(一財)食品分析開発センター SUNATEC
HOME > 微量元素の摂取と高感度分析法
微量元素の摂取と高感度分析法
三重大学 大学院工学研究科 分子素材工学専攻
環境低負荷プロセスリサーチセンター センター長
教授 金子 聡

1.はじめに

我々は、主に食べ物から必要なエネルギーを摂取しており、また、人体に必要な元素、いわゆる必須元素の摂取も食べ物からと考えてよい。したがって、我々の健康維持と食事には非常に密接な関係があるので、体の健康と元素の摂取には重要な関係があると考えられる。一方、近年、誘導結合プラズマ発光分光分析(ICPOES)法や誘導結合プラズマ質量分析(ICPMS)法などの元素計測技術が、大幅に進歩改良され、感度、精度、再現性良く測定できるようになってきている。そこで、本稿では、元素の摂取と高感度元素分析法の話題を提供したい。

2.必須元素と微量金属元素

まず、必須元素量と生存率を考えてみると、必ず至適範囲が存在しており、不足すると、欠乏量や亜欠乏量となる。一方、過剰な場合には、中毒量や致死量になる。つまり、必須元素は欠乏すると欠乏症が生じ、必須元素でも過剰に摂取すれば中毒症状になる。現在、多数の元素が人体の必須元素として、広く認められてきている。アミノ酸、たんぱく質、核酸、脂肪、糖などの人体を構成する基本的有機分子に利用されている元素は6種類であり、酸素、炭素、水素、窒素、カルシウム、リンである。これらの元素は多量元素と呼ばれており、体内存在率は98.5%を占める。
 酸素、炭素、水素、窒素は、容易に共有結合し、人体の構成に必要な主要元素である。カルシウムは骨の成分であり、リンはエネルギー代謝や核酸のリン酸結合に必要な元素である。硫黄、カリウム、ナトリウム、塩素、マグネシウムは、少量元素と呼ばれ、多量元素と少量元素を合わせた11元素を常在(常量)元素と呼び、これらを合計すると、体内存在率は99.4%を占めることになる。
 この常在元素である11元素以外に、人体の必須元素として認識されている元素には、鉄、亜鉛、マンガン、銅、セレン、ヨウ素、モリブデン、クロム、コバルトの微量元素がある。したがって、これらの常在元素と微量元素を合わせた20元素が必須元素として考えられている。
 さらに近年、細胞中微量金属元素は、生理機能の発現や遺伝情報の伝達・複製に深く関与していることが明らかになってきている。例えば、亜鉛が欠乏すると、細胞内代謝や細胞応答に関与する活性化機構やシステム伝達機構への悪影響により、脳神経系や消化器系などの機能障害を誘発したり、また味覚や嗅覚障害、記憶学習障害などを引き起こす可能性がある。
 表1に、地殻中の元素含有量と人体中の標準的な元素含有量を示す。一般的な土壌濃度が地殻中の元素含有量と必ずしも一致することはないが、一定の目安にはなり得るため、典型的な土壌はこの程度の金属元素等を含んでいる。ある土壌に、これ以上の極端な濃度の元素が含まれていたら、それは汚染されていることになるため、そのような土壌で育てられた作物を摂取する可能性がある時には、注意が必要である。(カドミウム、クロム、鉛、ヒ素などの一部の金属には、環境省の土壌の汚染に係る環境基準や土壌汚染対策法が制定されている。)
 また、人体中の標準的な元素含有量と地殻中の元素含有量を比較すると、その比率が比較的大きい元素は、地殻中の元素含有量で規格化した場合に人体中の存在量が大きいことを意味し、汚染の影響を受け易いと考えることもできる。毒性から鑑みても、カドミウムや水銀では土壌中や作物中の濃度を注視しておく必要があろう。
 表2に、三重県産ホウレンソウ中の代表的な元素含有量と人体の元素含有量を示す。植物試料は土壌から養分を吸収して成長しており、試料中の元素含有量は、生育環境や土壌の影響を反映すると考えられる。我々は食用植物のみを摂取しているわけではないが、野菜は人の重要な栄養源であり、ミネラルの摂取源としても重要である。こちらも同様に、人体中の標準的な元素含有量とホウレンソウ中の元素含有量を比較すると、その比率が比較的大きい元素である鉛やカドミウムには注意が必要であろう。

表1 地殻中の元素含有量と人体中の標準的な元素含有量
 
表2 三重県産ホウレンソウ中の代表的な元素含有量

3.単一細胞分析

食用植物などの食品に含まれるミネラルは人体を構成する各種成分を提供し、生命活動に欠くことができない代謝調節作用など多くの生理作用と深い関係を持っている。したがって、食品中や生体中の微量元素を測定して関連させることは、極めて重要になってきている。
 近年、新規な細胞分析法として、ICPMS法をベースとした単一(個別)細胞ICPMS法が注目を集めている。従来の細胞中微量元素の分析値は、数千以上の細胞を分解処理した後、高感度分析法によって細胞1個あたりの平均値を求めてきた。しかし、細胞の大きさにも分布があり、細胞数の計数もあまり正確でない。さらに、異種細胞の混入や正常細胞とがん細胞の混在がある場合、平均分析値は意義を失う。
 個々の細胞の大きさと生化学組成を測定する手段として、個々の細胞がレーザー光の中を通過する高速な流れの中で、レーザー光散乱法とレーザー蛍光法を用いたフローサイトメトリー法が知られている。しかしながら、これまで単一細胞中の微量元素を測定する方法や装置はほとんど発表されてこなかった。
 単一細胞ICPMS法は、代表的な化学分析法であるICPMS法を用いて細胞を粒子状物質にして分析する方法であり、細胞中の元素組成情報の取得が可能となる。この単一細胞ICPMS法は、分析機器メーカーから市販されているICPMS法によるナノ粒子分析法であるシングルパーティクル(単一粒子)ICPMS装置がベースになっている。
 測定原理として、単一細胞ICPMS法と単一粒子ICPMS法ともに、ネブライザーによって生成した微細液滴に内包される粒子や細胞は、プラズマ中で脱溶媒、蒸気化、原子化、イオン化過程を経て、個別の粒子や細胞由来のイオン雲(群)を形成し、質量分析計に導入される。このイオン群から生じた信号群を、非常に時間の短いゲート間隔(例えば50 マイクロ秒)で測定し、信号処理することにより、個別の粒子や細胞に相当する個々の信号を得ることができる。個々の細胞中に存在する元素量は、フェムトグラム(10-15g)からアットグラム(10-18g)レベルであるが、現在のICPMSの検出能力からすると、単一細胞中の複数の元素を定量可能であると思われる。
 単一細胞中の微量金属元素の濃度分布が、単一細胞ICPMS法により、実際の現場で簡単に測定することができるようになれば、食品中の微量金属元素の摂取との関連など、まだまだ解明されていない分野の研究が一段と進むであろう。

参考文献

1) 荒川泰昭,日本臨床,74,1058(2016).

2) 千葉百子,臨床環境医学,8,1(1999).

3) https://www.perkinelmer.com/lab-solutions/resources/docs/WHT-Introduction-to-Single-Cell-ICP-MS-012774A_01.pdf

4) http://www.perkinelmer.co.jp/icpms/tabid/1936/Default.aspx

5) 小林恭子,ぶんせき,414(2016).

6) 宮下振一ら,分析化学,66,663(2017).

略歴

金子 聡

専門は、分析化学と環境化学。1995年6月名古屋大学大学院工学研究科博士課程後期課程材料機能工学専攻退学。2000年10月名古屋大学から博士(工学)を取得。1994年
日本学術振興会特別研究員、1995年7月三重大学工学部助手、同工学部助教授、米国アリゾナ州立大学博士研究員、三重大学大学院工学研究科准教授を経て、2013年3月から国立大学法人三重大学大学院工学研究科教授。三重大学環境低負荷リサーチセンターセンター長を兼担。ITE Research Award, PEPEEF Research Award, Energy & Environmental Science Youth Scientist Prize, IUPAC & NMS Distinguished Award等、海外の学術賞を多数受賞。

他の記事を見る
ホームページを見る

サナテックメールマガジンへのご意見・ご感想を〈e-magazine@mac.or.jp〉までお寄せください。

Copyright (C) Food Analysis Technology Center SUNATEC. All Rights Reserved.