には成功したが、この時点での、タンパク質との相互作用を見てみたが、顕著な相互作用の確認はできておらず、今後、問題を解決していかなければならない。
  我々はセサモールの固定化アフィニティークロマトグラフィーゲルの調製には成功している。現在どのようなタンパク質が相互作用するかを確認している最中で、将来どこかで紹介できるであろう。我々の行ってきた反応はうまくいくものといかないもの、また、反応自身が複雑で、化学的知識がないとできないものがある。今は、アフィニティークロマトグラフィーであるが、ビーズへの固定、表面プラズモンなどのセンサーチップへの固定化など様々な反応で使用できる可能性もあり、一つ一つ試しながら進めて行こうと思っている。

 3−2.二次元電気泳動を用いたリグナンによって引き起こされる特定の細胞内
      タンパク質変動の解析

リグナンによる細胞内タンパク質の発現量の変動を解析することにした。どのタンパク質がリグナン存在下で変化するかを二次元電気泳動で調べ、そのタンパク質を質量分析による同定をしようとした。現在、リグナンをゴマから単離しながら、順次進めているところである。その解析の方法を紹介する。

1)二次元電気泳動によるタンパク質の発現変化の確認

今回の研究では、ショウジョウバエの杯細胞由来の細胞を用いて実験を行った。ヒト細胞ではないが、ショウジョウバエは遺伝子配列がわかっており、また、ショウジョウバエとして個体レベルへの実験へと進めることが容易であるため用いた。リグナンを投与した細胞培養液から、細胞を集め、細胞を破砕し、細胞内タンパク質を集め、二次元電気泳動に供した。一次元だけでは、タンパク質の分離が不十分で、一つの電気泳動の後のバンドの中にタンパク質がいくつも存在する可能性がある。そこで、等電点の違いと分子量の違いという二つの次元を用いてタンパク質の分離を行った。細胞のリグナンの処理区と非処理区で、それぞれ、二次元電気泳動まで行い、そこで現れるタンパク質のバンドの変化の比較を行った。その結果、タンパク質の発現に変化が有るバンドをいくつか認めることができた。

2)質量分析による変動タンパク質の同定

既知のタンパク質の同定には質量分析計がよく使われる。バイオインフォマティクスの進歩から、実際に単離したタンパク質や、遺伝子を翻訳し、予想したタンパク質の質量スペクトルもデータベース化されており、全遺伝子の配列が決まっている種の質量スペクトルのデータベースはかなり整っている。ショウジョウバエもその一つである。もし、種が特殊になるとそれ専用のデータベースが存在しなくなりタンパク質の同定は困難になる。またこのデータベースも基本、電気泳動後のバンドから得られたタンパク質を酵素分解し、その質量スペクトルを測定し、データベースとの照合で、確率が示され、高い確率の場合、このタンパク質であると同定される。測定で良好なスペクトルが得られることが重要であるが、良好なスペクトルであっても、タンパク質と質量分析計との相性みたいなものがあり、同定されないこともある。
  我々はMALDI TOF/TOFを用いてタンパク質の同定を行っているが、この解析の流れは、二次元電気泳動で変化のあったバンドの切り出し、続いて、トリプシンによるゲル内消化、このゲル内消化により断片化したタンパク質(ペプチド)をそのまま質量分析する。すると、いくつかの分子量ピークが得られる。この分子量ピークの強度の高いものをさらにもう一度質量分析する。要するにMS/MSスペクトルを得る。このいくつかのMS/MSスペクトルをコンピュータがデータベースと照合して、ある一部のタンパク質の断片と一致するとして、その一致率が高いほどタンパク質として同定される。これで、いくつかのタンパク質の機能性が分かっているものが同定されると、リグナンが機能性のどの部分に関与しているかが予想できるようになる。この方法を用いれば、数多くのタンパク質変動を見ることも可能であるし、数多くの機能性を探ることも可能である。また、これによって、新たな機能性を示唆することも可能である。今は、この部分でリグナンの今までに報告のないような機能性を探っている最中である。結果をいつか報告できればと思っている。

4.終わりに

我々が行っているゴマリグナン研究の過去から現在進行形で行っている内容を紹介してきた。まだ、研究途中で、今後、きちんとした結果が出てくると思う。それは新たな機能の発見へと繋がっていくであろうが、結局は試験管内での実験であり、ヒトに対してということになるとまだまだ確かでないことも多いし、色々確かめなければならないことがある。研究の一部が一人歩きしないように確実に未来を向いて進めて行こうと考えている。

参考文献

1) ゴマの機能と科学 並木満夫、福田靖子、田代亨編 朝倉書店(1989)

2) 食品中の生体機能調節物質研究法(生物化学実験法) 川岸舜朗著 学会出版センター(1996)

3) H. Katsuzaki, S. Kawakishi, T. Osawa:Phytochemistry, 35(3), 773-776(1994)

4) H. Katsuzaki , K. Imai, T. Komiya, T. Osawa:ITE Letters on Batteries, New Technologies and Medicine, 4(6)794-797(2003)

略歴

勝崎 裕隆
三重大学大学院生物資源学研究科 准教授

三重大学大学院生物資源学研究科修士課程修了、名古屋大学大学院農学研究科博士課程単位取得退学、博士(農学)名古屋大学、1993年より三重大学生物資源学部助手、2004年助教授、現在に至る。専門は天然物化学、食品化学。植物、昆虫由来の生物機能物質の単離構造決定に関する研究を行っている。

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